第五章 僕チン、スーパーオメガ・オーク宣言
第二十六話 オークVSサキュバスと三つの願い宣言
― ※ ―
サキュバスの後方、ライト側のドアの後ろでは、ユニコーンがマジックミラー越しに舞台の様子をうかがっていた。
(なにやっているのよ咲夜! 他のゲーマーが使う舞台を買い取ったり、おまけにプロなのに一般ゲーマーに喧嘩売ったりして! ……でもここで乱入したらあの子と同じだし、せっかく盛り上がっている観客がドン引きするし……あぁ〜もう! どうすればいいのよぉ!)
不意に真後ろに感じる気配!
(私が後ろをとられた!?)
慌てて振り向くユニコーンの唇に、伸ばした左薬指があてがわれる。
指の主は青のスリットドレスを纏った来海の下の姉、アイス・アイリスだった。
「ん〜♥️」
ラブ・リリィと並ぶ憧れの女性ゲーマーの指キッスに、ユニコーンの頬が染った。
アイリスは抑揚のない声をユニコーンに向ける。
「……今はまだ出ちゃダメ。大丈夫、あの子が何とかしてくれるから。でも、サキュバスちゃんが暴走したら、これで思いっきり引っ叩いてちょうだい」
“コクコク”とユニコーンが軽くうなずくと、アイリスはハリセンとグローブをユニコーンに手渡す。
それは舞台をサキュバスにとられた、ツチノコパニックとチンアナゴ抜きのランカーたちから借りたものであった。
― ※ ―
e7のプロライセンスを持つ者同士でも、ゲームによって賞金や人気に格差が生じ、やがてそれはゲーマー同士のカーストまで生じさせる。
レイ達オメガ世代がラウンジ内のふかふかソファーでくつろげるのに対し、ツチノコパニックやチンアナゴ抜きのゲーマーは、例え上位ランカーでもラウンジの隅にある四人用の安っぽいテーブルとパイプ椅子しか使用できなかった。
そんな両ゲームのゲーマー達は、それぞれのテーブルの上でうなだれていた。
今まではeFGが閉店した夜中の、観客がいない舞台しか借りられず、そこで面白企画を配信していたが、今回は珍しく土曜の昼間の舞台を取れたのである。
“たとえ一人しかいなくとも、観客の前でプレイできる!”
喜び勇んで特盛りトーナメントの準備をしていたところ、開始直前でサキュバスに買い取られたのである。
断ることもできたが
“最凶最強の人気ゲーマーを敵に回せば……”
何よりサキュバスは、見栄を張って多めに提示した金額の十倍を、その場で払ったのである
金と引き換えにプライドを失った者達の前に現れたのは、彼らにとって雲の上の女神とも言える存在の、アイス・アイリス!
“ガタガタ!”と立ち上がり直立不動するゲーマー達だが、
“なんでこんな所に?”
と顔に浮かべる。
「ツチノコパニックで使うハリセンと、チンアナゴ抜きで使うグローブを貸して」
“アイス・アイリスさん程のゲーマーなら、借りずとも新しく買えるのに?”
と、再び顔に浮かべ首をかしげるが
「仇討ってあげる。あとで格闘ゲームの舞台の、レフト側(オメガ世代の後ろ)のドアから見てて。おそらくその様子は配信されないと思うから……」
ツチノコパニックのゲーマーはハリセンを、チンアナゴ抜きのゲーマーはグローブを、ウェットティッシュで拭いて恭しく両手で差し出した。
「ありがとう」
アイリスの淡い微笑みは、彼らの頬を染める。
立ち去るアイリスの背中に向かって、両ゲーマー達は深々と頭を下げたのであった。
― ※ ―
観客たちが囁き合う。
「一般ゲーマーを対戦に誘うなんて、何か今日の悪魔、えらくサービスいいな。いつもはアマどころか下位のプロにすら歯牙にもかけないのに?」
「オメガ世代と戦えるから喜んでいるんじゃね?」
「あぁ、スリーピング・サキュバス様、なんて美しいお顔……」
「てかアイツ、なんでオメガ・オークのコスプレしているんだ? 罰ゲームか何かか?」
「なんでもオメガ・オークのファンで、オメガ・オークのシャツ着てレイさんとVR-DANCEを踊ったらしいぞ」
「ファンって……それだけでも天然記念物モノじゃねぇか!?」
来海がゲーミングチェアに座ると、端末の上にスマホを置く。
「Walnut……知らない名だな」
「レイさんとVR-DANCEで対戦したらしいが、格闘ゲームの方はちゃんと操作できるのかね?」
そんな観客の声に応えたのか、サキュバスが嬉々として提案する。
『オメガ・オークくぅ〜ん。ボクは悪魔だからぁ〜三つの願いを叶えてあげようかぁ〜? とりあえず一つ目はなにがい〜い?』
『それじゃあ俺、このゲームあまりやったことないのでハンデ下さい。コンフィグ画面でしたっけ? 見せてもらえますか?』
一瞬、サキュバスは意外そうな顔をするが、スクリーンにコンフィグ画面を表示させる。
『え〜と、それじゃあ……』
来海が提案したのは
《Roundのタイムは無制限》
《ガードでもわずかにダメージが入る》
《投げ技、掴み技等の大技、キャラ独自の特殊技の使用停止》
《キャラは1キャラのみ選択》
であった。
来海のキャラへのダメージ軽減やライフ増量ではない為、ライトな観客たちは小首をかしげるが、ガチの格闘ゲーマーはその意味を理解した。
ブロウの目が見開く。
「『K&K』! 『
―『Kick&Knuckle』とは、弱パンチから強パンチのABC、弱キックから強キックのXYZボタンを使い、パンチとキックのみで闘うルールである。
なぜそんなルールが存在するかというと、例えば剛拳XとストバドVのゲーマーが、どっちが強いか喧嘩になったときに、第三のゲームであるKoK20XXでこの設定を使い、強さを決めるのである。―
そしてキッキーが声を落とす。
「……確かに、あのサキュバスさんに勝つには大技や特殊技を使わねぇガチの殴り合い、蹴り合いしかねぇ。あの豚コス野郎、素人の振りしてなかなかどうして、メイドちゃん以上にしたたかなセコンドだぜ」
初めて会った(?)のに来海を豚(オメガ・オーク)コス(プレ)野郎と言ったのは、心雪という美少女ゲーマーのセコンドを務め、さらになんの躊躇もなく心雪の肩を組んだ嫉妬からである……。
『へぇ~。セコンドを務めるだけあってちょっとは考えているねぇ~。それで、二つ目の願いは?』
『以前からおっしゃっていますよね。貴女に勝ったら、そのお体を自由に出来るって?』
『フフン! そうだよ。君が勝ったらこの舞台の上で《ま○板ショー》をしよっか!? 君は何も準備しなくていいよ。この時のためにボクはいつも事後に飲むお薬を携帯しているからね〜』
『……じゃあ俺が勝ったら一年間、e7が公認しているすべてのゲームをプレイしないで下さい』
『ん……それってつまり、ボクに一年間、活動休止しろってこと?』
『そうです』
『う~ん、君と直接会ったのは初めてなんだけど、ボク、君になにかしたっけ?』
『……俺、この後行われる面白企画のファンなんです。それを貴女は……潰しました』
『あ〜それは悪いことしちゃったね。あんまり人気なさそうだったから遠慮なく買い取ったんだけど、まさかファンがいるとは思わなかったよ。でも彼らにも利益はあったし、WIN-WINでしょ』
『……格闘ゲームって何か俺、あまり好きじゃないんです。勝ち負けがはっきりして殺伐として、時にはリアルの喧嘩になったりして」
『それはプレイするゲーマーの心構えでしょ?』
『でも、あの方たちはそんな格闘ゲームで、ゲームに疲れた俺を面白おかしく楽しませてくれた。偉そうなことを言いますが、ゲーマーにとって最大の苦しみは、負けることでも引退することでもありません。
《誰かの手によってゲームが出来なくなること》
なんです。出来なくするのは親や学校。そして、変な条例で時間制限させる自治体……』
『あ〜昔、そんなことがあったね』
『同時にそれは、他のゲーマーへ
『ん〜でもそれは、なんでもありのe7に言ってよね』
『……別にボクは怒っていませんよ。むしろ喜んでいるんです。だってなんでもありなら、同時に貴女に向かって同じことができるんですから……』
来海は星形サングラスをとると、サキュバスに勝るとも劣らない、狂気の笑顔をさらけ出す。
『《ヘタレ先輩ゲーマーからグランドペンタスラムをとったぐらいでイキっている引きこもりゲーマー》
から、命とも言えるゲームを奪うことが出来るんですよぉ〜! 高額の賞金や貴女の堕肉なんてクソ以下にしか思えない、ゲーマーにとって、最っ高ぉ〜の獲物ですよぉ〜!』
観客の体に鳥肌が立つ。
「な、なんだ、今のアイツのしゃべり方? まるで、体中をナメクジが這いずり回るような……」
来海はさらに続ける。
『オメガ・オークさんが活動休止したぐらいでやる気のない貴女は、フェスの舞台でオメガ世代の方々、モノホンのダイナミック・ドラゴンさんに不覚をとって恥をさらすだけですよぉ〜。だったら今ここで、一般ゲーマーの俺の手で、引導を渡してさしあげますよぉ〜!』
挑発以上の侮蔑にもとれる来海の言葉であったが、サキュバスは逆に冷静になる。
『……あ、そうか。これって試合前のトークバトルなんだ。一瞬、本性が垣間見れたと思っちゃったよ』
『……なんだ、ノッてくれないんすね。せっかく盛り上げようと一生懸命、オメガ・オークさんの物真似をしたのに』
『ゴメンね。それぐらいのトーク、フェスで耳にタコ焼きができるほど聞かされているからさ、逆にテンションだだ下がりになるのよね。そのかわり、ゲーム中はテンションMAXになるから期待してね。そんで、三つ目の願いは?』
『それは後のお楽しみってことで』
『フフン、楽しみにしているよ。んじゃ、
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