第三十二話 心雪の上目遣いと粗チ○宣言

 ― e7ランド フードコート内 ―


 舞台からオークズラした来海と心雪は、再びコスプレショップへ飛び込み、別のコスプレに着替え、ほとぼりを冷ますためフードコート内へ逃げ込んだ。


 グッフーのオーバーオールを着た来海は、ファーストフード店でコーラを二つ注文する。


(Unlimited Modeをまともにプレイした淫魔は大丈夫かな? 俺がテストプレイしたときは脂肪のおかげでダメージが少なく体が慣れたけど、他の奴らは寝込んだどころか再起不能で引退したって噂も……。姉貴達ぐらいだぞ、でいられたのは……)


 そして、心雪が座る一番端の席へトレイを運ぶ。


(このオーバーオールっていいな。ポケットもいっぱいあるし。アマフェスはグッフーのコスプレで行くか……)


 心雪は四人席のテーブルの上で顔を伏せていた。


(しっかしなんで代わりのコスプレがめっちゃ露出の高い、くノ一衣装の霧乃なんだよ? せめてセーラー服バージョンにしろよ……。しかもタイツもはいていない生脚じゃねぇか……)


「心雪、大丈夫か? コーラだぞ」


「……あ、ありがとう」


 心雪が体を起こすと、“たたゆゆんん”と二つの胸が揺れる。


(……しかもアンダーも着ていないし、谷間が丸見えじゃねぇか。目のやり場に困るぜ)


 来海は斜めに座ると、顔だけ心雪に向け、事情聴取を始める。


「……さて、冬梅心雪。君の弁明を聞こうか? なんでああもノリノリで、大嫌いなダイナミック・ドラゴンさんのモノマネをしたんだ?」


 心雪は両手でコップを持ちストローから一口吸うと、顔を上げずに答える。


「……うん、ボクも常々思っていたんだ。いつまでも人前で緊張してちゃいけないって……。だから、リア充の兄のモノマネをして克服しようとしたんだ」


(手本にする人間が他にいるだろうに……)


「そのうち、兄の真似すると、緊張しなくなったんだ。そして、入学式の日に兄の口調で自己紹介して、高校デビューしようとしたんだよ」


(頬杖ついて黄昏たそがれながら、そんな恐ろしいこと考えていたのか……。小心者か大物かわからねぇな……)


「だけどみんな普通に自己紹介していたから封印したんだ。やっぱり自分の言葉で話さないといけないって。でも今日、来海からその封印を解いていいって言われて……」


(俺はそんなこと言ってねぇぞ!)


「……練習の成果を見せるときが来たって……みんなドン引きすると思ったけど……すごい歓声で……なんか気持ちよくなって……」


 心雪はだんだん顔を上げながら恍惚の表情を浮かべる。


(大丈夫かコイツ……)


「……それでつい調子にのって……もっと兄のモノマネしたらまた歓声が起こって……アドリブでスーパーダイナミック・ドラゴンって叫んだらさらに歓声が……。やっぱり舞台の上って気持ちいいなぁ~って……ゴメン」


 素に戻った心雪は“ペコリ”と頭を下げた。


「……事情はわかった。おまじないした俺も、あれほど盛り上がるとは思わなかったけどな。だがな、今の心雪はアマのゲーマーでサキュバスさんやオメガ世代の方たちからは大目に見てもらえたが、プロになったら一番大事なのは礼儀だ。それだけは忘れるなよ」


(……俺がえらそうにいうことじゃないけどな)


「うん」


「せっかくU18最強ゲーマーであるサキュバスさんに稽古を付けてもらったんだ。あの人の動きをよく覚えておけよ。おまけにアマ五十位の力があるって言ってくれたんだぞ」


「そうだね、未だ信じられないよ。あのサキュバスさんと闘ったなんて……あぁ~~!!」


「な、なんだ? 舞台に忘れ物か?」


「来海……ボクを担ぐとき……『重い』って言ったぁ……」


 心雪はほおを膨らませながら上目づかいで来海を睨む。


「知るかぁ! そんなに痩せたかったなら来週からみっちり鍛えてやるからな! 覚悟しておけ!」


「うん! あれ?」


 心雪のスマホが連続で振動する。


「どうした?」


「e7アプリからの通知……なにこれ!? 次から次へと! これってフレンド申請!? えっ!? うわっ! 対戦申し込みもある!?」


「ま、あれだけド派手なことをやらかしたからな」


「来海ぃ! どうしよ〜う!」


 心雪は涙目になる。


「う~ん、とりあえず通知の振動は切って、ステータスの自己紹介の所に、

『申し訳ありませんが、アマフェスに集中したいので、フレンドや対戦をお受けできません』

とでも書いておけ」


「う、うん」


(俺のオメガ・オークアカウントなんて、呪いのメールばかりでフレンド申請なんか来なかったけどな……う、うらやましくなんかないぞ!)


「……あれ? 兄からメールだ」


「な? ダイナミック・ドラゴンさんからか?」

 

(くそぉ、アイツを“さん付け”で呼ぶのに慣れてきた自分が恨めしいぜ……)


「うん……さっきのことが書いてある。観客の中にいたのかな?」


「ミニ舞台の催しや企画はe7のサイトで動画配信されているし、サキュバスさんがミニ舞台に現れるなんて超レアだからな。通知が流れて目にしたんじゃないか?」


(てことは、セコンドの俺もアイツは見ているよな? 妹が“あの”オメガ・オークと同じ学校同じクラス、しかもゲームコーチになって、今はこうしてお茶しているって知ったら、クックック、どんな顔を! いや待て、モノホンのチェーンソーを振り回すかもな……)


「そうか、兄はサキュバスさんと同じ御殿山高専に推薦入学したんだけど、サキュバスさんに弟子入りするためだって噂もあったんだ。サキュバスさんのプレイが配信されているって通知があれば絶対見るだろうね」


(アイツ、そんな理由で御殿山に入学したのか……。でも、あの淫魔が弟子を取るとは思えねぇが……)


「あ、あくまでセ、セコンドとして聞くが、メールの内容は? 怒っていたか?」


 女子のメールの中身を聞くのは、オメガ・オークといえども抵抗があった。


「うん。やっぱりサキュバスさんに対する礼儀のことだね。あとは要約すると、

『なんだあのナヨナヨとした演技とひどいプレイ内容は? 俺の方が全てにおいてもっとダイナミックだ!』

……だって」


「い、一応謝っておけよ。勝手にダイナミック・ドラゴンさんのモノマネをしたし、向こうがゲーマーとして、プロとしても先輩だから……」


 しかし心雪は険しい顔をし、指に力を入れながらスマホに入力する。


「ふぅ〜。オメガ・オークさんに倣って……」


「な、倣って?」


「『うるせぇこの粗チ○野郎!! 悔しかったらスリーピング・サキュバスさんに勝ってみろ!!』

って返事しといた」


「へっ?」


「だってメールには

『あんなコスプレをする男友達とは距離を置いた方がいい』

って書いてあったんだ。失礼だよ! サキュバスさんと互角のバトルをする来海にむかってさ!」


(少なくとも心雪はアイツより、この俺を選んでくれたって訳か。てかコスプレじゃなくてモノホンだけどな。ハハハ)


「あ〜スッキリした。これから兄のメールの返事はオメガ・オークさんの言葉で返事しよっと!」


「なっ!?」


「だって子供の頃一緒にお風呂に入ったときも……」


 心雪は親指と人差し指を平行に伸ばす。


「こんな小さかったんだよ」


(心雪よ。男の子のは大きくなるんだぞ。てか星福堂では保健体育の授業はないのかよ!?)


「ま、まぁなんだ、兄妹間のことには口出ししないが、間違っても他の人にオメガ・オークさんの言葉を使うんじゃないぞ」


「いくら僕でもそこまでしないよ」


 そこへ女性の声が割って入ってくる。


「……失礼します。相席してもよろしいでしょうか?」


(相席? 他に席がいっぱいあるのに? ん?)


 心雪の顔が固まり、それを見た来海も女性へ目を向ける。


(なんで……コイツが!?)


「えっとぉ、もしかして、マーシャル・メイド……さん……ですか?」


 心雪が恐る恐る尋ねた。


「左様でございます」


 その言葉に来海も固まる。


 なぜなら、《オメガ丼 特盛》が載ったトレイを持つマーシャル・メイドは、貴族服でもメイド服でもなく、星福堂学園の白い学ランを着ていたからだ!

 

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