第十五話 レインボー・レイへの宣戦布告宣言

“お前いたの?”

と見物客の目が心雪から来海に移動する。


「それはかまいませんけどぉ~、ゲームのご経験はぁ~?」


「最後にプレイしたのは一年以上前だったかな~? それにアマ登録していない一般ゲーマーですけど、よろしいですか?」


「かまいませんわぁ~。でもレイちゃん、今度は百点満点目指しますからねぇ~❤」


“おお~”と見物客がどよめいた。


「……く、来海、大丈夫?」


「大丈夫だって。ちょっと体動かしてくるわ」


 筐体に乗った来海はスマホをかざそうとするが、


(おっと、“アマ用”のアカウントにしねぇと……)


“ピッ”とスキャンされると、画面に

『USERNAME:WALNUT(ウォルナッツ)』と表示された。


「どういう意味だ?」

「確か……クルミの英語だったような?」


「それでは始めましょうかぁ~❤EXPERTモードでよろしいですよねぇ~?」


 アマチュアランカーでもなく、一般ゲーマー、さらに一年ぶりにゲームをプレイする来海に向かって、EXPERTモードでのゲームを勧めるレイは、星福堂学園に恥を掻かせようとする腹黒魔法少女と化していた。


「あの~俺、《PROFESSIONAL》モードでんですが~?」


「えっ?」


 PROFESSIONALモードとは文字通り、プロのフェスでプレイされるモードであり、一般の筐体ではEXPERTまでしかプレイできない。


「せっかくレイさんが格闘ゲーム部門のプロライセンスを持っていらっしゃいますので、確かセレクトできると思ってたんですけど……。あ、、EXPERTでもいいっすよ」


 来海の口調はのほほんとしているが、言葉の裏はあきらかにレイを挑発していた。


 それに対し、レイは声を落として返答する。


「……ええ、PROFESSIONALモードでかまいません。私はVR-DANCEでもプロになり、トップを目指すモノ。この程度で臆していては到底プロにはなれませんから」


「げっ! レイさんマジギレモード!」

「さすが星福堂学園。レイさんを本気にさせやがった!」

「あんな美しい顔のレイ様、フェスでオメガ・オークと戦ったとき以来!?」


 見物人は今のレイを“マジギレ”、“本気モード”と思っているが、実はこちらの感情も抑揚もない話し方が、レイの素の姿なのである。


(……オメガ・オークが活動休止してから半年以上、生ぬるいママごとフェスでプレイしてきただろうが、俺、いや“僕チン”にケンカを売られる気分を久しぶりに味わいな。しかもプロでもアマのランカーでもない一般人からな!)


“コーチとして、セコンドとして、心雪に売られた喧嘩は俺が買う”


とばかりに、久しぶりに来海の魂は燃えていた。


「ああ、そうだ、悪い心雪、帽子と制服の上、預かってくれ。あ、カッターシャツも脱いでおくか。動きにくいしな」


「……う、うん」


 制服を受け取りながら、心雪はなおも心配そうな顔をする。


 白の学生ズボンとシャツ一枚となった来海の上半身に、見物客のみならず、レイすら注目する。


 なぜなら来海のシャツには、デフォルメ化されたオメガ・オークがプリントされていたからだ。


「あ、あいつ、まさか……オメガ・オークのファンなのか?」

「そもそも、オメガ・オークにファンなんて存在していたのか?」

「ま、まさかぁ。どうせリサイクルショップで捨て値で売られていたのを買ったんだろ?」

「俺なら、無料ただでもいらねぇぜ」

「いや、アンチが《焼きオークの儀式》をするのに欲しがっているから、意外と高値で売れるかもな?」


“ハッハッハッハッハ!”と辺りに嘲笑が響くが


『笑うなぁ!』


 心雪が一喝した。


(ありがとな心雪。その言葉だけでお前のコーチになった甲斐があったぜ。しかし……)


 嘲笑の次は不穏な空気が辺りに漂うが


「……星福堂の学生さん、そして皆さん。プレイ前に騒ぐのはマナー違反です。どうかお静かにお願いします」


「あ、す、すいません。ごめんなさい……」


 レイの言葉と心雪の謝罪、バツが悪そうに頭を下げる見物人で、場は落ち着きを取り戻した。


「ありがとうございます。レイさんは俺がオメガ・オークさんのシャツを着ていても笑わないんですね?」


 来海はレイにお礼を述べると


「……たとえ嫌われ者のヒールゲーマーであっても、そのファンの方を笑うプロはいません」


 レイは無の表情と感情と言葉を来海に向けた。


(相変わらず教科書通りの答えだな……)


「えっと。それじゃ曲はどうしましょうか?」


「……貴方が選んでください。古い曲でもかまいません」


「じゃあ、お言葉に甘えて……《バディ・プリンス》を!」


“ざわっ”っと、再び見物客の空気が揺れる。


「お、おい、バディ・プリンスって……」

「レイ様が好きなアニメ、《和み姫 レインボー・プリンセス》の宿敵の……」

「《ブラックホール大魔王》の部下、《ブラック・プリンス》のテーマ曲じゃねぇか……」


「腐女子なら歓喜モノだが、純粋なレインボー・プリンセスファンのレイさんにとっては……」

「アイツ、どれだけレイ様を挑発すれば気が済むのよ……」

「これが《星福堂流》の野試合ってヤツか……」


(一年ぶりだからな。今まともに踊れそうなのはこれしかねぇんだわ。姉貴たちの相手をさせられたときは、いつもこの曲だったからな)


 二人はゴーグルを装着すると、レイはいつも通りのポーズとして、足と腕を少し開き、顔を右斜め下へ向ける。


 来海は手足をブラブラさせたり肩を回したり、軽く跳躍していた。


(ま、左肩のリハビリついでだな)


 そしてちらっとレイを見る。


(フェスでもないのに挑発して悪いなレイ。だけどおめぇがU18からVR-DANCEのプロになるって聞いて、ちょっと火が付いちまった。あの《一角獣》と同じ土俵に立つってんなら、まずこの俺を倒してみな!)


 前奏が始まり、二人のVR画面内に、隙間なく灰色のバルーンや腕や足を通すリング、なぞるラインが浮かび上がる。


 そしてダンスの順番に赤、黄、青とともる。


 赤は最初のダンス、黄色のその次、青はさらにその次のダンスを表していた。


 ちなみにレイのアバターはレインボー・プリンセスであったが、来海のはシャツにプリントされたような、デフォルメされたオメガ・オークのアバターであった。


 もっとも、アバターは課金すれば体のデータそのままに外見だけをアニメキャラからモンスター、さらにプロゲーマーにまで自由に変えることができるため、来海のアバターを見てもオメガ・オーク本人だと気づく人間はいなかった。


『Ladys and Gentlemen!』


『WELCOME! VR-DANCE WORLD!』


『SELECT MODE 《PROFESSIONAL》!』


『SELECT MUSIC 【BUDDY PRINCE】! 』


『ARE〜YOU〜READY〜……』


 心雪を始め見物客が固唾をのむ。


 PROFESSIONALモードのダンスを観れるのは、配信か、フェスの舞台の上がほとんど。


 生で、しかも間近で観れる機会は滅多にないからだ。


『GO!!』


 二人の体が同時に弾ける。


 ……しかし


(しまったぁ!!)


 赤のリングに右腕を通した瞬間、来海は心の中で叫んだ!

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