第20話 遠い

けまくもかしこき天龍に火緒里ひおりかしこかしこもうす。我らの進む道を開き給え。“開道炎矢かいどうえんや”」


 凛々しく火緒里が術を唱えるとまるで燃え盛る炎のように真っ赤に光る龍心環から何千何万もの火の矢が束となって頭上へとまっすぐに飛び紙で創られた蛇を一気に燃やした。


「お見事です」


 燐々音りりねは火緒里によって創刃された祓月刀はげつとう、“夢華火ゆめはなび”を片手に持ちながら微笑んだ。


「燐々音のおかげよ。燐々音が時間を稼いでくれたからその間に術が唱えられたもの」


「私は火緒里様の守刃ですから。当然のことですわ」


 現在先頭を行くのは当初から変わらず火緒里と燐々音であった。その後ろを菊薫哉と菊薫子がくっついて進み、次から次へと降ってくる蛇を火緒里と燐々音が倒していた場所を跳んでいた。


 その少し後ろを土円と叡慧、真更木と奈由多が自力で蛇を倒しながら進んでいた。


「おい金の双子ども!ずっと火緒里たちにくっついて進んで卑怯だと思わないのか?!正々堂々自分の力で登れ!」


「まぁた真更木はウルサイなぁ〜、別にいいでしょ、あの試験監督はこの紙の蛇を倒さなきゃダメって言ってなかったんだし。文句あるならここまでおいでよ」


 菊薫子はベェ~と真更木に舌を出した。


「菊薫子の言う通りだ。むしろここから何があるか分からないのに体力温存するのも作戦の内だと思わないか?」


 菊薫哉も真更木を馬鹿にするように笑う。


「お前ら!」


「まぁまぁ皆さん、ここで喧嘩は――……」


「別に構わないわ」


 真更木が怒りに顔を歪め、土円が仲裁ちゅうさいに入ろうとした時、火緒里は冷静に言い切った。


「私と共に進んで行きたいというなら歓迎するわ。


 ただし、、だけど」


 そう言うと火緒里と燐々音は空中でぐっと踏み込むと今までの倍の高さ、そして速さで登り始めた。



「……なんとまぁ」


 土円はおもわず、といった風に呟いた。他の面々もぽかんと見送っていたが、菊薫子と菊薫哉は悔しそうに器用に空中で地団太を踏んでいた。


「「絶対絶対追い抜いてやる!」」


「菊薫哉!」


「うん、火緒里をギャフンと言わせてやろう!


 けまくもかしこき天龍に菊薫哉がかしこかしこもうす。連花れんかに邪を切り裂くやいばを与えたまえ。でよ“絢輝双麗けんきそうれい”」


 菊薫哉は菊薫子に二振りの刀を創り出すと猛烈な勢いで火緒里たちを追いかけ始めた。



烈火姫れっかひめの二つ名は伊達ではありませんねぇ。とは言え、今で瀧の半分ほどを登ったくらいでしょうか。


 このままの進み具合だと少し時間が厳しそうですし、何より我々も負けてはいられませんからね。お互いもうひと頑張り致しますか」


「……ああ」


 後に残された土円に真更木たちも改めて集中すると登る速度を上げたのであった。





「キリが無い!」


 あれからずっと降り続ける蛇を対処していたセイはたまらずに声を上げた。


 小刀を振るう左手は積み重なった疲労のせいでしびれはじめ段々と思うように動かなくなってきていた。右手は海の背に当てて龍力を調整しているため使うことができず、セイはこのままではやがてしのれなくなるかもしれないとじりじりとした焦燥感しょうそうかんさいなまれていた。


「ッ―……ハッ、ハッ」


 一方の海はすでに満身創痍で、もはやセイの補助が無ければ龍力を足に集中させることさえ危ない状態になってきていた。荒い息が止まらず時折意識も飛びそうになっているのを何とか堪えていた。


 もうどれだけ登ったのか、あとどれだけ登ればいいのか、まだまだ先が見えないことから頂上までが遥か遠くに感じられる。



「うわあああああ!!!」


「助けてーーー!!」


 しかし海が何よりも精神的につらかったのが、力尽きたのか、はたまた蛇にやられたのか落ちてくる受験生たちの恐怖と絶望の叫び声が聞こえてくることだった。


 すぐに湖太郎が救助していたがとても他人ごとではなく悲鳴を聞くたびに海は心の臓がぎゅううとなっていた。


(ダメだ、集中しないと。何が何でも登り切らないと――……)


 海が歯を食いしばったその時だった。


 カンカンカンカンカンカンカンカン!とけたたましい鐘が鳴り響いた。


 続いて貴瑶の「残り時間、あと半分!」という声が鼓膜に突きささりかき集めようとしていた集中力が一瞬で霧散してしまった。


「ッ!!」


「海?!」


 驚いたセイが海を呼んだ時にはすでに遅く、セイは体勢を崩した海から投げ出され二人共々落下していた。


「海ーー!!」


 セイは左手に持っていた小刀を放り出すと必至に叫びながら海に両手を伸ばした。しかし海からの応答はない。


 どうやら気絶しているようだった。


(まずい、龍力不足になったか?!いや、海の龍力に干渉していた感じではまだ余力はあったはず。心身の方が先に限界になったのか)


 このまま落ちてしまえば命は無い。セイは死に物狂いで海を捕まえようとするがあと少しの差が縮まらない。


「海、起きろ!このままだと死んでしまうぞ!海、お願いだ、起きてくれ!!」


 登るのはあんなに時間がかかったというのに落ちるのは一瞬だった。


 海を捕まえられないままでいるうちに凄まじい勢いで湖面に迫ってしまっていた。



(私は、届かないのか―……!!)



「海ーーーーーーーーー!!」



 セイが絶叫した瞬間だった。ふわりと体が持ちあがるのを感じた。


「やれやれ、脱落者が多すぎて回収が間に合わなくなるところでした」


 フーッと息をついたのは湖太郎であった。湖太郎はセイと海を小脇に抱えると軽々と最初の四角い舞台のような場所へと運んだ。


「海、海!!」


 板の上に降ろされるとセイは急いで海の顔を覗き込んで呼びかけた。


「……ん、セ、イ?……あれ?だれ?」


「何言って……」


 セイはそこまで言って自分がいつも頭から被っていた衣が無くなっていることに気が付いた。


「セイってそんな顔してたんだ……って、試験!まだもう一度登れば間に合う?!」


「駄目だ」


 そこに貴瑶が口をはさんだ。


「確かに時間はまだ残っているが、登っている最中に気を失った未熟者を再度登らせるなど試験監督として許可できない。それに――……」


 貴瑶は眉間に皺を寄せ厳しい顔でセイをじっと見た。



「こんなところで何をしてらっしゃるのですか、清正親王きよまさしんのう


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