第三話 【フェスの為のその弐】RPGランニング宣言
「……RPGって、武器と魔法でモンスターを倒すゲームだよね? 格闘ゲームと関係あるの?」
「いや、ゲーム内容は関係ない。初期の家庭用ゲーム機のRPGって、ドット絵の画面上をキャラが上下左右にしか動けなかったんだ。それに倣って、俺もランニング中にいきなり九十度で方向転換するからな。ちゃんと付いて来いよ」
「うん!」
(そんなのが格闘ゲームのトレーニングになるのでしょうか?)
萌衣は訝しげに来海の説明を聞いていた。
「それじゃあ行くか! 今回は人の少ない中庭とか講堂の周りとかを走るからな! くれぐれも足首をひねらないように気をつけろよ」
来海を先頭に、勇者パーティーのように心雪と萌衣があとを付いていく。
そして!
“フッ!”と来海の姿が突然消えた!
「えっ? うわぁ!」
いきなりのことに、危うく心雪は転びそうになった。
「ヘイヘイ! どうしたどうした! 俺はこっちだぞ!」
来海はその場で脚を動かしながら、心雪の右にいた。
「ご、ごめん」
「いいか、集中だ集中! ただ走っていればいいわけじゃないんだぞ!」
「う、うん……」
(来海の動きと、気配に気をつけていれば……)
再び心雪の目の前から消える来海。
(今度も右! ……いない!)
「おいおいどうした? まさか俺が馬鹿正直に右に曲がると思ったか〜?」
「フェ、フェイント……」
「へへっ! そういうこと。さぁ、付いて来いよ」
その後何回も来海は左右に直角に曲がるが、心雪は来海を見失ったり、反対の方向へ走っていった。
そして古道具屋の前へ戻ってくると、心雪は
「ハァハァ……ハァハァ……」
と息を吐きながら、四つん這いに崩れ落ちた。
「おいおい、しっかりしろよ。さっきのランニングより全然走ってねぇぞ!」
来海は左手首のスマートウォッチを人差し指で叩くと、リュックから水筒と紙コップを取り出した。
「心雪、これを飲め」
「なに……ハァハァ……それ……」
「オメガ・オークさんに教えてもらったゲーマードリンク、その名も《オメガ・カクテル》だ!」
来海は紙コップに注いだものを一気に飲んだ。
「プハァ〜! 効くぅ〜!」
「フィジカルトレーナーとして、毒味……いや、わたくしも頂いてもよろしいですか?」
(毒なんて入ってねぇっつの……)
「ああ、いいっすよ」
萌衣は恐る恐る紙コップに口を付けると……。
「……あら、おいしい。チョコの味がします。ちなみにレシピは?」
「詳しくは秘密だけど、チョコ味のプロテインにレモンにハチミツ、その他いろいろぶち込んである。ほれ、心雪も飲め」
「……あ、ありがとう」
「無理に筋肉を付ける必要はないけど、この前のレインボー・レイさんのVR-DANCE見ただろ? 萌衣さんしかり、上位ランカーの方々はスポーツ選手並みの体をしているんだぞ」
心雪は萌衣を見ると、息一つ乱していなかった。
「ちなみに来海さん、このトレーニングの意味は?」
萌衣の質問に、来海は得意げに説明する。
「このトレーニングに何の意味があるのか? なぜ心雪は、最初より距離の短いランニングなのに、こんなに疲れているのか?」
「……?」
「簡単なことだ、このトレーニングは、《頭を鍛えるランニング》だからな!」
「頭を? 体じゃないの?」
「オッホン! 体内で消費される酸素やカロリーのうち、二割以上は脳が消費すると言われているんだ。心雪はランニングしながら、俺がどっちに曲がるか、一挙手一投足を注視しながら、さらに
『さっきは右だったから今度は左かも?』
と、いろいろと考えていたんだろ? それによって脳がフル回転して、酸素も栄養も、普段のランニング以上に消費したってわけさ」
心雪は“コクコク”とうなずく。
「この前サキュバスさんと闘ったとき、最初はまだしも、後半はただ指を動かしていただけだったぞ。前に俺が言っただろ?
『ベストなパフォーマンスを続けられるスタミナ』
が必要だってな。これはその為にトレーニングだ! アマフェスで予選を勝ち抜いて舞台に上がれても、頭も体もヘロヘロなパフォーマンスじゃ観客からブーイングが起こるし、何より対戦するプロの方に失礼だ!」
― ※ ―
アマフェスの予選について説明する。
アマでもプロでも、フェスの予選は参加人数が多いため、アリーナ(この場合は床の意味)をいくつかのブロックに分けて行われる。
そして、円形の柵の中心に筐体が置かれた対戦エリアは、《闘技場》と呼ばれており、ゲーマーとセコンドしか中に入れない。
そして、アリーナチケットを持っている観客は、さながら音楽フェスのようにどのブロックでも間近で観戦でき、当たり前だが名のあるゲーマーの闘技場には360°、多数の人だかりができるのである。
ちなみに、予選敗退すればアリーナの観客として観戦できるため、その為に参加するゲーマーもなきにしもあらずである……。
― ※ ―
「……それだけですか?」
萌衣が鋭い視線を向ける。
「ん~まだ話す段階じゃないけど、一応言っとくか。このランニングは
『対戦相手の気配を察知する』
トレーニングも兼ねているのさ。
“ほぉ〜”と心雪は口を開ける。
「相手が気合い十分なのか、緊張して手がおぼつかないのか、心雪をなめてかかっているのか、技が決まらなくてイライラしているのか。たとえ顔は見えなくとも、呼吸の仕方から足の動きまで、必ず表に出てくるのさ。それによって自分の戦術を変えていけばいい」
「『柔よく剛を制する』わけですね」
萌衣が代わりに答える。
「そうだ。相手が勝ち気に
「は、はい!」
「今はピンとこなくてもこれだけは覚えておけ! たとえe-スポーツと呼ばれようが、俺たちが闘うのは画面上のキャラじゃない! 生身の人間だと言うことをな!」
「はい!」
「ようし! もう一回やるぞ!」
「はい!」
再び勇者パーティーのように三人連なってのランニングが始まる。
来海は上半身だけ左右に向けたり、片足だけつま先を左右に向けてフェイントをしたり、体は右へ向けるが足は左へ向け、左へ走っていくなど、曲芸師のごとく走っていった。
「心雪! 呼吸が乱れているぞ! そんなんじゃパーフェクト負けで一回戦落ちだ!」
「は、はい!」
休憩を挟み、何度もRPGランニングを行う三人。
心雪は目を皿のように来海の動きを注視し、たまたま同じ方向へ曲がることができたが、ほとんどは読みが外れていた。
そして下校時間が近づいていく。
「も……もう……ダ、ダメ……」
なんとか古道具屋の前にたどり着いた心雪は、“バタン”と大の字に倒れてしまった。
「ま、今日はこんなもんか」
「あ、ありが……ハァハァ……とう……ご、ござ……ハァハァ……いまし……た」
息も絶え絶えに、心雪は来海に何とか礼を言った。
「オメガ・カクテルもなくなっちまったか。萌衣さん、これを心雪に使ってくれ。あと、落ち着いたらスポーツドリンクと一緒にこれを食わせてやってくれ」
来海はリュックから酸素スプレー缶とラムネを取り出すと、萌衣に差し出した。
「く、来海、ハァハァ……あ、ありが……とう」
心雪はお目々ウルウル乙女モードの顔になる。
「あ、明日からはてめぇの分はてめぇで準備しろよ! サキュバスさんからの投げ銭で金はあるんだろ!?」
「……う……ん」
心雪の顔にスプレーをあてがいながら萌衣は思う。
(ツンデレオメガ・オークなんて想像すらしたくはありませんが、これはこれでいいですね)
「よし、落ち着いたか? んじゃ一回だけ対戦やるか?」
「うん」
二人はベンチに座って準備する。
「萌衣さんは観客になって心雪の後ろ……いや、前に立って
「かしこまりました」
「心雪、いくぞ!」
「う、うん!」
しかし、心雪が手に力を入れた瞬間! コントローラーが心雪の手から滑り落ちた!
「あっ!」
「おっと」
素早く萌衣が受け止めた。
「あ、ありがとう萌衣さん」
そして3Match 3Charaでの対戦は、今までで最低のバトルで心雪の敗北であった。
来海は声を落とす。
「心雪、それが今のお前だ」
「うん。や、やっぱり、ゲームができないほど……スタミナがないんだね……」
「違う。今のこの状態が、この結果が、フェス一回戦目のお前だ」
「えっ?」
「初めてのフェス、ドーム型競技場の中はDJの音楽にミラーボールにレーザービームにサーチライト。お前にとって何もかも初めての体験だ」
「う、うん」
「そして闘技場の周りには何十人もの観客、しかもeFGのミニ舞台と違って至近距離でお前を何十もの目で見下ろしているんだ」
「な、なんとなく……わかるよ」
「そんな中じゃ今みたいにコントローラーを持つことすらおぼつかない。だからこれだけは覚えておけ!」
来海は拳を突き出した!
「俺がお前に言ったこと! お前が俺に言ったこと! そして、このトレーニングの苦しみと自身の成長を、この拳に刻み込んでおけ!」
「……わかった!」
心雪も拳を突き出して重ねた。
(なんだか、こちらまで熱くなりますね)
萌衣が胸に手を当てた。
そして着替えた三人は、寮まで歩き、心雪と別れる。
「今夜はランニングせずゆっくり休んでおけよ。休息は回復力を鍛えるトレーニングと思え!」
「は〜い、来海コ〜チ!」
「……ったくあいつは、まぁあの元気ならくじけそうにないな。んじゃ帰るか」
しかし、萌衣は真顔、いや、フェスで見せるマーシャル・メイドの顔になる。
「来海コーチ、次はわたくしの番です。先ほどのRPGランニング。本気でお願いします」
僕っ娘の心雪さんはプロゲーマーになりたい! ― 最凶オークと目指す格闘舞台(ファイティング・ステージ) ― 宇枝一夫 @kazuoueda
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