第5話 焦り

 村を出て側の竹林をしばらく行くとぽっかりと開けた場所がある。そこは普段空と海が言祝術ことほぎじゅつの修行をするために利用している場所であった。


けまくもかしこき天龍に海がかしこかしこもうす。われに邪を祓いし太陽を与えたまえ。でよ“龍心環りゅうしんかん”」


 海が術を唱えるとかかげた手元に龍心環が現れようとするが何度やっても完成する前に弾けて消えてしまう。


「どうしてできないんだろう。


 龍心環ができないと言祝師になれないのに……」


 海は悔しさで唇を噛みしめながら両手のひらをじっと見つめた。



 言祝師になるにはまず都にある言祝師養成所“登龍門院とうりゅうもんいん”の試験に受からなくてはいけない。この登龍門院で言祝術を学び、守刃と契約し、卒業試験に合格して初めて言祝師を名乗ることができるのだ。


 しかし海は登龍門院の試験科目の一つである“龍心環の顕現けんげん”をいつまで経っても成功させることができずにいた。


 龍心環とは言祝師が言祝術を発動させるために無くてはならない神器で、力の源である龍力を手のひらに込め祈詞いのりことばと呼ばれる呪文を詠唱することで発現させることができる。


 龍力は血のように誰もが体内に巡らせているものなのでこの龍心環を発現させることができるかどうかが言祝師の適性があるかを見る一つの指針とされているのだ。


 言祝術は顕現させた龍心環に龍力を流し行いたい術の祈詞を詠唱することで発動する。



 何度やっても上手く龍心環が顕現できない海に空はいつも焦らなくて良いと励ましてくれていたがそんな空だって今の海の年齢の頃にはとっくに登龍門院の試験に合格し既に言祝師となっていたのだ。


 海はどうしても焦らずにはいられなかった。





 辺りはいつの間にか重たく暗い色をした雲が覆っておりすぐにでも雨が降りそうになっていた。


 ここへ来てから一、二とき(一時は約二時間)は経ったであろうか。


 海はふらつく体を気力で支えると再度手を掲げた。


けまくもかしこき天龍に海がかしこかしこもうす。われに邪を祓いし太陽を与えたまえ。でよ“龍心環りゅうしんかん”!」


 再び挑戦するが先ほどよりもすぐに弾け環になる気配が全く無い。


「集中しろ!もっと龍力を込めるんだ!」


 海は躍起やっきになって体内の龍力を集められるだけ手のひらに集め続けた。


 これまでにないほど体中がきしみ汗が止めどなく流れてくる。


 しかし海は絶対に止めようとしなかった。


「足りない!もっと!もっと込めなきゃ!!」


「海!止めろ!」


「兄ちゃん?!」



 自分の手元に集中していた海が空の悲鳴のような叫び声に驚いて顔を上げた瞬間、が聞こえ海はそのまま意識を失ってしまった――……。







 ◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..



 荒々しい雨音にふと気が付くと見慣れた家の天井が視界に入った。


「海!」


「兄ちゃん……?」


 まだぼんやりとする頭で声のした方を向くと空が泣きそうな顔でこちらを見ていた。


「よかった、よかった」


 反対側からは鼻をすする音が聞こえてきて、頭を向けると母が目を赤く腫らしていた。


「何で泣いてるの?」


 不思議に思って聞くと母はたまらず、といった風にぼろぼろと泣き出した。


 海は吃驚して上体を起こそうとしたが何故か体が言うことを聞かず起き上がれない。戸惑う海に空は重々しく問いかけた。


「海、お前、一人で修行をしてたのを覚えているか」


「……そうだった。怒ってる?」


「ああ怒ってるさ!どうして一人で修行したんだ。もう少しで龍力不足で死ぬところだったんだぞ」


「ごめんなさい。一人でも大丈夫だって思ったんだ。今度は倒れないようにするから一人で修行するななんて言わないで!」


「……次は無い」


「どうして?!もう無茶は絶対しないから!」


「そうじゃないんだ」


「どういうこと?」


「お前はもう言祝師にはなれないんだ」


「……え?」






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