E p i s o d e .紫呉&叶愛
_学校帰り、紫呉と真鈴は2人で事務所に向かって歩いていた。
「やばっ、今日寒くね?」
「そうだね…あ、紫呉くん、マフラー貸そうか?」
「まじ?借りていーの?ありがと〜!」
「……うん、!……あ、」
マフラーを取り出そうとしながら、真鈴は何か見つけたようで数メートル先を見つめた。
「お、叶愛じゃん!」
「ん?…あっ、紫呉くんと真鈴ちゃん!やっほーです!」
「春か……叶愛ちゃん!久しぶり…!」
「久しぶりです!お二人ともこれから事務所に行くんですか?」
「そーそー、寒いからとりあえず暖かいとこ行きてーの」
「うわ、事務所を暖房施設扱い…絶対夏とかクーラー浴びに図書室行くタイプですよね」
「行くけどよくね?涼しいじゃん」
紫呉の返答に叶愛は呆れ顔になって、スルーしつつ真鈴の隣に行く。
「叶愛も一緒に行って良いですかー?」
「行こうぜ〜」
「うん…!3人で行こう!」
叶愛の質問に、紫呉も真鈴も笑顔で快く答えた。
そして3人は事務所へ歩き出そうとしたが、その時紫呉が口を開いた。
「ね〜歩くの面倒だし、しば呼ばね?」
「獅波さんタクシー替わりは強過ぎますね…。流石紫呉くん」
「で、でも…そんなに遠くないし……お仕事とかで忙しかったら、」
「大丈夫!どうせあいつ寝てるだけだもん!とりあえず電話するわ〜」
「「……。」」
紫呉はスマホで宇佐美に登録して貰った獅波の連絡先を探し、電話をかける。
何コールか鳴った後、機嫌が悪そうな声で
『…なんだ』と声がした。
「しば〜!!!ちょっとさ〜今やばくてー!」
『何がどうやばいんだよ……』
「だから〜めっちゃ足疲れて折れそうだから迎え来てくんね?」
『…………。』
無言になったかと思うと、ツーツー…という音がスマホから鳴り、電話は切られていた。
「はぁ?!なんで?!」
「いや、切るでしょ。紫呉くん馬鹿なんですか?」
「うん、ちょっと今のは…私も切る…と思う」
心底分からなさそうな顔をして嘆いている紫呉を他所に、2人は呆れた(困った)顔で躊躇なく言う。
紫呉が不機嫌そうにスマホを仕舞おうとする中、今度はこちらのスマホから音が鳴った。
「あ、うさちゃんだ!……もしもし〜?」
『紫呉、今帰ってる途中ですよね?それならついでに買い物をお願いしたいと思って』
「え、やだ」
『は、ちょっと!いつも私が行ってるんですから今日くらいは頼まれてください!』
「やだ〜〜だりぃもん」
「分かりました!叶愛おつかい頼まれまーす」
「わ、私も…いつもお邪魔させて頂いているので…!」
横で話を聞いていた叶愛と真鈴は、宇佐美が可哀想なので頼みを了承する。
「え、まじ?俺帰っていい?」
『……はぁ。分かった、アイスやお菓子も買ってきて良いですから…!』
「がちで?!じゃあ行くわ〜」
やる気の無い紫呉を見越して宇佐美が言うと、気分が良くなったようで、紫呉は颯爽と近くのスーパーへ向かう。
そして宇佐美から買って欲しい物を聞くと、叶愛がメモをしてから電話を切った。
「というか、紫呉くん彼女のマフラー借りるってどういう事ですか。今日めっちゃ寒いのに」
叶愛は紫呉がしていた、可愛らしいマフラーを目にして言った。
「え〜、借りちゃ駄目なの?」
「……。……はぁ!真鈴ちゃん、叶愛もマフラー持ってるんで貸しますね!はい!」
叶愛はスクールバッグからマフラーを素早く取り出すと、笑顔で真鈴に差し出した。
「えっ、で、でも……。そしたら叶愛ちゃんが寒いし、風邪引いたら申し訳ないな」
「叶愛は全然大丈夫ですから!真鈴ちゃんこそ風邪引きますよ!」
「……!じゃあ…ありがとう、借りようかな、!」
叶愛の屈託のない笑顔に惹かれて、真鈴は申し訳なさそうに笑いマフラーを受け取った。
紫呉は二人の会話を「仲良いな〜」と呑気に思いながら微笑んで見ていた。
三人はスーパーの前まで着くと、沢山の車が並んで停めている中、不自然に置かれたトラックを目にして不思議に思う。
「なんですかあれ。ちゃんと停めないと迷惑がかかるのに分からないんですかねー」
「なんかあれなんじゃね?あの〜あれ!あれだよ」
「あれ……?業者さんとかって事…かな」
「そーそー!」
「だとしても裏に入っていきますよー」
三人がそう話しながらも通り過ぎようとした時、トラックの近くから何やら揉めているような声が聞こえた。
『やめっ、やめて…!だれか……助けて!怖いよっ、おじさんたちがひっぱってくる〜!!』
『おい、早く荷台に乗れ!人の目に付くだろうが!』
小さな女の子を柄の悪い男達が、無理矢理トラックの荷台に乗せようとしているようだった。
それを見て紫呉と叶愛は目を合わせると、トラックの方へ駆け寄る。
「まりはそこで待ってて!」
「真鈴ちゃんはそこで待っててください!」
「……!」
自分だけを置いて駆け出す二人を見ながら、真鈴は申し訳ない気持ちになるが、もし巻き込まれて二人の足でまといにでもなったら……と思い追いかけようとしたその足を止めた。
「何してんの、お前ら」
「あ?お前らこそなんだ?首突っ込むなよガキが」
「叶愛はガキって呼ばれるほど子供っぽくないんだけど」
「え、俺は?」
「チッ、邪魔すんな糞ガキが!」
「きゃっ……!」
男は掴んでいた女の子をトラックの荷台へ投げ込む。
「…!叶愛は女の子を助けるので紫呉くんはその男の人の相手をお願いします!」
「おっけ〜」
叶愛は男の横をすり抜け、荷台の方へ駆け出した。
勿論、追いかけようとする男を紫呉はその男の足をはらい、止める。
男は転びはしなかったが、よろけて膝をつく。
「もう大丈夫ですから!叶愛達と早く逃げよ!」
「え…」
怯える女の子に叶愛は笑顔で手を差し伸べた。
女の子が震えながらその手を取ろうとした時、なにかに気づいたようでハッと目を見開く。
「死ね!ガキが!!」
「……!」
叶愛は咄嗟に避けようとしたが、気づいた時にはもう遅く、頭を鉄の棒で強く打ち付けられ、荷台の中に倒れ込んでしまった。
「叶愛!」
それを見た紫呉は相手をしていた男の事を忘れて、叶愛達の元へ駆け寄る。
「お前、…ふざけんなよ」
叶愛を殴った男を睨みつけ、思い切り足で男の顔を蹴った。
男は鼻から血を出して、地面に倒れる。
「叶愛!大丈夫?起きろって!」
気絶している叶愛を起こそうと体を揺さぶるが、一向に起きる様子は無い。
「……、」
紫呉はとりあえず叶愛を抱き抱えようとする。が、先程膝をつかせた男の事を忘れていた紫呉はその男が後ろから来ている事に気づかなかった。
そして、男は紫呉に近づくと思い切り背中を蹴った。
「……っ、!お前、」
紫呉は叶愛と同じく荷台の中に倒れ込むが、すぐ振り向いてその男に殴りかかろうとする。
男はそれを見て笑うと、荷台の扉を思い切り閉めた。
「は?……おい!」
荷台の扉を殴ったり蹴ったりするも、鍵をかけられたようで出ることが出来ない。
助けようとした二人も女の子と一緒に荷台の中に閉じ込められてしまったのだ。
「紫呉くん!叶愛ちゃん!……!」
その様子を見ていた真鈴は急いでトラックの元に駆け寄るが、周りにいる怖い男達に睨みつけられて怯え、固まってしまった。
「はは……よし、暁闇の奴らを二人も捕まえたぞ。こいつら頭弱すぎんだろ」
「たかが小さな雌ガキくらいでガチになって助けてくるとはなァ……ほんとにヤクザか?笑」
「おい、そこにいる女はどうする?」
男の一人が、真鈴を指差しながら言った。
「あ……?そんなのお前らで適当にやっとけ。俺はこのガキ共を水の中へ沈めに行くからよ」
そう言うとまた別の男はトラックの運転席へ乗り、車を発進させた。
「じゃ〜そこのお嬢さん、ちょっとこっちへ来て貰えるかな?」
男は笑顔でそう言うと、真鈴の腕を強く掴む。
「……!わ、私……は……」
こういう時にどうしたら良いのか、真鈴は分からず言葉が出ない。
「大丈夫大丈夫。お前が暁闇の奴らに告げ口出来ねぇようにするだけだからさァ……」
そう言うと、男は態とらしく目を細めて笑った。
━━━━━━━━━━━━━━━
「叶愛〜起きろよー……がち、こんなか寒いんだけど…冷房でも聞いてんの?」
「……あ、あの……。ごめん、なさい……わたしを……助けたせいで…」
「ん、なんで?そんなん当たり前じゃん!てか助けねぇとかやばいでしょ」
「…………。違うの…。わたし、あの怖い人たちに脅されて…その…演技、しろって……。そしたら、おかあさんの借金、ちょっと減らすって……だから…だから…」
女の子は泣きそうになりながら、下を向いてそう言った。
紫呉は女の子を黙って見つめた後、優しく笑って、女の子の頭に手を置いた。
「じゃあ、俺が助けてやるよ。…てかさ〜それならなんも悪くねぇじゃん?脅してきたあいつらが悪い!」
紫呉がそう言うと、女の子は目を見開いてその目から堪えていた涙が溢れ出した。
そして、紫呉の胸に顔を埋めて「ありがとう…」と言いながら泣く。
「……ん、あれ……」
その声に目を覚ましたようで、叶愛はゆっくりと起き上がった。
「……うわ、痛…最悪です、頭めっちゃ痛いんですけど……!」
「あ、叶愛おはよー」
「え……紫呉くんっ…!ついにそんな小さい女の子までを泣かせるデリカシー無し人間になっちゃったんですか!?」
「ちげーよ!俺は…」
叶愛は紫呉の言い分を無視して、辺りを見渡した。明らかにトラックが進んでいると分かるので段々と血の気が引いていく。
「……これ、まずいですね。多分冷凍車ですよ」
「冷凍車?」
「はい、冷凍食品とか…魚とか、あと紫呉くんが大好きなアイスとかを運搬する時に使う車です。あ、叶愛も大好きですけどね!…だから、人がこんな所にずっと居たらどうなるか…もって2時間…いや1時間?」
「ちょ…、ちょ!叶愛!!やべぇ、俺叶愛が何言ってるか分かんねーんだけど…!」
一気に言葉を続ける叶愛を見て、紫呉は混乱しだす。
「大丈夫です、それはいつもの事ですから」
紫呉に言われた叶愛は真顔で、当たり前かのようにそう言った。
「とりあえず、……ここから抜け出す方法を…考えないと…」
普段は明るい笑顔の叶愛も、流石の緊急事態で真剣な表情になって考える。
体温も段々と下がっていき、叶愛は白い息を吐きながら話す。
「……。俺の上着、貸す?あとマフラー。まりのだけど」
「叶愛は大丈夫ですから……、女の子に着させてあげてください」
「分かった」
「さむい……」
声を発した女の子を見ると、小さく震えていた。
紫呉は自身のブレザーと、借りているマフラーを脱ぎ女の子に着せる。
「うわ、やべぇー…極寒だわ〜……」
「…………叶愛、事務所に電話かけてみます。流石に…誰か出ると思いますし、」
「うん……よろしく…………眠…」
「は?紫呉くん…絶対……!寝たら駄目ですよ……!…死ぬぞ!」
叶愛はそう言うと、震える手でスマホを操作し事務所に電話をかける。
「お願い……誰か…誰か出てください……ほんとに……」
叶愛が目を瞑って願い続けていると、発信音が鳴りやむ。
「あ……!あの!叶愛です…………!」
『…………俺は暇じゃねぇ』
電話に出た獅波は呆れた声でそう言うと、電話の受話器を置こうとした。
「違います……!!お願いです……切らないで!……切ったら紫呉くんが獅波さんのこと……倒すって……!!」
後半の言葉は置いといて、明らかに様子がおかしい叶愛の声に、獅波は寸前の所で手を止めてまた受話器を耳に当てた。
『くそどうでも良い用事だったら殺す……早く用件を言え』
「あの、……冷凍車に閉じ込められて……それで今…走行中ですね」
『……馬鹿か。何処に向かってるかは分かんのかよ』
「えっと……分からない…です…」
『…………はぁ。……車のナンバーは?』
獅波は大きくため息をつきながら、こいつらは助かる見込みが無いんじゃないかと思いながらも質問を続ける。
「覚えてません……ごめんなさい!」
『チッ……んなら無理だ。お前らで何とかして抜け出せ。出来ねぇなら死ぬしかねぇだろうが』
「…………そうですよね…あ、止まった」
車はいきなり止まると、何やら運転席の方で音がする。
そして少し経った後、バタンッと前から音が鳴った。恐らく運転手の男が降りた音だ。
が、運転手がいないにも関わらず、物凄いスピードで前進し始めた。
「は、?!えっ今降りなかった?!」
紫呉も戸惑い、窓も無い荷台の中で辺りを見回す。
「叶愛にも分かりません!なんで……」
『…おい、何があった?』
「運転する人がいないのに…進み出して…………え」
車の走行音が止まった瞬間、叶愛達はフワッとした感覚に見舞われる。
「な……んですか…っ?!」
「え、落ち……?!」
そして、バシャンッ!!と物凄い音をたてながらトラックは水の中へ沈み出しているようだった。
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「いっ…………目がっ…………う゛っ…」
真鈴の腕を掴んでいた男は、まだその掴んだ手を離さず、もう片方の手で目を抑えていた。
「お〜、やるねぇ恵くん」
「…。穢らわしい顔だったので、」
男の目に除菌スプレーをかけた恵は何食わぬ顔でそう言う。
「ははっ、確かになぁ…おっさん、すごい気持ち悪い顔しとったで?」
慶は嘲笑うかのように煽りながら言った。
そして恵・慶と一緒に出かけていた伊吹は、真鈴の腕を掴んでいる方の男の腕を掴み下から見据えると、小さく笑った。
「そんなに良い歳して女子高生をナンパか?」
そう言うと男の腕を逆方向に曲げ、骨を簡単に折ってしまった。
「〜〜〜〜っ、!なんっ…なんだよお前ら……っ!」
男は膝をついて、折られた方の腕を抑え苦しそうな顔で言う。
伊吹達はその男を哀れんだ目で今度は上から見据えた。
「オレら?さぁ、なんやろなぁ…」
慶は空を見上げながら態とらしく言う。
「私らはこの女の子を助けに来た、ただの通りすがりだ」
そしてもう一度、伊吹は小さく笑いながら真鈴の肩に手を置いた。
「…………嘘…つけ…………!お前らさっきの…あいつらの仲間……ぐっ…、」
男が話終える前に、慶は思い切り男の溝内を蹴った。
男は腹を抑えた後、目を閉じて地面に横たわる。どうやら気絶しているようだった。
「余計な事は言わんで良いんやで」
慶は男の前にしゃがむと、煙草を吸い、そして煙を吐く。
その1回吸っただけの煙草を男の顔で火を消してそのまま吸殻を男の上へ落とした。
「…………。」
今の一連の流れを見て、真鈴は少し脅えていた。
「ごめんな、真鈴。こんな所を見せて」
伊吹に話しかけられ、放心状態だった真鈴はハッとして目を見開く。
「あ…、……。ありがとうございます…!!あの…私、どうしたら良いか分かんなくて…えっと」
「仕事の帰りでちょうど通りかかったからな…良かった」
「てか蔵坂ちゃん学校の帰りやろ?組長は一緒じゃないん?」
「紫呉さんの事ですから…蔵坂さんを置いてアイス買いに行ってる…とか」
「はは、本当にそうなら1発殴らないとな」
「いや姐さん、組長殴るとかヤバいやろ」
「そうか?」
慶達がそんな会話をしている中、真鈴は大事な事を思い出して顔が青ざめていく。
そんな真鈴の様子に気づいたのか伊吹は真鈴の顔を覗き込むようにして見た。
「真鈴?」
「……紫呉くんと、叶愛ちゃんが…女の子を助けようとしてトラックで連れて行かれちゃったんです…」
「「「え。」」」
震えながら話す真鈴の言葉を聞いて、慶達も緊迫した顔になる。
「えっとー…どっち向かって行ったとか分からへん?車のナンバーとか…」
「ご、ごめんなさい…っ!その、焦っていて全然覚えてなくて…」
真鈴は申し訳なさそうに思い切り頭を下げた。
そしてゆっくり顔を上げると、目に涙が薄ら浮かんでいるのが分かる。
「まじか〜、場所吐かせてから気絶させれば良かったわ」
「とりあえず…そうだな、無闇に探すより一旦事務所に戻って獅波くんや宇佐美くんにも相談してみようか」
「俺もそれが良いと思います。」
「てことで蔵坂ちゃんも一緒に行こか!」
慶は真鈴が気にしないように優しく笑ってそう言った。
「……、はい」
慶が気を使ってくれているのは分かった真鈴だが、やはり負い目があり小さく返事をしてから彼らの後ろを着いて行った。
━━━━━━━━━━━━━━━
『おい……おい…!』
「いった〜!!頭ぶつけたんだけど!!」
「叶愛は紫呉くんがクッションになってかろうじて大丈夫です。あ、今ので冷凍機壊れたんですかね…?寒さが無くなってきま……いや、冷た!」
『…………お前ら、聞こえてんなら早く返事しろ』
「あ、ごめんなさい!」
『今何があったんだよ』
「えっとー…どこかへ落とされました。多分、水の音がしたので……川…湖とか、海とか……」
「えっ、まじ?!やべぇじゃん!!」
『……時間は』
「え?」
『トラックが進み出してから落とされるまでどのくらいかかったか聞いてんだよ』
「そうですね、…紫呉くん、宇佐美くんからの着信履歴見てください!」
「着信履歴…えーっと、16時45分だって」
「なら大体…20分くらいです」
『どこから出発した』
「近くのよく行くスーパーです!」
『…………海水の匂いは』
「しません」
獅波にされた質問を、叶愛はこんな状況になりながらも冷静に答えていく。
それを見て紫呉は圧巻されながら尊敬の眼差しで叶愛を見つめていた。
『お前らを閉じ込めた奴の顔とか覚えてねぇのか…?』
「顔の特徴…確か、」
叶愛が言葉を続けようとした時、電話はいきなり切れてツーツー…という音が鳴り響く。
スマホの表示を見ると、そこには"圏外"と映し出されていた。
「嘘、圏外?!……!水…」
叶愛は自分がよっぽど危機感が無く先程まで話していたことに気づいた。
水没していってるという事は、車内に水が入り込み時間が経てば自分達は溺死してしまうのだ。
「冷たー!!めっちゃ水入ってくんじゃん!」
「…………。紫呉くん、女の子は大丈夫ですか?」
「え、うん。ちゃんと抱えてる」
「そう…ですか」
「…?叶愛、元気なくね?」
「…………。悔しいんです、叶愛がちゃんと警戒していれば…っ!」
そう言うと、叶愛は服の裾を強く握りしめて涙を堪える。
「ん〜、まぁしょうがねぇだろ。俺らまだ子供だもん。そういう時もあるって〜」
「紫呉くん、普通に驚くし反応大きい癖に変な所で肝座ってますよね。イラつきます」
「あはは、そう?言われてみれば〜?そうかも〜?」
「褒めてないんですけど」
照れながら笑う紫呉を見て、叶愛は呆れた顔で…いや、呆れているが優しい顔で微笑んだ。
「酸素が残ってるうちは死にませんもんね。それに、完全に水没したとしても3分はもちます!」
「3分?まじで?よく知ってんね」
「これくらい当然ですよ!……はぁ、お腹空きました…この後何食べに行きますか?」
「えー、やっぱステーキ?」
「良いですね、ステーキ!叶愛めっちゃ食べたいです!」
叶愛はいつもの調子を取り戻したようで、屈託のない笑顔でそう言った。
「うわ〜、結構浸かってきたね」
「……水冷たいし、もうほんと最悪です!風邪引いたらどうするんですか…!」
「んね〜、明日ぜってぇ風邪引いてる!」
紫呉と叶愛は不満そうに、それでも明日があるという希望をもって笑いながら話した。
━━━━━━━━━━━━━━━
「あ、獅波。何の電話だったんですか?珍しく焦っているみたいでしたけど」
「…あ゛?…………紫呉と叶愛がトラックに閉じ込められて、今水ん中だとよ」
「………………え」
獅波の言葉を聞いた瞬間、宇佐美は大事そうに抱え持っていた書類をバサーっと床に落とした。
「私……私、紫呉達に買い物を頼んでしまったんです…………。あの時……頼まなければ……………」
「チッ…変な所で責任感じてんじゃねぇよ。後悔する前にあいつらが落とされたとこ探すの手伝え」
「……!はい!」
宇佐美は急いでパソコンのキーボードを打ち、地図を表示させた。
「どけ」
獅波は宇佐美にそう言うと、パソコンの前に行きスーパーから車で20分圏内の湖や川を探し出す。
そして何個かにしぼって目星を付けると、宇佐美に視線を向けた。
「サツに通報しろ。マークをつけたこの場所を言って捜させる」
「は、はい!分かりました、」
宇佐美は急いで警察に電話し、獅波が言っていく湖や川の名前を正確に伝えていく。
そして電話が終わると、獅波はコートを羽織り外へ向かい出した。
「あ、皐くん!どこか行くん?あのな、組長と春風ちゃんが」
丁度帰ってきた慶が、出かけようとしている獅波に話しかける。
「もう知ってる。今から向かうところだ」
「それなら、私達も連れて行ってくれないか?」
「今回は………俺も行きたいです」
「あ゛?んでだよ……。」
「敵の連中が他にも沢山いたら邪魔やろ?周りにいる雑魚はオレらに任せて欲しいんや」
「…………。……乗れ」
そして獅波の車に慶達も乗り込む。
真鈴が着いていくのは流石に危ないので、宇佐美と一緒に事務所で待ってて貰うことにした。
━━━━━━━━━━━━━━━
「……これ、後もう少しで顔浸かるくね?」
「そうですね…そしたらもう息止めて助けがくることを願うしかないですよ」
「俺らはまだ希望あるかもだけどさ〜落ちた衝撃で女の子意識無いしやばくねー?」
「…女の子を上に持ち上げながら沈みましょう」
「あははっ、まじ?……やべーわ、それ…」
酸素が薄くなってくる荷台内で、紫呉達は視界に霧のようなものがかかり始める。
彼らが目を瞑ろうとした瞬間、トラックの上から物音がした。
「大丈夫ですかー?!返事をしてください!大丈夫ですかー?!」
「「…!」」
紫呉と叶愛は助けが来たことに気づき、目に消えかかっていた光を取り戻した。
「二人意識あります!!8〜10歳くらいの女の子も一緒にいて、女の子は意識ありません!!!」
叶愛はレスキュー隊の人に大声で伝える。
そしてガタンッ、という音が鳴ると少し上に上がっているようで水が引いていった。
レスキュー隊はクレーンを使い、湖からトラックを持ち上げ、陸にあげ始める。
そして完全にトラックが上がると、紫呉達と女の子は無事に救出された。
彼らにタオルが渡され、緊急医療用のテントへ案内される。
一方、ほぼレスキュー隊や警察と同時に着いた獅波達は逃げ隠れていた犯人達を即見つけて捕まえ(武力行使で)、警察に突き出していた。
「あ、保護者の方ですかー?」
レスキュー隊の一人が獅波に近づき聞いてきた。
「あははっ、保護者やって!皐くん!」
「良かったな」
「こんな保護者…俺は絶対嫌ですけど」
「チッ…後で覚えとけよお前ら……」
「お二人の治療終わりましたので!」
レスキュー隊の人がそう言うと、後ろから紫呉と叶愛がゆっくり出てくる。
怒られると分かっているので二人とも冷や汗を流して「あはは…」とぎこちなく笑っていた。
「………。帰るぞ」
だが、予想に反し獅波は何か言うことも無く、鋭い目付きでこちらを見た後自分の車の方へ歩き出した。
「あっ、待てよ〜しば!」
「皐くーん、待ってや〜」
慶も紫呉と同じように、真似してふざけながら言った。
「…お前ら、この仕事やってから帰れ」
「え?」
獅波は書類を慶に押し付け、強く睨みつけると「やれ」と言って圧をかけた。そしてまた颯爽と歩き始めてしまった。
「人使いが荒いな、獅波くんは」
「俺らのせいもあるような気がしますけど…」
押し付けられた三人は怠そうな顔をしながらもまた別の方へ歩き出した。
「あ、あの……お姉さん!」
意識が戻った女の子は、叶愛の元へ駆け寄って呼び止める。
「ん?…あ!どうしたの?」
「た、助けてくれて…………ありがとう…!」
先程まで一緒に閉じ込められていた女の子に笑顔でお礼を言われ、叶愛は今までに無い嬉しい気持ちになった。
「いえいえー!ほんとに無事で良かった…」
「あとねあとね…お兄さんにも……あの…ありがとうって…伝えて欲しいの!」
「うん、勿論!伝えておくね」
照れながら言う女の子に対して明るい笑顔で叶愛は答えた。
そして、女の子と手を振ってお別れすると機嫌が悪そうに待っている獅波の元へ急いで行き、車へ乗り込む。
事務所へ着いて車から降りると、宇佐美と真鈴が駆け寄ってきた。
そして、宇佐美は紫呉と叶愛を抱き寄せる。
「良かった…良かったです……!!本当に…!ごめんなさい、私がおつかいを頼んでしまったから…………申し訳なさ過ぎてなんと言ったら良いか…」
彼らから手を離した宇佐美は頭を下げる。
「いや、なんでうさちゃんが謝ってんの?めっちゃおもしれーんだけど!」
「そうですよ!うさちゃんはなんっにも悪くないですし!」
二人に笑いながらそう言われた宇佐美は涙を浮かべた後、安心した顔で優しく微笑んだ。
「紫呉くん、叶愛ちゃん…!良かった…無事で…あの、私こそごめんなさい!助けに入れなくて…」
「も〜なんでみんなして謝んの?てかあの後まり大丈夫だった?!」
「あっ、なんかされませんでした?!叶愛が殴ってきますよ!」
「えっ…、全然大丈夫だったよ!伊吹さん達が助けてくれて」
すると今度は紫呉と叶愛が「あ〜良かった〜!」と安心した顔になった。
「あ、そーだ…。俺めっちゃまりのマフラー水に濡らしちゃったんだけど…まじごめんだわ」
「…ふふっ、大丈夫!紫呉くん、なんで謝るのか聞く割には自分も謝ってるよ…!」
「でもこれは謝った方がいい事ですから!ね、紫呉くん」
「え、うん?え?」
叶愛にそう言われた紫呉はよくわかっていない顔で返事をした。
「洗って返すわ!」と軽く言う紫呉に対し相変わらずだな…と叶愛は思うが女の子に言われた事を思い出し話しかけた。
「紫呉くん、そういえばさっきの女の子がありがとうって言ってましたよ」
「まじー?!やっぱ俺すげぇ感謝されることしたんだ、え、凄くね?」
自慢げに言う紫呉を見て(それはいつもしてますよ)と思ったが、言葉に出すと調子に乗るので叶愛は心の内に留めておくことにした。
「あー、そうだ!皆さんご飯食べに行きましょう!叶愛、ステーキ食べたいです!!」
叶愛が笑顔でそう言うと、紫呉や真鈴…宇佐美は優しく笑い「行こっか!」「行きましょうか!」と言った。
聞いていた獅波はまた車へ戻ると「早くしろ」と運転席に座ったようだった。
ヤクザ 小説 @0000_nishiki
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