第23話 後悔先に立たず

「かつて私の連花だったその人は、とても心の強い人でね。周りからの重圧に負けず一生懸命頑張れる人だった。


 でも、私は駄目だった。


 彼が死に物狂いで努力する姿を見れば見るほど、自分はこの人の守刃として相応しくないんじゃないかって考えるようになってしまって、段々と刀が重たく感じるようになってしまったんだ。


 もちろん連携も上手くいかなくなった。


 それである日、大失態をしてしまった。


 あろうことか私は私が守るはずの彼に守られて、彼の方が大怪我をしてしまったんだ。


 有り得ないだろう?守刃失格だよね。


 それが原因で連花れんかを解消することになった」


 滉光は記憶を思い起こすように遠くを見つめながら話した。


「私はね、謝れなかったんだ。謝ることが恐ろしくて逃げたんだ……」


「……」


 自嘲じちょうする滉光に海は何と言えばよいのか分からなかった。


「だけどね、謝らないことで楽になれたかと言うと全然そうじゃなかった。


 未だに夢に見てしまうんだ。その人が私の目の前で血を流すところを。


 私はまだ、あの日に囚われている」


 そこまで言うと滉光は空気を変えるようにフッと笑った。


「確かに、謝っても許してもらえるとは限らない。だけど海君にとってセイ君は大事な人で代わりのいない守刃なんだろう?


 知ってるかい?連花の誓いでお互いの手の甲に花紋が刻まれることを“花を交わす”と言うんだよ。


 私はね、“花を交わす”ということは“心を交わす”ということなんだと、ずいぶん後になってから気が付いたんだ。


 怖いかもしれないけど、ちゃんと向き合ってごらん。そうしないと私のようにずっと後悔することになるよ」


「心を、交わす……」


 そうぽつりと呟いてから海は力無ちからなうつむいた。


「……でも、」


「うん?」


「でももう無理なんです。


 セイはこの国の第二皇子だったんです。試験の後、内裏に行ってしまったんです。


 もう、会えないんです」


「第二、皇子……」


 その言葉に滉光は言葉を失い手で顔をおおった。


「ミツさん?」


「なんという……」


 滉光はそのまま固まっていたが、しばらくしてからのろのろと手を顔から離した。


「今まで私が偉そうに話していたことはすべて忘れてほしい。私は行くところができたからもう行くよ。海君はゆっくりしていって」


 そう言って滉光は立ち去ろうとしたので海は驚いて滉光の進路を塞ぐように立ち上がった。


「待ってください、いきなりどういうことですか。ミツさんはセイのことを何か知ってるんですか?!」


「……ということは、それまでの縁でしかなかったということだ。この世にはどうしようもないこともあるんだよ」


「そんな!お願いです、何か知っているなら教えてください!」


 海は滉光の態度に何かただならぬものを感じ、ここで素直に別れてはいけないと必死で食い下がった。


「これは国の重大な機密事項に係わるんだ。海君に教える訳には――……」


「お願いします!!」


 海は必至で頭を下げた。


「……」


 滉光は黙って海を見下ろしていたが、やがてため息をつくともう一度腰を下ろした。


「聞いたら後悔するよ。それでも聞きたいのかい?」


「はい」


「……確かに、海君が謝りたいと思ってもそれはもうできない。


 何故なら、第二皇子は謀反むほんくわだてた大罪人だいざいにんとして容疑がかかっているからだ」


「……」


 思いもしなかった話に海は絶句した。


「今からふた月前、帝は何者かに襲われ意識不明の重体となった。しかも同時に初代帝が天龍から授かったとされる龍力の珠で普段帝が所持している心珠も行方が分からなくなってしまったんだ。


 その事件の日に第二皇子は失踪していることから、第二皇子が帝を襲い心珠を奪ったのではないかと言われている」


「セイは絶対にそんなことしない!」


 海は思わず叫んでいた。滉光は痛ましそうに海を見た。滉光が海への慰めの言葉を口にしようとした時、窓から一羽の文鶴が滉光の元へと飛んできた。


「今の私の言祝師からだ」


 滉光は文鶴を開き中を読んでやはり、と苦い顔をした。


「第二皇子が、投獄されたそうだ―……」


「とう、ごく……」


 海はごくりと生唾を飲み込むと鸚鵡おうむがえしのように繰り返した。


「投獄されたら、どうなるんですか?しばらくしたら、牢から出してもらえますか?」


 海の問いに、滉光は苦し気に首を横に振った。


「帝を襲ったのが真実とされれば、そのまま死罪となるのは必定ひつじょうだろう」


「ッ!!」


 海は急に走り出した。


「待ちなさい!」


 滉光が海を追って店の外に出た途端、つんざくような悲鳴が聞こえてきた。


 驚いて振り向くとそこには十を超える邪蛇じゃびが人々を襲わんとしていた。


 滉光は慌てて数枚呪符を胸元から出し投げつけた。


「どういうことだ、都の中で邪瘴だと?!」


 都には強力な結界が張られており邪瘴が現れることなど本来はありえないはずだった。


「一体何が起こっているというんだ……」


 呪符を受けた邪蛇の動きは止まったが都のあちこちから悲鳴が上がっていた。どうやら他の場所でも邪瘴が発生しているようだった。


「ッ!頼むから無茶はしないでくれよ!」


 滉光は一瞬だけ海が走っていった方向を心配そうに見たが、止まない悲鳴に急いで海とは反対方向へと走り出したのであった。



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