第二話 【フェスのためのその壱】羞恥心ランニング宣言

「そうだ心雪。H&Hの使用キャラなんだが、三キャラ固定でなく、あと一人、できれば二人は使えるようにした方がいいな」


 ちなみに心雪の使用キャラは、くノ一の霧乃、女性ロック歌手のリズ、金髪女性ストリートファーターのカレンであった。


「同感ですね。その方が対戦相手を惑わせることができます」


「心雪はその三キャラ以外は使ったことないのか?」


「ん~男性キャラはイケメン過ぎて兄を思い出しちゃうし……」


「中国拳法のジャン・リーやグッフーは?」


「ゴメン、グッフー使っている来海には悪いけど、老人やデブキャラは……好みじゃない!」


“ガ〜ン”っと来海の頭の上に隕石が落ちた。


 萌衣が微笑みながら来海の頭上に塩をすり込む。


「女性ゲーマーあるあるですね。男性ゲーマーは見た目のエッチさや使いやすさ、技のきまり具合を重視しますが、女性ゲーマーはあくまでそのキャラを好きか嫌いかで選ぶ傾向があります。これはリアル男子への対応と同じですけどね……」


 ……偏見かもしれない。


(よ、よかったぁ〜。受験勉強でダイエットできて。もしデブのままなら、心雪だけじゃなく女子全員から三年間キモイ扱いされたかも……)


「そうだ、時々気晴らしにセブンちゃんを使うよ。デタラメにボタン押して技が決まるとうれしいんだ」


 セブンちゃんとはe7の女性型マスコットキャラで、今回のH&Hアマフェスのような、e7主催の単体格闘ゲームフェスに限って使用でき、剛拳XやストバトV等にも登場する。


 着ぐるみゆえ、中に女性キャラが入っている設定になっているが、なんのキャラが入っているかは、対戦が始まってパンチやキック、投げ技等の仕草から判別するしかない。


 同じように男性キャラが中に入っている設定のマスコットキャラ、e君もゲーム中に存在する。


「セブンちゃんか……よし、四人目はセブンちゃんにするか!」


「ええ!? でも、今から女性キャラ全員のコマンドを覚えるのはきついよぉ……」


「いや、セブンちゃんを使う時は、俺がこの前舞台でやったようにパンチとキック、防御のみだ。そしてここぞというときに投げ技だけを使う! 投げ技のコマンドは各キャラそう違いはないからな」


「扱うのが難しいと思えるキャラをあえて選択して、相手を翻弄する作戦ですね」


 萌衣が補足した。


「その為にはラウンドが始まった瞬間、パンチやキックを出してその仕草から何のキャラかを判別する必要がある。心雪、できるか?」


 心雪が決意する。


「わかった! やるよ! 来海にすべてを託すよ」


「おう!」


 萌衣はそんな二人を眺めながら


(これがゲー友の絆ですか……。うらやましいですね)


 心がわずかに冷たくなるのを感じていた。


 お弁当を食べ終わると萌衣が二人に尋ねてきた。


「ああ、そういえば、心雪さんと来海さんは、なぜあのようなコスプレをしてeFGの舞台へ?」


 来海が説明する。


「そうですか。心雪さんが多くの人の前では緊張するからと……。それはアマフェスの、そしてプロを目指す上での最大の障壁ですね……。わかりました! フィジカルトレーナーとして、サキュバス様ほどではありませんが、わたくしも一肌脱ぎます! 席を外しますのでお二人はミーティングを続けてください!」


「あ、はい。いってらっしゃい」


(……なんか、嫌な予感がするな)


 ― 放課後 ―


 三人は中等部と高等部の境界にある木造二階建ての建物に向かう。


「あぁ、あの建物が古道具屋、リサイクルショップだったんか〜」


 心雪が来海に説明する。


「昔は学園全体の事務室だったんだけど、大きくなったから中等部から大学までそれぞれに事務室をつくって、商店街の古道具屋さんがここに引っ越したんだ」


 中に入った三人は、二十分後、外へ出た。


 来海が淡々と萌衣に尋ねる。


「……なるほど、古道具屋さんは衣装の貸し出しもしているのか。だから萌衣さんはお昼休みにここへ来て予約しておいたと」


「左様でございます」


 萌衣は恭しく礼をし、来海も丁寧にお礼を言う。


「お昼休みを潰してまで、ありがとうございます。どうせランニングするなら心雪にコスプレさせて、みんなの視線を集めれば、体力とメンタルのトレーニングができて、一石二鳥って訳ですか……」


「ご明察、恐れ入ります」


「だからってなんで俺がぁ! 青のフリフリワンピースに白のエプロンを着てぇ~! 茶色ロングのヴィッグを被らなければいけないんだぁ~!? しかもメイクまでしてぇ~!」


「《不思議の国のアリス》がコンセプトですが、残念ながらアリスの衣装に合うのがこれしかなく……さらに他の登場人物もほとんど代替え品で……。やはりちゃんとしたのは演劇部が所有しているみたいです」


「そんなことを聞いているんじゃない!」


「ちなみに、私はチェシャ猫です。にゃぁ〜お」


 三毛猫の着ぐるみパジャマを着た萌衣が、顔の横で肉玉手袋を着けた両手を曲げた。 


「く、来海……か、かわいいよ……」


 白ウサギとして、白いタキシードにうさ耳を付けた心雪は、ほっこりしているのか、あるいは笑いをこらえているのか、口元を両の指で押さえてぷるぷる震えていた。


「心雪さんのおっしゃるとおりです。一度ご自分のお顔をご覧になって下さい」


 萌衣がコンパクトの鏡を来海にみせると……。


「……えっ? これが俺? やだ……自分が尊い……じゃねぇ!」


(くそっ、母さんが女子用の制服を注文しなくても、結局女装する運命だったか……)


「せっかくですので活動記録として写真を撮りましょう」


 萌衣はスマホで心雪の写真を撮り始めた。


「えっ? 萌衣さん!?」


「プロになれば写真を撮られることなぞ日常茶飯事。これもトレーニングの一環です。ささ、笑顔笑顔」


 心雪はぎこちない笑顔を浮かべた。


「……ふむ。これはこれで高く売れそう。ではついでに来海さんも」


「あ〜もう好きにしてくれ……」


 その後、三人で自撮りをする。


「もういいか?、時間がねぇからこのままストレッチしてランニングするぞ! とりあえず校内を一周してここに戻ってくるからな」


「うん!」


「にゃん!」


(……だいじょうぶかこいつら)


 ちなみにレンタル代は、心雪がサキュバスの投げ銭から払っていた。


 来海を先頭に心雪、萌衣の順番で、高等部の校舎へ向けてランニングする。


「てか不思議の国のアリスなら、先頭を走る俺が白ウサギだろうが!?」


 萌衣が反論する。


「実は二つ目の理由があります。そのうちわかりますよ」


 萌衣は妖しく微笑んだ。


『テニス部で~す! 未経験者、男子部員も歓迎しまぁ~す!』


『来たれ漫研へ! 己の欲望をペンタブに叩きつけてみようではないか! のできる男子部員も募集中だぁ!』


 校舎前やグラウンドでは各部活、同好会が新入部員の勧誘をしており、その中を三人は走って行く。


「なにあれ?」


「演劇部の勧誘かしら?」


「あの格好って、不思議の国のアリス?」


「先頭走っているのって、男子?」


 生徒達の声に


「や、やっぱり、みんな見てる~。は、恥ずかしいよぉ~」


 心雪は頬を染めるが


「大丈夫です心雪さん。笑われ……いえ、注目されているのは来海さんですよ」


「そ、それもそうだね」


「ですが心雪さんも、あんな変な格好で走っている人と同類に見られています」


「ええっ!?」


「これぞ、《自身のコスプレ》+《変なコスプレしている人と同類に見られている》為、恥ずかしさが二倍になり、メンタルが二倍鍛えられる、名付けて

《羞恥心ランニング》!」


「おお~!」


 心雪が感心するが


「後ろ! やかましいぞ!」


 来海が一喝した。


「来海さん、話しながら走れば二倍鍛えられます! 私のトレーニングには隙がありません!」


「ああもう、勝手にしろ!」


 三人は再び古道具屋の前へ戻ってくる。


「ふぅ〜。ようし、少し休憩だ。もう一回走るからストレッチを忘れるなよ〜」


「ハァハァ……。や、やっぱり走るのって気持ちいいね。この前来海に言われてから、ハァハァ……。朝と夜に寮の周りを……ハァ……少し走っているんだ」


「なんだ、自分からやっていたのか。それじゃあ次はちょいきつめで行くぞ」


「いいよ。ペース上げても」


「いや、ペースは少し押さえる。足首を重点的にストレッチしておけ。次の特訓は、名付けて

RPGロールプレイングゲームランニング》だ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る