第十八話 レイの迂闊(うかつ)と、“悪魔”の存在宣言

 ― ※ ―


 ここeFGには上位ランカー用のラウンジがあり、そこには浴室からレストラン、マッサージ室、身体のトレーニング場からフェスのゲームが並ぶゲームのトレーニング場まで、あらゆる施設が取りそろえられていた。


 シャワー室から出てきたレインボー・レイは体を拭き髪の毛を乾かすと、予備の、およそかわいいと呼べる要素のないスポーツ的な下着と中学の時の緑色のジャージを着て、ラウンジのふかふかソファーに腰を下ろす。


 そして、タブレットの中で踊る来海を見ながら、心は別のことを考えていた。


(……この子、一体何者? 名前で調べても実績はアマのランカーどころか、eFGここや町中のゲーセンでのプレイ程度……。それであのダンス……)


 今度は来海のダンスに気を向ける。


(この子の踊り……どこかで……誰かに似ている?)


 そんなレイの思考を邪魔する声がラウンジに響いた。


「うひゃ〜まさかレイちゃんのお風呂上がりを拝見できるとは! しかもシャンプーや石けんのフレーバー付! 眼福どころか跪いておみ足をマッサージしたいぐらいだわ。いや、是非させてください! お願いします!」


 絨毯の上に跪いてお願いする声の主は昨年度、U15格闘ゲーム部門総合ランキング五位、ニット帽に丸目サングラスのストリートゲーマー、《ニット、キッキー》であった。


「……キッキー、他の先輩方もいらっしゃる。あまり騒ぐな」


 重い声でキッキーをたしなめるのは同じく総合ランキング七位、白地に炎をあしらった胴着を纏った、長身で筋肉質の男、《ブレイズ・ブロー》であった。


 しかし、ブローの目はキッキーに向いていたが、それ以外の感覚は、このラウンジにいる《悪魔》に集中していた。


 さらにレイを護るかのように、ソファーの後ろに立つ。


 まるで少しでも気を抜くと、悪魔から漂う瘴気や妖気によって、魂を吸い取られてしまうかのように……。


 実際その悪魔は、《物理的なブラックホール》を、ソファーの上で展開していた……。


 そしてキッキーも、悪魔から漂う“気”を感じていた。


 もっとも単純なキッキーは、エロい色気としか感じていなかったが……。


 レイもまた、心の目は悪魔から離さずキッキーをたしなめる。


「キッキー、馴れ馴れしく“ちゃん”付けで呼ばないで、セクハラよ」


「そんなぁ〜。レイちゃんよりランキングが上になったら呼んでもいいって!」


「私たちはU15の《卒業組》だし、U18のプロライセンスの講習をまだ受けていないから、ランキングはリセットよ。ここを使えるのも、あくまでU15の時のランキングがあるからでしょ」


 年度が変わっても、各ゲームメーカー主催の大会やイベントがあるが、やはりランキングが確定するのは、フェスと呼ばれるe7主催のイベントでの結果である。


 春はスプリングフェスがあるが、あくまで既存のゲーマーのためのフェスであり、レイたちのような卒業組がプロとして参加できるe7主催のフェスは、サマーフェスからである。


 もちろん、ゲームメーカーやスポンサーのイベントにプロとして参加するのはこの限りではない。


「じゃあさぁ〜、今度のH&Hのアマフェスでレイちゃんに勝ったら〜デートしてくれるぅ〜?」


「……そうね、あなたが優勝したら考えてもいいわ」


「やりぃ! 言質取ったぜ! あれ? ゲストは四人だったよな? あともう一人は誰だっけ?」


 ブローが重い声で呟く。


「……エレガント・エルフ。お前が一番苦手な相手だ」


「ノオオォォ〜! 運営はどうして俺の恋路を邪魔するのよぉ〜!」


 レイがキッキーの傷口に塩を塗る。


「ちなみに出場はしないけど、マーシャル・メイドもセコンドに付くわよ。せいぜいハニートラップに気をつけなさい」


「ハニトラって、アレは逆セクハラでしょ!? メイドのヤツ、色仕掛けで俺に迫ってくるから!」


「あらそうかしら? いつぞやのフェスの時、気分が悪い“ふり”をしていたメイドを介抱してたとき、胸の谷間や太ももをサングラスの奥から思いっきりガン見してたわよね?」


「って! あの時のアレ、レイちゃん見てたの!?」


「ちなみに彼女はいつもアンダーやスパッツ履いているから、もし見えたとしても下着じゃないからね」


「ノオオォォ〜!」


「当たり前でしょ? あの子はエルフのボディーガードも兼ねているんだから。襲撃者を倒すときにパンチラするのは、漫画やアニメの世界だけよ」


「お、俺の絶対領域が……」


「それにしても、オメガ・オークですら引っかからないトラップなのに、逆にメイドの方が驚いていたわ」


 ちなみのこのトラップに遭遇したオメガ・オークは


『ハーレム持ちの僕チンにハニトラは通じないよ。もっと胸の谷間を出して、メイドスカートをパンチラするぐらい短くして、恥じらいを前面に出せば、バカな野郎ランカーが一人ぐらい引っかかるかもね』


と、珍しくアドバイスをした。


 しかしキッキーはコロッと気分を変え、再びレイにちょっかいをかける。


 このメンタル強さが、キッキーの強さの秘密と言っても過言ではない。


「そんなことよりレイちゃん、またラブ・リリィさんやアイス・アイリスさんのダンスを観てお勉強? たまには俺みたいなイケメンを見てくれよ〜」


「あら、今観ているのはさっき対戦した男の子のダンスよ。イケメンかどうかは……なんともいえないけどね」


「なにぃ〜!?」


 飛び上がるように立ち上がったキッキーは、レイのタブレットをのぞき込んだ。


 同時に掃除機並みの吸引力で、シャワー上がりのレイの香りを鼻から吸い込んで堪能する。


 しかし、レイはソファーの上でお尻をずらしてキッキーから離れ、来海のダンスをソファーの後ろに立つブローに見せる。


「ブロー君、この子の動きを見て何か感じる?」


 ブローはタブレットを受け取ると、シークバーを戻す。


「俺はVR-DANCEのことはよくわからないが……。プロフェッショナルモードで、この体の動き……。かなりの手練れだな。アマの……いや、プロのランカーか?」


「それが履歴を見ると、アマ以下の、一般人がここやゲーセンで遊んでいる程度なのよね」


「……ん? これは……後半のダンスは、どことなくラブ・リリィさんの体のキレに似ているな」


「あっ! そういわれてみれば! この私としたことが……。一番尊敬している方のダンスを失念するなんて!」


(そうか……どうりでいっしょに踊ってて、気持ちいいと思ったんだ……)


「妹ぎみのアイス・アイリスさんと共に、あの御方たちは養成所で講師もしていらっしゃる。おそらくそこの門下生かもな?」


 ここでキッキーが口を挟んできた。


「ねぇ、コイツってどこの学校? 体つきからして俺たちと同じ高校生っぽいけど? てか真っ白なズボンって超ダサくね?」


 レイは答えに躊躇ちゅうちょしたが、周りに聞こえないよう小声で呟いた。


「……星福堂学園高等部の、一年生よ」


「はあぁっ!? 星福堂おぉ!?」


「星福堂と言えば、まさか、オメガ・オークか!?」


 上位ゲーマーとして、二人の血が騒ぐ。


「二人とも落ち着いて。オメガ・オークがこんなスリムなわけないでしょう? 身長も高いし。それにe7の掲示板では、星福堂の受験生にオメガ・オークらしき生徒はいなかったって」


「でもさ〜星福堂には推薦入試はないけど、《特待生》制度があるんでしょ〜? もしかしたらオメガ・オークはそれで入学したかも〜?」


「アレはスポーツ選手や芸能人のための制度よ。学校には登校せず、授業も都合がいい時間に、学園のサーバーからオンラインで配信されるのを受ければいいから……」


「……へぇ〜レイちゃん詳しいねぇ〜。俺はカマかけただけなのにぃ〜」


 レイの表情と体が固まる。


「……レイよ。迂闊うかつだったな。シークバーを戻したら、最初の方であの男を一目見るなり、星福堂の学生と断言していたぞ。白の学生服は多くはないが星福堂のみではない。そんな男子の学生服を遠目で見分けられるのは、星福堂の関係者しかいないからな」


 ブローの言葉に観念したレイはうなだれた。


「……コイツにだけは知られたくなかった」


「へぇ〜レイちゃん星福堂の、しかも特待生なんだぁ〜。ま、まさか! オメガ・オークの後を追って!?」


「わ、私は尊敬するラブ・リリィさんや、アイス・アイリスさんが在籍していた学校だから! それに特待生になったのも、あくまで試験の成績のおかげよ! オンライン授業のおかげで登校する必要がなくて、VR-DANCEの道へ進める決心がついたんだから!」


 話を変えるため、レイは二人に問う。


「そ、そんなことより、二人とも今日はなんでここにいるのよ? いつもはフェスの前の仕上げで来るぐらいなのに?」


「ん〜なんか最近、格闘ゲームエリアで野試合をしている二人組がいるんだよね〜」


「そんなの、いつものことじゃない」


「それが舞台ステージの上でやっているらしいんだ。アソコでプレイできるのは上位ランカーしかいないからさ」


 冷静なブローも言葉に熱が籠もる。


「もしU18やAD(社会人)の先輩方なら、アマフェスを前に胸を借りようと思ってな。あとレイ殿、頼みがあるんだが?」


「なに? 私は対戦しないわよ。疲れたし」


「いや、対戦はしなくていい。実はその二人組の正体を知りたいのだ。彼らは変装、いや、コスプレをしていてな。我々と同行して、なんのキャラか教えて欲しいのだ。そうすれば何か手がかりをつかめると思ってな」


「ふぅ〜ん。でも向こうも正体を知られたくないから、コスプレをしているんでしょ? 放っておけば?」


「ちなみにそのコスプレなんだが、何かのアニメのキャラでな……《黒の王子》? ……《ブラック・プリ……》」


「つきあうわ!」


 跳ねるようにレイは立ち上がった。


「着替えてくるからちょっと待ってて!」


「えっ!? レイちゃんとうとう俺と付き合って……やったぁ!」


 抱きしめようとするキッキーの腹に、


“ドスッ!”


 レイの拳がめり込んだ。


「ぐあはぁ!」


「うむ、VR-DANCEで鍛えている分、いい脚の踏ん張りと腰のひねりだ。護身術を教えた甲斐があったな」


「……って、ブロウてめぇ……俺のレイちゃんにいつの間に……そんなことを教えて……てかこれ……癖に……なりそう♥️」


 恍惚の表情のキッキーは、膝から崩れ落ちた……。

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