第6話 夢破れて

「何言ってるの」


 海は呆然と聞き返した。悪い冗談にもほどがあると思った。


 しかし空は一向に冗談だと笑い飛ばしてくれない。それどころかどんどんと眉間の皺を深くしてゆきこれ以上刻める皺も無くなるのでは、と海が思ったところでようやく重々しく口を開いた。


りゅうぞうが損傷してしまったんだ」


「龍の臓が?」


 龍の臓とは龍力を体内で創り出す臓物のことである。


「今まで黙っていたが、もともと海は龍力を体内で創ることが苦手な体だったんだ。今回無理やり龍力を創って使おうとしたがために龍の臓に負担がかかり損傷してしまった。


 もう言祝術を使うどころか龍心環を顕現けんげんさせるために必要な量の龍力すら創ることはできないだろう」


「そんな!」


 海は信じられない思いで必死に上体を起こし祈詞いのりことばを唱え始めたがその途端胸に激痛が走った。


「無茶をするな!今度こそ完全に龍力を創ることができなくなったら死んでしまうんだぞ!」


「治すことは出来ないの?」


「…できない」


 空は悲し気に首を左右に振った。


 その様子を見て、海はふと一つの考えに思い至った。


「兄ちゃんは分かってたんだ。いつかこうなるかもしれないってことを。だから修行するときは一緒じゃなきゃ駄目って言ってたんだ」


 空は何も言わなかった。ただ苦しそうに海を見つめるだけだった。


 それが答えだった。


「本当に、僕はもう言祝師にはなれないの?」


「……言祝師じゃなくても海は海だよ。これからも兄ちゃんが守るから」


 空にそっと壊れ物を扱うかのように抱きしめられて、逆に海は奈落の底に落とされたかのような気持ちに陥った。


「それじゃ駄目なんだよ。それじゃ……」



 海の頬を一筋の涙が伝った。







 ◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..



 小高い丘の一際高い木の上に大男が立っていた。左手の甲には黒鬼灯の紋が刻まれている。


「間違いねぇ!間違いねぇ!!間違いねぇ!!!


 俺様のカンはここだって言ってるぜ。


 ったく、氷牙もマヌケな奴だが、子分の失敗は親分が落とし前付けねぇとな。


 この血黒丸ちぐろまる様、氷牙の代わりに心珠を持ち帰ってやらァ」


 ガッハッハッハッハと笑うと血黒丸はその不気味なぎょろりとした目で見下ろしていた竹林の中へと思い切り枝を蹴った――。







 ◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..



「はぁぁぁぁ……」


 海は一晩中嵐のように降り続けた雨が流れる濁流の川を少し離れた大岩の上に座って憂鬱気ゆううつげに見つめていた。


 あれから心身ともに負担が大きかったのかすぐに寝入ってしまっていたが、朝起きると体調はみごと回復していた。しかしすぐに都に向かうと言っていた空はまだまだ心配なようで何かと海の世話を焼き続けていた。


 そんな空に海はありがたく思いつつも息が詰まってしまい一人になりたくてこっそり村を脱走すると身を隠すように竹林の練習場をさらに奥へと進んだ川辺へと来ていた。ちなみにこの川を渡ると大きな山に入ることになる。


「これからどうしたらいいのかな……」


 今まで言祝師になるという夢をひたすら追いかけてきた。それが叶わないとなるとこれから何を目標にすれば良いのかが分からなかった。



 俯くとふと岩の下に生えていた植物の葉に目が留まった。


忍冬すいかずらだ」


 その名の通り初夏に花を咲かせるまで冬の間も葉を茂らせ耐え忍ぶという、空の花紋となった花だった。


 ここに来るときは気が付かなかった。どうやらあまり周りが見えていなかったらしい。


「昔はよく兄ちゃんと一緒に花の蜜を分けてもらってたな」


 海は懐かしさに岩の上から飛び降りると忍冬の前にしゃがみ込んだ。すると奥の根本の方で何かきらりと光るものが見えた気がした。


「何だろう?」


 気になって覗いてみると、拳大くらいの乳白色の珠が落ちていた。


「すごい綺麗だ。何だろう、これ」


 海はその珠を拾い上げるとしげしげと見つめた。


 おそらくこの大雨でどこからか流されてきたのだろう。


「これだけ立派な物だからきっと持ち主がいて大事にしていたはず。ちゃんと返してあげたいな。村長に聞いたら持ち主が分かるかな?」


 首を傾げた時だった。


「見ぃつけたァ」


「?!」



 何者かの声に咄嗟に振り向いた海に真っ黒な大鉈おおなたが振り下ろされた。







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