第22話 誓いの解消

「どこ見て歩いてんだ!」


 ぶつかった衝撃と怒声に海はハッと顔を上げた。


「すみません」


 海は咄嗟とっさに謝ったが相手はチッと舌打ちをして去っていった。


「……」


 その後ろ姿が人波に消えるのを海は立ち止まって悲しげに見送った。


 謝っても許してもらえるとは限らない。なのに身勝手な心がさらに冷え込むのを感じてしまい、海はそんな自分に嫌気が差してしまった。



 セイが天車に乗って飛び立った後、あの場にいた不合格者たちはこれから合格者たちのための式典があるからと慌ただしく登龍門院を追い出されてしまった。


 そのため茫然ぼうぜんと独り都を歩くことになってしまった海は、今更ながらこれだけの人がいながら誰一人として知り合いはいないことに寂しさと不安でたまらない気持ちになっていた。


「やっぱり僕は田舎で畑を耕したり、薬草を採ったりして暮らしてる方が合ってるのかな。言祝師なんて、無理だったのかな」


 海は唇を噛みしめた。こんなところで泣くなんてみっともないぞと自分に言い聞かせ天を仰ぎにじんでくる涙を必死に瞬きをして散らした。


 しかしいつまでも往来おうらいの真ん中で立ち止まっているわけにはいかない。


 すこし落ち着いてきた海は今度はぶつからないようきちんと前を向いて歩こうとして、ふと目が止まった。



 長い髪を緩く結んだその後ろ姿――……。


 海は大きく目を見開いた。


「兄ちゃん!」


 海は走り出していた。


「待って!兄ちゃん!」


 心の臓が痛いほど鳴っている。海は今度こそ人の間を必死で走り抜けて目当ての人物の袖をぎゅっと掴んだ。


 すると海に袖を掴まれた人物は歩みを止め海の方へと振り向いた。


 その驚いた顔を見て、海は落胆した。


「兄ちゃんじゃない……」


 海の声は深い悲しみに沈んでしまっていた。


「人違いかな?」


 海が間違えて袖を掴んでしまった青年は背格好や顔立ちが空によく似ていたが、よくよく見ると空は快活かいかつとした雰囲気であるのに対し大人しくて品の良さそうな柔和な雰囲気を纏っていた。


「……あの、一昨日もこの辺りにいましたか?」


 目の前の人物は空ではなかったが先日見かけたのは本当に空だったかもしれない。海はどうしても諦めきれず青年に問いかけた。


「一昨日?そうだね、買い物に市に来ていたよ。少し遅くなってしまって、夕方くらいにね」


「……」


 それを聞いた瞬間、海の目の前が真っ暗になった。


「大丈夫かい、顔が真っ青だよ」


「……セイの言うことが正しかったんだ。僕は、馬鹿だ……」


 悄然しょうぜんとして立ち尽くす海を見かねたのか青年は少しかがんで海と目線を合わせると優しく声をかけた。


「よかったら、ちょっとお茶をしないかい?いい所を知ってるんだ」


 そう言うとゆっくりと海の手を引いて歩き出し、少し進んだ先にあった「団子屋花里だんごやはなさと」と書かれた看板がかかっていた店に入った。


 その団子屋はこじんまりとしていたが人気があるらしく店内はもちろん店先に置かれた縁台えんだいにも人々が沢山座って美味しそうに団子を食べていた。


「あらぁ、ミツちゃん!今日は可愛いお連れさんと一緒なのね!」


 青年が慣れた様子で店に入ると奥から愛嬌のある恰幅の良い年配の女性が出てきた。


女将おかみさんこんにちは。うん、そうなんだ。団子二本もらえるかな?」


「はいよ、奥の座敷ぜひ使ってちょうだいな」


 女将はニコッと笑うと海たちを店の奥の個室に案内した。


 卓の上の小さな花瓶には待雪草マツユキソウが飾ってあり窓から差し込んだ光でほんのり輝いて見えた。


 見渡せばどこも丁寧に手入れがされており表の賑わいからも少し離れているためまるで隠れ家のようで心地よく寛げそうな場所だった。


「ここの団子は絶品なんだよ。きっとキミも気にいると思う」


 青年は少し自慢げにふふふと笑った。


「……でも、僕今お金が無くて」


「いいのいいの、こっちが誘ったんだから御馳走ごちそうするよ」


「……ありがとうございます」


 海は戸惑いながら小さな声でお礼を言うと青年の向かいにちょこんと座った。





「さ、食べて食べて」


 程なくしてきょうされた団子は細く削られた竹串に刺さっていて、上から桃色、白色、緑色をしていた。海はこのような色のついた団子は初めてだったためまじまじと見つめていたが、青年に勧められ「いただきます」と手を合わせると串を手に持ち思い切ってぱくりと口に入れた。


「どう?」


 恐る恐る噛みしめると餅はふっくらとしていて、ほのかな甘みが海のこわばっていた心を優しくほぐしてくれた。


「美味しいです」


 海が本心からそう言うと青年は口に合ってよかったと嬉しそうに笑った。


「ここの団子を食べると、悲しいことや辛いことがあってもなんだか元気になれるだろう?」


 その言葉に海は串を一旦皿に置き青年の手元に視線を向けた。その右手の甲には見事に咲き誇る柊南天ひいらぎなんてんの紋があった。


「お兄さんは」


滉光あきみつだよ。皆はミツって呼ぶことが多いかな。君の名前は?」


「……海です。ミツさんは言祝師なんですか?」


「ううん、私は守刃だよ」


「守刃……」


 途端セイの顔が浮かんできてさっきは我慢できたはずの涙が零れてしまった。


「何があったのか聞いても大丈夫?」



「……大事な人なのに、僕は彼を、セイを大切にすることができなかったんです」


 海は声を震わせた。


「僕はセイに命を救ってもらったんです。


 セイは僕のかけがえのない恩人で、代わりのいないただ一人の守刃なんです。


 それなのに僕は今まで自分のことばかりで、セイのことを何も知ろうとしなかった」


 海は懺悔ざんげするように話を続けた。


「セイの秘密を思いがけず知ってしまった時、僕は咄嗟に『なんで今まで教えてくれなかったの?』って言ったんです。


 セイのことを知ろうとしてなかったのは僕なのに、どうしてセイを責められるんでしょう。


 その上僕は言祝術もセイが助けてくれないとまともに使えないし、言祝師試験も他のことに気を取られて集中できず不合格になってしまいました。


 それでとうとう怒らせてしまって連花の誓いを解消されてしまったんです」


 そこまで話すとついに堪え切れなくなった海はわぁあっと泣き出してしまった。




「それで、これから海君はどうしたいの?」


 一頻ひとしきり泣いて落ち着いた海に滉光は問いかけた。



「……謝っても、きっと許してもらえない」


 俯いて黙り込んだ海にポツリと滉光は話し始めた。



「私もね、昔、連花を解消したことがあるんだ」





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