第十六話 観客を沸かせた方が勝ち宣言

 VR-DANCEをプレイするためには、あらかじめ筐体のスキャナーで自身の体をスキャンさせて、身長、体重、四肢の長さ等のデータをアカウントに登録する必要がある。


 そのデータを元に、VR画面に投影されるバルーンやリング、ラインのオブジェの位置が決定されるのであった。


(クソッ! VR-DANCEはサブアカウントに変えても体型のデータはそのままなのを忘れていたぜ! バルーンやリングの位置がバラバラだ!!)


 来海のVR画面に投影されているオブジェは、今より身長も低く四肢の長さも短く、体重も百二十キロ以上あった一年前のデータを元に配置されていた。


(せめてプレイ前にスキャンしておけば……)


 来海は踊りながら後悔していた。


「……来海」


 素人の心雪の目から見ても、来海のダンスは明らかにぎこちなかった。


「星福堂のアイツ、なんか動きがおかしくねえか?」

「それでもPROFESSIONALモードのオブジェを、ダンスでなんとかこなしているな」

「星福堂の名前は伊達じゃねぇってか……」


(……まぁいっか。これじゃどのみちこいつに勝てねぇし。だったら……好き勝手にヤラしてもらうぜ!)


 来海はダンスのスピードを上げ、オブジェが赤になる前にダンスを完了させた。


“おおぉ!!”


 水を得た魚のようになめらかに、そして切れのある来海のダンスに見物人から声が漏れる。


 しかし、巨大ディスプレイを見ていたり、ゴーグルを装着している見物人からは


「星福堂のアイツ、オブジェの場所からズレて踊っているぞ」

「おまけに、曲を無視してオブジェが赤になる前に踊ってやがる」

「アレじゃあ点が入らねぇぜ」


 しかし来海は


(ヒャッハー! 体力測定でも感じたけど、痩せるとこんなに体が軽くなるのかぁ! フェスの前に姉貴たちがボクサー並みのダイエットをする意味がわかったぜ!)


 そして来海は心の中でレイを挑発する。


(どうしたどうしたレイ! 《一角獣》のダンスはもっと力強くて激しくてエロくてキレがあるぞ!)


 来海はオブジェが黄色や青で示したダンスを先読みし、ご機嫌でダンスを踊っていた。


「来海……すごいや……」


 来海の学生服を持つ心雪の手に力が入る。


(何なの彼は……。オブジェが赤になる前に踊っては絶対点数は入らないのに……。私に勝てないからむちゃくちゃ踊っているのね……)


 それでもレイのゴーグルには、来海の❤マークが増えていくのが見えていた。


(だけど観客は彼に❤マークを送っている。なぜ? 私の方が高得点のダンスを踊っているのに……ハッ!?)


 レイは思い出す。


 来海のシャツにプリントされたデフォルメされたオメガ・オークを……。


 あるフェスで、オメガ・オークと戦ったときのことを……。


 そして、背中に冷たいものが流れていく……。


 ― ※ ―


 レイに勝利したオークは、勝ち名乗りではなく、めすらしくレイに向かって、ねちっこい口調で説教を始めた。


『チミは上位ランカーなのに見せ場もなく、あまつさえトークで観客を沸かせず僕チンに完敗! あいかわらずの教科書通りの戦い方に、僕チン薬指を立てる気分にすらならないねぇ~……』


 レイも反論する。


『……定石セオリーは王道にして絶対よ。今はまだ私が未熟だから負けたけど、いつか極めてあなたを倒してみせる!』


『だ〜か〜らぁ〜、なんでそう石頭ちゃんなのかなぁ。僕チンそういうの大嫌い! たまにはセオリーなんかぶっ壊して、めちゃくちゃにスティックとボタンを押せばいいじゃん!』


『わ、私は、あなたとは違う! 攻撃も防御も完璧に極めて……』


『……ところがどっこい、同じでちゅよぉ〜』


『!!』


『僕チン、だけど、e7のフェスでは極悪非道の最凶ゲーマーにしているんだぜ。チミもせっかくコスプレしているんだから、フェスの時ぐらいしちまえよぉ〜』


 無論観客は、オメガ・オークが超真面目な優等生なのを微塵も信じてはいなかった。


『わ、私は、身も心も魔法少女……』


 オメガ・オークはレイの言葉を遮った。


『そのコスプレのキャラって、普段はドジでおちょこちょいだけど、悪と戦うときや仲間を護るときは、火事場の馬鹿力を発揮するんだろ? チミと正反対じゃねぇのぉ~!?』


『!!』


『チミが自分を変えたとき、火事場の馬鹿力を出したとき、僕チンのハーレムに入れてやってもいいぜぇ。WELCOME! OMEGA ORC's HAREM! ってな! HAHAHAHAHAHA!!』


― ※ ―


 レイは踊りながら自問自答する。


(私は……何のために踊っているの? ……高得点を取るため? ……プロになるため?)


(……違う! 観客に観てもらうため! 観客の目を私に釘付けにするため!!)


(それができなければ、たとえVR-DANCEのプロライセンスを取っても、十把一絡じっぱひとからげのゲーマーで終わってしまう……)


“たまにはセオリーなんかぶっ壊して、めちゃくちゃに……”


“魔法少女に変身しちまえよぉ〜”


 レイの脳裏にオメガ・オークの言葉が思い浮かぶ。


(違う! 何も壊さない、何も変えない。私は私。レインボー・レイではなく、《虹野麗にじのれい》として!)


“火事場の馬鹿力を出しちゃえよ〜”


(なんであんな奴を思いだすのよ!)


「レイさん、ちゃんと俺に着いてきてよぉ!」


 来海がレイを挑発する。


のあんたに言われなくたってぇ〜!!)


 レイは踊りながらヴィッグを取ると、続けて衣装、スカートに手をかけると、引きちぎるように脱いだ!


“おおおぉぉぉ!”


 うっすらと白いブラが透けたピンクのレインボープリンセスのシャツと、ピンクのショートパンツ姿のレイに見物人の視線が注目する!


「ウォルナッツさんでしたっけ? ダンスってのはねぇ、ただ踊るだけじゃないのよぉ! 『Please! Possessed by a Black Price!I』」


 レイのダンスは魔法少女、レインボー・プリンセスのそれではない、ブラック・プリンスの動きだった。


「そんな……レイ様が……ブラック・プリンスになりきるなんて……」


 女性ファンが口元に両手を当てるが、レイのダンスはますますそのキレを増してきた。


 それにつれて、見物客のみならず、配信の視聴者からも❤マークがレイに届けられる。


(……どうやらを脱いだみたいだな。VR-DANCEは教科書通りじゃ観客の目を引きつけられねぇ! 自分を200%どころか1000%さらけ出さないとな!!)

 

 来海はいったんダンスを止めると


「OK! H.O.N.K.I本気O.I.N.Kブーブー(豚の鳴声) DANCE! 3.2.1……」


 DJのような口調で叫びながら曲とのタイミングを計り


「GO‼」


 レイと同じタイミングで踊り始めた。

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