第十七話 ダンスバトルの決着と心雪の弱点宣言

「おおぉ!」

「すっげぇ!」

「星福堂のヤツ、ランカーじゃないってホントかよ!?」


「……来海、大丈夫かな?」


 興奮する見物客の中で、心雪だけは冷静に来海を見ていた。


(ぐわぁ〜! やっぱ久しぶりに踊るとキツいわぁ〜。左肩は大丈夫みたいだが、体力が〜。最後まで保ってくれよぉ〜!)


 心雪の見立て通り、来海には疲労が溜まり、体中の筋肉や関節は悲鳴を上げていた。


 そして……。


“♪ジャン♪”

 

 曲が終わった瞬間、二人は決めポーズを取ると


『うおおぉぉ!!』


 歓声が辺りに轟いた……が、


“グラッ!”っと、来海の体が傾いた。


(……ヤベェ!)


 追い出しフェスでの転倒が、来海の脳裏にフラッシュバックする。


 それはレイも同じであった。


「来海!!」


 倒れる寸前、ダンスエリアに飛び込んだ心雪が、抱きしめるように来海を支えた。


「大丈夫!? 来海!!」


「……あ、ありがとな。ちょっと調子に乗りすぎたわ。ま、ダンスエリアのマットは卵が落ちても割れねぇから……」


(……もう俺は、孤独のヒールゲーマーじゃねぇってか? へへ……)


 来海の魂の奥底から、温かい何かが湧き出してきた。


 腰を下ろした来海は心雪に親指を立てた拳を向けた。


「へっへ、見届けたか? 俺の勇姿をよ」


「うん!」


 心雪も同じように親指を立てた拳を突き出すと、来海の拳と重ねた。


“パチパチパチパチ!”


 両者の健闘を讃え、見物人から拍手が鳴り響いた。


 そしてレイも拍手する。


「私の完敗です」


「あ、いや、どう見てもレイさんの方が……」


 ちなみに点数は、来海が《11.53点》、レイが《76.94点》であり、♥️マークもレイの圧勝であった。


「確かにフェスでは私の勝ちでしょう。ですがこれは《野試合》。勝敗を決めるのは戦った者の心。それでよろしいんじゃありませんか?」


 そしてレイは淡く微笑むと、


「レイ様、素敵……」

「ヤベェ、マジでファンになりそう……」


 見物人は頬を染める。


(けっ! いい笑顔で見物人の視線を独り占めしやがって。ま、そのトークと笑顔があれば、VR-DANCEの土俵でも何とかやっていけるだろ……)


 レイは来海に問いかける。


「星福堂のウォルナッツさん、貴方のダンスをダウンロードしたいのですがよろしいですか?」


 VR-DANCEは自分が踊った映像やVR画面をe7のサイトにアップでき、視聴者がダウンロードできるのである。


「あ、いいですけど、俺はアマ以下のトーシローだから、あんまり配布したくないので、レイさんにだけ送るってことでよろしいですか?」

 

「ええ、それでかまいません」


 心雪に支えられながら立ち上がった来海は、筐体の画面を操作しようとするが、レイともう一人のゲーマーネームが表示された。


(ちっ! 《淫乱悪魔》め、覗いてやがったか……。まぁいいか、見られてもどうってことないし……)


 画面を操作し、レイともう一人へダンスのデータを送った。


「ありがとうございます。それでは……」


 そしてレイは素早くコスプレ衣装を纏うと


「みんなぁ〜今日はを見に来てくれてどうもありがと〜!」


 そして大型ディスプレイにQRコードが表示された。


「今日のダンスはレイちゃんのアカウントにアップしてあるから、みんなどんどんダウンロードしてねぇ〜!!」


“おおおぉぉぉ!!”


「それじゃあビギナーズフェスを楽しみにしてねぇ〜! バイバァ〜イ〜!」


“バイバァ〜イ”


 レイは手を振りながら、舞台の袖の関係者用出入り口の中へ入っていった。


「いやぁ〜今日のレイさんはすごかったわ」

「めっちゃキレイだったし、ちょっとエロかったし、いいもん観れたわぁ〜」

「星福堂の奴もよくやった……あれ、いないぞ」


 来海は男子トイレの個室でシャツを脱ぎ、体を拭くと便座に腰を下ろし、スポーツドリンクを口に含んだ。


(ふぅ〜なんか久しぶりに熱くなっちまった。やっぱ俺は根っからのゲーマーなんだな……)


 そしてレイとのダンスバトルを思いだす。


(やっぱゲームは楽しいよな……。おっと、今の俺は心雪のコーチだった。それに、あんまり派手にやると他のランカーや運営に目を付けられるしな……)


 トイレの前のベンチでは心雪が待っていた。


「来海……」


 瞳を潤ませ子犬みたいな顔をする心雪に、来海は“ドキッ”とする。


(だからその乙女モードはやめろって……)


「大丈夫だって。伊達にオメガ・オークさんの相手をしてないさ」


「ゴメン来海。僕の代わりに対戦することになっちゃって……」


「気にするな。俺も“ゲーマーのカン”とやらを取り戻さないと、心雪にコーチできねえからな」


「……やっぱりウチの学校って、ゲーマーから見たら特別なんだね。身をもって知ったよ。やっぱり今から何かコスプレをして、正体を隠した方がいいのかな?」


「いや、そのままでいい。それに、これで心雪の弱点がはっきりした」


「弱点……? むしろ僕なんて弱点だらけだけど……?」


「いいや、どんなにゲームが上手うまかろうが、これがあるとプロの舞台には立てない、決定的な弱点だ」


“ゴクリ”と心雪は喉を鳴らす。


「心雪、お前は人前で注目を浴びると緊張してあたふたして、しどろもどろになるよな? 入学式の日に父兄に注目された時、そして今だ」


「……うん」


 心雪の表情は、まるで雪のように冷たかった。


「人間誰しも他人から注目されれば緊張するが、プロになりフェスの舞台に立てば否応にも観客からの視線を浴びることになる。それに、マイクパフォーマンスだ。ゲームのプレイだけでなく、トークバトルで観客を沸かせるのもプロの仕事だからな」


「わかっているよ。外面のいい兄はよく言えばリア充、人とのコミュニケーション能力に長けていたよ……」


(あれでかよ……。フェスでは舞台の上以外、俺と目も合わせなかったくせによ!)


 来海は心の中で突っ込んだ。


「逆に僕は内向的、習い事もあまり人と関わらないのをやっていたんだ……。こんな僕がプロになっても……って、何度も諦めようとしたんだ」


「でも、諦めきれなかったんだろ? ゲーム喫茶のおじさんおばさんたちと遊んでてよ、ゲームは楽しいものだって、褒められると嬉しくなるって、わかっちまったんだろ?」


 来海は先ほど自分が感じた熱を、心雪に尋ねてみた。


「う、うん!」


 心雪の顔に血が戻ってきた。


「ならコーチとして、その気持ちを忘れるなよ。以上だ!」


「……ええっ! それだけ!?」


「なんだ? どうした?」


「て、てっきり、

『お前はプロに向いていない!』

って、言われると思ってたけど?」


「はぁ? 何言ってるんだ? プロになるならないを決めるのは心雪自身だぞ!」


「そりゃ、そうだけど……」


「それにオメガ・オークさんを見ろ! あれだけ観客から罵声やペンキを浴びせられたり、アンチが怪文章をe7のサイトに書き込んだり、変な呪いの儀式の動画をアップされても、引退するどころか気にもせず、さらにそれをネタにして、トークバトルを盛り上がらせたんだからな!」


 アンチの所業を話す度、なぜか来海の胸がチクチク痛んだ。


「それに心雪、お前にはフェスで勝てる二つのアドバンテージがある!」


「えっ? 何それ!?」


「一つ目は、自分の弱点を知っていることだ!」


「……う、うん、他のスポーツではよく言われるけど、ピンとこないなぁ〜?」


「ウォッホン! では説明しよう。これでも俺はアマのことを勉強したんだ。アマのランキングは主にネットやゲーセンでの対戦で決まる」


「うん」


「……ってことは、ここeFGのように、何十人もの生身のギャラリーに囲まれて対戦することはほとんどなく、フェスの、何百何千のギャラリーの中でいきなりプレイすることになるんだ」


「うんうん」


「そんな状況下で初めて対戦すれば、オメガ・オークさんのようなモンスター並みの心臓でも持っていない限り、緊張や動揺してパフォーマンスなんて半分どころか1/3も出せないさ。その点心雪、お前は今からその弱点を克服していけばいいんだ」


「……で、でも、その状況をものともしない、強いランカーはいるよ」


「そこで二つ目のアドバンテージが生きてくる、それは……」


「それは……?」


 来海は立てた親指を自分に向けた。


「この俺を、コーチにしたことさ!」


 ぽかんとする心雪。次の瞬間、


「……プッ!」


「笑うなよ。お前に自信を付けさせようとしたんだぞ。こっちも恥ずかしいんだからな……」


「ゴ、ゴメンゴメン、なんて言ったっけ? 大言壮語たいげんそうご? あまりにも大きなことを言うから、僕の悩みがちっぽけなことに思えてきたよ」


「その意気だ。とはいえ、今日明日でその弱点がどうにかなるものでもないからな。さぁ、早く格闘ゲームエリアへ行こうぜ!」


「うん!」

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