第32話 繰り返す過ち

「――……それ以降兄上とは疎遠となり、私は熱を出しては寝込む日々が続いた。


 というよりも、あえて体内の龍力を制御せずにいたんだ」


「……どうして?」


 少しでもセイに近づいていたくて、そして一言も聞き逃したくなくて扉の向こうにいるセイを見つめる様にして座り込み話に耳を傾けていた海はそっと訊ねた。


「罰を受けたかったんだ。


 たとえそれが私の自己満足に過ぎないとしてもそれでよかった。


 それに、もはや私は病気で寝込み続けることでしか兄上のお役には立てないと思ったんだ」


「そんな……。罰だなんて哀し過ぎるよ。セイはお兄さんの力になりたくて行動しただけじゃないか!」


 海は精いっぱい言いつのったが、セイはその言葉におかしそうに笑った。


も同じことを言っていた」


?」


「そうだ」


 そう言ったセイの声は暗く空虚な響きがして海は胸が苦しくなった。


「私はもう間違わない、そう心に誓っていたはずなのに。


 アイツ、氷牙ひょうがに出会い、私はまた過ちを繰り返すことになる――……」





 ◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..



 水元十九年神無月すいげんじゅうきゅうねんかんなづき


 瀧正と決別してから既に四年が経っていた。


 この間成長すれば次第に落ち着くと思われた清正の体調はまったく安定するきざしを見せなかった。


 というよりも制御するつもりがない清正に医師こそいつも何か言いたげにしていたが、日がな一日を帳台で過ごす清正に人々は瀧正と清正のどちらが未来の帝に相応しいかなどと口にしなくなっていた。



 熱のせいでぼうっと天井を見上げていた清正は帳をサッとすり抜けた風の冷たさに思わず身震いした。 


 そうして近頃風が冷たいのは夏が終わって秋になってきたからかとぼんやりと考えた。


 昔は秋と言えば体調が良い日は兄弟妹きょうだい三人でよく紅葉狩もみじがりをしたものだった。  


 しかし瀧正との仲がこじれてしまい昨年世都子も内裏を出てしまったので今や二人と紅葉狩りなどできるはずもなく、ひたすら引きこもっている清正は紅葉がどんな形だったかも忘れてしまっていた。


「私に龍力が無ければよかったのに。こんな力、欲しくなんてなかった……」


 もう何万回と口にした言葉を呟くと清正はけだるげに寝返りを打った。

 

 すると廊下側の帳越しに人影が見えて清正はぱっと上体を起こした。


「兄上?!」


 しかし影は瀧正ではなかった。


「俺、あ、いや私は氷牙と言います。最近下働きとして内裏に来たばかりで道に迷ってしまって。ここはどこでしょうか?」


「……ここは凝花舎ぎょうかしゃだ。どこへ行きたいんだ?」


校書殿きょうしょでんです」


「ならここから南へ行ったところにある。……生憎体調が悪く案内はできないが地図を描こう」


 清正はその辺に落ちていた雑紙を拾うと裏にさらさらと簡単に図を描き帳の下を少しだけ持ち上げて紙を渡した。


「ありがとうございます!何かお礼をさせてください」


「いらない。早く行け」


「そんな!お金は無いですけどできることならなんでもするんで言ってください」


「何でも……」


 そう言われて、清正はふと思いついたことを口にしてしまっていた。


「紅葉は、もう色付いているだろうか」


「紅葉?」


 帳の外の影は困惑しながら辺りを見回した。


「まだ、ですけど」


 その言葉に清正は密かに落胆した。


「そうか。なら今のは忘れて――……」


「あ!ちょっと待っててください!」


 影はいきなり叫ぶとタッとどこかへ駆けだして行ってしまった。


 清正は途方に暮れてしばらく帳の外の様子をうかがっていたが、これ以上待っていても帰ってくることはないだろうと判断すると背を向け再び横になろうとした、その時だった。


「ありました!」


 ハッと振り向くとこの四年ずっと閉ざされたままだった帳が持ち上げられており図らずも直接見てしまった外の光の眩しさに清正は咄嗟に目を細めた。


 少しずつ目が慣れて見えてくるようになると、そこには釣り目で気の強そうな少年がいて紅葉をこちらに差し出していた。


「どうぞ。今年初めの紅葉です。ここに来る途中に一本だけ少し赤くなってる木があったのを思い出して」


 清正は恐る恐る手渡された真っ赤な紅葉を見つめた。



 そうだ、こんな形だった。



「世都子の、」


「え?」


「紅葉の形が、まだ幼かった妹の世都子の手のひらに似てるっていつも兄上と一緒に笑ってたんだった。やっと、思い出せた……。ありがとう」



 清正は声を震わせるとそっと紅葉を抱きしめた。




 それが氷牙との出会いであり、再び清正の世界が破滅へと動き出した瞬間だった――。



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