第11話 被衣(かつぎ)の少年
「止まって、ねぇ止まってってば、止まってよ!」
海は力の限り叫び続けたが
そうして永遠もしくは一瞬のような時間が過ぎた頃にやっと速度を落とし始めると、海は完全に止まるのを待てず転び落ちる様に下馬して元来た道を駆け出した。
「兄ちゃん、どうして!!今度は僕が兄ちゃんを守るって言ったのに!」
少しでも早く向かわなければと思えば思うほど足が
「……一人で修行なんてしなければ良かった。気まずいからって勝手に家を出なければ良かった!心珠なんて拾わなければ良かった!!」
地面を拳で叩きつけて
「心珠と言ったな。どこにある」
「……誰?」
「心珠はどこだ。言わないなら喉を切り裂く」
グッと首元の小刀が押し付けられた。
「お前も九頭龍ってヤツなのか?」
「!違う。早く教えろ。あいつらより先に見つけなれば大変なことになるんだ」
「知らない!兄ちゃんが川に投げ入れた!」
「なんだと」
「九頭龍の血黒丸が心珠を寄越せっていきなり襲ってきたから兄ちゃんがソイツに渡すくらいならって」
「遅かったのか」
いきなり襲い掛かってきた誰かは小刀を下すとすっと立ち上がったようだった。海は一体どんな奴か顔を見てやろうと振り返って
その誰かは背格好からして海と年の変わらない少年のようだったが、一目で上等だと分かる衣を頭の上から被って顔を隠していた。
「どこへ行くの」
「心珠を探しに行く」
「心珠って何なの?」
「お前は知らなくてよいことだ」
取り付く島もない冷たい言葉に海は腹が立って気が付けば叫んでいた。
「知らなくてよいことじゃないよ!心珠のことで大変なことになってるのに、僕は知らないといけないんだ!」
その
「……心珠は」
しかしその時だった。ぞわりと嫌な気配が二人を襲った。
「逃げるんじゃねぇよ、このガキが!」
ハッとして二人が振り返るとそこには血黒丸が立っていた。
「なんだ?ガキが増えてやがる。まぁいいや、どっちも殺してやる」
「兄ちゃんは……?」
「あの言祝師の男か?
滅茶苦茶むかついたからな、メッタメタにして心珠と同じように川に投げ入れて来てやった。今頃川底に沈んでら」
「そんな!許さない!!」
海は血黒丸を睨みつけると落ちていた木の枝を拾い突撃した。
が、血黒丸は
「何をしてる!」
返り討ちを受ける寸前、少年が血黒丸に札を投げつけると小さな爆発が起こり海はその隙に襟首を掴まれ助け出されると腕を取られ走り出した。
「死ぬつもりか」
「でも!」
悔しさに奥歯を噛み締める海を横目に見る一方で、少年は反撃もせず逃げ続けてもこのままではあの男に捕まるのも時間の問題か、とも考えていた。
「お前、言祝師の兄がいるのか」
「そうだよ」
「なら言祝術は分かるか」
「それは、僕も言祝師になりたくて修行してたから分かるけど。いきなりどういうこと?」
「お前が言祝術を使え」
少年の言葉に海はひどく驚き、そして悲しげに首を振った。
「できない。僕は
「龍の臓が?」
少年が訝しげに問いかけた。
「視た限りお前の龍の臓に損傷は見られないが」
「え?」
「自らの中の龍力を感じないのか?」
「……兄ちゃんだ。兄ちゃんが治してくれたんだ」
これまで海は正直自分の龍力をはっきりと感じたことが無かった。しかし今改めて自身の体内に意識を向けると龍の臓が損傷する前よりも体の隅々まで龍力が満ちているのが感じられた。
「なるほど、心珠を使ったのだな。
心珠は龍力の塊なのだ。心珠を使えば言祝術の威力は何倍にも跳ね上がる。それなら龍の臓も治せたのだろう。
さぁやるのか、やらないのか」
「やる!」
海が勢い良く返事をすると少年は一つうなずいた。
「良いか、札はもう一枚だけある。機会は一度だけだ。私が投げたらその隙に龍心環を顕現させ術を放つこと」
「分かった」
少年は海が返事をするとサッと振り返り懐から札を取り出し追ってきていた血黒丸に向かって投げつけた。
「今だ!」
「
詠唱をし手のひらに龍力を集中させるとこれまでよりも多くの龍力が集まってくるのが感じられて海は鳥肌が立つほど嬉しかった。
しかし――。
「遅いな!そんなんじゃいつまで経っても俺様に攻撃できねェぜ!」
海が身を固くしたその時、少年は海と血黒丸の間に入ると小刀で大鉈を受け止め弾き飛ばすと再び海の腕を掴んで走り出した。
「やはりそう上手くはいかないか。ならば逃げ切るしかない。お前は――」
少年は前方だけ見て話していたが急に海が腕を引っ張ったので驚いて振り返った。
「もう一度やらせてほしい!」
「無理だろう。囮にできる札もない」
「次は必ず成功させる!」
「無理だ」
「無理じゃない!」
いつの間にか二人は立ち止まっていた。少年は海をじっと見つめた。
追い詰められている状況であるというのにその瞳には強い意志の
「僕は諦めない。諦めたくないんだ!
だからどうかもう一度、お願いします!!」
深々と頭を下げる海を少年はしばらくじっと見降ろしていたが、やがて一つため息をついた。
「……ならば一度だけだ。お前の力を見せてみろ」
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