第三十一話 アイリスの閃光とサキュバスの三つのお願い
「Unlimited Mode! ヤラせてもらうぜ!」
“それっ!”っとキッキーがサキュバスの席に座り、ブロウも来海がいた席に座る。
ランキングが上のキッキーがなぜ格下の席を座ったか、全てはサキュバスの残り香を味わいたいが為であった……。
しかし……。
『Unlimited Modeヲ終了シマス 以後、Standard Modeトナリマス』
合成音声がUnlimited Modeの終了を告げた。
「あ〜ダメだったかぁ〜! (クンクン)」
キッキーがコントローラーの上に顔を伏せながら、サキュバスの残り香を嗅いでいた。
そしてエルフはメイドに耳打ちすると、舞台の袖のドアへ入っていった。
慌てて通路の両側に立つツチノコとチンアナゴのランカーたちだが、エルフは全く気にせず歩いていく。
……まるで、主役を奪われた女優みたいに。
見送ったメイドが“ふ〜”とため息をつくと、何かを探すように舞台から降りていった。
次から次へとランカーたちが退場する中、レイは
『え、あ、えっとぉ……まだクレジットが残っているのでぇ〜、サプライズイベント第二弾を始めちゃいまぁ〜す! 皆さんと対戦するのはぁ〜ニット・キッキーさんとブレイズ・ブロウさんでぇ〜す!』
ぶりっ子声でイベント第二弾を敢行した。
『ちょ、レイちゃん、いきなりそんな!』
キッキーが抗議するが
『あれだけの
『チェ、ブロウの奴いつになく興奮してやがんの。仕方ねぇか、あれだけのバトルを魅せられちゃ、プロの
『はぁ〜い! では対戦したい人は向かって左へ並んでください。先ほどエルフさんと対戦した人もオッケーですよぉ〜!』
“うおおぉぉ!!”と観客は歓声を上げると、舞台の左へ並び始めた。
そんな歓声の中、サキュバス達が退場したドアの後ろでは……。
“パァァーーン!!”
閃光のようなアイス・アイリスの右手が、サキュバスの左頬にヒットした!
「……《神速の左手》じゃなく右手でピンタですか……。ずいぶんと舐められたもんですねぇ」
サキュバスは左頬を抑えながらアイリスを睨みつける。
ユニコーンは口を挟まなかった。
こうなることがわかっていたから……。
アイリスは冷気のような声をサキュバスに向ける。
「……私は不良ゲーマーを駆逐してとお願いした。同じプロから舞台を買うのはまだしも、善良な一般ゲーマーに喧嘩を売れとは言っていない」
「ハッ! あれが善良な一般ゲーマーですかぁ!? でもま、楽しませてもらいましたから、そういうことにしておきますか……。んじゃ、シャワーを浴びたいので失礼します」
「咲夜! あんた!」
「……サキュバスちゃん」
サキュバスの背中に再び、
サキュバスは振り返らず背中で返事する。
「……“ちゃん付け”は止めてください。これでも貴女と同じグランドヘクサグラム保持者ですから。あ〜あの善良な一般ゲーマー君の言うとおり、ヘタレ先輩から勝ち取った称号ですから、ボクの方が格下ですね〜」
「……その両腕、一度医務室で診てもらいなさい。でないとあの子の言うとおり、本当に一年間、活動休止になるわよ。あと……」
「……まだ……なにか?」
「シャワー室は綺麗にしておいてね。それだけよ。お大事に……」
無言で歩を進めるサキュバス。
「す、すみませんアイリスさん! 後で私からも言っておきますので! あ、これ、ありがとうございました。それではし、失礼します! ちょっと咲夜! 待ちなさい!」
アイリスにハリセンとグローブを返したユニコーンは、セーラー服とストッキングと下着を抱え、サキュバスを追いかけた。
アイリスは舞台の方へ目を向ける。
(善良な一般ゲーマーか……。もう私たちはそれに戻れないのにね……。さて、
アイリスは、見る者に鳥肌を立たせる、冷たい微笑みを浮かべていた……。
― ラウンジ内のシャワー室 ―
サキュバスはシャワーを浴びながら、ボディーソープに手を伸ばすが
“カランカラン!”
掴みきれず容器が床に落ちた。
サキュバスの両手、いや、両腕が震える。
「なに……これ……? なんで……震えているの……?」
さらに……。
“!!”
体内からこみ上げてくるモノをタイルの床にぶちまけた!
“ゲホッ! ゲホッ!”
全裸のまま膝をつき、震える腕で四つん這いになりながら、体内から何度も気体と液体を吐き出す。
さらに……。
「……あ」
流れ続けるシャワーの水が、サキュバスの股から流れるうす黄色の液体を排水溝へ送り込んだ。
「……な、なんで? 変なモノ……食べた? いや、まるで、内臓が……掻き、回された……ような……ハッ!」
『プレイヤー自身にも、マッハで動くキャラと同じように、体に負荷を与える』
サキュバスは自分の言葉を思いだした。
「でもそんな……どうやっ……まさか! コントローラーとチェアのバイブレーション!? でもあんなので……《波動》!? 《波紋》!? それで内臓を、筋肉を、神経をシェイクさせたぁ!?」
思いもよらないUnlimited Modeの“カラクリ”に、思わず笑みがこぼれる。
「ハハ! 最先端のハードを使った筐体で、まさかの東洋の神秘ぃ〜!? 脳みそにゲームしかないボクではわからないわけだわぁ〜!」
そして、アイリスの言葉が脳内にこだまする。
『その両腕、一度医務室で診てもらいなさい』
『シャワー室は綺麗にしておいてね』
「フフッ……ア〜ハッハッハッハ! 何が《氷の魔女》だ! お高くとまっているアンタも、Unlimited Modeをプレイしたらこうして素っ裸でゲ○吐いて、ショ○ベン漏らしたんじゃないかぁ〜!」
サキュバスは何とか立ち上がると、震える手で拳を握る。
「まぁいいさ。Unlimited Modeの起動コマンドは覚えた。また舞台を買い取ってやり込めば……!!」
シャワーではない滴が、サキュバスの肌の上を走る。
「起動コマンド……スティックの動きは……
『……オメガ・オークさんのこの衣装が忘れられないようにしてあげますよ』
「……なんなの、なんなのよ!
― ※ ―
サキュバスはバスタオル一枚でシャワー室から出て、ラウンジのソファーに座るユニコーンの元へふらつきながら歩いていく。
「由美子ゴメン、ボクの三つのお願いを聞いて……」
「なぁに?」
サキュバスは震える両手を差し出す。
「腕がこんな風なんだ……服を着させて……」
「はいはい」
ユニコーンは、ソファーに座ったサキュバスに下着を履かせながら思いだす。
引きこもって全裸でゲームしている咲夜を無理やり風呂場へ連れて行き、体を洗って下着とジャージを着せたことを……。
「それで、二つ目は?」
「……ボクはもう誰にも負けない。オメガ世代だろうと対戦相手は全員蹴散らして、グランドパーフェクトスラムを勝ち取る。そして来年度、アイス・アイリスさんに挑むよ。だから由美子、ボクに力を貸して!」
ユニコーンは目を見開くと、サキュバスの頭を撫でる。
「……やだ私、変なところ叩いちゃったかしら? おじさんおばさんになんて言おう!」
「素面だよ!」
「やぁね〜冗談よ。わかったわ。前人未踏を二人で成し遂げましょう!」
「うん!」
「それで、三つ目は……」
「……アイス・アイリスさんに怒られちゃった。謝りたいから……いっしょに来て」
ユニコーンは鼻から息を出すと、サキュバスの頭を抱きしめ、髪の毛を撫でる。
「はいはい、いっしょにごめんなさいしようね。その前に髪を乾かしましょう」
由美子は思い出す。
昨夜が引きこもりを止め、プロになったのは、アイリスに憧れたからだと……。
「スン……スン……うん」
鼻をすすりながらサキュバスは返事をした。
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