カジノ

「……ねぇ!!」


いつも通り各々の事をしている休日の昼、紫呉のいきなり発した声に暁闇のメンバーは一斉に視線を紫呉に向ける。


「…パーティー、行かね?」


「行かねぇ。」


「はい出たー!しばのなんも聞かずに即断る癖〜!」


「チッ…あんま騒がしいと追い出すぞ」


「俺の事務所!」


獅波に言い切られた紫呉はいつもの様に床へ転がり、「行くって言うまでぜってぇ起きね〜!」と大の字になる。


「床に寝転がるのは汚いですよ、紫呉!起きなさい!」


その様子を見て、宇佐美は困り顔で腰に手を当てながら注意した。


「……掃除、したんですが。」


蛇場原も宇佐美の隣に立ち、明らかに不満そうな顔を見せてその後ため息をついた。

_寝転がる紫呉に対してなのか、汚いと言った宇佐美に対してなのかは分からない。


「パーティー?いきなりどうしたんですか?」


「お、招待でもされたん?」


「獅波くん、行くか行かないかは話を聞いてからでも良いんじゃないか?」


そして叶愛・慶・伊吹はいつも通り紫呉側に着いてくれ、それぞれ話を聞いてくれる。


「なんか〜俺の父さんが呼ばれたらしいんだけどさ〜?仕事で行けねーから友達でも連れて代わりに行って良いよ〜って!」


「うわ…紫呉くんのお父さん、お呼ばれしたパーティーに紫呉くんを代わりに行かせるだなんてどれだけ優しいんですか?」


叶愛が若干引き気味で口に手をあてながら言った。

その横で慶と伊吹、そして宇佐美も頷く。


「いやでもそれなら、蔵坂ちゃん誘って2人で行けば良いんやないの?」


「そうですよー、デートして来たら良いんです」


慶と叶愛は顔を見合せ「ですよねー」「そうやよな〜」と言う。


「私もそう思ったんですが…招待状が紫呉のお父様の元に届いたという事は、良くも悪くも他の組が関わっている可能性があります。…なので、紫呉と蔵坂様2人で行かせるのは…その、心配…というか…」


宇佐美は少し申し訳なさそうに眼鏡の縁を触りながら、普段より小さい声で言った。

そして、宇佐美が「まぁ…強制はしませんが…、!」と言葉を続けようとした時、獅波は座っていたソファから立ち上がり、宇佐美の後ろへ立つ。


「…行く。」


「え、獅波?今何か言いました…」


「行くっつったんだ。…こいつのくだらねぇお遊びなら行かねぇが、それはもう仕事だろうが」


睨むように紫呉を見据えながらそう獅波は言った。

(まぁなんかやらかしてこっちにも降り掛かってきたら嫌だよな〜)と紫呉と宇佐美以外の一同は思う。


「やった!しばが乗り気になったー!うさちゃんないす!」


「えっ…私…?!」


「ま、上3人が行くなら俺らも行かないとな」


慶は今の一連の流れを聞き、笑いながら言った。


「……そうですね。…パーティー、。」


「ですねー!」


「楽しみだな」


蛇場原は勿論嫌そうな顔をして下を向いているが、叶愛と伊吹はお互い楽しみそうに微笑みあった。



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「…で、なんか巻き込むかのようにうちの組長が誘っちゃったけど〜…大丈夫?」


「は、はい!全然大丈夫…というか、あの…誘って貰えて嬉しいです…!」


_パーティー当日、夕方。暁闇のメンバーと真鈴は事務所に集合している。

そして慶は気を使い、真鈴に確認していた。

真鈴はいつも通りの笑顔でお辞儀をしながらそう言った。

慶は真鈴のその態度に(毎回思うけどなんでこんな良い子と付き合えたんだ組長…)

と、そう思った。


「えっと…パーティーに行くのに…あの、正装が分からなくて制服で着ちゃったんですが…大丈夫ですかね、」


真鈴は少し照れながら聞く。


「ん〜まぁ良いんとちゃう?オレら普段着やしな」


ほら、と言うように慶は両手を広げて服を見せて微笑んでみせた。


「ほんとですか…!なら良かったです、ありがとうございます!」


「いえいえ〜!」


「…おい、行くぞお前ら」


慶と真鈴がお辞儀し合っている合間に冷たい声が響く。

獅波の鋭い視線を感じた2人は怖がりながら急いで獅波達の元へ向かう。


「車は獅波くんと桐ヶ谷くんの車で行くんだよな?振り分けはどうする?」


「はい!叶愛は慶くんの車が良いです!」


伊吹が皆に質問すると、即座に叶愛は手を挙げて慶の傍に来る。


「え〜叶愛もったいねぇ〜。しばめっちゃビューンって行くから楽しーよ!」


「でも速度は守ってくださいよ…獅波!」


「んなの分かってるに決まったんだろ、うるせぇな」


「…まぁ、そうだな。グーとパーで分かれようか。」


恐らくパーティーに行く前から争奪戦が始まると思った伊吹は、それだと真鈴が可哀想だと思い気を利かせてそう言う。


「あぁ、でもまりは桐ヶ谷くんの方が良いな。安全運転だし」


「え〜?そうやろ〜?」


伊吹に褒められた慶は分かりやすく機嫌が良くなり、微笑む。


「わ、分かりました…!!よろしくお願いします!」


「…早く決めろ」


獅波がそう言い放つと雰囲気がまた一変し、皆グーを出した。

そして、


「行きますよー!…グーとパーで分かれましょ!」


宇佐美がそう言うと、皆一斉に手を出す。


「お、綺麗に分かれたな」


皆が出した手を確認し、伊吹が言う。

紫呉・伊吹・叶愛は獅波車、宇佐美・蛇場原・真鈴は慶車という結果になった。


「叶愛、…終わりました」


「良かったじゃん叶愛!」


落ち込む叶愛を他所に紫呉は笑いかけながら言った。


「獅波くんの車に乗るのは久しぶりだな、いつ以来だ?」


「あ゛…?なんか文句でもあんのか?」


「いや?」


「チッ…早く乗れ。行くぞ」


獅波がそう言うと、皆車に乗り込む。

そして獅波の車を先頭にしてパーティー会場へ出発した。



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「わぁ…すごいです!!大きな建物!」


パーティー会場がある建物につき、車を降りた叶愛は目の前の大きく綺麗な建物に圧巻される。

その高層ビルは恐らく最上階の窓がガラス張りとなっており、都会にありそうなお洒落な雰囲気だ。

叶愛が感動していると、その横を紫呉が通り過ぎる。


「早く行こーぜ!俺先行く〜!!」


紫呉は走って、真っ先に建物の入口に向かいだした。


「ちょっと…!勝手に行かないでください!」


宇佐美も焦りながら紫呉の後を追いかける。

その様子を見ていた他のメンバーも2人の元へ歩き出した。



「ようこそいらっしゃいました。会場は15階になりますので、そちらのエレベーターをどうぞお使いください。」


スタッフは一礼をして、エレベーターを手で示す。

入口のすぐ近くにいたパーティーのスタッフに招待状を見せ、確認してもらった彼らはエレベーターに乗る。


「ビルの15階とか初めて行くわ〜1番上も景色が良さそうやし、行ってみたいわ」


「……俺もパーティー初めてです。あんな人混み…。早く帰りたいです」


「まぁまぁ、楽しもうや」


と、慶は機嫌が悪い蛇場原に肩を組もうと手を回すが、サッと避けられてしまう。


「……触らないでください」


威嚇するように物凄い目つきで慶は蛇場原に睨まれたので、「ごめんって」と苦笑いしながら狭いエレベーターの中、後退りする。


「着いたな。」


エレベーターの表示されている階数を見ていた伊吹は15階に数字が変わった事を確認する。

そして直後にエレベーターが止まり、扉が開いた。


「すごい……広い、」


真鈴はエレベーターを出ると、赤いカーペットが敷かれてある豪華なエントランスを見て目を輝かせる。


「…おい、邪魔だ。早く先に進め」


止まっている真鈴に対して獅波は言った。


「あ、は、はい…!ごめんなさい…!」


真鈴は頭を下げ、急いでエントランスの中央へ向かう。

蛇場原は人混みを避ける為、端の方へ足早に歩いて行く。


客がエントランスの中央へ集まり、話し声などの騒音がする中、少し経つと辺りが薄暗くなる。

客はその様子を察し、すぐ静まり返った。

そして両開きの扉が閉められると女性のスタッフが光と共に出てくる。


「皆さん、本日はようこそいらっしゃいました。心より歓迎致します。当パーティーはご夕食までの間、沢山の娯楽でお楽しみ頂けますのでどうぞ、御寛ぎください。そして15階から最上階の20階まで貸切となっておりますので、会場内の地図は御手元のパンフレットから確認して頂いて、何かご不明な点がありましたらスタッフへお申し付けください。それでは皆様、どうぞ!お楽しみください!」


スタッフがそう言って深くお辞儀をするとまた部屋が明るくなり、扉が開かれた。

そして小さく拍手が起きた後、また少しずつ話し声が聞こえ始める。


「叶愛と真鈴はどっか行きたいとこあんの〜?大人達置いて遊ばね?」


紫呉は少し悪い顔をして、小声で叶愛と真鈴に問いかける。


「えぇ、叶愛はどこも無いですね。それより夕食の時出るこのデザートが楽しみです!」


ほら、と叶愛は指さしながらパンフレットに乗っている甘そうなケーキを見せる。


「うわ!めっちゃおいしそーじゃん!」


と紫呉も目を見開きながら言う。


「まりちゃんは?どこか行きたいとこありますか?」


「私も特に…無いかな!2人の行きたい場所があったら着いてくよ!」


真鈴はいつも通り優しく微笑む。


「え〜じゃあ、」


『……この金…持っていけば取引……本当にしてくれるんですよね…?…はい、……はい。』


紫呉が話そうとした時、このパーティーの雰囲気に相応しくない、明らかに怪しい恐らく従業員の男が電話をしているその話し声が耳に入る。


『分かりました……。はい、…すぐ向かいます。』


男は電話を切ると、早歩きでどこかへ向かってしまった。

そして、それを見た紫呉は何も言わずにその男を追いかけ始める。

一緒に見ていた叶愛と真鈴は紫呉が駆け出すのを見て、止めるべく急いで紫呉を追いかけた。


「え、紫呉くん…!宇佐美くんに怒られますよー…!」


「着いて行くの…危険かも知れないし……紫呉くん?」


「いーじゃん、なんか面白そうだし。行きたい場所ないんでしょ?」


心配する2人を他所に、紫呉は幼い子供のように笑って歩くその足を止めない。

叶愛と真鈴は引き返そうかと思ったが、紫呉を一人で行かせるよりは…と思い諦めて着いて行く。


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「何か起きるかも知れないですし、気を引き締めて行きましょう」


宇佐美は眼鏡を直し、張り切った顔で言った。


「なので勝手な行動をしないでくださいよ。…特に紫呉と獅波!貴方達は本当に心配ですから…」


と宇佐美が話すのを他所に全く聞いていない獅波は異変に気づいて辺りを見回す。

そして、高校生達が既にいない事に気づいて嫌気がさす。


「あいつら…どこ行った?」


「なんか、3人で話してからそっち行ったで」


慶は先程紫呉達が進んで言った方向を指さす。


「あ゛…?気づいたならなんで止めなかった?」


獅波は怖い顔をして慶との距離を詰める。


「い、いやいや!パーティーやし好きにさせたらええかな〜って!あはは…」


命の危機を感じた慶はそう苦笑いして誤魔化す。

獅波と慶が話してる中、何気に1番血の気が引いている宇佐美は慌てた様子でいた。


「さっ…探しに行きましょう!!」


そう言うと真っ先に宇佐美は動き出す。


「…蛇場原くんはどうする?」


宇佐美に着いて行く獅波と慶を見て、伊吹は端にいた蛇場原に声をかける。


「…行きます。ここに居るよりマシなので」



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「ここって………………カジノ?!」


叶愛は好奇心と不安が混じった表情で言う。


男を追いかけ15階から17階に上がってきた紫呉達はカジノの入口へ辿り着いた。

勿論男は大人であり従業員なので何も言われず入っていくが、紫呉達は18歳_高校生なので入口で止まってしまう。


「どうしますか……そこにいるスタッフを倒して進むとか…」


「まじ?やる?」


「でっ、でも…そしたら騒ぎになって余計にその…男の人を追いかけられなくなっちゃうんじゃ…」


叶愛・紫呉・真鈴は小声で作戦会議をする。


「ん〜じゃあ俺ら大人のフリして入る?」


「あ…私制服…」


「制服が見えないよう叶愛のアウター貸しますよ!」


作戦がまとまった彼らは何故か決意した表情で前を向き、進み出す。そして何気ない顔でスタッフの前を通り過ぎようとした。


「あの…。お客様?」


…が、スタッフに話しかけられてしまう。


「な、なにかな〜?お、あ…僕?いや私?達はカジノを楽しみに来たんだがー」


紫呉は明らかに態とらしい演技をして誤魔化そうとする。

それを見て叶愛も同じく演技をし始めた。


「そうよ〜!何か文句でもあるのかしら〜?!」


「えっと……私達、あの……遊びたくて…。駄目でしょうか…駄目…かしら?えっと…?」


2人の行動に戸惑いながらも真鈴は演技をしようとするが更に怪しさが増す。


「…。申し訳ありませんが未成年の方は…」


「あ〜…いたいた!って、なに?お兄さん。オレの部下達になんか用?」


スタッフが頭を下げて断ろうとした時、紫呉の肩に手を回しながら慶が言った。


「え、部下…?…!申し訳ありません…!!失礼致しました…!」


紫呉達が未成年では無い事に気づいた(未成年だけど)スタッフは焦った様子で急いで頭を下げる。



「…おい、お前ら。何勝手に動いてんだ……」


「ほんとですよ…!!全く…」


カジノ内に入った後、獅波と宇佐美にそう言われた3人は「ごめーん」「「ごめんなさい…!」」と謝った。


「えーでもなんかさ〜怪しーやつが」


「あぁ、暁様。ようこそいらっしゃいました。私がこのカジノのオーナーでございます。」


紫呉が説明しようとした時、前から高そうな服を着た男が頭を下げながら歩いてこちらに向かってくる。


「暁様……。俺?」


紫呉は普段呼ばれ慣れてない呼び方に動揺して目を見開きながら言う。


「紫呉くんが様付けされて呼ばれてる…?!」


叶愛も同じく目を見開きながら紫呉の方へ顔を向ける。

叶愛と同様に他の人も目線を紫呉へ送る。


「貴女方の為に当カジノは本日貸切ですよ。折角ですから、皆さんお召し換えなされてはどうでしょうか?」


そう言うとオーナーはドレッシングルーム(更衣室)を手で示す。


「まじ?じゃあみんな着替えよーぜ!!」


紫呉がそう言うと、戸惑っていた他メンバーと真鈴も流れに乗ってスタッフに着いて行く。


_紫呉達が着替えに行く様子を見て、オーナーは小さく微笑んだ。



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「じゃーん!どう?似合ってるー?」


「はいはい、似合ってますよ。紫呉」


宇佐美は、手を広げて衣装を見せる紫呉に対して微笑みながら言う。

そして、皆着替え終わり外に出てくる。

丁度同じタイミングで出てきた慶と伊吹は目を合わせた。


「…あぁ、桐ヶ谷くん。その髪…似合ってるな」


「え?!…まじ?それ程でもないけどな〜!てか姐さんもなんか…髪下ろしてるし服違うしで雰囲気違くて…えーと、その…素敵やな」


「素敵…。素敵か、ありがとう」


伊吹は言われ慣れない事を慶から言われたので少し驚き、顔を背ける。


「なんや、オレ不味い事言った?!」


慶は心配になって伊吹の顔を覗き込むが、伊吹はいつも通りの顔で微笑んでいた。


「あれ…宇佐美くんですか?…なんか髪下ろすと全然違う人に見えます」


「そうですか?やっぱり幼く見えるんですかね……」


「幼いって言うか若く見えて良いと思います!」


不安そうな顔をする宇佐美に対して叶愛は「はい!」と片手を挙げて、笑顔で元気よく言う。


「若く…なら良いんですかね…?ありがとうございます、春風さん」


「いえいえ〜!」



「…あ、」


皆の後ろに着いていた真鈴は数歩先にいる紫呉を見つけ、近寄る。


「あ、あの!紫呉くん…」


真鈴は赤面した顔を少し俯けながら紫呉に話しかけた。


「ん?」


話しかけられた紫呉は微笑みながら後ろへ振り返る。


「え、えっと……あの、衣装…すごく似合」


「皆さん、良くお似合いで!」


真鈴が言おうとした時、その言葉を遮ってオーナーが手を合わせながらまたこちらに歩いてくる。

オーナーの隣にはスタッフが立っており、持っている箱の中には緑,黄色や赤など様々な色のコインのようなものが入っている。


「是非当カジノで楽しんで頂きたく、特別にチップを多くお渡ししようと思いまして…。どうぞ、こちら全てお使いください」


オーナーが片手を胸に当て、深くお辞儀をしながらそう言う。


「カジノ…ですか、」


宇佐美は不安そうな顔をしてから何か思い詰めるような表情をした。


「まじー?それ使っていーの??やろーぜ!まりと叶愛!」


「良いですよ!叶愛、頭を使うゲームなら得意です」


「お金じゃなくてチップなら…。私も、やってみようかな…」


早速チップを使いカジノをしようとする紫呉に誘われた叶愛と真鈴は意外にも乗り気な反応を見せる。


「ちょっと待ってください!現金では無いからと言って、あまり羽目を外しすぎないように!特に紫呉!」


宇佐美は両手を腰に当てながら、注意する。


「はいはーい、大丈夫だって〜」


「はーい!」


「はい…!」


3人は返事をしてから、ディーラーの元へ向かった。


「楽しそうだな、…君達はやらないのか?」


伊吹は自分と同じく、椅子に座っている獅波や慶、蛇場原に問う。


「…やらねぇ」


「ん〜オレは良いわ。大人やから今じゃなくても行けるしな」


「……誰が触れたか分からないチップに何回も触るなんて論外です、ありえません」


「…そうか、まぁ…そうだよな」


高校生組とは正反対に乗り気じゃない大人達を見て、伊吹は「だろうな」と思いながらまた高校生達を見守る。

宇佐美の心配する声や注意する声が度々耳に入ってくるのを慶と伊吹は微笑みながら聞いていた。



「紫呉…!実際にこの額借金したら終わりますよ…!!もっとお金の使い方を」


「あーもう!分かってるって〜!良いじゃん、ほんとの金じゃねーんだし」


「そういう問題では…!!」


「てか絶対あのディーラーおかしいって!」


いよいよ言い争いになってきたので、椅子に座り見ていた大人達は立ち上がり、宇佐美と紫呉の元へ向かう。


「でも宇佐美くん、紫呉くんでも流石にそういうお金の使い方実際にしないと思いますし…そんなに怒らなくても」


言い争う2人の間に叶愛が入り、宇佐美を宥める。


「ちなみに、いくら負けたんや?」


「え、これ」


慶が苦笑しながら聞き、紫呉はその額が書いてある紙を見せる。


「んーと、…いちじゅうひゃくせんまん…………2億?!うわ〜やらかしとるわ」


その額に驚き慶は目を見開くが、拗ねる紫呉を見て「まぁ実際には気ぃつけや」と言い紫呉の頭にポン、と手を置く。


「2億…借金なさったんですか?」


その会話を聞いて、オーナーがまたこちらへ向かい歩いてくる。


「はは、そうみたいで〜。まぁまだカジノの事よう分からんのやと思います」


慶は頭に手を当て、笑いながら言った。



「……2億、返して頂かないと困るな」



オーナーが放ったその言葉に、辺りが一瞬凍りつく。

だが、明らかに可笑しい状況になったのをいち早く気づいた宇佐美が前へ出て口を開く。


「返して頂かないとって…!ここは日本で本当のお金を使ってのカジノは違法になりますよ…!!」


「ここのカジノはチップを還元し、本当の金で賭博をしているカジノなのだよ、勝手な事を言って貰ったら駄目だよ…」


嘲笑うかのような眼差しでオーナーは宇佐美を見る。

その表情に怒りを覚えた宇佐美は怪訝な顔をする。


「そんなの理不尽じゃないですか!詐欺ですよ!」


「詐欺……?私達が君らを何か騙したかな?」


「う、宇佐美くんの言う通りです!!本当にお金がかかるだなんて聞いてません!!」


宇佐美と同様に叶愛は前に出て、普段の落ち着いた表情からは珍しい、焦った顔をしながら言った。


「はは、だが本当の金がかからないとも言っていない」


「でもさー!ぜってぇあのディーラーイカサマだって!」


黙ってしまう叶愛の代わりに紫呉も前に出て言う。


「イカサマ?その証拠は何処にあるのかな?」


オーナーの理不尽だが正論でもある理由に異論出来ず、皆口を開かない。

辺りが静まり返る中、獅波は足音を立てながらオーナーの前へ行く。


「チッ……。ガキみてぇな言い争いしてんなよ」


獅波は一連の流れを聞き、馬鹿馬鹿しいと言った表情でタバコを吸いながら言った。


「こいつを潰せば関係ねぇだろうが…」


獅波は自分より少し背が低いオーナーを見下しながらタバコの吸殻を地面に落とした。


「あぁ、丁度良かった。君で賭けようじゃないか」


「あ゛…?」


不機嫌な顔をする獅波はオーナーを殴ろうと右手を引いた。

が、その瞬間辺りが真っ暗になる。

暗闇の中思い切り拳を振るうが、空を斬るだけで空ぶってしまう。


「うわっ、暗くなった!」


「くそ…逃げやがって」


「逃げた?そんな訳ないじゃないか、獲物が目の前にいるというのに」


少し離れた所から聞こえるオーナーの声の方向へ振り向くが、その瞬間後ろに気配を感じ足で思い切り蹴る。


「う゛っ……ぐ、」


その足は相手に当たったようで、ドサッと倒れる音が聞こえる。

だが、次の瞬間獅波の首に強い電流が走る。


「っ……、!」


その衝撃に獅波は動けないようで、何とか意識を保つが床に倒れ込んでしまう。


そして真っ暗な辺りから一変し、照明が一気につく。


「…皐!!」


床に倒れている獅波を目にして宇佐美が駆け寄ろうとするが、近くにいたスタッフに腕を捕まれ止められる。


「ちょっと…!離して…離してください!」


「あぁ…流石だなぁ。スタンガンを首元に充てられてもまだ意識があるなんて…"ヤクザ潰しの悪魔"は…」


オーナーは面白そうに笑いながら近くの椅子に座り脚を組む。

聞き慣れない異名に宇佐美達の頭は騒然とする。


「………っ、」


獅波は頭や体が痺れやっと意識を保っている中、オーナーを睨みつける。


「スタンガン使うとかださ。…俺ら、帰って良い?」


紫呉はつまらなそうな顔でそう言いながら、戦う体制に入る。

だが、オーナーが銃を構えたのを見て伊吹が声を発する。


「…!暁くん、ちょっと待」


伊吹が言いかけたその時、パンッ_という無機質な音が鳴り響く。


「皐くんっ…!!」


「獅波さ…、」


「…!」


慶や叶愛,蛇場原,真鈴もその音に目を見開き、血の気が引いていくのが分かる。


「は?………なに、撃ってんだよ…。てか、獅波はそんなんじゃ死なねぇし…!」


紫呉は怒りに塗れた表情をし、オーナーに向かい物凄い速さで走る。

が、また周りのスタッフが腕や肩を掴み止めようとする。


「邪魔!どけよっ…!」


「冷静さにかけているね、暁闇の組長さん」


「…は?」


スタッフを振りほどこうと暴れる紫呉を見て、オーナーは軽蔑の眼差しを向ける。


「確かに撃ったが、私が撃ったのは麻酔銃だ…。ほら、血は勿論出ていないだろう?」


そう言われ、一同獅波の周りを見るが、確かに血のようなものは一切無い。


「だが次は本物の弾丸だ。…あまりに私の大事な従業員を傷つけるようなら容赦無く撃ってしまうよ。動かない方が身の為だ、こう言えば分かるかな?」


オーナーの余裕そうな見下している態度に一同は怒りを覚えるが、獅波が撃たれないよう大人しくする。


「はは…、そうそう。良い子だ。……では私から提案をしようじゃないか」


「提案…。なんですか…?」


取り押さえられていた宇佐美は顔を上げて聞く。


「私と賭けをしよう!カジノらしく!……私がそこで寝ている彼を人質にとろう。」


そう言いながらオーナーは床に横たわっている獅波を見据える。


「君らが借金した2億は身代金分とする。…だが、用意しなくともここの最上階まで辿り着き、無事彼を救出出来たのなら借金はチャラにしてあげようじゃないか」


「なっ……また私達を騙すつもりですか?!」


宇佐美はまた怒りが沸いてくるのを感じ、大声で怒鳴るように言う。


「まさか。私は賭けが大好きだ…嘘はつかないよ。……さぁ、どうする?」


「……そんなの、」


叶愛は悔しそうな顔でオーナーを見ながら両手を握り締める。


「信じれる訳が…無い」


「……。」


伊吹と蛇場原も叶愛と同じ気持ちで顔を俯かせる。



「分かった、その賭けしよーぜ」


「ちょ、組長…!今回はノリとかや無くて…」


「でもさ〜、…それ以外、助ける方法無くね?」


紫呉はこの状況の中だが、自信ある顔をして笑って見せた。


「よく分かっているね…。…では、最上階で君達を待っているよ。…健闘を祈る」


「は〜〜?いや、嘘…やろ…」


スタッフが獅波を抱え、オーナーと一緒にエレベーターへ乗り込み上へ上がっていってしまった。

それを見ながら慶は呆然とした表情で立ち尽くしてしまう。


オーナー達が上へ上がっていくのを確認したカジノ内のスタッフ達は、宇佐美や紫呉の元を離れ何事も無かったかのように隅で礼儀良く立っている。



「ご、ごめんなさい……。私達が……こんな…カジノなんて来なければ……」


シーンとしてしまった雰囲気の中、真鈴は深く頭を下げて、泣きそうな顔をしながら謝る。

それを見て伊吹は困った顔で優しく微笑む。


「まりが責任を感じる必要はない、大丈夫だぞ」


「そうですよ…まりちゃんを巻き込んでるのは私達の方ですしー…」


叶愛も申し訳なさそうな顔で言った。



「紫呉!!賭けって…あんなに怪しい話に自分から乗るなんて……」


「まぁまぁ、でもほんとにあれしか無さそうやん?助ける方法」


「だとしても……。…いえ、そうですね。ごめんなさい、私がしっかりしないと行けない筈なのに自分を見失っていました、」


「おう、よろしく頼むで!宇佐美くん」


慶が宇佐美の肩を優しく叩くと宇佐美は少し気持ちが軽くなったようで小さく微笑み、いつも通りの前向きで真剣な表情に変わる。



「どうやって最上階行く?エレベーター?」


「…馬鹿ですか?」


紫呉がエレベーターを指差しながら聞くと、蛇場原は呆れた表情でため息をついた。


「エレベーターは流石に停められてると思いますし、乗ろうとしてもスタッフさんに捕まえられそうですね」


小声で叶愛が皆に話す。


「スタッフが攻撃して来ないのは全員で賭けを楽しんどるやろうからな…」


「でも不審な行動をしたら捕まえてくると…それこそルール違反_イカサマをしないように見張られているみたいですね、」


慶の言葉に頷きながら宇佐美は言った。

エレベーターが使えない彼らは辺りを見回して"不正"ではない正解のルートを探す。


「俺が…エントランスで集まっている時にいた場所、近くに階段がありました」


皆が悩んでいるその時、蛇場原が口を開いた。


「あぁ、そうか。蛇場原くん端にいたからな」


「……」


「まっ、とりあえずそこ言ってみようや。ナイス恵くん!」


慶がそう言って先陣を切ると、皆後に続いてスタッフ達が追ってこない事を確認しながらエントランスへ戻る。


「こんなめんどーな事しなくてもあいつら倒してエレベーターで行けばいーのに〜」


「さっきの叶愛の話聞いてました…?エレベーター停められてたら体力使うだけになるからやめた方が良いです」


「いやそうだけど!やってみなきゃ分かんねーじゃん」


「紫呉くんさっきゲームで死ぬほど負けてたから叶愛、そういう賭けもうしたくないです」


「え〜…だってあれはー…」


紫呉と叶愛が言い合いながら進んでいると、階段が先にある扉へ着く。

だがその前にはスタッフが2人程立っていて、他の客もいるのでどうしようかと立ち止まってしまう。


「どうしましょう…人の目もありますし、銃を使うだなんて以ての外、倒して行くのも気が引けます」


宇佐美は何か策が無いかと思考を巡らせる。


「早く獅波さんを助けに行きたいのに…」


叶愛が小さく呟いた。

その言葉に気づいたのかまた他のスタッフがこちらに近づいてくる。


「助けに行きたい…と仰いましたか…?」


いきなり話しかけられ皆は驚きながら一斉に振り向く。

そしてその女性スタッフの容姿に一瞬目を奪われた。

恐らく日本人ではない_もしくはハーフのようで、金髪の綺麗な髪を後ろに括り赤い花の髪飾りを付けているようだった。


「綺麗な人……」


真鈴はまるで美術品を見るように顔を染めながら目を輝かせる。


「えーと、まぁ助けに行くって言うのはあの〜…あんま怪しい事しようとしてる訳やないから!ねぇ?」


慶が焦りながら皆に聞くと(怪しい事にしか思えないよな…)となりながら皆は頷き返す。


「……私は、貴方方の味方です……!私に協力させてください…」


「え!まじで〜?!」


「紫呉、声が大きい…!」


女性の言葉に驚き声を上げた紫呉を宇佐美が注意する。


「協力か…、本当にしてくれるならありがたいけどな」


伊吹は少し信用していないようで態とらしく笑いながら言った。


「…任せてください」


その女性はそう言われると、扉の元へ進む。

そして2人のスタッフと話しているようだ。


「こちらの方達はVIPのお客様でして…こちらから上に登りたいと申しているですが」


女性がそう言うとスタッフは顔を見合せてからまたこちらを向いて微笑む。


「それでしたら、カジノ先にあるエレベーターをご利用ください!階段ですと長くなってしまうので…」


「エレベーターが動かなくなってしまって…こちらから行ったら駄目ですか?」


叶愛がそう言うとスタッフは驚いた顔をしてから急いで頭を下げた。


「申し訳ございません…!急いで業者をお呼びして復旧致します…!」


そう言うと申し訳なさそうに扉を開けてくれた。

皆が扉を通るとまたお辞儀をしながらスタッフは扉を閉めた。


「これで…信じて頂けたでしょうか…?」


着いてきた女性は微笑みながら皆に問う。


「助かりましたが…あの、何故私達を?」


「先程、助けに行きたいと申していたので…もしかしたら貴方達も私と同じ境遇なのかと思ったんです…」


目を伏せながら切なげに話す女性に対し、皆「同じ境遇…?」と首を傾げる。


「私の弟も、実はここのオーナーに捕まってしまって……。スタッフとして入り、助けに来たんです」


「スタッフとして入ったって…そんな軽々しく言ってるが、スパイか何かなのか?」


伊吹は冗談半分で笑いながら女性に聞いた。


「スパイなんてそんな……ふふ、違いますよ…!」


女性は微笑みながら言うが、その笑顔が綺麗過ぎて本当かどうなのか分からず皆は逆に気味悪く感じた。


「理由は分かりました。ですが、私達を助けてくれるのは何故でしょうか…自分一人で行った方が効率的にも…」


「一人で行くより、仲間がいた方が安心だと思って……ごめんなさい。貴方達は私の事を仲間だなんて思ってないかもですが…」


「いや、一緒に助け行くなら仲間なんじゃね?よろしく〜」


「軽いな〜組長」


申し訳なさそうに言う女性に対して紫呉は笑顔で手を差し出した。

それを見て慶は呆れながら笑う。


「スタッフさんが仲間なら叶愛達色々助かりますし…嬉しいですよ!」


「そう…ですね。実際私達は先程助けられてますから…。よろしくお願いします」


叶愛や宇佐美も微笑みながら言った。

慶や伊吹も「まぁ…そうやな」「そうだな」と言い頷く。


そして彼らは女性のスタッフを仲間に入れ、階段を上がっていく。


「…階段、ここまでですね。」


数歩先を登っていた蛇場原は階段がこの先無いことに気づいて皆に言う。


「無いって…ええと、何階まで上がって来たんでしょう?」


「確か、カジノが17階でしたからー…今19階ですね!」


「最上階は何階なんだ?」


「20です!もう1つ上ですね…」


宇佐美と伊吹の質問に対して叶愛はパンフレットを確認しながら答える。


「とりあえず先進めるみたいやし、進もうか」


慶がそう言うと皆は薄暗い中真っ直ぐ歩き始める。

赤いカーペットが敷いてある長い廊下を歩いていくが、誰一人としてスタッフらしき人はいない。


「こんな簡単に進めるだなんて…怪しくないですか?」


宇佐美はカジノの件で疑心暗鬼になり疑い始める。

その言葉に皆不安を感じながら警戒しつつ進んで行く。


長い廊下を進むと、少し明るめの、床が大理石で出来た部屋に着いた。

そして、全員が入ると部屋の入口のシャッターがいきなり閉まる。


「うわ…なんや、嫌な予感」


「とりあえず、そこの出口からこの部屋を出ましょうか」


嫌な予感がした一同は足早に出口へ向かう。


「何もなかったじゃーん」


紫呉はつまらなそうな顔で出口を出た。

それに続き皆安心した顔で出口を出ていく。


「そうや…な…。……!姐さん!」


「ん?」


伊吹が通ろうとした時、シャッターが物凄い速さで閉まってくるのに気づいた慶は、急いで伊吹に近づき、背中を思い切り押した。


「……っ!」


押された伊吹が廊下へ倒れ込んだのと同時に出口のシャッターは完全に閉まってしまった。


「え…嘘、でしょ…」


叶愛は目を見開き焦りながら、鉄で出来た冷たいシャッターに手を充てる。

後ろの方を歩いていた宇佐美,慶,真鈴が閉じ込められてしまったのだ。


「そっちから開けらんねぇーの?!」


『いや…っ、駄目や…くそ!開かねぇ…』


慶はシャッターを蹴ったり叩いたりするが、鉄の為勿論傷一つ付かない。


『ボタン……とか、開きそうなものもありません……!』


真鈴の声を聞いて皆は暗い顔に変わっていく。


「まじか…どーしよ、」


こういう時獅波だったら何か案を出してくれただろうか…そう考えながら紫呉はどう助けようか迷い始める。


『紫呉達は早く…!先を急いでください!私達の事は大丈夫ですから…!』


『宇佐美さんの言う通り、…大丈夫だよ、紫呉くん。助けに行ってあげて……!』


「……。分かった」


「いや…でも、それは!…それは、出来」


『姐さん!!…信じてるで。皐くんを助けて戻ってきてや』


紫呉が進もうとする横で、慶に助けて貰った伊吹は珍しく焦り、躊躇うがその言葉を聞き後ろを振り返って前を向く。


「あぁ…。勿論」


「…行きましょう、皆さん。彼らの事はきっと弟が……。大丈夫です、さぁ…はやく!」


女性スタッフがそう言って走り始めたのを見て、皆躊躇いながらその部屋を後にする。



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「ううーん、やっぱり駄目や〜…開かへんな…。やば、頭…クラクラしてきたわ、」


慶は頭を抑えながら床に寝転がってしまう。

同じく宇佐美と真鈴も床に座り込んでしまっていた。


「気をしっかり持ってください……!桐ヶ谷さんっ………」


目を閉じようとする慶を見て、自分も倒れそうになりながら宇佐美は言った。


「はーー…。宇佐美くんと蔵坂ちゃんだけでも逃してやれれば良かったのになぁ〜…」


「いえ……駄目ですよ、……桐ヶ谷さんが揃っていないと…逃げれた事にならない…って紫呉くんなら言います…きっと…」


「いや…2人は悲しむ家族がいるやろ…?…でもオレは…」


「い、います…!」


俯きながら言う慶に向かい、真鈴は強く言う。


「き、桐ヶ谷さんが居なくなったら……暁闇の皆さんは絶対に…!悲しみます…」


「……。ほんと、良い子やな。…ありがとう」


慶は微笑み、目を閉じながら言った。

この部屋は密閉されており、時間が経つに連れて酸素が少なくなっていく。


3人は話さなくなってしまい、意識が朦朧とし始める。

座っていた宇佐美や真鈴も床に倒れ込み、動かなくなってしまった。


意識がもうすぐで途絶えるその瞬間、シャッターが開いた音が部屋に鳴り響いた。


「大丈夫ですか?!」


「…………え、助け…?まじ…?…誰や」


「誰?ええっと、ここで働いている姉の弟です!今探してたんですが、どこにも居なくて…」


女性スタッフと同じく金髪の髪に赤い目をしている、中性的な見た目の青年は慶の質問に元気よく答える。


「あ、姉って…。じゃあ貴方が弟さんですか?!」


宇佐美は眼鏡を直しながらいきなり立ち上がった。


「え!もしかして姉さんに会ったんですか?!今どこに?!」


その青年は立ち上がった宇佐美に物凄い速さで近づき、目を輝かせながら聞く。


「わ、私達の仲間と一緒に…そちらへ」


宇佐美は戸惑いつつ、出口の方に目線を送りながら言った。


「てか、どうやってここ入れたんや?」


「あぁ!それはこの従業員さんから頂いたマスターキーを使ったんですよ!!」


青年から血塗れのマスターキーを見せられ(頂いた…?)と疑問に思うが怖いので触れずに笑顔で返した。


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「なるほど…!じゃあその獅波さんを助けに向かいたい訳ですね!」


一通り状況を説明した慶と宇佐美は「そうそう」と頷く。


「えっと!あのー、!そちらの女の子は大丈夫そうですか?」


青年の目線の先を見ると、真鈴がまだ横になっている事に気づき、宇佐美は青ざめる。


「蔵坂様…!!だっ、大丈夫ですか…?!」


「蔵坂ちゃーん!生きとるー?」


「…ん、?……あれ」


「…!良かった……!」


真鈴が目を覚ましたのを確認して、宇佐美は安心したようでまた床に座ってしまう。


「よし!じゃあ早速向かいましょう!マスターキーを使えば裏から行けますから!」


青年は血塗れのマスターキーを持ちながら笑顔でそう言うと、宇佐美達の返事は待たず、先へどんどん進んでしまう。

状況が全くわかっていない真鈴も一緒に、3人はその後を急いで着いていった。


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一方、紫呉達は先程の閉じ込められてしまった件もあり誰も言葉を口にしない静かな雰囲気の中ひたすら長い廊下を歩いていた。


「……。…!」


後ろを歩いていた蛇場原は薄暗い中に人影がある事に気づく。


「春風さん」


「ん?」


呼ばれた叶愛は後ろに振り向きながら歩く。

その人影が銃を構え、叶愛の方へ静かにゆっくりと向けているのを見た蛇場原は、相手に悟られないよう"しゃがめ"という合図で頷くように顎を引いて叶愛に教える。


それに気づいた叶愛は急いでしゃがむ。

そして銃声と共に叶愛の頭の上をヒュン、と銃弾が掠める。

その音に一同は辺りを見回す。


「…春風さん、そのまま」


他のメンバーが状況を確認している中、蛇場原はそう言うと、その曖昧な人影に銃を取り出して撃った。

そして銃声が響いた後、人が倒れるような音が聞こえる。


「…うわ、すご。よく気づいたね、めぐちゃん」


「逆に1番前を歩いているんですから気づいて欲しいです…けど、」


煌びやかな眼差しで見てくる紫呉にまた呆れながら蛇場原は言った。


「教えてくれてありがとうございます!恵くん!助かりました…」


「…いえ」


叶愛にそう言われた蛇場原は相変わらず無愛想な顔をして答えた。


「ごめんなさい…従業員として…私が皆さんを守らないといけないのに、」


女性スタッフは冷や汗を流しながら頭を下げて来た。

それを見て伊吹は微笑みながらその女性の肩に手を置く。


「顔を…あげてくれないか?」


そう言われると女性は恐る恐る顔を上げる。

女性スタッフは勿論申し訳ないという気持ちはあるだろうが、それよりか悔しそうな居た堪れない様な顔をして伊吹達を見つめていた。


「今は、仲間なんじゃないのか?対等な関係なのに守らなきゃいけないだなんて思わなくて良い」


伊吹が笑いかけると女性スタッフはハッとしてもう一度軽く頭を下げた。


「そう、ですよね…。私、いつも守らなきゃって思っちゃって……危険な事が身の回りに沢山あるので…」


伊吹は(危険な事?)と思ったが彼女には弟がいると聞いたので姉としての責任を毎回感じてしまっているのかな、と納得した。


「もう少し先にあるエレベーターから最上階へ行けるはずです…!皆さん、行きましょう…!!」


女性スタッフは気を取り戻してそう言うと、前を向き走り始めた。


「しばを助け隊、行くぞー!!」


「おー!!」

「お、おー…」


紫呉がいつの間にか付けたチーム名を叫びながら手を上に掲げると、普段は言わないようなメンバーも今回だけは同じように手を上に掲げた。

そしてその女性スタッフの後を、廊下の隅々にいる従業員達を倒しながら、走って着いていく。


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一方、宇佐美・慶・真鈴は青年と一緒に裏のルートから進んでいた。

辺りは薄暗くて狭い一本道なので挟み撃ちにでもされたら…と、宇佐美と慶は不安になりながら青年の後を着いていく。


「なぁ、なんで君はこんな道知っとるんや?」


「え?だって僕はスタッフですから!ここ、スタッフしか知らない道なんですよ!」


「捕らえられて従業員になるって...違和感しか無いのですがどういう事でしょうか?」


宇佐美の質問に青年は「うーん」と考え始める。恐らく、本人も理由が分かっていないようだった。


「蔵坂様は大丈夫ですか?気分が悪くなったらすぐ言ってください」


「あ、...はい!全然大丈夫です...!」


真鈴はこの薄暗く狭い道が少し怖かったが、心配をかける訳には行かないのでいつも通りの笑顔で微笑んだ。


『おい、居たぞ!』


『今すぐ捕らえろ!撃て!』


宇佐美と慶の嫌な予感は的中したようで、前と後ろから銃を持った従業員に挟み撃ちにされてしまう。

前後から迫ってくる従業員に慶は咄嗟に銃を取り出そうとする。


「蔵坂ちゃんは後ろに下がって!」


慶は真鈴を庇うようにして、片腕を広げる。

そして銃を構えようとしたその瞬間、銃声が2つ鳴り響いた。


「「え...?」」


宇佐美と慶は驚き、目を見開いた。

そして前後から来ていた従業員達は頭から血を流し、倒れている。


「あぁ...つい癖で。反射的に撃っちゃいました」


先程まで爽やかな笑顔を見せていた青年は、こちらから見ると悪魔のような笑みを浮かべて銃を持っていた。

その銃口からはまだ煙が出ている。


それを見た宇佐美と慶は(サイコパス...!)と思いゾッとした。

獅波皐とはまた違う怖さがあるな、と2人は思う。


「さ!行きましょ!お仲間が待っているんですよね!」


撃った本人は何も気にしてない様子で、爽やかな笑顔に戻り、その死体を床を歩くよう平然に踏みながら進んで行った。

その後を3人は死体を避けながら後を着いていく。真鈴は初めて目の前で見る血を流して倒れている死体をなるべく見ないように、目を瞑りながら通った。


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「あぁ、やっと着きました…。これが1番上に上がるエレベーターでしょうかね…」


女性スタッフは、大きい時代を感じるエレベーターを見上げてそう言った。


「罠だったらどうしましょう…!!叶愛、乗った瞬間大きな音が鳴って一気に下に落ちるとかっていうアトラクションみたいな事になりたくないです!」


「え、それめっちゃ楽しそうじゃねー?乗ろーぜ!」


「…遊園地のアトラクションに乗るわけじゃ無いんですが、」


叶愛と紫呉の会話に恵は呆れながらツッコミをいれる。


「行こうか。ここで立ち止まっていても仕方がないだろう?」


伊吹は珍しく1番前へ行き、後ろに振り向きながら言った。

その聡明な顔に一同は気持ちを引き締める。

そして皆はエレベーターに乗り、上の矢印しか無いそのボタンを押した。


エレベーターはガタンッ、と大きく揺れてから静かになり、そして上へあがり始める。

恐らくこれからあのオーナー達と闘うことを考え、普段そのような顔をしないメンバーでも真剣な顔で上をじっと見つめていた。

皆の中で緊張感が高まっていく。


_そしてエレベーターが上の階に着くと扉がゆっくりと開いた。

薄暗いエレベーターの中とは一転して、天井にはシャンデリア・辺り一面、白い床…そして壁の代わりにガラス張りの窓で覆われていて豪華な雰囲気の部屋に着いた。


「うわ、すげぇ!セレブじゃん!」


先程まで真剣な顔をしていた紫呉は状況を忘れて目を輝かせる。

だが、その先にいるオーナーと手錠を掛けられて床に横たわる獅波を見た瞬間に一同は怒りの表情に変わった。


「獅波くんを返して貰おうか」


「そうですよ!獅波さんを返してください!」


「……獅波さんがいないと、…暁闇に示しがつかない」


伊吹と叶愛は蛇場原の言葉に(悪い意味で…?)と思ったが、オーナーを睨みつけて威嚇する。


紫呉も黙って前に行くと、見せつけるように笑った。


「俺らの獅波、返してよ。賭けは俺の勝ちでしょ?…まぁ、それでも返さねーって言うなら全力で奪い返すけど」


皆、簡単にオーナーが返すわけが無いと分かっていたので、闘う体制に入り辺りを見回す。


「ふ、…はは。本当に血の気が多いね。君らは」


オーナーは心底面白そうにして、手で口元を抑えながら笑った。

皆が「は…?」と動こうとした時、上から何かが外れた音がする。

そして次の瞬間には鉄格子の様なものが落ちてくると、牢屋に閉じ込められた状態になってしまった。


「はは…!!まるで袋の鼠だね。見ていて本当に面白い」


オーナーは椅子の肘掛けに肘をつき、頬杖をつきながら優越感に浸った顔で言った。

まるで檻の中の動物達を憐れむように見ているようだった。


「は?ずるくねー?!出せよ!」


「どこまで卑怯なんですか?!叶愛…こんなに卑怯で汚い手を使って恥ずかしいと思わないのが不思議です」


紫呉と叶愛がそう言い、檻を蹴るが自分の足が痛くなるだけでその鉄が曲がる様子も…勿論、壊れる様子も無かった。


「_ゲームセット。…賭けは私の勝ちだね。良い戦いだったよ。ここまで来た事を褒めよう」


オーナーはそう言うと立ち上がり、横たわっている獅波の前へ行く。

そして裏ポケットから銃を取り出すと、獅波の頭に銃口を向けた。


「さぁ、君達が借金をした分返して貰うよ。よく見ておくと良い」


トリガーに手をかけたオーナーは、こちらへ向けて態とらしく笑うとトリガーを引こうとする。


「獅波さんっ、!」


「獅波くん…!」


__パンッ

皆が絶望した表情に塗れると、無慈悲にも銃声音が鳴り響く。


だが、その銃声音はオーナーの銃から鳴ったものでは無いようだった。

その証拠に銃は床に転がって、オーナーは腕を抑えて蹲っている。



「…よっしゃ、当たった!」



その声の方向に皆が顔を向けると、そこにははぐれてしまった宇佐美・慶・真鈴…そして知らない従業員らしき青年がいた。


1番前にいる慶が銃を構えており、銃口からは白い煙が出ていた。


「けーくん!!」


「流石…本当によく命中するな、桐ヶ谷くんは」


「いや、そんな事!ないで?!」


伊吹に褒められた慶は、少し照れて焦りながら微笑んだ。

慶はオーナーの手や肩ではなく、その持っている銃へ向けて撃ち、ピンポイントで当てたのだ。


「あ!今助けますねー!!」


慶達と一緒にいた青年は小走りで檻に近づき、持っているマスターキーを檻に着いている電子錠にかざすと、檻の扉が開く。


「マスターキーって便利やなぁ…」


「逆にマスターキーを奪われたらここまで出来るって……大丈夫なのでしょうか」


状況に似合わず慶と宇佐美は感心したり心配したりと話し合う。



「良かったです…!!みんな無事で!」


「……死んでなくて良かったです」


「すげ〜!どっから来たの?」


叶愛と蛇場原がそう言う中、紫呉は興味津々で聞く。


「はぁ…全く。それは後で話しますから…!」


宇佐美はいつも通りため息をついて、呆れながら眼鏡を抑える。

真鈴もその横で、いつもと変わらない様子を見て安心したのか「ふふ、」と微笑んだ。


「あ!僕が話しますよ!!僕達、従業員だけが知ってる裏口から来たんです!」


青年は爽やかな笑顔で紫呉の質問に答えてくれた。

紫呉が「へ〜」という後ろで、女性スタッフはその青年を見て目を見開く。


「__my fair brother私の可愛い弟…!」


いきなりの英語に皆は一斉に女性スタッフの方へ顔を向ける。


「…なんて?」


「えっ、弟?!似てると思いましたけど!!」


叶愛は女性スタッフの言葉を聞いて驚く。


「だからなんて言ったの!」


「私の可愛い弟って言ったんですよ!」


聞き取れず意味が分からなかった紫呉に叶愛が教える。


「え、まじ?じゃあ会えたじゃん!良かったね〜!」


「…ええ、本当に…本当にありがとうございます」


女性スタッフは涙ぐみながらお礼を言う。

その様子を見て弟の青年は首を傾げて不思議そうな顔をするが、何かを理解したようでまたすぐいつもの笑顔に戻った。


「じゃあ早く帰ろうよ、姉さん!この人達片付けてさ!」


『ねぇ〜、お話もう終わったぁ?わたしたちのこと忘れてたでしょぉ〜かなしー♡』


青年が腕を広げて笑顔でそう言った瞬間、後ろからビビットピンクの明るい髪色をしたツインテールの可愛らしい女の子が、あざとい顔で話す。


「敵…?蔵坂様!とりあえず私の後ろに!」


新しく現れた恐らくオーナー側の敵に警戒し、宇佐美は隣にいた真鈴の前へ片腕を広げながら立つ。


「は、はい!」


真鈴は少し怯えた様子で宇佐美の後ろから様子を伺う。


『そうだぜ、俺らの事も気にしろよ!なぁ?』


『……オーナー。傷つけた………。殺す……』


女の子の後ろから、今度は茶髪で赤い目をした元気な明るい声で話す男と、暗そうな背が高い前髪が顔に掛かった緑髪の男が出てくる。


「うっわ、まじ?なんか敵増えとるんやけど」


「そうだな。……闘うか」


慶が呆れ疲れた表情に対して伊吹は薄ら笑い、闘う体制に入った。


「てかてかぁ〜、わたし達のオーナー手が使えなくなったらたいへーん!♡大事な手に傷がついたらガチおこだったよぉ?」


「そうじゃなくても怒ってるぜ、俺は!自分のボス傷つけられたら怒る!」


「…………。こいつら…。……最低」


敵の3人は人を苛立たせる口調で話し始める。

そして余裕そうにしているその顔もより一層腹立たしく、「最低」という言葉にもどっちがだ!と言いたくなった。


「叶愛、頭が悪そうな会話理解するの苦手です。」


「あはは!それね〜」


「紫呉くんの言葉を理解するのもちょっと苦手なんですけど」


「え、酷くね?」


「とりあえず!僕達は周りの敵さんを倒しているので!皆さんはその方達のお相手をお願いします!」


青年はにこやかな顔でそう言うと、銃を取り出して周りにいた従業員へ向けて連射する。

"的"から外れた銃弾はガラスに当たり、パリンッという音と共に割れていく。

そして、いきなり狙われた従業員達は悲鳴を上げて逃げ惑い始めた。

周りにいた従業員は銃などの武器は一切持っておらず、この状況も把握しきれていないようだった。


「ちょ、待って!」


「どうしました?」


その様子を見て紫呉は声を上げた。

止められた青年は首を傾げて問う。


「いや、だってそいつらまだ何もしてねーし…てきとーに撃つって怖いだろ!」


「でも、この人達はオーナーの味方をしている悪い方達なんですよ?さっさと倒して終わらせましょう!」


「でも、ほら!…」


自分の言いたい事がよく分からず、紫呉は言葉に詰まってしまう。

獅波が無理矢理連れて行かれて怒りの気持ちはある筈だが、従業員達が無差別に撃たれるその状況にも嫌気がさしてしまいどうして良いか困ってしまった。


それを見て、慶は察したのか青年の前に出た。


「確かにオレら、そいつらにまだ何もされてないわ。武器持ってるんかと思ったけどちゃうみたいやし!あと取引相手でも無いから絞める理由も無いんよ」


「…それに、私らもこのオーナーと一緒になるのはごめんだな。人間じゃないような事はしたくない」


慶の言葉に伊吹も付け足し、フォローを入れてくれる。


「…甘くないですか?それに殺るのは僕達ですから!」


話を全く理解していない青年は言葉を無視してまた銃を構え始めてしまう。


「チッ……の奴らは弱いし頭の中も空な癖にしぶといね…」


青年がまた撃ち放とうとした時、腕の痛みが治まったオーナーは立ち上がりそう呟いた。

その言葉を聞いた女性スタッフは何故かハッとした様子で自身の弟の前に行き、銃を持つその手を握った。


「…You're not駄目よ.」


そして女性スタッフは小声でそう言うと、握る力を一層強めた。

青年はまた不思議そうな顔をして口を開こうとしたが、姉の真剣な顔を見て微笑みながら手を下ろす。


「…………。Sure分かったよ.」



「はいはーい!!なんかいろいろぉ〜お話済んだみたいだしぃ?はやくわたし達と遊ぼーよ♡」


「久しぶりだな!すげぇ楽しみだぜ、俺」


「…はやく………終わらす……寝る」


先程とは顔が変わり悪い顔をしている3人を見て、こちらも戦闘態勢に入る。


「じゃあ〜だーれーにしーよーうーかーな〜〜♡」


ツインテールの女の子はこちらを見回すと、「あはっ♡」とあざとく笑ってから駆け出す。


「えっ…私ですか?!」


こちらへ女の子が向かってくるのが分かった宇佐美は戸惑いながら後退りする。


「そーそー♡眼鏡の君ぃ〜!なんか弱そうだしぃ、男の子がかわいーわたしにひれ伏すのだぁーい好き♡」


「お、男の子って…!!私はそんな年齢じゃありません!」


「違う〜例え話でしょぉ〜?♡かわいーね!♡真面目だねぇ♡」


赤くなる宇佐美に対して、女の子は気にせずどんどん距離を詰めていく。

その様子を見ていた真鈴も困った顔で宇佐美と一緒に後ろへ下がった。


「あれぇ!女の子もいるじゃん♡かわい〜〜♡もしかしてぇ彼女ちゃん〜〜?♡」


「なっ…!違いますよ!!蔵坂様は紫呉の彼女さんです!!」


「う、宇佐美さん…」


宇佐美は平常心を保てていないのか、大声で抗議する。

その言葉を聞いて真鈴も顔が赤くなり戸惑い始めてしまった。



その様子を遠目で見ていた慶と伊吹は苦笑いで、女の子に対して耐性無いな、と思っていた。


「なぁ、お前らは俺と戦おうぜ!おっ、もしかしてお前らもカップルか?!」


「は?!んなわけないやろ!」


先程まで宇佐美の事を苦笑いで見ていた慶だが、その言葉に同じく顔が赤くなる。

隣にいる伊吹を意識してしまい焦り出す。


「あぁ、私達はそういう関係じゃ無いからな」


「そ…そやそや!」


伊吹のその言葉に、慶は冷静さを取り戻しつつ何故か虚しい気持ちにもなり複雑な心境になった。


「まっ、細かい事は良い!!俺はお前らと戦いたいんだ!行くぞ!!」


茶髪の男はそう言うと、拳を物凄い勢いで振りかざそうとする。

その素早さに2人は驚いたが、余裕を持って華麗に交わした。


が、後ろから来ているもう1人の敵に気づいた伊吹は後ろにいた慶を押し退け、突きつけられた刃を手で掴んで止めた。

素手で鋭利な刃を掴んだ為、伊吹の手からは血が流れ落ちる。


「え、…あ、姐さ…!」


「お!でも2対2だとつまらなくないか?」


「いや、……。効率的………。」


敵2人がどうでも良い事を話す中、それを見た慶は血の気がひき、言葉が出なくなる。


「っ…。中々痛いな、」


「いや姐さん!オレの事とか庇わんで良いから!」


「…でも、庇われてばかりじゃ格好悪いだろう?」


シャッターが閉まる直前、慶に助けて貰った伊吹はそう言って笑ってみせた。

そして長身の男を足で蹴って突き飛ばす。


「後ろ、桐ヶ谷くん!」


「…!」


慶は一瞬立ち尽くしていたが、その言葉に後ろへ振り向く。

そして茶髪の男が再度振りかざしてきた拳を今度は少しだけ避け、勢い余って床に着きそうになったその隙を狙い慶は男の腕を強く掴む。


「今や…!姐さん!」


「あぁ。」


慶に言われた伊吹は、男の元へ近づき思い切りその顔を打った。

殴られた男は鼻から血を流し、俯いた。

_と思ったら今度は笑い、抑えていた慶の髪を掴んで投げ飛ばした。


「…っ!」


「…!桐ヶ谷くん!大丈夫か?」


「……こんなん全然、いつもの事やろ…。てか姐さんは?」


「私もいつもの事だ。……さぁ、やるか」


「良いな!楽しいぜ、お前らみたいな奴と戦えて!お前らが持つまで俺を楽しませてくれ!」


「「勿論」」


慶と伊吹は茶髪の男へ強い視線を向けて、闘う体制に構えた。



一方、叶愛と蛇場原は先程慶を狙った長身の男と対面していた。


「こっちが………2対1なった……効率……悪い……」


「もっとはっきり話してください!」


「………要望……受け付けてない…」


「もしかして、言葉が分からないんですか?大丈夫です?」


叶愛は男の話し方に苛立ち、煽り口調で問いかける。そう言われた男はため息をついて黙ってしまった。

だが、攻撃してくる様子も無く何故か静かにしている。


「もー!拉致があかないです!いきましょ、恵くん!」


「え…あぁ、はい」


「恵くんもやる気ないじゃないですか」


同じく恵もそう言われると黙ってしまう。

2人静かな奴に挟まれた叶愛は呆れて戦意を無くしてしまいそうになる。


相手が武器を持っているので、こちらもなるべく対応出来る物を持っていたかったが生憎今日は持っていない。

叶愛はその事を考えて普段より慎重になる。

そして、相手に闘う気がないなら仕掛けてくるまで暁闇の仲間を待っていた方が良いのでは?という意見で落ち着き、男と同じくその場で行動を示さない。


「……春風さん?」


「叶愛、なんかやる気無くしました。それに疲れたし少し休みません?」


勿論、やる気を無くしてなどいないが相手に悟られないよう面倒臭そうな顔をして蛇場原に話す。

蛇場原も何かを察したようで「…はい」と小さく言ってから叶愛と同じく、やる気が無さそうにする。


その異様な態度を見て長身の男は気味悪がるが、じっと2人を一瞬見てから目を逸らしてその場に座った。




「ねぇ〜、あそこつまらな〜い!なぁんにも動いてないしぃ、わたし行ってこよっかなぁ♡」


宇佐美と真鈴の前へいるツインテールの女の子は長身の男達の方を見てそう言った。

宇佐美としては真鈴を巻き込ませない為にその方が有難かったので何も言わず黙っていた。


「まぁそんな訳無いけどねぇ〜〜♡あはっ♡ね、今安心しちゃったでしょ〜?ざんねーん!」


女の子は小悪魔のように無邪気に笑うと舌を出して煽るような顔をする。


「……。いえ、安心は全くしてないです。……蔵坂様、私が彼女の気を引きますので扉の方へ逃げてください」


「え……で、でも」


「お願いします、頼みましたよ…蔵坂様」


宇佐美は小声でそう言い、優しく微笑む。


「わ、分かりました…!」


真鈴のその返事を聞いてから、宇佐美はツインテールの女の子へ近づき、その腕を掴んだ。


「えぇ〜積極的になったのぉ?♡でもでも〜彼女ちゃん扉の方向かってないよぉ〜?あは、もしかして捨てられたぁ?」


「だから彼女では…!って、え…蔵坂様?!」


真鈴は(ごめんなさい宇佐美さん…!!)と思いながらオーナーの方へ走っていた。

宇佐美にそう言われて、扉の方へ向かおうとした瞬間、オーナーが獅波を助けに行く紫呉に対して銃を向けているのを見たからだった。


真鈴はオーナーの前へ行き、両腕を広げた。

それを見たオーナーは目を見開き、面白そうに笑った。


「なにかな?お嬢さん。…私が、女性なら撃たないとでも?」


「ち、がいます…!でも、大切な人を……撃たれるのは嫌です」


「…そうか。なら丁度良い」


オーナーはそう言って立ち上がると真鈴の元へ近づき、真鈴の首に腕を回して頭に銃を突きつけた。


「君が人質になってくれ」


獅波の手錠を外そうと向かっていた紫呉は、オーナーが真鈴に銃を突きつけているのを見て今度はそちらに駆け出す。


「は〜?!何してんの?離せよ!」


「し、紫呉くん…!来たら駄目だよ!」


"人質"なので紫呉が助けに来てしまったら結局紫呉が撃たれてしまうと分かっていた真鈴は大声でそう言った。

が、紫呉は走るその足を止めない。


自身の元へ来た紫呉を見て、オーナーは笑うと人質にしていた真鈴を横へ投げ飛ばす。


「きゃッ…!」


「まり!」


紫呉は投げ飛ばされた真鈴を受け止めようとするが、その前にいたオーナーが紫呉の方へ手を伸ばし、胸ぐらを掴んで上へ持ち上げる。


「…っ、やめろよ!」


「おっと…君がもし私を蹴るだなんてしたら、その反動で君の脳天を撃ち抜いてしまうかも知れないね」


「…は、?」


胸ぐらを掴みあげられて床に足が着いていない紫呉は首が絞まり、段々と息が薄れていく。


「君は……暁闇の組長だろう?もしここで私に従うのなら私のカジノの一員に入れてあげないこともな、……ぐっ?!」


ポキ、と乾いた音が鳴る。そしてオーナーの銃を持っていた手が逆方向に曲がっており、その手から銃がすり抜け落ちる。


手を折られたオーナーは冷や汗を流して紫呉の襟元から手を離し、折られた方の手をもう片方の手で抑える。


「……そいつは、俺らの組長だ」


そのオーナーの様子を蔑みながら、

_獅波は言った。


「ゴホッ…、いや、言われなくても俺は」


「…あ゛?」


「ま、助かったわ!ありがと〜!」


紫呉はいつも通りの笑顔に戻ると軽くお礼を言う。


「な、なぜ……手錠をしていたはず……なのに」


「あ゛…?手錠くらい壊せるに決まってんだろ……。おい、覚悟は出来てんだろうな?」


銃を拾おうと屈んだオーナーの顔を、獅波は思い切り蹴飛ばす。

そしてオーナーは呻き声を上げるとその場で動かなくなってしまった。


「なにくたばってんだ………?まだこれからだろうがァ…」


本気で怒っている獅波は物凄い顔をしてオーナーに近づいていく。


「ね〜しばー。うさちゃんの方助け行ってあげてくんね?1人だからやばそ〜」


真鈴を抱えながら、宇佐美の状況を見た紫呉は笑いながらそう言った。


「なんであいつを助けなきゃいけねぇんだよ」


「いーから!こっちは俺に任せてよ。俺1番上だし〜?やっぱ上同士?で片付けたいじゃん!」


「チッ……意味分かってねぇだろ。……くそ、仕方ねぇな」


宇佐美の方へ目線を向けると、本当に状況が良くなさそうなので獅波は苛立ちながらも宇佐美の方へ向かう。



「ねぇねぇ〜♡大丈夫ぅ〜?ほら立ち上がって!♡まだわたし遊びたりなーい!」


ピンクの警棒を持った女の子は、所々傷がついてよろけながら立ち上がる宇佐美を見て楽しそうに微笑む。

眼鏡にその警棒を打ち付けられたのか、ひびがはいってしまっているようだった。


「え、てかオーナー……。え?ちょっとぉ〜………オーナー傷つけるのは駄目だって…♡」


奥で倒れ込んでいるオーナーを見た女の子は急に目つきが変わり、そのあざとい口調は変わらないが目の奥が黒く染まっているようだった。

そして宇佐美の頭に向けて勢いよく警棒を打ち付ける。


「う゛っ……ぐ、…」


思い切り頭を打ち付けられた宇佐美は頭から血を流し、後ろによろけてまた座り込んでしまう。


「あ、血だぁ〜♡血って可愛い色してるよねぇ〜わたし大好き♡」


女の子はそう言いながら宇佐美に近づくと、笑いながらもう一度警棒を振りかざそうとする。

が、その警棒は誰かの手で止められて簡単に折れてしまった。


「あ〜〜!!わたしの大事な警棒がぁ〜。かなしぃ♡」


警棒を折った獅波は女の子の口調に嫌気がさして怪訝な顔をする。


「し、獅波…」


「…何やってんだお前」


「何って………そちらの女性と……戦って…」


辺りが暗転し始めた宇佐美は床に倒そうになり、それを獅波が片手で受け止めるとそのまま気絶してしまう。

宇佐美の頭を見ると、血が流れている事に気づいて獅波は「チッ…」と眉間に皺を寄せた。


「あれあれぇ〜♡今度は背の高ぁーいお兄さんが勝負してくれるのぉ〜?♡でも、わたしさっきお兄さんに警棒壊されちゃったか……!」


女の子が言い終える前に、獅波は思い切りその女の子の顔を殴り飛ばした。

そして数m先まで飛んでいき、女の子は床に頭を打ち付けると、血を流して気絶をしてしまった。


「苛つく声で話してんじゃねぇぞ…」


女の子が動かないのを確認した獅波は、辺りを見回して、今度は慶と伊吹の方へ向かう。


宇佐美程では無いが2人は同様に苦戦していた。


「……強すぎやろ…。なんや、こいつ……」


「明らかにおかしいな……いや、私達が弱いだけなのか…?」


殆ど体力を消耗してしまっている2人はやっと立っている状態で、茶髪の男を見た。

茶髪の男は長身のあの男よりも背が高い訳でもなし、体格が物凄い良い訳でもない。

だが、動きが俊敏で勿論力が物凄く強い。

カウンターを毎回取らなければ1発でやられてしまう程だ。


「まだまだ俺は大丈夫だぜ!なぁ、もっと楽しませてくれよ」


男は明るく無邪気な顔で笑いながら言う。

もはやそれが狂気に見えて2人は恐ろしくなり始める。

そして、男が伊吹に向かって拳を振ろうと、後ろに腕を引く。

伊吹は気づいて咄嗟に避けようとしたが、普段着慣れないロングスカートのせいで転んでしまう。


「姐さんっ…!」


伊吹が上を向いた時には、男の拳が目の前にあり、覚悟を決めて目を閉じる。

が、顔と数mmの所でその拳は止まった。


「おい、…目ぇ開けろ」


男の腕を掴みながら獅波は言った。

顔に当たる直前、獅波が男の手を止めてくれたようだった。


「さ、皐く〜ん…!」


何故か本人では無く、慶は1番安心しきった顔をしていた。

伊吹は「ありがとう」とお礼を言うと、気持ちを切り替えて立ち上がりもう一度闘う体制に入った。

慶もそれを見て、同様に闘う体制に入る。


獅波は男の腕を掴んだまま、顔を狙って拳を振るうが相手に軽く交わされてしまう。

そして意表つかれた獅波は男からの蹴りを少し避けつつも喰らってしまった。

蹴りを喰らった獅波は後ろに後退り男を睨みつける。


「どうしたんだ!ほら、もっと来いよ!!」


男は腕を広げて、大きく…もはや煩い声でそう言った。瞳孔は開き、焦点が合っていなく明らかに可笑しい様子だった。


「お前……やってんだろ」


獅波が低い声でそう言う。伊吹と慶はその意味を理解して男を見据えた。


「はははっ……!!!これがあるともっと強くなれるんだぜ?!更に強い自分になれる…!!最高だろ?!」


男はそう言いながら、ポケットに手を入れると注射器のようなものを取り出す。

そしてその注射器を自身の腕に刺すとプランジャーを奥まで押し込んだ。


「さぁ!!戦おうぜ!もっと……っ、ぐ……、ゴホッ…ゴホッ………な゛、な゛ん…だ…………?」


男は様子が変わり、咳をすると同時に吐血した。そしてそう言った後床に倒れてしまった。

男は気絶したようだった。


やくなんてやるからこうなんだろうが…」


「えっ、く、薬…?!何の薬や!」


「恐らくドーピングの部類だろうな。大麻だったり覚せい剤とはまた違う」


慶の質問に伊吹が答える。そして獅波は男を哀れんだ目で見つめてからこちらを向いた。


「さっさと片付けんぞ」


「「はーい」」


獅波からそう言われた2人はいつもの笑顔で返事をした。


━━━━━━━━━━━━━━━


同刻、叶愛と蛇場原は長身の男と変わらず対面しているだけだった。

が、オーナーが殴り飛ばされて気絶するのを見た男はいきなり瞳孔が開いて爪を噛んだ。


「………仕方ない……効率悪い……けど……こいつら…………殺す…」


男は鋭い視線でこちらを見ると、裏ポケットからハサミやナイフを取り出して両手で持つ。

それを見た叶愛は、一瞬血の気が引いたが平常心を保つ。


「…そろそろ闘う感じですか…。…恵くん、いけます?」


「はい…俺はいつでも」


叶愛が前を向き直し、男に攻撃を仕掛けようとしたが恐れていた事が起きてしまう。

男は叶愛に対してハサミやナイフの先を向けていた。

"先端恐怖症"の叶愛は無理矢理体を動かそうとするが、自分の意思とは逆に全く動かない。


「……春風さん?」


「ご、ごめんなさ……恵くん……でも、…叶愛………」


遂に叶愛は床へしゃがみ蹲ってしまった。

それを見た男は初めて笑った顔を見せる。


「あ………やっぱり…。………怖いんだ………分かりやす……」


「何が…分かりやすいんですか」


「なんでも………説明……だるい…」


男は表情を戻し、ナイフとハサミを構えて叶愛に向けて投げ飛ばしてくる。

それを瞬時に蛇場原は足で蹴り落とした。

そして銃を構えるが、その瞬間にハサミが銃に当たり、遠くへ飛ばされてしまう。

取りに行こうにも、叶愛を守らなければいけない状況なので蛇場原はどうしようかと思考を巡らせる。


「はぁ……だから2対1……最悪…」


ため息をついて呆れた顔をする男を見た蛇場原は苛立ち、距離を詰めて男を蹴ろうとする。

が、ナイフを盾にしたのを見て蹴るのを躊躇ってしまう。

迷いが出来た隙に男は蛇場原の肩をハサミで狙い斬った。

斬られたその場所は服が切れて肌があらわになっていた。が、幸い血は出ていない。


相手の男は武器を持っていて、自分は武器を持っていない不利な状況にどうやって楯突こうかと考えるが、いつもの様に策が出てこない。

蛇場原は攻撃が出来ず、相手の素早い攻撃を避ける事に徹してしまっている。


男は拉致があかないと思い、蛇場原を狙うふりをして叶愛に目掛けてナイフを飛ばした。

それに気づいた蛇場原は腕を伸ばして庇うが、腕にナイフが突き刺さり、そこから血が流れる。

蛇場原が痛みに顔を歪めた瞬間、男は小さく笑うとハサミを蛇場原の目に突き刺そうとした。


「……これで………おしまい…………う゛っ…ぐ、!」


「…へぇ、何がおしまいなんだ?」


突き刺そうとしていた男の後ろから来ていた伊吹は、男の首に腕を回して思い切り絞める。

蹲る叶愛を見た伊吹は怒りに染まった表情だ。

息が出来ない男は気絶をして力が抜ける。

それを確認して伊吹は男から腕を離した。


「姐さんかっこよ……こんなん惚れてまうやろ…」


「…元からですよね。…梅澤さん、ありがとうございました」


ツッコミを入れつつ、蛇場原はお礼を言った。


「あぁ。それより叶愛は大丈夫なのか?」


「……あ、だ…大丈夫です…!ごめんなさい…!!叶愛、ほんとに怖くて…」


「謝らなくても。叶愛が無事ならそれで良い」


申し訳なさそうにする叶愛を見て、伊吹はそう言うと優しく微笑んだ。



「皆さん!無事ですか…!」


目が覚めた宇佐美はこちらへ駆け寄る。

相変わらず眼鏡はひび割れていて、頭から流れた血の跡がある。


「オレは大丈夫やけど…てか宇佐美くんの方がやばない?…あと姐さん!!!!と恵くん!怪我したならはよ治療して貰わんと」


「あぁ…それなら大丈夫だ。事務所に帰ったら私が手当するよ」


「ええ!なんやそれ!オレも手当されたいわ〜」


羨ましがる慶に対して伊吹は笑いながら軽く受け流す。


「あ…!紫呉と蔵坂様はどうしました!?」


「向こうだ」


心配する宇佐美に獅波はその方向に顔を向けながら言った。

どうやら紫呉と真鈴は倒れているオーナーの前に居るようだ。

宇佐美達はそちらへ向かう。



「あ、うさちゃん達来た〜!見て見て!こいつちゃんと捕まえといたよ!」


紫呉に言われて一同がオーナーを見ると、手には手錠が掛けてあった。

顔にはまだ蹴られた跡が赤くなり、残っていた。


「はぁ……散々な目にあいましたね…」


「まぁ宇佐美くんは毎回散々な目にあってるんじゃないか?」


「そやな、誰かさんのせいで」


伊吹と慶が獅波の方を見ると、獅波は「あ゛…?」と2人を睨みつけた。


「私達を助けれくれたお2人はもう居なくなってしまったんでしょうかね…お礼を言いたかったんですが、」


皆は辺りを見渡すが、女性スタッフとその弟の姿は窺えなかった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


宇佐美が探していた女性スタッフと弟は、少し前に高層ビルから出て高級そうな外車に乗っていた。

弟が運転しており、姉の女性スタッフは煙草を吸いながら風に吹かれていた。

女性スタッフの方は、纏めてあった髪を下ろし胸元を開けていたので明らかに先程と違う印象であった。


「ねぇ、なんであの時止めたの?いつもだったら止めないでしょ?」


弟は銃を乱射した時、止められたことを思い出して質問した。


「あのオーナーが彼らの事を"暁闇"と言ったから。その場にヤクザが居るのにも関わらず日本の事に手出しするのは面倒臭いし柄じゃないのよ」


「あぁ、そういう事ね!でもなんであんな畏まってたの?」


「それは警戒されない為。彼らドレスアップしていたし一目でヤクザって分からなかったの」


「あはは、なるほど!」


弟は疑問に思っていた事を聞いて納得すると笑いながら言った。

2人は風に吹かれながら高速道路を走っていった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


オーナーを拘束した後は、騒ぎを聞いて駆けつけた従業員達に説明して警察に通報して貰うよう頼んだ。

事情聴取に協力して欲しいから残ってくださいと従業員から頼まれたが、勿論面倒臭いし警察が絡むとややこしくなるので見つからないよう高層ビルを出た。



「あー!叶愛お腹空きました!」


「それ〜寿司食べよーぜ!寿司!」


「その前に!怪我をしている方もいるので事務所に帰りますよ!」


「いや、うさちゃんが1番怪我してるくね?」


言い放った宇佐美に対して、紫呉は半笑いで言う。

皆、お詫びにと貰った新品の衣装で帰っていた。が、顔は汚れていて怪我の手当もまだだったので通行人は宇佐美を見て少し驚きながら通り過ぎて行く。


「ほんま今日は色々あったな〜」


「………はい、疲れました」


「早く休みたいな」


疲れきった慶の言葉に同じく疲れた顔をしている蛇場原と伊吹は答える。

獅波は相変わらず1人で少し先を歩いていた。



「あ、そうだ」


紫呉は何かを思い出すと、隣を歩いている真鈴の方へ向いた。


「どうしたの、紫呉くん?」


「服、似合ってんね!髪もなんかいつもと違う?めっちゃ可愛い!」


「えっ、え…!!あ……あり、がと…う!」


いきなり言われた率直な言葉に、真鈴は顔が物凄く赤くなり戸惑う。

そして、心を落ち着かせると真鈴は微笑んで


「紫呉くんも…似合ってるよ!いつもより大人っぽくて……あの、か、…かっこ…いい」


「あはは、まじ〜?ありがと!」


照れながら言った真鈴に対して、紫呉は無邪気に笑いながら答えた。

そしてそれを見ていた後ろを歩くメンバーも(あら〜)という顔でニヤついていた。


「てか、まだ皐くんからお礼の言葉貰ってないんやけど〜なんて…」


慶は懲りずに巫山戯て獅波に言った。


「あ゛?なんでお前らに礼なんてしなきゃならねぇんだ」


「それは無いでしょう、獅波!…確かに、あの時助けに入れなかったのは私の落ち度かも知れませんが…その態度は」


「うるせぇな………チッ、…寿司くらいお前らの分奢ってやる」


獅波は心底面倒臭そうな顔をして、そう言い放つとまた前を向いて颯爽と進んで行ってしまった。


「やっぱり、獅波くんってツンデレだよな」


「なー。まぁほんとにツンデレくらいなら良いんやけどね」


「叶愛はどんな獅波さんでも見習いたいですよ!沢山食べますし!」


叶愛の言葉を聞いて、伊吹と慶は「いや見習っちゃ駄目だろ(やろ!)」と言った。



寿司を、しかも獅波に奢って貰える事になった彼らは心嬉しい気分になって、話したり笑い合いながら事務所へ向かっていった。


前を歩いている獅波は、心做しか満足そうな顔をしていた。



(終)

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