第一部完 これからも娘をよろしくお願いします宣言

 家に帰った来海は風呂に入ったあと、フリース姿でベッドに寝転んだ。


(Unlimited Modeのダメージが少し残っているか……。ま、明日になれば楽になるだろ……)


 そしてe7アプリを立ち上げた。


(ミニ舞台の配信、心雪対サキュバスのは残っていて、俺のヤツは消されたか……アカウントといい、対応が早いわ……)


 削除理由が、サキュバスが舞台上で猥褻な行為を行った為と記されていた。


 心地よい疲れが体を包み込む頃、スマホが鳴った。


(この着信音は……クソッ!)


 起き上がりスマホを手に取ると画面には

《淫乱酒乱の阿婆擦あばずれ会長秘書》

と表示されていた。


 電話をスピーカーモードにして再び横になる。


「……もしもし」


『……貴方の電話帳に私がなんて登録されているのか、一度見てみたいですね』


「お望みとあらばスクショに撮って、e7の掲示板に貼ってさしあげましょうか?」


『ただの挨拶です。電話をお繋ぎいたします』


「誰にです? 《e7会長》? それとも、《星福堂学園、学園長》ですかぁ〜?」


 わずかな沈黙の後


『……《母親》として、娘のコーチにご挨拶がしたいそうです』


「……」


、那良来海さん。心雪の母でございます』


 その声は入学式の時、壇上で挨拶した学園長、そして、他のゲーマーの引き立て役として、来海にヒールゲーマーを命じた、e7会長であった。


、那良来海です」


『この度は娘のゲームコーチを引き受けてくださりまして、誠にありがとうございます。これからも娘をよろしくお願いいたします』


「こちらこそ、微力を尽くします」


 再び、わずかな沈黙の時が流れる。


『……なにも聞かないのね?』


『プライベートには口を出さない』

と言ってくれましたから、俺もそれを尊重リスペクトします」


『殊勝な心がけね』


「……それに……なんか…………未だ情報の整理がついていないんですよね」


「無理に理解する必要はないわ。学園長として、優秀な学生がのは忍びないから……。公私混同になるから援助はできないけど、素敵な学園生活を送って下さいね』


「はい、ありがとうございます」


 三度、わずかな沈黙。


 “はぁ〜……はぁ〜”とスマホの向こうから荒い息づかいと


『……会長、大丈夫です。プロテクト回線ですから』


 秘書の小声が聞こえてきた。


「……?」


『……やぁ〜ってくれたわねぇ〜この堕豚クソ豚キモ豚ちゃぁ〜ん! よくも最高企業機密をぶちまけてくれたわねぇ〜』


 アンチの呪いの儀式が子守歌に聞こえるほどの呪詛じゅそが、スマホのスピーカーから来海の耳に飛び込んできた。


「はぁ? 起動させたのはサキュバスだろ!?」


 もちろん言い逃れである。


『あんな小娘ハッカーが、コンフィグ設定とパスワードを知っているわけないでしょ! そもそも

「Unlimited Modeを白日の下にさらしたくなければ、活動休止を受け入れろ!」

ってそっちが言ってきたからそうさせたのに約束を破りやがってぇ! あそこに心雪がいなかったらすぐさま縄で縛って、鍋で煮込んでチャーシューにしてやるところだったわよぉ!』


「あ〜お宅のが抑止力になってたのかぁ〜。さっすが我が弟子! でもさぁ~ケンカ売ってきたのはサキュバスだしぃ~、そもそも今の俺はチャーシューにするほどの肉はないですよぉ~」


 来海は、相手の神経を逆なでする粘っこい声で答える。


『だったら、肉を削り取って豚骨スープにしてやるわよ!』


「でもぉ~俺ってぇ~性根が腐っていますからぁ~、美味しい出汁は出ないと思いますよぉ〜」


『魔除け代わりにスープをe7ビルの玄関前にまき散らしてやるわよ! ただでさえe7ウチ

《平気で主人を裏切るスパイメイド》やら

《淫乱露出狂処女ハッカー》やら

《変な呪いの儀式をしているモヒカン一味》やら

《わけのわからない忍者集団》

に狙われているんだから!』


「カッケー! それってまんま

《格闘ゲームのバックストーリー》

じゃないっすか!」


 来海は白々しく、まるで小学生のようにはしゃいだ。


『そいつらに情報をのはどこのどいつなのよぉ〜!』


「……てか最後って、父が言ってましたが……身内ですよね?」


『旦那も旦那で、ゲー友だからってべらべらしゃべりやがってぇ!』


「そもそも、Unlimited Modeをベースにした

《戦闘機や巨大ロボのパイロット養成シミュレーター》

を作るオタクらが悪いんじゃないですかぁ〜?」


『オタクって言うなぁ〜! あと巨大ロボットは除外しなさい! 元はと言えばあんたの父親が開発したんじゃないのぉ〜!』


 ― ※ ― 


 説明しよう!


 戦闘機のパイロットを養成するには、ものすごい時間と金がかかるのである。


 特に候補生の体をGジーに慣れさせるには、これまでは回転する装置を使ったり、実際に練習機を飛ばして身体に覚えさせるしかなく、機体の製造、購入費。燃料や整備費。そして教官や整備員の人件費等々、正に金食い虫であった。


 さらに墜落などの事故が起これば、これまでの時間と金、そして命が、文字通り灰になるのである。


 こうしたことをふまえて開発されたのが、Unlimited Modeをベースにした、360度x360度回転する、パイロット養成シミュレーターである。


 操縦桿とシートからのバイブレーション、そして加減圧パイロットスーツにより、Gと同等の負荷を肉体に与えることができ、何よりこれまで練習機の数しか訓練できなかったのが、シミュレーターの数だけ同時に訓練ができ、時間と金、そしてリスクも大幅に縮小できるのである!


 ― ※ ―


「あ〜やっぱりそうだったんですかぁ〜。俺が生まれた頃

『よぉ〜しパパ、来海の為に巨大ロボットをつくってやるぞ! まずはコックピット、操縦席からだ!』

って言ってたの本当だったんですね~」


OBOG、本当に製造つくりそうだったから、慌てて追い出したわよ!』


「ハハハ! 高専の人たちって、悪い意味で突き抜けてますからね~」


 偏見である……。


『笑い事じゃないわよ!』


『会長、その辺で! 会長室の防音デシベルを超えています!』


“はぁ~はぁ~”と荒い息の後、落ち着いた声に変わった。


『ふぅ~。アンタのアンチになる人の気持ちがわかったわ』


「そうさせたのは誰でしたっけ?」


『とりあえずこっちは


《一連の事案の説明配信の原稿作成》


《格闘ゲームを提供してくださるH&Hの「栄光テクノ」様や「NAMEKO GAME」様、「JUPITER AGES 」様、「MEGA PLAY」様、「COMP CAP」様への説明》


《月曜日のIR(Investor Relations)用の原稿作成》


《御殿山高専の理事長兼旦那との夫婦喧嘩の準備!》


 あと、もし死の商人が傭兵送り込んできたら、アンタの姉以下、ウチの精鋭ゲーマー達が操る、対テロ用ドローン部隊で返り討ちにさせてやるから!』


「あ~はい、お疲れ様です。えっとぉ……《Twinkle Twilight》さん」


『昔のゲーマーネームで呼ぶなぁ~!』


“ブチッ!”


「あ、切れた。なんなんだよ……。あ~目が覚めちまった」


 キッチンに行くと母親が声をかけてきた。


「電話、誰からだったの? なんか大きい声が聞こえたけど?」


「会長さんだよ。『素敵な学園生活を送って下さい』だってさ」


「あら~、《明里あかり》ちゃん? 忙しいのにわざわざ電話してくれるなんてありがたいわねぇ~」


「てか俺や姉さん達があの人に絡まれるのって、母さんが星福堂の電子遊戯同好会で、あの人をボコボコにしたせいじゃないの?」


「ん~でも明里ちゃん、一回も母さんに勝てず、になるほどから~仕方ないわよねぇ~」


(どこかで聞いたような……。一応クソドラゴン野郎アイツは最後に一位になったから、粘着してこないよな……?)


 ベッドに横になった来海はふと思い出す。


「あ、コンフィグ設定とかパスワードがどうなったか、聞くの忘れた。まぁいいか……」


 ― 真夜中のeFG ―


 夜中に舞台を借りて配信しようとする、各ゲームの上位ランカー達が、額を合わせ声を殺して話していた。


「おい、格闘ゲームエリアの舞台に、サキュバスがいるぞ!」


「ツチノコやチンアナゴの奴らから舞台を買い取ったって噂は本当だったんだ……」


「しかもなんかヤバイ格好をしているし、絡まれないうちに配信を済ませようぜ!」


「声を小さめ、テンション低めでな……」


 e7ランド内の病院から抜け出したサキュバスが、病院のガウンを纏い、両肩から指先まで包帯ぐるぐる巻きの姿で、Unlimited Modeのパスワードをひたすら打ち込んでいた。


「……クソッ! クソッ! なんで、なんで、Unlimited Modeが起動しないのよぉ~! クソ会長にクソ運営め! パスワードを変更しやがったなぁ!」


『オメガ・オークさんのこの衣装が忘れられないように……』


 サキュバスは来海の言葉を思い出す。


「おのれぇ~オメガ・オークぅ! 今度会ったら悪魔召喚儀式の生贄いけにえにしてやるぅぅ~! おぼえてろよぉ~!」


 ……こうして、オメガ・オークアンチがまた一人、誕生したのであった。


 ― 第一部 完 ―

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