第三十四話 尊い添い寝とメイドは見ちゃった宣言

 

「それでは心雪さんへのフィジカルトレーニングについては私が、ゲームについては来海さんが担当するということでよろしいですね?」


 萌衣が心雪に確認すると


「うん、よろしくお願いします」


(なんかコイツが場を仕切りだしたな。ま、しゃあねぇか。今の俺はただの一般ゲーマーだしな)


 そして萌衣はトレイを持つと立ち上がる。


「それでは失礼します。月曜日に学校でお会いしましょう」


「お、おつかれさまでした!」


「……ありがとうございました」


 心雪と来海が頭を下げる。


「んじゃ俺たちも帰るか? ほとぼりも冷めた頃だしな」


「うん!」


 二人はコスプレショップへ向かうが、露出の多いくノ一衣装の心雪は別の意味で注目の的だった。


「……今更聞くが、なんでそれにしたんだ?」


 心雪は頬を染め、両腕で胸とお腹を押さえながら答える。


「き、霧乃はお気に入りのキャラだから……い、一度着てみたくて……」


(ホント、小心者か大物かわからねぇな)


「風邪ひくなよ。あとで使い捨てカイロやるからよ」


「……あ、ありがとう」


 ― 帰りのさざなみ線車内 ―


 席に座った来海は鼻で息を吐き出す。


(ふぅ〜。何か色々あった一日だな。フェスより疲れたぜ……)


 わずかな眠気が訪れると、右肩に心雪の頭が乗っかり、“スー"“スー"と寝息をたてる。


(コイツ速攻で寝やがった! まぁあのサキュバスとやり合ったから仕方ねぇか……。しかし……)


 乗客の女性たちが、そんな二人をさりげなく眺めいた。


(……ヲイ、貴女たち、


“えっ! 待って! あの白い学生服って星福堂! しかもレアな男子学生!! しかも寝ている方はウルトラレアな美少年!!)


とうとしん降臨来たわぁ〜! これで来週も生きていける!!"


“美少年がフツメン()に寄りかかるのが黄金比よね"


“しかもフツメン(下)はイヤイヤながらもそれを受け入れている表情が(ピー)みたいで……イイ!"


……って、顔に書いてあるぞ)


 サキュバスほどではないが、来海も以前の容姿が揶揄された経験があるゆえ、多少の読心術ができるのである……。


 やがて終点である那伍見なごみ駅に近づく。


「……ヲイ、心雪……起きろ……もうすぐ終点だぞ」


「ん……んん……あ、ああ!!」


 来海の肩にもたれているのに気がついた心雪は、慌てて離れる。


「よっ! おはよう」


「ご、ゴメン。寝ちゃった……」


「いいさ。今日のお前は疲れているし」


「く、来海、ひょっとして……」


 心雪は再び上目遣いで睨む。


「な、なんだよ?」


「……僕の寝顔……見たでしょ?」


「そんなん知るかぁ! 見られたくなかったらグースカ寝るんじゃねぇ!」


 土曜夕方とはいえ、中心駅である駅構内のメインストリートは多くの人が行き交っていた。


「じゃあ来海、僕はここで」


「ん? 寮に帰るんじゃないのか?」


「週末は実家に帰れって言われているんだ」


「そうか、じゃあ気をつけてな」


「……来海」


 心雪はじっと来海を見つめる


「な、なんだよ」


「もし僕が

『今日は家に帰りたくない』

って言ったら……どうする?」


「は? なっ! はあぁぁぁ!!」


「アハハハ! その顔! 僕の寝顔を見た罰だよ」


「……そうか。なら今夜は寝かせねぇぞ」


「えっ?」


 来海は両の指をワキワキさせると


「サキュバスさんとの不甲斐ないバトルで言いたいことが山ほどあるからな! 徹夜で特訓してやる!」


「うわぁ! 冗談だよ! ちゃんと帰るよ!」


「ならさっさと帰って休んでおけ。疲れを明日に残さないのもプロの心得だぞ」


「うん。今日はありがとう」


 心雪は微笑む。


「……お、おう」


「来海も気をつけて。デートは帰るまでがデートだからね」


「は? はぁ!?」


「じゃあ、バイバイ!!」


 手を振りながら早足で去る心雪にむかって来海も手を振った。


「……ヤレヤレ、とんだデートだったぜ」


 そして来海はスマホを持つと、e7アプリを立ち上げる。


(やっぱ俺の《ウォルナット》アカウントはBAN(使用禁止)されたか……。心雪のアカウントにメールが殺到して、俺には来ないからおかしいとは思ったが……しゃあねぇか。企業秘密のUnlimited Modeを、白日の下にさらしたから……な!!)


 スマホをポケットにしまうと、まるで、《だるまさんが転んだ》みたいに勢いよく振り向いた。


 視線の先にはまるで笑いをこらえるように口元に指を当て、柱の陰から覗いている萌衣がいた!


 来海は肩をいからせ、“ドスドス”と床を踏みしめながら萌衣に近づいていく。


「ヲイ、何をしている?」


「お気になさらず、メイドの定番、習性、本能である、『のぞき見』でございます」


「まさか電車の中から?」


「はい、同じ車両でお二方の視界に入らない、少し離れたところから気配を消し、他の女性客と一緒に眼福させていただきました」


「てかお前、エルフと一緒じゃねぇのかよ?」


「お嬢様は先にお帰りになりました。のおかげでせっかくの舞台をメチャクチャにされましたから……」


「知るかよ。文句はサキュバスに言え」


「元々土日祝日はフェスやイベントのため、お暇を頂き、食事も自分でとるようにといわれておりました。そろそろ帰ろうとしたところ、、お二人を発見した次第でございます」


「ふぅ〜ん。なら俺といっしょか。ちょっと地下街まで付き合え」


「えっ?」


「心雪のトレーニングについてすりあわせておかないとな。選手の前でコーチ同士が喧嘩しちゃ、メンタルにまで影響しちまうからよ」


「あ、はい」


 ― 駅の地下街にある、那伍見市民のソウルフードと呼ばれるラーメン屋、《寿だがや》の店内 ―


「俺もおめぇと一緒で、土日祝は家の飯がねぇんだ。いっただっきまぁ〜す!」


 来海は《特製大盛りラーメン》をズルズルと食べ始めた。


「……どした? スィーツぐらい食えるだろ。遠慮なく食え」


 萌衣の前にはカップに入ったチョコソフトクリームが置かれていた。


「い、いただきます」


 萌衣がスプーンでソフトクリームを口に含むと


「おう、何せこのオメガ・オーク様の奢りだからな。ありがたく食えよ」


“ピタッ"とスプーンが止まる。


「あの……をお尋ねしますが……」


「なんだよ?」 


「来海さんは本当に……、オメガ・オークなのですか?」


「へっ?」


 今度は来海の箸が止まる。


「い、いや、俺の正体、知ってたんじゃねぇの?」


「舞台の上でお見かけしたときは、《オメガ・オークセンサー》によって、全身に鳥肌と寒気が生じ、“もしや"と思いましたが……」


「失礼な奴だな」


(でも俺もダイナミック・ドラゴンと相対すると同じになるからな、人のこと言えねぇか)


「さらにサキュバス様とのトークバトルで、その片鱗が垣間見れましたが、心雪さんへの言動、行動、そしてコーチになられており、あまつさえこの私に奢ってくださるから、つい先ほどまで『本物0.01:一般ゲーマー99.9』の割合まで比率が下がり、


『やはり来海さんはただの一般ゲーマーですね。私ったらなんて失礼な考えを、てへっ!』


と思い、お誘いをお受けしました」


「んで、今は? 今すぐ逃げ出したいってか?」


「……そもそも、たった半年でなんでそんなお体に?」


 来海は受験勉強のことを話した。


「……なるほど、そこまでして公立高校に」


「結果的に夏フェスで宣言したとおりになったけどな。信じる信じないは勝手だけど」


「……若干、パニックになっております」


「そうだろうな。あのデブで嫌われ者のヒールゲーマー、オメガ・オークが、今じゃこんな、どこにでもいる男子高校生だからな」


「そういう意味ではなく、その、ような……」


「はっ?」


「追い出しフェス後のオメガ・オークの消息については、ゲーマー達の間で都市伝説になっておりまして……」


 簡単に羅列すると


・一番多数派が、生活習慣病による死去か寝たきり。


・死去後、e7によって解剖、そしてクローンを製造している。


・クローンを製造しようとしたが、ミュータント化したため人知れず処分、または紛争地域に生物兵器として売られた。


・元々異世界のオークな為、元の世界に帰り、街娘や女冒険者、そして女騎士を“ピー"して“ピー"して“ピーピー"している。


等々……。


「ハァ〜。ったく、あいつらが考えそうなことだ」


「ちなみにお嬢様は、呪いの儀式によって悶死もんししたと信じております。何せアンチ様が行う呪いの儀式のスポンサーは、お嬢様でしたから」


「はぁ!? いや、確かにアイツは俺を豚どころか、ゴキブリかナメクジを見る目で俺を見ていたからわからんでもないが……。それにアンチ共も呪いの儀式のために俺のグッズを買ったりして、よく金が続くなと……。ん、待てよ?」


「どうかなさいましたか?」


「エルフがアンチに投げ銭する、そんでアンチが呪いの儀式の為に俺のグッズを買えば、ロイヤリティーが俺に入ってくるから……つまりエルフの奴が俺をしていて、ことにならねぇか?」


“ガ〜〜〜〜ン"と萌衣の顔から血の気が引く。


「いや気がつけよ! エルフやお前だって、グッズが売れればロイヤリティーが入ってくるだろうが!」


「い、いや、こ、これはおおお嬢ささ様のののぉ〜ここ高度ななぁ〜ささ作戦んん……」


 結局、萌衣を落ち着かせるため、来海はストロベリーソフトクリームとクリームあんみつを奢るハメになった。


「ふぅ、美味でした。やはり錯乱したときは甘味に限りますね」


(大丈夫かこのメイド)


「やっと本題に入れるか。心雪のトレーニングについてだが……」


「先ほど申し上げたとおり、プロである以上ゲームについてのトレーニングはできませんので、あくまでフィジカルな面で心雪さんをサポートいたします。あと……」


「ん? なんだ、言ってみろよ」


「いえ、私も参加したいのです。オメガ・オークの行う……トレーニングに……」


「……」


 メイドではなく萌衣の口調を、来海は黙って聞いていた。


「U15ではかろうじて十二位で終わりましたが、本日のサキュバス様のプレイを間近で見て実感しました。U18の諸先輩方は、と闘っているのかと……」


「……」


「いつまでもお嬢様の足手まといにはなりたくありません。どうか……」


 頭を下げようとする萌衣の前に、来海は無言で右拳を突き出した。


「あの……?」


「もしお前が俺に着いていきたいのなら、拳を合わせろ」


 萌衣はゆっくりと右拳を持ち上げ、グータッチをした。


「ヨシ! これで萌衣さんもだ!」


「ゲー友……私に……ゲーム友達が……」


 萌衣は右拳を優しく抱きしめた。

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