第二章 言祝師試験 

第13話 水都

 天龍国は四方しほうを海に囲まれた国である。


 その歴史は長く水元二十年すいげんにじゅうねんの今年、目出度めでたくも建国五百年けんこくごひゃくねんを迎えることとなった。


 一つの一族の治世がこれほど長く続いているのは天龍の加護はもちろんのこと建国草創期けんこくそうそうきの頃から各地を治める領主家でありながら数々の優秀な言祝師を排出し帝の一族を支えてきた“四方領家しほうりょうけ”と呼ばれる者たちの存在が大きいと言えるだろう。


 現代においても四方領家しほうりょうけは東西南北それぞれにきょかま民草たみくさの側で暮らしを守り続けている。



 ◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..


 シャラン、と涼やかな音が辺りに響いた。


 恵水湖けいすいこ湖畔こはんにおいても限られた者しか立ち入ることのできない聖域にて五衣唐衣裳いつつぎぬからぎぬも姿の乙女が一人両手の指先を祈る様に合わせて緩く波打つ湖に浸し一心に耳を澄ませていた。


 すると暁の光が差し込む前のまだ薄暗い中、水の中からふわりふわりとまるで蛍の光のような柔らかな明かりたちが浮かび上がってきて何かを語りかけるように乙女の周りを飛びはじめた。




「『やみ 再びこの世をおおいくし 


  すべてを滅ぼさんとす 


  退しりぞけられるは天に輝く太陽のみ


  しかし太陽 いまおのれを知らず


  希望のとなるか 


  それともすべてを燃やす劫火ごうかとなるか


  真の目覚めを待つばかり』」




 乙女が光たちの“言葉”を聞きとり顔を上げると豊かな黒髪に挿したかんざしがまた微かにシャランと鳴った。


「“天に輝く太陽”?


 それは何かの“モノ”なの?


 それとも、“人”?


 どうすれば真の目覚めを得ることができるの?」


 乙女が焦ったように次々問いかけるとまた光がふわふわと動き出した。



「『天へと導くは 


  いにしえの四つの魂 


  目覚めさせるは五つ目の魂』」



「“四つの魂”となると……四方領家のことかしら。


 では四方領家が支えているのは帝だから、“太陽”とは帝のこと?


 “五つ目の魂”って誰のことなの?」


 返事が無い。どうやら違うようだ。こうなるともう光たちは答えてくれなくなる。


 それでももしかすると、とじりじりと光の言葉を待っていたが、そのうちに夜が明け辺りが白み始めてきた。


「もう時間ね。今日も色々教えてくれてありがとう」


 まだまだ聞きたいことは沢山あった。しかし乙女はぐっと堪えて微笑みを浮かべると心を込めて感謝を述べた。

 

 すると光たちは機嫌が良さそうにぴょこぴょこ跳ねてからスーッと朝日の中に溶けて行った。



 そうして完全にいなくなると乙女は途端不安な表情で自分自身をギュッと抱きしめた。


 光たちに“闇”の存在を告げられてからすでにふた月。何度も何度も根気よく訊ねてやっと今日少し進展した内容を聞くことができた。


 ようやくと嬉しく思う反面、この調子ではすべてを聞いた時には手遅れになっているのではないかと、とてつもない恐ろしさを感じていた。


「急がなければならないのに。私はどうしたらよいの?


 もしここに小兄様ちいにいさまがいてくだされば……」



 もう何年も会っていない兄の顔を思い浮かべて、乙女は悲し気に顔を伏せた。







 ◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..


「わぁあ!」


 海は目を輝かせ歓声をあげた。


「すごいよセイ、これが都なんだね!」


 まさに今、海たちを乗せた大きな旅船は立派な都の水門をくぐったところであった。



 天龍国の都は別名“水都すいと”と呼ばれている。


 碁盤の目状に整然と造られた都の中央には巨大な湖、恵水湖けいすいこがありそこから伸びた大小様々な川が都を通って国中くにじゅうへと流れていた。


 そのため都ではあちらこちらでいくつもの船が行き交っている。


 その様はまるで一幅いっぷくの絵のようで、まさに水の都としょうされるに相応ふさわしい様相ようそうであった。


「あそこにあるのが登龍とうりゅうたき?!恵水湖の真ん中に立ってるんだよね?すっごい大きい!本当に雲より高いんだね。しかも水がいっぱい流れててここからでもゴーッて音がするよ!登龍の瀧の上が成龍せいりゅう聖麗泉せいれいせんもそこにあるんだよね。すごいなぁ、普段僕が村で飲んでた川の水も元を辿ればこの聖麗泉せいれいせんから流れてきた水なんだよなぁ。聖麗泉せいれいせんって、この世で最も美しい泉って本当かなぁ。見てみたいなぁ!あ、もちろん恵水湖も綺麗だって言うしセイも一緒に見に行こうね!」


「……一旦落ち着け。笑われているぞ。


 それにそのまま身を乗り出していたら川に落ちる」


 興奮そのままに後ろにいたセイを振り返った海だったがセイに呆れたようにたしなめられてしまった。はっとして周りを見ると他の乗客に元気ねぇ、よっぽど嬉しいのね、と微笑まし気にクスクスと笑われてしまっていた。


「ご、ごめんなさい」


 海は顔を真っ赤にして身を乗り出していたのを引っ込めた。するとちょうど船着き場に着いたようであった。


「降りるぞ」


「あ、待って!」


 先ほどの反省からかおしゃべりこそしなかったがそわそわきょろきょろとついてくる海にセイはため息をついた。


「いいか、都は国中の人間が集まる場所だ。善人もいれば悪人もいる。悪人に目を付けられないよう気を引き締めて歩け」


「う、うん!」


 海は大きく頷いたがそうは言っても珍しいものばかりでそれらにほんの少し目をやった隙に沢山の人、人、人に紛れて早速セイを見失ってしまった。


「あれ?セイ?どこ?」


 わたわたと辺りを見渡すと目の端にセイの被衣かつぎが映った。


「セイ「へぷしっっ!!」


 ……え?」


 セイを呼び止めようとした時だった。目の前をものすごい速度で何かが横切りドコォンッ!と音がした。


 吃驚して横切った何かを見るとどうやら吹き飛ばされてきたのは一人の青年のようだった。


「あ、あの、大丈夫ですか?」


「大丈夫だいぞうぶ」


「大丈夫じゃないですよね?!」


 海が助け起こすと青年はフッと笑った。左顔面が腫れていたが、よく見ると右目尻に二つある黒子ほくろが特徴的な中々の美青年であることに気付いた。


「これはただのではない。なのだ!あ、待ってミキちゃ~~~ん!!」


 猛然もうぜんと走り去ってゆく後ろ姿を海はぽかんと見送っていた。


「……どういうこと?悪い人に殴られたとかじゃなくて?じゃああのお兄さんが悪い人?え?でも??」


「何をしてるんだ」


 そこに海がいないことに気が付いたセイがやってきた。


「……都コワイ」


 早くも海はちょっと泣いた。



 ◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..



「これから行くのは登龍門院とうりゅうもんいんだ」


 海は神妙にうなずいたが、その実ビクビクしながら今度こそはぐれないよう小さな子どものようにセイの袖の端を握り締めていた。その様子にセイは何か言いたそうにしていたが結局黙って話し続けた。


「登龍門院のことは知っているな」


「言祝師になるための学校だよね。


 あとは言祝師認定試験をしたり、試験に受かった言祝師を取りまとめたりしているって兄ちゃんが言ってた」


「そうだ。言祝師認定試験は毎年一回、如月きさらぎの頃に開催される。


 が、正直に言って試験はそんなに生易なまやさしいものではなく合格率は毎年一割にも満たない。そのため言祝師を目指す者たちは試験を受ける前に登龍門院の学徒となって数年学ぶのが普通だ。


 しかし私たちには時間が無い。


 このまま試験にいどむ」


 セイの宣言に海はごくりと生唾を呑みこんだ。


「試験内容は筆記試験と龍力試験だ。筆記試験に関してはこれまでの道中で叩き込んだから問題無いな?」


 その言葉に海はビクリとした。


「?どうした」


「えっ、いや何でもないよ?!」


 海はから笑いで誤魔化した。ウッカリあの地獄の日々を思い出してビクついてしまった……。


「そうか」


 セイは何となく納得していなさそうではあったが気を取り直して話を続けた。


「もう一つの試験、龍力試験は試験官の前で実際に言祝術等を行う」


 セイは足を止めた。


「着いたぞ」


「ここが、登龍門院……」


 見上げるほど大きな門だった。どっしりとした立派な柱には色とりどりのこいの彫刻が施されている。扉は解放されており中には荘厳な建物がいくつもあった。この門からも遠くに登龍の瀧が覗いて見えていた。


「すごい、すごいよ。僕、本当にここまで来たんだ」


 それはかつて空に何度もせがんで教えてもらった光景と同じであった。海はいよいよ夢への一歩を踏み出すのだと歓喜と興奮に震えた。




「貴方、こんなところで立ち止まらないでくださる?」


 感動に浸っていた海はしかし、いきなり後ろから声をかけられハッとして振り向いた。


 すると見事なほど鮮やかな赤い色の髪を揺らした勝気そうな少女が立っていた。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る