第十四話 レインボー・レイの肉食獣宣言

 心雪が人だかりの隙間から覗くと


「へぇーこれがVR-DANCEの筐体なんだ」


 舞台の上には五メートル四方の感圧マットが横に二つ並べられており、マットの四隅にはセンサーやカメラを内蔵したポールが立ち、ゴーグルを装着したゲーマーは観客の方を向いてダンスをしていた。


 さらに、ゲーマーの周りにはライブ中継用の小型ドローンが飛んでいた。


 そして、e7認定のゴーグルを持っている観客は、VR世界のアバターで踊るゲーマーを観戦することもできた。


「あ、あの人、レインボー・レイさんだ!」


 心雪の声に来海も隙間から覗くと、向かって左の筐体では、フリフリの魔法少女コスプレをしたレイが、アマチュアゲーマーらしき男性と対戦ダンスをしていた。


「あれ? VR-DANCEってU18からだからプロテストも六月と十二月……。レイさんってまだプロのライセンス持っていないよね? なんでミニ舞台のゲームをプレイできるの?」


「あの人は格闘ゲーム部門のプロライセンスを持っているからな。だからプレイできるんだ」


「へぇ〜プロのライセンスって便利なんだね。僕もいつかは他のゲームのプロライセンスを……」


「言い忘れていたが、あのミニ舞台に立てるのは上位ランカーだけだぞ。もっとも、レイさんみたいに他部門で上位ランカーならオッケーだけどな」


「えっ? プロになればだれでもミニ舞台のゲームを使えるんじゃないの?」


「そんな甘い世界じゃ無いぞ! フェスといっしょでプロライセンスを取ったぐらいではミニ舞台に立つ資格はないしゲームもプレイできない。おまけに舞台のゲーム料金は一般の筐体の十倍だ!」


「じゅ、十倍!」


「さらに相手がアマや一般ゲーマーだと、上位ランカーの方が相手の分のゲーム代を払わないといけないんだぞ。心雪に払えるか?」


“ゴクリ”と、心雪は喉を鳴らす。


「どのみち、スポンサーが付いていたり賞金を稼いでいる上位ランカーじゃなきゃミニ舞台の上でプレイできない。どうだ心雪、VR-DANCEやってみるか? ゲーム代はレイさんが払ってくれるぞ」


「はは……遠慮するよ……」


 ダンスも終わりに近づき、レイが決めポーズをとると


「うおおぉぉぉ!!」

“パチパチパチ!!”


 野太い声と割れんばかりの拍手が辺りに轟いた。


 そして結果がモニターに映し出される。


 アマチュアゲーマーが『78.43点』なのに対しレイは『93.18点』だった。


 さらに実際のフェスと同じく、舞台でのプレイの様子は配信でもリアルタイムで流されており、見物人や視聴者はアプリを通じて♥️マークを送ることができ、その数も圧倒的にレイの方が多かった。


「すげー!」

「アマ最高レベルの《EXPERT》で九十点超え!」

「しかもあの♥️マークの数! さすがレイ様ね」

「アマチュアフェスでは招待プロを差し置いて上位は確実だな!」

「もしかしたらレイ様、優勝するかも!?」


“ドックン!”


 来海の魂の中で何かが脈動した。


「勉強になりました! ありがとうございました!」


 頭を下げるアマチュアゲーマーに向かってレイは、レインボー・レイのキャラとしてかわいこぶりっこの口調で話す。


「んっん〜♥️ さっすがアマチュアのランカーさんですぅ~。 レイちゃんついつい本気を出しちゃいましたぁ~。アマチュアフェスではお手柔らかにお願いしますぅ~♥️」


「はい! こちらこそよろしくお願いします! 失礼します!」


 男性が筐体から離れると


「ん〜まだ体が火照っちゃってますぅ~。最後にもう一人、いっしょにダンスしたいなぁ~♥️」


 いくらゲーム代がレイ持ちでも、アマのランカーが手玉に取られたことに、見物人たちは二の足を踏んでいた。


 レイの目は、白い学ランに学生帽の心雪と来海に止まる。


「あ~! そこの白い学生服の方々~❤ ひょっとして~、星福堂学園の学生さんですかぁ~?」


 “ざわっ!”っと見物人が心雪に注目する。


「星福堂? あの胸の校章は……本物か!?」

「ラブ・リリィさんやアイス・アイリスさんの母校!」

「しかも男子学生!? レアものじゃねぇか~」

「こいつも“あの”電子遊戯同好会なのか?」

「いや、今は活動休止しているって噂だが……」


 あたふたする心雪と、じっとレイを見据えている来海。


「もしよろしければ、ご一緒に踊りませんかぁ~❤」


「い、いや、ぼ、僕たち格闘ゲームが主なもので……こ、このあと、か、格闘ゲームエリアへい、いこうかなぁ〜と」


 心雪のオドオドとした返答に、レイの目は肉食獣のそれになる。


「それは素敵ですわぁ~。実はレイちゃん、今度H&Hのビギナーズフェスのゲストに呼ばれていますのぉ~。フェスで恥をかかないために、ぜひ胸をお借りしたいですわぁ~❤」


「い、いや、ぼ、僕はアマチュアで……きゅ、九十七位で……と、とてもレイさんのお相手は……」


「あらぁ~、アマチュアランカーさんでしたのぉ~。これは失礼しましたぁ~。ますます胸をお借りしたいですわぁ~❤ それではあちらの格闘ゲームエリアへ場所を変えましょうか~?」


「そ、そんな、ぼ、僕は……僕は……」


 レイの目はもはや獲物を睨みつける蛇のそれで、心雪はまさに蛇に睨まれたカエルであった。


(……心雪も、プロの魔の手に捕まったか)


 プロの上位ランカーといえども安泰ではない。


 フェスで観客を沸かせるのが上位ランカーの表の顔なら、めぼしいアマのランカーやプロに成り立てのゲーマーをことごとく潰すのは、上位ランカーの裏の顔と言っても過言ではない。


 もっとも、こうした《野試合のじあい》で潰れる程度では、どのみちプロの世界では生き残れないが……。


 さらに、心雪がただの高校生ならレイもここまで粘着しなかっただろうが、星福堂の名前と制服は、ゲームに携わる学生にとっては恐怖と畏怖と対象であり、eFGに限らずゲーセンに出没する星福堂の学生は、倒すべきモンスターそのものであった。


(仕方ねぇか。“変なヤツ”からゲーマーを護るのもコーチ、セコンドの仕事だしな)


 見物客が二人のやりとりに注目している中、来海が手を上げる。


「あの~よろしければ、俺がVR-DANCEの相手になりましょうか?」

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