第二十九話 豚芝居とダンシング・オメガ宣言

 来海はゲーミングチェアの左肘掛けにあるパネルを操作する。


『Change Racing Mode! Lock Wheel(車輪) & Unlock Support(支柱) 』


 合成音声に観客は


「アイツ、なにをしたんだ?」


「ゲーミングチェアをレースゲームモードにしたみたいだな」


「はぁ? なに考えているんだ? レースゲーなら車の動きに合わせてチェアが前後左右に自動で揺れるけど、格闘ゲームでそれやったら、バランスボールみたいにただ揺れるだけだぞ!?」


 そして来海は両脚を開いて空手の四股立ちのように踏ん張ると、体をダンシング・フラワーのように前後左右に揺らし始めた。


「な、なんだあの動き?」


 観客は驚き、ブロウは


「……あれは、ボクシングのデンプシー・ロールか?」


 キッキーが


「いや、むしろストリートダンスのリズムに似ている?」


 しかしレイは、来海の動きに見覚えがあった。


(これって、追い出しフェスの時の……)


 そして来海は


(まさかこんな形で、本人を前に《対サキュバス用必殺技フィニッシュ・ホールド》を使うとはな……)


 ― ※ ―


 昨年9月の、オメガ・オーク追い出しフェス。


 最終戦。オメガ・オークVSダイナミック・ドラゴン。


 3Match3Charaの1Match終了後、


“うおおぉぉぉ!”


 観客の歓声の後、MCが絶叫する!


『な、なんとぉ! 初戦はダイナミックドラゴン選手が勝利ィィ!! こ、これは新たなる伝説の幕開けなのかぁ~!?』


 来海は心の中で毒を吐く。


(あ~クソ! 次から次へと休みなく対戦させやがってぇ! RPGロールプレイングゲームのラスボスさんよぉ。今ならアンタと美味いコーラが飲めるぜ!)


 ダイナミックドラゴンが煽る。


『どうした? オメガ・オークよ。しょせん貴様の力はそんなものか!? いや、むしろ俺が強くなったと言うべきだな! 安心しろ、貴様が敗れた暁には、後ろに準備してある《Stoveman》様謹製! 《ジャンボバーベキューグリル》で丸焼きにしてやろう! ハッハッハッハッハッハ!』


 ……プロである以上、スポンサー様には最大限の敬意を払うのである。


(クッソ! 好き勝手言いやがって! こちとらもう指も手首も腕も肩も馬鹿になっているんだ。仕方ねぇ、《対淫魔用必殺技アレ》を使うか……。やりたくはないが、ダイナミック・ドラゴンあのクソバカヤロウをおだてながら、準備のための時間を稼ぐか……)


『……ダイナミック・ドラゴン


“おおぉぉ!”


 観客、そしてMCもどよめいた。


『な、なんとぉ! 初めてでしょうか!? あのオメガ・オーク選手が、舞台ステージの上で、対戦相手の名前を、しかも君付けで呼びましたぁ!』


 これにはダイナミック・ドラゴンも面食らったが


『……フフフ、どういう風の吹き回しだ。えらく弱気な声じゃないか?』


『……悔しいけど僕チン認めるよ。君は強い……。最高さいっこうにね!』


“おおおぉぉぉ!”


 オメガ・オークの敗北宣言ともとれる言葉にドームは揺れた。


 この時、来海は秘かにゲーミングチェアをレーシングゲームモードにした。


(クソッ! やっぱり鳥肌が立ってきたか? 体よ、ってくれよ!)


『フッ、やはり噂は本当だったのか。貴様の体は生活習慣病におかされ、一位をキープするどころか、現役続行すらままならなくなったとな!』


(それはアンチの奴らが、魔方陣の上で俺の人形を火あぶりしながら


『高血圧になぁれ!』

『糖尿病になぁれ!』

『高脂血症になぁれ!』

『動脈硬化になぁれ!』


って踊りながら叫ぶ、《呪いの儀式》のことだぞ……)


『……ハハッ、とうとうバレちゃたみたいだねぇ。見てよ、今の僕チンの姿を……』


 来海は両手を挙げるとチェアの上で体を揺らした。


『もう腕の感覚はないし体はフラフラで、今にも倒れちゃうんだ……。だからダイナミック・ドラゴン君、僕チンの……最初で最後の頼みを……聞いてくれないかなぁ?』


 いつになく下手したてなオメガ・オークの言葉に、ダイナミック・ドラゴンも真顔になる。


『……言ってみろ』


『君の手で僕チンに引導を渡して欲しいんだ。長年闘ったライバルとして……いや、同じ格闘ゲームの道を歩んだ……《友》として!』


(ぐわぁぁ! 鳥肌がぁ! 全身にぃ!)


『!!』


 ダイナミック・ドラゴンの目が見開く。


『よかろう、漢としてたっての頼み! このダイナミック・ドラゴン、しかと聞き遂げた!!』


 ちなみに、心雪がモッヒーに放った台詞の元ネタはこれである……。


『感謝するよ。友よ……』


(今度は体が震えてきやがった! ええぃ! とっとと終わらせるぞ!!)


 一連のやりとりに観客は感動の涙を流し、ツッキーは、


『クソッ! 嬉しい汗で前が見えねぇ!!』


 モッヒーは


『見届けるんだツッキー! 俺たちの呪いの儀式は決して無駄ではなかったってことをよ! 儀式の資金を投げ銭してくれた《出資者スポンサー》様も、これを見ていらっしゃるぜ!』


と、見当違いな涙を流していたのである……。


『さぁ始めようかダイナミック・ドラゴン! いや、僕チンの最強の友よ!!』


『ああ、いくぜ! オメガ・オーク! 最強の好敵手ライバルよ!!』


 そして、オメガ・オークはチェアの上で体を揺らし始めた。


 観客の誰もが、もう座っているのもやっとだと思っていたが、結果は……残り2Matchをオメガ・オークが勝利したのである。


 静まりかえったドームの中で、オメガ・オークの声だけが鳴り響いていた!


『無様! ブザマ! ぶざま! BU・ZA・MA! 無様あぁぁ〜! 僕チンの《豚芝居》にまんまと騙されてやがんのぉ〜!』


 ダイナミック・ドラゴンは忸怩じくじたる思いを吐き出す!


『クソッ! また……勝てなかったぁ! オメガ・オークにではない! 自分自身の……軟弱な心にぃ!!』


『負け惜しみは僕チンの最高の栄養ですよぉ〜! 弱々よわよわゲーマーごときが束になって僕チンをタコ殴りにしようがぁ〜、痛くもかゆくもないでちゅよおぉ〜!!』


 しかしこの後、調子に乗ったためか、チェアの設定を戻すのを忘れてバランスを崩したのか、あるいは、来海が気づいていなかっただけで、本当に体がボロボロだったのか定かではないが、立ち上がった瞬間に倒れて、左肩を強打したのである……。


 その後、e7運営はこの事故を教訓に、格闘ゲームだろうがツチノコパニックだろうが、舞台の上にVR-DANCEで使用するマットを敷き詰めることとなった。


 ― ※ ―


 サキュバスは真剣な眼差しで来海の動きをスキャンする。


『ふぅ~ん、虚仮威こけおどしにならなければいいけどね。え~っと、はじめていいかい?』


『いつでもいいっすよ!』


 前後左右に揺れる来海は、爽やかに返事をした。


『それじゃ、いくよ』


 サキュバスは一時停止を解除する!


『MATCH THREE! ROUND THREE! 』


『READ〜Y FIGH……』


“バキッ!”


 バトル開始の合図が終わった瞬間! マッハで突進したグッフーの中パンチがサッキューを直撃した!


「「「「えっ」」」」


“ドスッ!” “ガキッ!” “ガスッ!”


 グッフーが一方的にサッキューを殴り蹴っていた。


『ひゃぁ!!』


 サキュバスは叫びながら素早いレバー捌きでグッフーからサッキューを遠ざけ体勢を立て直そうとする。


『はぁ!』


 来海もえると、グッフーの進行方向に体とスティックを倒し、一気に間合いを詰める!


『くっ』


 サキュバスはガード体勢(→+A)をサッキューにとらせるが


“ブンブンブンブン……!”


 来海は小刻みに《∞》の動き、ブロウが言ったデンプシー・ロールの動きをしながら


“カチカチカチカチカ……”


 まるでピアニストのように五指で六つのボタンを連打すると


“ドガドスガキバキガスビシ……!”


 グッフーがサッキューに向かって怒濤どとうの連続攻撃を浴びせた!


「な、なんなんだよアイツの連打!」


「どんな指の動きしているんだよ!」


 サキュバスは完璧な防御をするが、ガードでもダメージが入る設定のため


「お、おい、サッキューのライフ、どんどん削られていくぞ!」


「アイツ、これを狙っていたのか!?」


 エルフが分析する。


ウォルナットあの子のラッシュ(Rush:急襲)が勝つか、サキュバスさんのガード捌きが勝つか、チキンレースね)


『がはぁ!』


 指が限界に来た来海は、いったんグッフーをジャンプさせ、距離をとった。


『もらった!』


 今度はサッキューが一気に間合いを詰めるが


『かかりましたね』


 来海は小刻みにAボタンを二回押した。


 すると!


『なっ!?』


 サキュバスは目を疑う。


 なぜならグッフーが二人に、していたからだ!


『せっかくだからぁ、こっちを攻撃ィ!』


 しかし、サッキューの放った強キックは、むなしく幻のグッフーを通り過ぎた。


『……終わりです』


“バキッ!”


 グッフーの強キックはサッキューのライフをゼロにし、悪魔の衣装が破れたサッキューが、


『キャアアァァァ!』


 断末魔の叫びを上げながら、


“ドスン! ドスン!”


 地面に落ちていった!


「……か、勝ったのか、アイツが」


「あの……悪魔に……」


 ツッキーとモッヒーの言葉のあと


“ウオオォォォ!!”


 eFGを揺らすような歓声が再び沸き起こった!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る