第4話

2,3,4と順調に授業が終われば、待っているのは休み時間だ。俺はアイと昼食を食べようと思ったが、クラスの奴らがそれを阻んだ。アイは女子連中に囲まれて、俺は男子連中に囲まれてしまった。


統制の取れた野生動物の群れの様に、黒崎を筆頭に俺が確実に逃げられないようなフォーメーションを取っていた。 囲い込みが完了すると群れのリーダーたる黒崎が俺への詰問を開始した。

「おいおいおいコーヘイ…?お前午前なんて言ってた…?」

「え…、緑のうんこでも出たか…か?」

「それも言ってたけどちげぇよ! お前リアルの転校生なんてテンション上がんねーわ。とか言ってたよなぁ?」

「いや、アイはちょっと別の理由が…」

そこまで言うと黒崎は俺の顔に自分の顔をぶつかるかぶつからないか位の所まで近づけて首を90度曲げて呻きだした。

「”アイ”? おかしいな?今日転校してきたのに? もう呼び捨てで呼んでるのかい???? おかしいな??」

目の前の人間の顔はもう俺の知っている人間の顔をしていなかった。般若とかなまはげとか、そういう者たちと同じカテゴリーに分類されてもおかしくない顔をしていた。

他の男子達を見ると彼らも種類にこそ違いはあれど、みなこの世の者とは思えない者のような、憎しみを抱えた顔をしていた。




結局俺が化け物共達からの拷問から解放されたのは昼休み終了7分前だった。ボロボロになりながらも俺は何とか腹に何かを詰める為にパンを急いで食べていたら、やはり飲み物を飲む時間をケチったのが悪かったのか、詰まってしまった。


飲み物を取ろうとバッグに手を突っ込んで俺は嫌な予感がした。ペットボトルがやけに軽いのだ。恐る恐る取り出してみると、お茶が入っていた筈のペットボトルは軽く、透明だった。 何故?と思ったが理由はすぐに分かった。さっきの拷問の中の一つの水責め、もといお茶責めはこのお茶を使いやがったのか。

俺が本気で焦っていると、目の前にお茶のペットボトルが差し出された。さっきの奴らの中の誰かが人間の心を取り戻して俺にお詫びを持ってきてくれたのか。 顔は見なかったが声にならない感謝を伝えた後、俺はお茶を一気飲みした。


1/4程のお茶を飲んで、やっと俺の喉の異物は胃の中胃流し込まれていった。

俺は改めてお礼を言おうと顔を持ち上げ救世主の正体を見た。そこにはむさ苦しい男は立っていなく、アイが立っていた。

「あ、アイだったんだ…。ありがとう。死ぬとこだったよ。いやマジで。」

俺は驚き、しどろもどろになりながらも礼を告げた。

「ううん、一時間目の時のお返し。」

「そんな、あんなの別にいいのに…。 まぁ、取り敢えずホントにありがとう。お茶の代金払うよ。いくら?」

「いいよ、別に新品でもないし。」

「え?」

俺は素っ頓狂な声をあげてしまった。ん? 新品じゃない?どういうことだ? これはリサイクルショップで買ってきたってことか? でもお茶なんかは売ってないだろうしな…? 等ともう『中古じゃない』の意味は心のどこかでは理解している癖に頭で別の回答を捻りだそうとしていたら、アイが俺の手にあったボトルを取り自分の唇に飲み口をあてて、中身を飲み始めてしまった。


「こーゆうこと…だよ?」

アイがお茶をバッグに仕舞いながら今までとは少し違う印象の微笑みをした。なんていうか、蠱惑的というか、とにかくグッとくる顔だった。

これまで女性と一番長く話した事が中学の図書委員での会議である俺にとって、目の前で起こったことは到底自分のキャパをオーバーしてしまったので、当たり前の様に、俺の鼻は血を流し始めた。


そんな俺の様子を見ていたアイは「クスッ」と笑うとティッシュを差し出してくれた。俺は一瞬これはもったいないから使いたくないな…なんて考えてしまったが、鮮血は首元まで流れていたので使わざるを得なかった。



取り敢えず黒崎の元に行き、お礼と憎しみどちらを伝えるべきか悩んだが、どちらも返さないのは不躾だと思い、「ありがとう」と一礼してから、腹に重いパンチを決めた。

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