第5話

結局、午後の授業も鼻血のせいであまり集中できなかった。そもそも何もなくても隣に昨日まで存在しなかった美少女が存在しているのだ。これで普段通りで居ろ、という方が無理な話である。


午後の授業も終わり、俺達は帰りのホームルームを行っていた。各係や委員会が明日の事等を発表している時も、アイは相変わらず何を考えているのか分からない、言うなればミステリアスな顔をしていた。 


何故教師も使う筈の学校を生徒だけに掃除させるのかは甚だ疑問だが、兎に角掃除の時間が来てしまった。皆が机を後ろに片付け、各々の掃除場所に向かって行った。

俺も皆と同様自分の掃除場所に向かおうとしたら、後ろから肩をつかまれた。もしかしたらと思い振り返ってみると、やっぱりそこにはアイが居た。

「わたしはどこ?」 そんなことを言い、首をかしげながら。


担任にアイの掃除場所を聞きに行くと、あからさまに「あっ!」という様な顔になり「アイちゃんも君になんだか懐いているし、こっちに来たばっかりであんま慣れてないと思うから、取り敢えず今日は君と同じ所で!」等と言い、職員室に早足で去って行ってしまった。俺がどうしたものかと悩んでいるとアイは「早く行こ?」と俺の手を掴んで廊下に出てしまった。コイツは掃除場所を知っているのか?しょうがないので、途中から舵は俺が取ることにした。


俺の班の掃除場所は一階のトイレだった。遅れながらも集合場所に行くと、他の班員はもう着いていて俺の顔を見るなり「遅い~!」等と文句を垂れ流していたが、アイに気がつくと顔色を変えた。小野寺が俺とアイを離すと、顔を耳に近づけると騒ぎ始めた。

「おい!なんでアイさんがこんなとこにいんだよ!?」

「俺も別に連れてきたかった訳じゃねーよ! でも松崎がまだ決めてなかったらしくて、特例で今日はここなんだと!」

「じゃあどうすんだよ!? アイさんにこんな便所を掃除させんのか!? 時代が時代だったらなんかの罪に問われるぞ?」

「どんな罪だよ…。」

「…不敬罪…?」

俺と同様、もしくは俺以上に女性慣れしていない小野寺は可愛い女子の事を皇族か何かだと勘違いしているみたいだった。俺達が言い合いをしていると他の班員の女子が割って入ってきた。

「ねぇ、ちょっと?」

「なんだよ?」

「不敬かどうかは後で議論するとして、アイさんはどっちに入るの?」

「どっちって、何が?」

「だから、男子か女子かってこと。」

「あ…。」 すっかり忘れていたがトイレには当たり前だが男子用と女子用があるのだった。当然女子用だと思っていたが、松崎が言うには「俺には懐いている」と言っていた。つまり俺が男子を選べば男子トイレに入ってしまうという事か。

俺が頭を抱えている時、当の本人は小動物みたいな表情でこちらを見ていた。


アイの目に汚いものを映すか、俺が聖域に連れていかれて、そこで忍耐の限りを尽くすか。その議論は一瞬で終わった。俺以外の満場一致でアイの見たくないものを見ない権利が優先された。 なんてことだ、この班の中で俺の権利は主張出来ないらしい。俺は目隠しを厳重にされ、生まれてから今まで入ったことの無い場所に進んでいった。


目隠しをされているので何も見えない、なので結局俺は聖域の中に居るだけで良かった。俺は壁際まで手を引かれて歩いて行った。何も見えないが手の柔らかさで分かる。これはアイの手のひらだった。

アイは中に入ると女子達から掃除の仕方を教えられていた。 その後アイは言われた通りに掃除をして、一番最初に自分の分が終わっていた。案外器用なのだろうか。

そんな事を考えていると、突然耳に息を吹きかけられた。俺が声にもならない声を上げると、決して見えてはいないが女子達からの軽蔑の視線が感じられた。


アイの気配を探していると、「ここだよ。」と耳元で囁かれた。最近耳元で囁かれすぎて、なんか耳の感度がなんか上がった気がする。

「なんでこんな事…。」

「…、喜んでくれると思ったから?」

怒りたかったが、そんな理由を言われると何も言えない。俺は「もういいや…。」と呟いて、掃除終了のチャイムが鳴るのを待った。


やっと解放されて、俺は晴れて自由の身となった。自由にモノが見れるというのはとても幸福なことだったんだなと、俺はこの時知った。俺が教室に戻ろうとしたら、アイに呼び止められた。「どうしたの?」俺が疲れ果てながら聞くと不思議そうな顔をしながら言った。

「いっしょに、かえろ?」

彼女のなかでは一緒に帰ることは当たり前らしい。俺は何度めか分からないが顔を赤くしながら「う、うん。」と答え、取り敢えず教室に向かった。というか、いつから俺は耳に息を吹きかけられると喜ぶと思われていたのだろうか。歩きながら俺はそんな事を思っていた。


因みに一部始終を見ていた小野寺からはケツを思い切り蹴とばされた。


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