第15話 迷子の若様

 言祝師試験第一課題ことほぎししけんだいいちかだい筆記試験ひっきしけん


 言祝術に関する基礎知識、邪瘴祓い時における対処についての論述、そして志望動機の三つが課せられる。



「お、終わった……」


 海は筆記試験を終えヨロヨロと登龍門院から出てきた。


「できたか」


「うううう、頑張ったんだけど……。あ~〜、あの問題、やっぱあっちが正解だったかなぁ」


 なんとも不安の残る様子の海に迎えに来ていたセイはため息をつくとサッサと踵を返した。


「セイ、怒ってる?」


 海は恐る恐るセイに問いかけた。


「やれるだけのことはやった。今更言っても仕方が無い。これからすぐに次の試験の対策をするぞ」




 ◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..


 二人はそのまま都の外れにある空き地に来ていた。


「第二課題は龍力試験だ。


 龍力試験では龍心環の顕現、術を放つ、創刃そうじん天跳あまとびの四つを見る。


 龍心環を顕現させることと術を放つことは以前行ったので改めての説明と確認は良いだろう。


 では筆記試験の復習だ。創刃について説明せよ」


「はい!創刃そうじん守刃まもりばの武器、祓月刀はげつとうを創ることです!兄ちゃんだったら“迅撃一閃じんげきいっせん”を創り出してました!」


 突然の問いかけであったが、これまでセイの“厳しい”指導を受けてきた海はすぐさま背筋を伸ばして質問に答えた。


「そうだ。言祝師は邪瘴を切ることのできる祓月刀はげつとうを己の龍力で創造し守刃に渡す。それゆえ言祝師によって創られる祓月刀はげつとうは人それぞれで全く違う。


 想像力が試される代物でこの場ですぐに創れと言ってできるようなものではない。どのようなものを創るか第二試験までに考えておくように」


「はい!」


「次に天跳びについて説明せよ」


「天跳びは足に龍力を集中させて跳躍ちょうやくすることです!」


「その通り。龍力の使い方には主に二つの使い方がある。一つは龍力を体の外に出す“放出”。もう一つは体の中で溜め身体能力を上げる“強化”だ。


 天跳びとは“強化”の一種だ。足に龍力を集め“強化”することで跳躍力を高め、あたかも空を飛んでいるかのように長距離を短時間で移動する。


 この技は初代帝が登龍とうりゅうたきを登る際に編み出した技と言われている。そのため“強化”の技の中でも最も基礎の技、かつ最も重要視されている」


 ふんふんと真面目に聞いていた海だったが、天跳びの起源きげんを初めて知り驚いて目と口を大きく開いた。


「そうなの?!天跳びであんな雲より高いところに登れるの?!」


「理論上はそうだ。しかしあれだけの高さを天跳びだけで登ろうと思えばかなり厳しいだろうな。


 この国の内裏だいりは確かに登龍とうりゅうたきの頂上、成龍の地にあり今も地上との行き来はある。しかし地上から登ろうとするならば帝の許可を得て“天車あまぐるま”という龍力で動く特別な乗り物に乗るのが普通だ」


 海はほええとセイの説明を聞いていた。


「試験官も流石に言祝師試験で登龍の瀧を登れとは言わないだろう。だがある程度は跳べなければ合格できない。まずは天跳びであの木の枝まで跳べるようにするぞ」


「はい!!」


 海はやる気に満ち満ちて勢いよく返事をした。のが数日前――。






「うわあああ!!」


 海は木の枝に勢い良くぶつかりベシャッと地面に潰れていた。


「大丈夫か」


 少し離れたところで指導をしていたセイが海に怪我が無いか近寄ってきた。


「……うん、大丈夫、もう一回する!」


「一度休め」


「でももう龍力試験まで日が無いし早くできるようになりたいんだ!


 ……まだ筆記試験の合格通知は来てないけど」


 海は懇願こんがんしたがセイは首を横に振った。


「駄目だ。明らかに疲れが出ている。この数日で龍心環を顕現させることと簡単な術は一人でできるようになった。一旦休むべき頃合いだろう。今日の午後は修練は無しだ」


「そんな!」


「私は少し行くところがある。必ず休んでいるんだぞ」


 そう言うとセイは海を残して去っていった。



 セイを見送った海はそのままコロンと地面に転がった。


「イテテテテ……」


 袖をそっとめくると手首から肘にかけて皮がずる剥けて血が滴っていた。先ほどセイには言わなかったが実は地面に落ちたときに擦りむいてしまっていた。


「どうしたらできるのかなぁ……」


 筆記試験が終わってからずっと練習を続けてるというのに未だにしっかりと跳べていない。セイはこれまで付きっきりで指導をしてくれていたが完全に煮詰まってしまっていた。



「何をしているんだ」


 う"ーん、と唸っていた海に呆れた声が上から降ってきた。


「あれ?君は受付の時の……」


大楠おおくす真更木まさきだ」


 真更木は海の怪我をした腕に目を止めると膝を折りスッと傷口に手をかざした。すると真更木の手から蔓が伸びて海の腕の周りをくるりとおおったかと思うと小さな花が咲き、パッと花弁が散って蔓が離れるとなんと怪我が治っていた。


「え?!治してくれたの?!ありがとう!!何したの?!」


「何って、言祝術だが」


「???」


「お前……もしかして“いつツの”を知らないのか?」


「えっとぉ……何だっけ?」


 海はえへ、と笑った。すると真更木は淡々と教えてくれた。


「この世にはもくごんすいの五つのがあるとされている。言祝術も言祝師がどの気の影響を強く受けているかによって左右される。


 私はもくの影響が強いからさっきのように言祝術ももくの術を扱う。


 ちなみに言祝師試験の受付の時にお前に突っかかっていた双子は金の術を使うし、その後間に入ってくれた者たちは護言山ごごんざんの僧侶たちだからおそらく土の術を使うのだろう。あとは赤い髪の少女を見なかったか?あいつは火の術を使う」


「思い出してきた!セイに教えてもらってたんだった、ありがとう!


 赤い髪の女の子も登龍門院の門を潜るときに会ったよ。


 でもどうして他の人が何の術使いかが分かるの?」


「ああ、大体出身地や雰囲気を見れば推測はできるものだが、双子の菊薫哉と菊薫子、赤い髪の火緒里とは幼馴染だから知っているんだ」


「へぇー、じゃあもうみんな友達なんだね、いいなぁ。僕、田舎の村から出てきたから友達どころか知り合いすらいなくて」


「あいつらと、友達……」


 真更木の脳裏にはこちらに向かってあっかんべーをする双子たちとツーンと澄ました火緒里の顔が浮かび嫌そうな顔をしたが海はそれには気付かず突然あっと声を上げた。


「そう言えば名前言ってなかったね。僕は海だよ。よろしく真更木!」


 海に両手を握られブンブンと振られながら真更木は幼馴染たちのことは一旦忘れて口を開いた。


「ところで」


 その真剣な表情に海は真更木の手を振るのを止めて首を傾げた。


いちはどこにある?」


「市?」


 海は目をぱちくりとさせた。


「市ってたくさんお店があってお買い物をするところ?」


「そうだ」


「なら、ここをまっすぐ行ったら大通りに出るから、そこを左に曲がってしばらく行くとあったよ」


「分かった。礼を言う」


 こないだの時のように礼儀正しく一礼すると真更木はスタスタと歩いて行った。……海が指し示した方向と違う方向へ。


「ちょっと待って、そっちじゃないよ?!」


 海は吃驚びっくりして追いかけるとハシッと真更木の肩を掴んで引き留めた。


「こっちか?」


 すると真更木はやっぱり違う方向を指さした。その様子に海は唖然あぜんとした。


(こ、この人もしかして超絶方向オンチ?!)


 途端に海は心配になった。そもそもこんな都の外れの空き地で鉢合わせるなどおかしいのだ。


(一人で行かせたら絶対たどり着かない……)

 

 海は思わず口に出していた。


「僕も一緒に行くよ!」





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