第一章 決意の旅立ち

第4話 憧れの言祝師

 うみは急いで畦道あぜみちを走っていた。ほんの数日前に年が明け今年で数え十六になったがこれから会える人のことを思うと嬉しさを抑えられず時折まるで小さな子どものようにぴょこぴょこと飛び跳ねた。

 

 やがて村の入口の門が見えてくるとちょうど目当ての人物がその下を潜るところであった。

 

「兄ちゃーん!お帰りなさい!」


 海の呼び声にすらりと背の高い青年が長い髪をなびかせ喜色満面で駆け寄ってきた。海の兄、そらである。


「海ー!ただいま~!」


 二人はあたかも幾年ぶりに会うかのようにぎゅっと抱擁ほうようを交わした。


「相変わらず兄弟仲が良いことだな。たったの五日離れていただけなのに大げさなことだ」


 空と海が感動の再会に浸っていると鷹斗たかとが呆れたようにやってきた。鷹斗は短髪の青年で、空と海の幼馴染であった。


鷹兄たかにぃもお帰り!それで兄ちゃん、今回の依頼はどうだった?」


「ばっちりはらってきたよ」


 空は得意げににっこり笑った。


 空はこの都から遠く離れた僻地へきちにおいてただ一人の言祝師ことほぎしであった。そのため周辺で邪瘴が出れば必ず空が対処に当たっており、この度も雪の降る中二つ隣の村までおもむいていた。


「おい、何がばっちりだ。いつもいつも後先考えずに突っ込んでいきやがって。“守刃まもりば”としてお前を守る俺の身にもなれよ」


 鷹斗はハァーっとわざとらしくため息をついた。


 言祝師は通常守刃と呼ばれる守護者とともに邪瘴を祓う。これは言祝師が術を唱える間に邪瘴に襲われないようにするためである。


 言祝師とその守刃として契約を交わすとお互いの右手の甲に同じ花の紋、“花紋かもん”が刻まれる。この花紋は言祝師の龍力の性質を表していると言われており、決して他の言祝師と同じ紋様もんようが現れることはない。


 そうして契約を交わした二人は“連花れんか”と呼ばれる。空と鷹斗は連花であり、二人の右手の甲には忍冬すいかずらの花紋が刻まれていた。


「まぁまぁまぁまぁ」


 空はへらりと笑って誤魔化ごまかしたが兄ちゃん大好きっ子の海も鷹斗の言うことなど聞いてはいない。


「流石兄ちゃん!僕も早く言祝師になりたいなぁ」


「なれるに決まってるさ!しばらくはゆっくりできそうだから一緒に修行をしよう」


「ありがとう兄ちゃん」


 海は嬉しそうに笑った。


 と、そこへ一羽の折鶴おりづるが空の元へと飛んできた。羽には胡蝶蘭こちょうらんが描かれている。


「それ何?」


文鶴ふみづるだよ。言祝師同志で使う連絡手段だ。手紙に術をかけると鶴の姿になって相手の元まで飛んで行ってくれるんだ。


 胡蝶蘭の紋が刻まれているということは筆頭大師ひっとうだいしからのものだな」


「筆頭大師?!」


 海は驚いた。


 筆頭大師とは言祝師の中で最も力があり多大な実績を残した三名のみに送られる称号しょうごう大師だいし”の中で第一位の実力を持つ者、すなわち言祝師すべての頂点に立つ者を指す。


 文鶴を受け取ってからの空の表情は少し硬かったが、手紙を読み進めるうちにさらに厳しくなっていった。


「海、すまないが早々に村を出なければいけなくなってしまった」


「また邪瘴?いつ帰ってくる?」


「邪瘴がらみであるのは確かだが、いつ帰ってこれるかは分からない」


「どういうこと?」


「海も邪龍が復活するかもしれないという噂は知っているだろう。


 そのせいで言祝師が都に集められているということも。


 ついにこんなど田舎の言祝師も見逃してはくれなくなるらしい。都への召喚状だ」


「そんな!兄ちゃんがいなくなったらこの辺りの邪瘴はどうなるの?!」


「邪瘴が現れた際は都に報告して、都から言祝師を向かわせるらしい」


「都からなんて!ここまで来ようと思ったら二十日はかかるのに間に合わないよ」


「だからこそこれまでは筆頭大師ひっとうだいしの元に殴り込み、あーじゃなかった、掛け合って免除してもらってたんだが、いよいよそれもできないらしい。都で何かあったのだろうか」


 しばらく考え込んでいた空であったが、海が不安そうにしているのに気が付くとおどけた様に肩をすくめた。


「ま、決まってしまったことは仕方がない。兄ちゃんは一度村長と話をしてくるよ。何か知ってるかもしれないし今後の邪瘴対策についても決めておかないとだからね」


 敢えて明るく振る舞う空に対し、海は深刻そうな表情で空を見つめた。


「僕、修行してくる」


「一人でか?危ないから駄目だ。修行するときは必ず兄ちゃんとって約束だろ」


「でも、これから兄ちゃんは都へ行っていつ帰ってくるか分からないんでしょ?そうなったら僕はいつまで経っても修行できなくて言祝師になれないよ!


 大丈夫だよ。兄ちゃんだって僕の年にはとっくに言祝師の試験に受かってたじゃないか。僕だってできるよ」


「駄目だ」


「どうして」


「海のことが大切で心配だからだよ。いい子だから、先に家で待ってて」


 空はまるで幼子を相手にしているかのように言うと、鷹斗と共に村長の家へと向かって行った。



 海はその段々と遠くなる背中をじっと見つめていた。


(兄ちゃんが心配してくれるのは嬉しい。でも……)


「僕だって早く言祝師になりたいんだよ」


 空が家の陰に見えなくなると海はぱっと身をひるがえし、村の外へと走りだした。






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