第六章 僕チン、両手に花宣言

第三十三話 メイドの正体とサポーター宣言

「あ……ど、どうぞ」


 心雪の返事に


「失礼します」


 メイドは心雪の横に座る。


「本日はお屋敷での賄いがございませんので、こちらで頂こうと思った次第でございます。ああ、わたくしにかまわず、どうぞご歓談を続けてください。聞き耳を立てておりますので」


(ヲイ、それは盗み聞きと言うんだぞ。いきなり俺たちに近づいてきて、なにが狙いだ?)


 そしてメイドは


「いただきます」


 の声のあと、丼を持ち、オメガ丼を食べ始めた。


 テーブルでは黙々と食べるメイド、それをいぶかしげに眺める来海、そして、プロの上位ランカーが隣に座ったため、あたふたする心雪の三者三様の顔芸が繰り広げられていた。


(これじゃあ三すくみだな。しゃあねぇ、ここは俺が話しかけるか。オメガ・オークではなく、ウォルナットでもなく、星福堂学園一年の那良来海として……)


 メイドが箸を置き、紙ナプキンで口を拭く。


「……ごちそうさまでした。この商品、名前はともかく、なかなか美味でした。オメガ・オーク様が監修なさったと聞きましたが、食に関してもダイナミック・ドラゴン様より上を行っていますね」


(ったりめぇだ! おっと、をしねぇと……)


 食べ終わったのを見計らって来海が声をかける。


「えっとぉ……マーシャル・メイドさんも、俺たちと同じ星福堂学園なんですか?」


「これは失礼しました。相席をお願いしておきながら自己紹介もまだでしたね。てっきりご存じかと思いましたが、いささか教室ではか……」


「えっ?」


「星福堂学園高等部、一年G組、《網河あみかわ萌衣めい》でございます。ちなみに姓が《あ》で、学ランを着ておりますので、お二方の列の一番前の席でございます」


(なにぃ~~!!)


「あ、やっぱりそうだった……ですね。よくお似ていらしていたから……もしかしてと思って……いらっしゃったんですよ」


 若干パニックになった心雪が、崩壊した敬語を話す。


「同級生ですのでお気遣いは結構です。わたくしと致しましても、せっかくeFGでお目にかかれましたから、この機会にぜひお近づきをと思った次第です」


「そ、そうなんですか……」


心雪こいつの魂の方が遭難しているな。やっぱり俺が場を進めるか……)


「それじゃ改めまして、俺は那良来海です。ゲーマーネームはウォルナットです」


「ふ、冬梅……こ、心雪です。ゲーマーネームはスノー・スピリットです。よろしくお願いします」


「こちらこそ。よろしくお願いします。あと、いささか不躾ではございますが、は?」


(はぁっ?)


 来海が代わって言って欲しそうに、心雪がチラチラ見る。


(わかったって……)


「ただのゲー友、ゲーム友達だよ。ただ、さっきのサキュバスさんとのやりとりで知っての通り、こゆ……スノー・スピリットはプロになりたいんだ。それで俺がコーチ兼セコンドとしてサポートしているんだ」


「ああ、事情は存じ上げております。わたくしも入学式の日、中庭でお二人がそんな会話をしているのを耳にしまして、そして放課後もミーティングしていらっしゃったのを、“うらやま楽しそう”と、聞き耳を立てておりました」


(だからそれを盗み聞きと言うんだ! このスパイメイド!)


「しかし出会って間もないのに、とは、やはりゲー友とは素晴らしいモノですね……」


 メイドは来海にむかってわずかにいやらしい笑みを浮かべる。


(コイツなにか誤解していないか?)


「不躾ついでではございますが、わたくしもお二人のゲーム仲間にいれてもらえませんでしょうか?」


 心雪が意外そうな顔をする。


「えっ? そんな、マーシャル・メイドさんなら、たくさんのプロの方と交流があるのでは?」


「……幼き頃からお嬢様のお世話をしておりまして、なかなか市井のご友人を作る機会がなかった次第でございます。星福堂学園に入学できたのはいいですが、電子遊戯同好会は活動休止中。おまけに名門の子女が通う学校ゆえ、教室内でゲームの話をするのもはばかり、今日こんにちまで一人寂しく過ごしておりました……ヨヨヨヨ……」


 メイドはハンカチを目に当てる……が、すぐさま顔を上げた。


「あ、わたくしのことは萌衣とお呼びくださって結構です。その方がゲーム友達らしいので」


(勝手にゲー友認定しやがったな……)


 そして萌衣は心雪の顔を“じ〜〜"と眺める。


「あ、あの、萌衣さん……なにか?」


「……先ほど舞台でも拝見いたしましたが、心雪さんは“あの”ダイナミック・ドラゴン様によく似ていらっしゃいますね……」


「ああ、実は僕……」


 来海が制止する。


「待て心雪、いいのか?」


「いいよ来海。萌衣さんはゲー友だからさ。それに、もしプロになれれば、いずれわかることだし」


 心雪はダイナミック・ドラゴンとの関係、そしてプロになりたい理由を話した。


「……これは、立ち入ったことを尋ねてしまって申し訳ありません。もちろんこれはゲー友同士の秘密、たとえお嬢様にも口外いたしません。ああ、お嬢様に秘密をつくるなんて、萌衣はいけない子! 正に禁断の果実!」


(コイツどこまでが演技だ?)


 今度は“ずいっ!"っと、萌衣の顔が来海に近づく。


「不躾のついでのついでですが、来海さんは、オメガ・オーク様とどういうご関係ですか? 先ほどサキュバス様と闘っていたとき、何度もオメガ・オーク様のお名前が出てきましたが?」


(もうバレているが心雪の手前、あの設定を話すか……)


「実は俺、オメガ・オークさんの……」


 心雪に話したことを萌衣にも話すが、どう見ても機械的な相槌だった。


「……なるほど、そんな設てい……いや、事情でしたか。どうりであのスリーピング・サキュバス様と互角に戦えたわけですね!」


「互角じゃない。正式な対戦形式ルールなら俺は瞬殺されていたさ。そもそもH&Hはろくにプレイしたことなかったし、まともに使えるキャラもグッフーしかいないしな」


 しかし心雪は来海を弁護する。


「で、でも、来海はアマのギリギリランカーの僕よりは断然強いんだ!」


 だが萌衣は真顔になると、冷たい声で現実を突きつける!


「……ですが、U18格闘ゲーム部門のプロテストは、六種目中、ランダムで三種目の実技試験があります。H&Hのアマフェスは何とかなるとしても、今のままで心雪さんをプロテストに合格させることができますか?」


(……だよな。まさか俺も入学前はこうなるとは思いもよらなかったからな。U18からの新種目、H&HとスリーSはやり込んだとも言えないし)


 心雪が不安そうな顔で来海を見つめる。


(……やれやれ、選手にそんな顔をさせるとはコーチ失格だな)


 来海は軽く息を吸うと、力強く宣言する!


「俺はゲー友の心雪のために、俺のすべてを懸ける!!」


 心雪が息をのみ、わずかに頬を染める。


 そして“ピクッ!"っと萌衣の眉が動く。


「……そういうことですか、それでしたらわたくしも、微力ながら心雪さんのお手伝いをいたしましょう! 初めて出来た、ゲー友のために!」


(なにぃ!?)


「ええっ? いいの? 萌衣さんもコーチになってくれるなら、願ってもないことだよ! ねぇ来海!」


「マーシャルさん……いや、萌衣さん。プロがレッスンできるのはAD(19歳以上の社会人)からではないとできないのでは?」


 心雪が意外そうな顔をする。


「えっ? そうなの? でも来海はオメガ・オークさんに教えてもらったんじゃ?」


「プロがレッスンする場合は生徒からレッスン料をもらうけど、俺はいわばバイトだからな。オメガ・オークさんのパシリとゲーム相手をしてバイト料をもらっていたんだ」


「へぇ〜」


「うらやましいことです。わたくしなんかお嬢様のお世話どころか、


『オメガ・オーク様への愚痴や呪いの言葉を聞かされたり』、


『オメガ・オーク様の弱点を見つけるまでお屋敷に入れなかったり』、


 あげく、


『“オメガ・オーク様へハニートラップを仕掛けて、あの豚をセクハラで永久追放させなさい!"

と言われ、いつもより余計に体を洗って、香水を変えて、大人の下着で気合いを入れても、当のオメガ・オーク様からは歯牙にもかけられず、女の恥をかいたり』


『悔しかったのでお嬢様と対戦する男性ゲーマーニット・キッキー様にハニトラを仕掛けたらあっさり引っ掛かって、女の悦びに目覚めたり』


……等々の無理難題やワガママに振り回されても、雀の涙程度のお給金しか頂けないのですよ……ヨヨヨヨ……」


(おいエルフ、身内にご主人様の極秘作戦をペラペラしゃべる裏切り者がいるぞ。てか最後はノリノリじゃねぇか)


「しかしなぁ、一人の選手に二人のコーチは……。心雪も混乱するんじゃないか?」


「僕は全然かまわないけど……」


 萌衣が提案する。


「そういうことでしたら、私は女の立場からのフィジカルトレーナーとしてサポートいたします。男性の来海さんではわからない“事情"も多々ありますので……」


「フィジカル? 事情?」


 心雪が首をかしげると萌衣は耳打ちする。


「あっ……そういうこと」


 理解できた心雪はわずかに頬を染めた。


(確かにな……俺も姉貴達にそのことについて聞こうと思ったが、確実に


『来海の分際でぇ〜異性のゲー友のコーチぃ〜!?』


『……リア充……死すべし……リア充……死すべし』


って、百合香姉さんと綾女姉さんとで、人形じゃなく

《リアル俺をはりつけにした呪いの儀式》

が始まるからな……仕方ねぇか) 


「そういうことなら俺からもお願いします」


 来海は萌衣にむかって頭を下げる。


「あ、はい。微力を尽くします」


 オメガ・オークが頭を下げたことに面食らったのか、萌衣は明らかに素のしゃべり方であった。

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