第二十八話 マッハのバトルと来海の必殺技宣言

 ― 十数分前 ―


 eFGコントロールセンター内では


“ビー! ビー! ビー!”


と警告音が鳴り響いていた。


「何事だ!?」


 室長の問いにオペレーターが


「何者かが……いえ、スリーピング・サキュバスが、格闘ゲームエリアのミニ舞台で、Unlimited Mode起動のコマンドを打ち込みました!」


「またあいつか。いくら会長からお目こぼしを頂いているとはいえ、毎日のようにメインサーバーにハッキングまでしやがって! そうか、今日、舞台を買い取ったのはこれをするためか!?」


「承認を求めていますがいかが致しましょう?」


「もちろん拒否Declineだ! 最高機密の《Unlimited Mode System》を、おいそれと人目にさらせるか!」


 しかし、室長のヘッドセットに着信が入る。


「なんだ? 今、急がし……こ、これは《会長》! 失礼しまし……えっ? 実行を承認!? し、しかし……かしこまりました。仰せに従います……」


「……室長?」


「会長命令だ。Unlimited Modeを起動させろ! 配信の編集を忘れるな!」


「了解! ただ今よりeFGはUnlimited Modeの起動と実行を最優先事項とします! Unlimited Mode……起動!!」


 ― ※ ―


“もう通話を戻してもいいですよ”


 サキュバスは無言でヘッドセットのボタンを押すと、スティックを動かしボタンを押す。


『ふぅ〜ん、スティックの可動域が大きくなって、ボタンのストロークも指が丸々入りそうな深さだ。あと、ゲーミングチェアに一瞬バイブレーションが入った……。レーシングゲームではデフォだけど、格闘ゲームじゃ珍しいね』


『ちなみに、はそれだけじゃありませんから』


『わかっているって! これでもe7のメインサーバーにハッキングして勉強したんだよ。』


 サキュバスは観客に向かって説明する。


『オッホン。さっき誰かがマッハの速さでスティックを動かすって言ってたけど、さすがに人間がそれやるのは不可能だから、代わりにスティックとボタンにものすごい負荷をかけて、キャラをマッハの速さで動かすの。自転車をトップギアで漕ぐようなモノかな? ここまでは理解できたんだけど……


《プレイヤー自身にも、マッハで動くキャラと同じように、体に負荷を与える》


この部分がどうしてもわからなかったんだよね〜』


『じきにわかりますよ』


『そうだったね。あとちなみにぃ〜』


 サキュバスの顔は、狂気と悦楽が混ざり合っていた。


『君ってぇ〜、ぉ〜?』


 来海はちらっと心雪を見る。


『ゲー友と同じくスーパーオメガ・オーク! ……って言いたいところですが、オメガ・オークさんのコスプレをした、ただのゲーム好きなヲタクですよ』


『うっそだぁ〜! e7のメインサーバーにハッキングしているボクですら知らない、Unlimited Modeの隠し起動コマンドを知っているなんて、ただ者じゃないよぉ〜』


『オメガ・オークさんに教えてもらったんです。もし俺がミニ舞台で遊ぶ機会があったら、コンフィグ画面からこのコマンドを打ち込んでみろって。まさか俺がこちらの席に座るとは思いもよりませんでしたから、サキュバスさんに打ち込んでもらったんですけどね』


『ふぅ〜ん、ま、あ・げ・る♥️。それじゃ、一時停止ポーズを解除するよ』


『どうぞ』


『MATCH THREE! ROUND ONE! 』


『READ〜Y FIGHT!!』


“フッ!”


 画面上からサッキューとグッフーが消える。


「「「「え!?」」」」


 観客が声を漏らした次の瞬間!


“ガキッ!!”


 相打ちになった両者が一瞬、画面上に現れるが、再び画面から消える!


“ドスッ!” “バギッ!” “ビシッ!”


 攻撃が当たる一瞬のみ、サッキューとグッフーが画面上に現れ、すぐさま消えていった。


「お、おいモッヒー! 何がどうなっているんだ!? 全く見えねぇぞ!?」


「だからさっき言ったろ! 画面上をマッハのスピードでキャラが動いているんだって!」


「う、うそだろ!!」


「ツッキー見ろよ! オメガ世代たちの目を!」


 エルフにレイ、ブロウにキッキー、そしてメイドまでもスクリーン上を飛び回るキャラを目で追っていた。


「……あ、あいつら、み、見えているのかよ?」


「へっへっ! さすがオメガ世代だぜ!」


 モッヒーやツッキー、そして他の観客も気づいていなかったが、心雪も同じようにスクリーンのキャラを目で追っていた。


 すると


『System Temperature Emergency!! Vent Open!!』


“ドッブワァァァ〜〜〜!”


 合成音声の後、舞台の下部から観客席に向かって熱風が吐き出された!


「なんだよこれ〜!?」


 ツッキーの叫びにモッヒーが答える。


「おそらく奈落(舞台下)に設置してあるメインコンピューターの熱を、こっちに吐き出しているんだ!」


「はぁ? 冷却システムはどうなっているんだよ!?」


「限界までオーバークロックしているみたいだからな! サーバールームで使う冷蔵庫程度の循環冷却システムじゃ追いついていないんだろ! だからもう直接冷気を当てて、熱い空気はこっちに吐き出しているんだ!」


「もう舞台の下を冷凍庫にしちまえよ!」


 そして


『グッフゥゥゥ〜!』


 断末魔と同時に

“ドスン! ドスン!”

と倒れるグッフーと、地面に着地するサッキューがスクリーンに現れた。


「サ、サキュバスが勝ったのか!」


「お、おい、サッキューのライフを見てみろ! 残り四分の一もねぇぞ!」


 ツッキーの指摘に観客の目がサッキューのライフに集中する。


 モッヒー、ツッキー以下、観客は驚愕するが、間髪入れず、


『MATCH THREE! ROUND TWO! 』


『READ〜Y FIGHT!!』


 第二ラウンドが開始されると、再び両者のキャラは消え、


”ビシッ! ドガッ! ドズッ!”


 攻撃が当たった瞬間のみ表示された。


 観客たちも舞台下からの熱風を忘れ、汗を流しながら、スクリーンを飛び回るキャラを何とか目で追う。


 再び


『グッフゥゥゥ〜!』


“ドスン! ドスン!”

と倒れるグッフーとサッキューがスクリーンに現れた。


「また悪魔の勝ちか!」


「おい、今度はサッキューのライフ、ほとんど残ってねぇぞ!」


 ツッキーの指摘に観客の目が来海に注目する。


「悪魔のキャラのライフを、アソコまで削れるなんて、あいつ、何者……」


 再び一時停止にしたサキュバスは、来海を煽る。


『これでボクの八連勝。どうする? あと一勝で君が負けちゃうよ?』


“自分が勝利する”

のではなく

“相手が負ける”

と煽ることで、より敗北感を植え付けるトークバトルのテクニックである。


『まだ俺は負けていませんよ。サッキューのライフ、次のラウンドで全部削りますから』


『へぇ~、でもこの二試合はこっちのウォーミングアップ。とはおもってもみなかったけど、もう慣れたよ。次で君を“丸焼き”にしちゃうね』


『貴女の敗因は、俺を煽るために一時停止したことです。もし間髪入れず三ラウンド目を始めていたら、俺は負けていました。こゆ……スノー・スピリット、悪い、俺のリュックから飲みかけのスポーツドリンクを持ってきてくれ』


「……あ、う、うん!」


 一瞬、自分が呼ばれたことがわからなかった心雪だが、舞台の端に置いた来海のリュックからスポーツドリンクを取り出すと、慌てて持っていく。


『サンキュー! せっかくだから休憩させてもらいますよ。一時停止は対戦相手の同意がなければ解除できませんからね』


 来海はペットのふたを取ると一気に流し込んだ。


『ま、ごゆっくり』


「く……ウォルナット。大丈夫?」


 心雪は瞳を潤ませる。


(クソドラゴン野郎のコスプレで乙女モードやられると調子狂うな……)


『大丈夫だって。よく見てろよ! 俺様がお前をフェスの舞台ステージへ連れて行くコーチだってのを、その目に焼き付けてやるからな!』


「う、うん!」


『……ふぅ~ん。美しい師弟愛だね。でも、それをぶっ壊すのはもっと美しいんだよねぇ~!』


『スノー・スピリット、下がっていろ。今からちょっと激しいをヤるからよ。何があっても絶対タオルを投げるなよ!』


「うん! 頑張って!」


心雪は拳を突き出した。


『おう!』


来海も拳を合わせた。


『なぁ~んだ。まだ何か隠していたんだ。でもぉ~出すのちょっと遅くない〜?』


『貴女と同じで、こっちもウォーミング・アップしていたんですよ。おかげでUnlimited・Modeにおける貴女のがわかりました』


『そんなことを言うU18の上位ランカーは腐るほどいたよ。でも、たとえわかってもボクのスピードやリズムには誰も対応できない。無様に敗北を晒したさ』


 レイは思う。


(一流プレイヤーは体に独特のリズムを持っている。私がVR-DANCEのプロを目指したのも、教科書通りのセオリーから脱却してそれを身につけるため……)


 そして心の中でサキュバスの言葉を肯定する。


(確かにサキュバスさんのリズムは上位ランカーなら解析できる。でも解析した瞬間、それはサキュバスさんのリズムに飲まれて操られている証。超一流のプレイヤーは対戦相手のみならず、観客をも支配する力を持っている!)


『俺に三つの願いを与えてくれたお礼に、貴女が俺に負ける三つの理由を教えてあげますよ』


 来海も、“自分が勝つ”ではなく“相手が負ける”煽りをする。 


『楽しませてくれたから聞いてあげるよ』


『一つ目は、オメガ・オークさんにUnlimited・Modeの隠しコマンドを教えてもらったこと。二つ目は、Unlimited・Modeがどういう代物かも教えてくれたことです』


『隠しコマンドはともかく、どういうモノかはハッキングしたボクも知っていたけどね』


『オメガ・オークさんのパフォーマンスをサービスしてくれたお礼に俺もサービスします。隠しコマンドはコンフィグ画面で俺が言った設定じゃないと機能しませんから。また遊びたかったら覚えておいて下さい』


『ふぅ〜ん。教えてくれてありがと』


“チュッ”とサキュバスは来海に向かって投げキッスをする。


『そして三つ目は、オメガ・オークさんからUnlimited・Modeに対応した、《必殺技》を教えてくれたことです。勝手に俺が名付けましたが、その名は……


《ダンシング・オメガ》!!』

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