第三十五話 おかわりデートと、オメガ・オークに磔獄門
店を出て駅の改札口へ向かう二人。
「しかしエルフになんて言うんだよ? 自分とこのメイドが、あのオメガ・オークと同じクラスどころか、ゲー友になったなんてしれたら、お前がリアル呪いの儀式で
「そういう来海さんも、ダイナミック・ドラゴン様の妹君のコーチを引き受けるどころか、デートまでして……。オメガ・オークとバレたらチェーンソーでミンチどころか、
「……アイツのスポンサーには軍事企業や死の商人までいるのかよ……。とりあえずこれでお互い爆弾のスイッチを持っているからな、口外するんじゃねぇぞ」
「そうですね。私も初めて誘われた殿方が、まさかまさかのオメガ・オークとは、未だに信じられません。まだハニトラ仕掛けて慰み者になった方がマシです……ああぁ〜!」
「な、なんだよ。俺は何をしてねぇぞ!」
「いえ、当初の目的を失念しておりました。来海さんに近づいたのは舞台の後、
『Unlimited Modeについての情報を集めなさい』
と、お嬢様から命じられたからです。たとえ私が来海さん、ウォルナットさんにハニトラを仕掛けてでも!」
「はぁ? てかお前、さっきからエルフの作戦や命令しゃべりすぎだろ?」
そんな来海の言葉なぞ耳に入らず、萌衣は頭を抱えていた。
「あぁ、どうしましょう……。なにも情報が得られないとなるとお屋敷には戻れません。心雪さんよりは控えめですが、今からでも私の学ラン姿でハニトラにひっ掛かってくれませんか?」
「誰がひっ掛かるかぁ〜!」
結局二人は、ハニトラを仕掛けた時間分、地下街を歩くハメとなり、来海はUnlimited Modeのことを萌衣に話す。
「……そうですか。サキュバス様とのパーソナル通話の時に、そのような会話を」
「断っておくが、システム的なことは俺もよく知らねぇ。むしろサキュバスの方が知っているんじゃないか?」
「……私にあのサキュバス様へハニトラを仕掛けろと? むしろ返り討ちに遭って、こっちの世界に戻ってこれなくなりそうですが」
「知るか! あとコンフィグの設定とかパスワードに関しては、変更されたかもしれねぇからあてにするなよ」
「わかっております。ですがパンチラもしていないのに、こうもペラペラ話してくれるのはいささか拍子抜けでした」
「今のお前は学ランだろ」
「ですが心雪さんとデートをなさいましたし、しかも今、学ランを着ている私と《おかわりデート》をしています。もしかして来海さんは男性なのに《学ランフェチ》ですか? 情報のお礼として腕ぐらい組みますよ」
「これ以上周りの女の人の性癖を刺激するんじゃねぇ! もし腕組んだら自撮りカップル写真をエルフにメールするぞ。しかもオメガ・オークのアカウントでな!」
「写真を撮るのは構いませんが、アカウントをブロックしていますのでメールは届かないと思います。ですがありがとうございました。これだけの情報があればお嬢様を満足させられます」
「……全部は話す必要はないんじゃないか?」
「えっ?」
「ニット・キッキーじゃあるまいし、デートぐらいで普通はペラペラしゃべらないぜ。これだけの情報を一度に話したら、
『ガセネタ掴まされたんじゃないのか?』
とエルフが怪しむぞ」
「そ、そうでした。私としたことがこんな簡単な諜報の基礎を失念するなんて……」
「それに」
「はい?」
「お前だって心雪と一緒にトレーニングしたいんだろ? 俺はUnlimited Modeの情報を持っているし、さらにあのオメガ・オークの付き人設定だ。情報を得るため、俺たちに近づく大義名分ができたじゃないか」
「そ、そうですね。フェスでもそうでしたが、どうもオメガ・オークを前にすると調子が狂います……」
「俺もUnlimited Modeについては調べておくが、あまり期待するなよ」
(姉貴達に聞いてもいいが、知りたい理由を問い詰められて、結局、リアル磔のリアル呪いの儀式の未来しか見えねぇからな……)
― そして駅の改札口 ―
「んじゃ、エルフによろしくな」
「それでは月曜日に」
「ちなみに、エルフはどこの高校へ入学したんだ? やっぱダイナミック・ドラゴンと同じ御殿山か?」
「……申し訳ございません。情報を頂いておきながら、これだけは固く口止めされております」
「そっか。俺に貢いでくれたお礼を言いたいけどな。もちろん、オメガ・オークとして!」
「それだけはおやめください! お嬢様が悶死してしまいます!」
― ※ ―
来海と別れた心雪は駅から離れると、立体駐車場があるビルへ向かう。
通行人の何人かは星福堂の白い学ランを着ている心雪に目が行くが、その瞬間! 仕事帰りを装った紺のスーツ姿で眼鏡をはめた男と、黒髪ロングで黒のスーツ姿の女が、音もなく、さりげなく視界を遮った。
そして三人がエレベーターに乗ると、心雪の口が開く。
まるで、高貴な淑女のように……。
「……メールを見ましたが、なぜお前達たちが迎えに? 私ももう高校生です。一人で帰れます」
「……お屋形様のご命令です」
黒髪ロングのスーツ姿の女性は、無の感情で答える。
「……まったく、父上のお気遣いにも困ったモノです」
男は心雪のリュックに手を伸ばす。
「失礼します。お手荷物を……」
瞬間! 心雪の右人差し指と薬指が目潰しのように伸び、調光レンズに触れるか触れないかで止まる!
“ピシッ!”
レンズにひびが入り、
「私に男の匂いを付けるな!」
心雪は怒気を吐き出した。
「ではわたくしめが」
女がリュックを持つと、エレベーターのドアが開いた。
黒塗りの高級セダン……ではなく、家庭用の白の高級ワンボックスの運転席に男が、心雪と女が二列目に座る。
車はスロープを降り、夜の那伍見市を走って行く。
女が心雪に話しかける。
「お疲れではございませぬか? 慣れない電子遊戯を大衆の前でなさって?」
心雪は無の感情で答える。
「問題ありません。予想より人が集まっていましたが、《
心雪の気は運転手の男に向けられる。
「オメガ・オークと呼ばれる
「も、申し訳ございません。e7、そして、那伍見市以外の高校にも手を伸ばしてはいるのですが……」
「……そうですか。我が一族の次期頭首である兄上に恥をかかせた男。世が世なら《
「心雪様は《
「気遣いは無用。それに、電子遊戯で遊べるこの任務は、むしろ私にとっての僥倖というもの。そして電子遊戯にしても大衆からの視線に関しても、己を鍛える良い師を見つけました」
「よろしいのですか? 大事なお体をご学友にお預けになって? しかも相手は殿方。万が一のこともありまする」
「そんな不覚はとりません。それにそのものはあのオメガ・オークを師と仰いだもの。今回の任務にも十分に役立つでしょう。現に本日、そのものが任務の一部を思いもよらぬ形で私に見せてくれました」
「ですが心雪様への忍としての初任務が、……の組織だとは……」
「これも忍の
そして心雪は右手首をさすりながら、来海の言葉を何度も思いだす。
『ずらかるぞ心雪! トンズラ……いや、オークズラだ!!』
まるで一人の少年が、今の自分の境遇から連れ出してくれるかのように……。
「いかがなさいましたか?」
「なんでもありません。遊戯で手が疲れただけです」
そして、学ランの胸ポケットから取り出した物を、両の手で握りしめ、再び来海の言葉を思いだす。
『俺はゲー友の心雪のために、俺のすべてを懸ける!!』
それは来海がくれた使い捨てカイロだった。
「これは気がつきませんで、暖房の温度を上げなさい」
「はっ!」
しかし心雪の心を温めてくれたのは、暖房の熱風よりも使い捨てカイロであった……。
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