第二十五話 心雪の初陣と、来海のマジギレ宣言

 来海がサキュバスにお願いする。


『すいません。ちょっと練習させてください』


『いいよ〜』


 そしてスクリーンは《Practice Mode(練習モード)》になり、心雪はくノ一キャラの霧乃をパッドで操作する。


 観客席がざわめく。


「お、《オメガ・オークスペシャル》って、使っているヤツ、初めて見た……」


「そもそもあれ、《e7ショップ》でお試しプレイしたヤツ全員、チューニングがピーキーすぎて親指がつり、さらにで、腱鞘炎けんしょうえんどころか翌日寝込んだとも噂がある代物……」


「オメガ・オークアンチですら

『マジモンの呪物じゅぶつ

と呪いの儀式には使用せず、限定百個にもかかわらず、実際売れたのが十個ぐらいらしいな」


「プレゼント企画でも誰も応募してこなくて、残りはオメガ・オークが自腹で買い取ったという……」


 観客たちはいろいろな噂を口にするが……。


(あぁ、そうだよ、全部その通りだよ! 未だにクローゼットの中で山積みになってるわ! おかげでどこの企業も俺とスポンサー契約しないどころか、コラボ商品すら打診しなくなったぞ!)


 来海は全てを肯定した。


 ちなみに、来海が来ているオメガ・オークのシャツは、e7が制作、販売しているものである。


 こちらもコラボメニューと同じく、ダイナミック・ドラゴンのシャツと売り上げを競っているが、そのほとんどはアンチが買い、呪いの儀式等に使用されているのである。


『へぇ〜君もそれ持っているのかぁ〜。だったらボクも持ってくればよかった。ちなみにぃ~ボクのシリアルナンバーは007だったよ。ちょっとかっこいいでしょ~!!』


 サキュバスは嬉々として自慢する。


(まさかラッキーナンバーを淫魔こいつが持っているとはな……おっと、バトルに集中集中!)


「どうだ心雪。操作性は?」


『大丈夫だ!』


「あと、ゲーミングチェアにはしっかりお尻を乗せておけよ。プロでもアマでも、フェスではそれがルールだし、バトル中に立ち上がったら棄権とみなされるからな」


『問題ない!』


『そうだ、スーパーダイナミック・ドラゴン君、どうせならハンデあげようか?』


「心雪、せっかくだからこっちのダメージ半減とか、サキュバスさんの投げ技禁止とか……」


 来海の忠告にも


『フフ、見くびられたモノだな! 俺には慈悲も施しもいらぬ! 己の力のみで貴公を倒す!』


(……やっぱコイツ、ぶん殴って……は舞台の上ではさすがにまずいな。左右のほっぺをつねって目を覚まさせるか?)


『ア〜ハッハッハッハ!! いいよいいよ。プロになる前のボクでもこんなにになれなかったよ!』


 そしてサキュバスは、本物の悪魔のように舌なめずりする。


『それじゃあ〜始めるよ』


『俺の《遊戯道》に、敗北はない!』


(遊戯道って、父さんの店の……)


『MATCH ONE! ROUND ONE! 』


『READ〜Y FIGHT!!』


“シュッ! ガン! ドガガ! バキィ!!”


……そして結果は。


『ふにゃぁ〜ん』


 心雪は3Match3Charaを十一ゲーム、99Round闘ったあと、ゲーミングチェアの上でのびてしまった……。


 もちろんサキュバスのキャラは全くダメージを受けず、さらに、勝利するのに1Round十秒もかからなかった。


『う〜ん。アマの子をいじめる気はないからさぁ〜、ここまでにしておこうか?』


 サキュバスの提案に来海はマイクを入れる。


『あ〜お願いします。本当ならセコンドの俺がもっと早くタオルを投げなければいけませんよね……』


(……限界までやらせてみたがこんなもんか。淫魔は本気を出さない流しプレイだったが、なんだかんだ心雪はパフォーマンスは落とさず、予選で戦うぐらいのゲーム数はこなしたからな)


 そしてゲームパッドの端子を筐体から抜く。


(やっぱパッドの方がコイツに合ってそうだな。茶道や華道していたから姿勢がいいし、無駄な動きをしないようパッドを操れば、体幹も安定してゲームに集中できるしな)


 サキュバスは小首をかしげる。


『ねぇ、その子ってさぁ~、本当にアマの総合97位なの?』


 来海が代わりに答える。


『ま、まぁ、一応……』


『もしかしてぇ〜プロになりたいのぉ?』


『ほ、本人は、そう言ってますが……』


 観客の誰もが、サキュバスが心雪をダメ出しすると思っていたが、


『ふぅ〜ん。ならがんばってね。ボクの見立てでは、アマ総合50位ぐらいの実力はあると思うよ。なにせ、このボクのウォーミングアップの相手になったぐらいだからさ』


(さすがだな。97位はボロボロのゲームパッドでの順位だしな)


“おおっ!!”


 観客がざわめく。


「お、おい、アマ総合50位って、プロになれるボーダーラインじゃねぇか? それをあの悪魔がお墨付きを与えたって訳か?」


「まさかぁ、ただのリップサービスだろ?」


「あの悪魔がそんな気を利かせるかよ!?」


「おもしれぇ、後でネット対戦を申し込もうかな? ゲーマーネームは《Snow Spirit》だったな?」


「おい、抜け駆けするな。俺が先だ!」


 まるで


『プロになりたかったら、俺たちを倒してからにしな』


とばかりに、アマや一般の格闘ゲーマーたちの目が光り出す。


 これ以上あれこれ突っ込まれないよう来海は


『ありがとうございました』

『ありがとうございました』

『ありがとうございました』


 心雪に代わり、サキュバスに観客、そしてエルフやレイたちに挨拶した。


“パチパチパチパチパチパチ!”


「よくやったぞ」

「プロテスト頑張れよぉ!」


 来海の挨拶に、観客から拍手が沸き起こる。


「全くいつまでのびてんだよ。ほらいくぞ」


 来海が心雪の左腕を肩にかけるが


「よっと……結構重いな」


「手伝おう」


 ブロウが近づいてきた。


「あ、どうも」


 しかしブロウは心雪の右腕を持つと


「……すまぬメイド殿。代わりに手伝ってくれないか?」


「? かしこまりました」


 メイドが右腕を持つと


「……ああ、そういうことでしたの」


 来海とメイドで心雪の肩を担ぎ、舞台の端にあるパイプ椅子に座らせる。


「ありがとうございます。えっと、マーシャル……メイドさん」


 メイドは妖しく微笑んだ。


「フフ、、しかもで呼んでもらった気がします。ああ、これは独り言ですし、お嬢様にはお話ししませんのでお気になさらずに……」


(ちっ! こりゃ正体ばれているな。まぁコイツはエルフのセコンドだが、同時に対戦相手のことを調べる諜報員エージェントでもあるからな……)


 バツが悪そうなブロウにむかってキッキーがからかう。


「なんでぇ、今頃気がついたのかよ。ま、は俺の方が上だからな」


「お主はを見る目だろうが」


「……とまぁ、死闘の前の軽口はここまでだな」


 キッキーの言葉に、舞台の上のオメガ世代たちに緊張が走り、視線がサキュバスに集中する。


 しかしサキュバスの口は五人ではなく、来海に向けられた。


『ねぇ、そこの


 来海はわざと時間をおいてとぼける。


『……えっと、俺のことっすか?』


『そう、君って、さっきVR-DANCEの舞台でレイちゃんと踊った子でしょ?』


(淫魔の目はコスプレごときじゃごまかせられないか……)


『そうですけど……』


『せっかくだからさぁ〜君も遊んできなよぉ〜』


 まるで遊女のようにサキュバスは誘う。


『いや、俺、コイツのセコンドで格闘ゲームは……。それにこの後、ここでツチノコパニックとチンアナゴ抜きのランカーさんの面白企画がありますよね! あれ、俺、すごい楽しみにして!!』


『それ……中止になったよ』


 冷たく、そして妖しくサキュバスは呟く。


『えっ?』


『ボクが舞台を買い取ったのさ。でも、ちゃんと彼らの配信料とか投げ銭の額を聞いて、その十倍払ったからね。それに彼らは

“資本主義”とか

“ブルジョワ”とか

“弱肉強食”

とか呟きながら、涙を流して喜んでいたよ』


 来海の顔から表情が消える。


 そして、そばにいるメイドだけが感じていた。


 来海の下の姉であるアイス・アイリスから感じた、すべてのモノを切り裂く、氷の刃のような冷たいオーラを……。


「……そうっすか。ならっすね」


 サキュバスの顔が狂気に歪む。


『いいよ~いいよ~そのオーラ。最近ボクに挑んでくるゲーマーが全然いなくてさぁ~。今日は素敵な日だよ。さっきのドラゴン君のそっくりのおバカキャラも、のその冷たいオーラも、ホント、大好きだよぉ~!』


 ゲーミングチェアに向かう来海の背中に向けて


「……ご武運を」


 メイドが呟いた。


 果たしてこの舞台、観客席、そして配信を見ている視聴者の何人が気づいただろうか?


 サキュバスは顔に体型、声までダイナミック・ドラゴンにそっくりな心雪に違和感を感じ、


 コスプレをしているが体型はすべて真逆な来海を、いきなりオメガ・オーク呼びしたことに……。

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