第14話 登龍門院(とうりゅうもんいん)

「他にも門を通りたい受験生がいるのに邪魔でしょう」


「ごめんなさい」


 海は慌てて横へずれた。


「貴方も言祝師を目指すなら常に周りに注意を向けていなければ駄目よ」


 赤髪の少女はツンと澄まして後ろにいたもう一人の少女に「行くわよ燐々音りりね」と声を掛けると登龍門院へと入っていった。


 燐々音と呼ばれた少女はおっとりと微笑んで「はい、火緒里ひおり様」と返事をすると海とセイに会釈して去っていった。



「“炎徳えんとく烈火姫れっかひめ”か……」


「え?」


 二人の後ろ姿を見送りながらセイがボソッと呟いた。海はどういう意味か聞き返したがセイは何でもないと首を振った。


「行くぞ」


「うん!」


 海は大きくうなずくとセイと共に登龍門院の門をくぐった。




 建物の中に入ると受付台には体躯たいくの良い男と艶やかな美女が並んで立っていた。二人の右手の甲には深紅の薔薇が刻まれていた。


「言祝師試験受験の申し込みで間違いないですか?名前をどうぞ」


「はい!未成瀬村みなせむらから来ました、海です!!」


 張り切って答えると男の方が破顔はがんした。


きの良いこいだな」


「鯉?鯉って魚のですか?」


 海は意味が分からず文字通り首をひねった。


「僕は人ですけど」


 そう答えると横からクスクスと笑い声が聞こえてきた。


「ねぇ菊薫哉きかや今の聞いた?“鯉”の意味も知らないなんて」


「しょうがないよ菊薫子きかこ。こんなちんちくりん、きっと田舎から出てきたところで何も知らないんだ」


「君たちいきなり笑うなんて、……え?」


 海はむっとして声の方を向いて戸惑った。そこにはそっくりな少年と少女が立っていた。


「ああ戸惑ってる戸惑ってる」


「僕たちのことも知らないなんて本当に田舎者だよね」


 そう言ってまたクスクスと笑い出す。


 いよいよ海が困り果てた時、「うるさいぞ」と一人の少年がやってきた。その後ろには垂れ目の青年が付き従っていた。


「いい加減にしろ、金生きんじょうの双子ども。『ことおのたましいしろなり』。曲がりなりにも言祝師になろうという者が人を悪く言うなど言語道断ごんごどうだんだ。お前たちは教わらなかったのか」


「あーあ、メンドクサイ大楠おおくす真更木まさきが来たよ」


「はいはい、じゃあまた試験でね」


 双子たちは露骨ろこつに嫌そうな顔をするとあっさりと去っていった。


「庇ってくれてありがとう」


 海がお礼を言ったが、真更木は仏頂面をピクリとも動かさずに海を見つめた。


「私はあの双子が間違っていると思ったから指摘したまでだ。お前も、ここは観光気分で来て良い場所ではない。冷やかしなら帰れ」


「なっ!僕は真剣に言祝師になりたくて来てるんだ!」


 海が真更木へ一歩歩幅いっぽほはばを詰めた時だった。


「まぁまぁ皆さん、落ち着いてください」


 そこへ小柄な少年と細身で背の高い少年がやってきた。二人とも頭を丸めており黒の法衣ほうえを身にまとっていた。


「試験前でピリピリするのは分かりますが、私たちは喧嘩をしにここにいる訳ではありませんよ」


 小柄な少年にニコニコと微笑まれるとなんだか海は心がほんわかしてきた。それは真更木も同じだったようで海に礼儀正しく謝ると後ろの青年と共にそのまま背を向け去っていった。





「喧嘩する前に止めてくれてありがとう」


 あの後中断していた手続きをバタバタと終わらせて帰り道を歩きながら海がお礼を言うと大したことはしておりませんと黒衣の少年はにっこりと笑った。


「私は護言山蓮和寺ごごんざんれんなじの僧、土円どうえんと申します。こちらは私の守刃まもりば義弟おとうと叡慧えいけいです」


 丁寧に合掌がっしょうされ海も自己紹介をしてあたふたと頭を深く下げた。


 そうして頭を上げた時、海は土円の後ろに見える建物にも鯉の彫刻があるのに気が付いた。


「ねぇ、どうしてここはこんなに鯉が沢山あるんだろう。あの受付の人はなんで僕のこと鯉って言ったのか分かる?」


 海が聞くと土円はああ、と微笑んで教えてくれた。


「“鯉の瀧登たきのぼり”ですね」


「“鯉の瀧登たきのぼり”?」


「ええ。この国の守り神の天龍はもともと一匹の鯉だったそうですよ。瀧を登り天まで行くことができたので龍へと神格化したと言われています。


 この国ができる前、ある一人の青年が邪龍に苦しめられている人々を救いたいと天龍に神の力を貸してほしいとお願いになられました。


 天龍は初め青年のことを信じることができず断りましたが、その熱意に負け、あの登龍の瀧を創り、貴方が真に人々のために力を得たいと思うならば、必ずここまで来れるだろう。さすれば貴方を同胞どうほうと認め私の力を貸そう、と約束しました。


 そして青年は見事天龍の試練を乗り越え登龍の瀧を登り切ったのです。


 青年は天龍に認められ、この世で初めての言祝師となられました。言祝師となった青年はその信念を貫き邪龍を倒し、人々のためにこの天龍国をお創りになったのです。


 そのため今ではこのお話をもとに、人々のために言祝師を目指す者のことを敬意を込めて“鯉”と呼ぶのです」


 そこまで聞いて海は感嘆かんたんした。


「だから鯉なんだ!土円は物知りだね。それにすごく分かりやすかった。教えてくれてありがとう!」


「いいえ、お役に立てたのなら幸いです。お互い試験頑張りましょうね」


 そうして門の前にたどり着くと海とセイは土円と叡慧の二人と別れた。





「なんだかすごい濃い一日だったな……」


 んーっと伸びをする海にセイはちらりと視線をやって訊ねた。


「疲れたか?」


「ううん!いよいよこれから試験を受けるんだなって実感して、もっと頑張らなくちゃって思ったよ」


「なら宿に着いたらすぐに筆記試験の復習をするぞ」


 途端海は衝撃を受けた顔をしたが、よし、と気合を入れた。


「絶対合格するぞ~!」


 早く早く!とセイを急かせた。







 ◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..



「今年の受験者はどうだい?」


 登龍門院の最も奥、筆頭大師ひっとうだいしのための殿舎でんしゃ幻深殿げんしんでんにて第九十九代筆頭大師である飛蝶涼親ひちょうすずちかは部屋に入ってきた男女に微笑んだ。


 涼親は筆頭大師という重役を担っているにしては年若い青年であった。しかし最年少で最高位となった実力はもちろん帝の腹違いの弟という高貴な身分に申し分ない上品で優雅な物腰と華やかな顔立ちは見る者すべてを魅了し多くの人々から慕われている。


「事前の調査通り今年は四方領家しほうりょうけ直系ちょっけいに当たる者がそろっています」


「なんという巡り合わせだろうね。四方領家しほうりょうけの者が揃って言祝師試験を受けるなど、未だかつて無かったというのに。これもまた、天龍のおぼしということだろうか」


 艶やかな美女、焔村ほむら雅夜緋みやびが恭しく差し出した受験者名簿を受け取ると涼親は感慨深そうに目を通した。


「東の大楠領主おおくすりょうしゅの息子、大楠おおくす真更木まさき、西の炎徳領主えんとくりょうしゅの娘、炎徳えんとく火緒里ひおり、南の護言山蓮和寺ごごんざんれんなじ先代筆頭大師せんだいひっとうだいし義理の息子、土円どうえん、そして北の金生領主きんじょうりょうしゅの孫、金生きんじょう菊薫哉きかやか」


 一人一人の名前を読み上げてから涼親は目線を上げた。


「お前の妹もこれでいよいよ正式に言祝師となるわけだね。私も特に期待しているよ。“炎徳えんとく烈火姫れっかひめ”の二つ名はこの都においても有名だ」


 思わず涼親に妹を褒められ雅夜緋と共に部屋に入ってきた雅夜緋の守刃である炎徳えんとく火久羅かぐらは大きな体を申し訳なさそうに小さくして頭を下げた。


勿体もったいないお言葉です。その節は特例で言祝師扱いの許可を出していただきありがとうございました。


 言祝師試験を受けられる十五歳まで待つように家族で再三言い聞かせていたのですがどうにも人の話を聞かないじゃじゃ馬でして……。許可をいただけなければそのまま家を飛び出して野良言祝師になりかねない勢いだったのでとても感謝しております」


「何を言う。こちらこそ言祝師が不足している今、既にいくつもの邪瘴祓いの実績を残してくれていてとても助かっている。私は褒めたのだからそんなに恐縮しないでおくれ」


 そうして再び資料をめくり始め、ふと涼親の手が止まった。


「この子は?未成瀬村みなせむらからとは珍しいね」


 その用紙の名前の欄には“海”と書かれてあった。


「……先日邪龍じゃりゅうの復活を目論もくろむ九頭龍と名乗る者によって行方不明となった空の弟のようです」


 それを聞いて涼親は悲し気に目線を伏せた。


「やはりね。そんな気がしたんだ。空のことは残念だった。


 おや、この子の守刃は?名前以外空欄じゃないか」


 すると雅夜緋はその秀麗しゅうれいな眉を困ったように下げた。


「できる限り記入するように伝えたのですが……。被衣かつぎをしていたので顔も分かりませんでした」


「――へぇ。“セイ”、ね」


 おもむろに涼親は視線を上げると雅夜緋に問いかけた。


「そう言えば、清正親王きよまさしんのうの行方は分かったかい?」


 突然脈絡のない質問に一瞬戸惑った雅夜緋であったが動揺をあまり表に出さないように努めて答えた。


「いいえ、まだです、申し訳ございません」


「そうか。いや、いい、突然聞いてすまなかったね。引き続き捜索を頼むよ」


 涼親はそう言うと空気を変えるように楽しそうに微笑んだ。


「さて、今年はどんな鯉たちが“龍”になるのだろうか。多くの龍が天に舞ってくれることを願っているよ」






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