第四章 僕チン、初めてのセコンド宣言

第十九話 ミステリアス伯爵の正体宣言

 ― ※ ―


 格闘ゲームエリアへ向かう来海と心雪。


「掲示板の噂?」


 心雪の言葉に来海は首をかしげた。


「そう! e7の掲示板にさ、春休みぐらいから格闘ゲームエリアで野試合をしている“二人組”がいるって書き込みがあってさ、今日僕がe7ランドに来たいと思ったのも、この人たちの生のプレイを観てみたいのもあったんだ!」


「ふぅ〜ん。でもそれって、アマのランカーか下位のプロが、名前を売るためにやっていることじゃねぇの?」


「僕もはじめはそう思ったけど、その人たちは格闘ゲームエリアのミニ舞台の上で野試合を行っているんだよ!」


「お、おい、それって!?」


「そう! さっき来海が教えてくれたことだよ! 舞台のゲームをプレイできるのは上位ランカーさんしかいない! しかも変装して、正体を隠しているんだ! レイさんのように他部門のゲーマーがプレイしているかもしれないけど、上位ランカーと対戦できるなんて願ってもないことだよ!」


 来海は少し考える。


(まだ俺以外とのプロとの対戦は早いと思ったが、ここはゲーマーの意思を尊重するか……)


「だけどいいのか? 舞台の上の筐体なら、さっきのVR-DANCEみたいに、何十人の前でプレイするんだぞ?」


「もう僕は逃げない! たとえ恥をかいても、それをバネにしてトレーニングするよ」


「わかった! 俺もセコンドの練習になるからな。アマのランカーとして、思いっきり胸を借りてこい!」


「うん!」


「ちなみにゲーマーの名前とかわからないのか? 他部門の上位ランカーでも、名前を検索すれば誰だかわかるぞ」


「それが検索しても経歴は不明だし、ゲームの履歴は春休み辺りからなんだ」


 来海はスマホのe7アプリを立ち上げ、格闘ゲームエリアの舞台のスケジュール表を見る。


「ふぅ〜ん。

『ミステリアス伯爵との対戦企画』

『ゲームはH&Hで対戦形式は《1Match3Chara》』」


 ― 1Match 3Charaとは3人のキャラを選ぶところは3Match 3Charaと同じであるが、勝利条件が1Match(3Round)中で二勝することである。


 ただし、一勝一敗一ドローの時は、これまでのRoundの残りライフで勝者が決まる。


 とはいえ、そこは上位ランカー。


 一般やアマのゲーマーが3Round遊べるよう、接待プレイをするのがお約束である。 ―


「『アマ、一般のみ、プロの方はご遠慮ください』

『年齢は問いません』

『お一人様一回限り』

か……」


(お!? この後、ツチノコパニックとチンアナゴ抜きの上位ランカーさんたちの面白企画があるじゃねぇか! 一度生で見たかったんだよな!)


― ※ ―


 ミニ舞台はさまざまな使われ方をする。


 レイのように他部門のゲームを挑戦することもあれば、このミステリアス伯爵みたいに、一般ゲーマーへのファンサービスを行うときもある。


 もちろん舞台上の催しは配信されており、視聴者数やハートマークの数でe7運営より配信料が支払われる。


 ハートマークには金色をした有料のものもあり、ファンが投げ銭も出来るのである。


 しかしそれは格闘ゲームやVR-DANCEのような人気ゲーム部門の話であって、よく言えばコアな、悪く言えばマイナー部門のゲームのランカーたちは、あの手この手で自身のファン開拓に力を入れている。


 例えばこのあと行われる、ツチノコパニックとチンアナゴ抜きの上位ランカーたちは、格闘ゲームを使い、


目隠しして戦う

《目隠しトーナメント》。


筐体に背を向け後ろ向きで操作する

《背中トーナメント》。


手を使わずハンバーガーやフライドチキン、ポテチや煎餅を食べながら戦う

《フードトーナメント》。


逆に手を使わず顔でスティックやボタンを押す

《ノーハンドトーナメント》


一人がスティック、一人がボタンを操る

《二人操作トーナメント》


のような面白企画を催し、自身のファン開拓と収入へとつなげているのである。


 ― ※ ―


「……ってことは、この人たちはサブアカウントでプレイしているかもな」


「サブ……なにそれ?」


「e7のプロテストに合格するともう一つアカウントを持てるんだ。これは主に上位ゲーマーがバージョンアップしたゲームのテストプレイをするときや、他部門のゲームをプレイするときに使ったりするんだ。メインアカウントでプレイすると、履歴や戦歴がそのままランキングに影響しちまうからな」


「そうなんだ。じゃあそのサブアカウントでプレイしているかもね。一応誰かが掲示板にアップした画像があるけど見てみる?」


 心雪はスマホの画像を来海に見せる。


 そこにはゲーミングチェアに座っている青い貴族服を着た人物と、その横で執事のように立っている赤い貴族服を着た人物が写っていた。


 正体を隠すためか、頭には服と同じ色のヴィックを被っており、目の辺りには赤い貴族服の人物は仮面舞踏会で使うような蝶のアイマスクを、青い貴族服の人物は銀色のアイマスクを身につけていた。


 来海は画像を凝視しながらスーパーコンピューター並の速さで解析する。


 そしてだんだん顔の筋肉が弛緩し始めた。


(ブラック・プリンスのパチもんみたいな格好でなにしているんだよエルフとメイドコイツらは……。レインボー・レイが見たらぶち切れるどころかゲーミングテーブルごとひっくり返しかねんぞ……)


「……どう来海、誰だかわかりそう?」


「う、う~ん、変装しているし、もしかしたら他部門のゲーマーかもな。プ、プレイの様子を見れば何かわかるかも……。とりあえず行ってみようぜ!」


「うん!」


 そして格闘ゲームエリアに到着すると……。


「こ、この人たちって、みんな順番待ちしているの!?」


 舞台の正面には大型モニターが、そして両端には、ハの字型にフェスで使用されるe7公認のゲーミングテーブルとゲーミングチェアが、テーブルの上には8kモニターと、e7公認のスティック型コントローラーが置かれていた。


 向かって左側の筐体には、掲示板で噂の二人組が一人は座り、一人はその横でセコンドのように立っており、右側の筐体の前には二十人以上列を作っていた。


「そりゃ、フェスの舞台を体験できて、十倍のゲーム代は上位ランカー持ち。VR-DANCEと違って格闘ゲームは敷居が低いし、ゲーマーなら誰でも一度はプレイしたことがある。おまけに掲示板で噂になっていれば、並ばない方がおかしいよな」


 来海の言うとおり、舞台の上の高級ゲームチェアに座った一般ゲーマーは、まるでお上りさんみたいに椅子の座り心地や舞台からの景色、e7公認のスティック型コントローラーを堪能していた。


 来海は顎に指を当て、行列に並ぶゲーマーを吟味する。


「噂になるだけあって、ガチの格闘ゲーマーたちが並んでいるな。中にはお気に入りのコントローラーを持ち込んでいるヤツもいるぜ」


『準備はよろしいでしょうか?』


 赤の貴族服を着た人物がヘッドセットのマイクに向かって口を開くと、合成音声が舞台のスピーカーから流れた。


「へぇ〜、声まで変えてあるなんて、本当に謎のゲーマーだ」


 心雪は驚くが、来海はジト目で二人を睨んでいた。


(せめて口調は変えろや。!)


『は、はい』


『それでは、1Round六十秒の《1Match 3Chara》を行います。キャラを選んでください』


「んじゃ俺たちも並ぶか」


 来海は列の最後尾に並ぼうとするが……。


「心雪、どうした?」


「だ、大丈夫だよよ、こ、これく、くらいでき、きん緊張なんかす、するわけな、なないじゃん……」


 心雪は列に並ぶ前から固まっていた……。


(口ではああ言ったが、すぐにどうにかできるわけないよな……。いっそのことコスプレさせた方がよかったか?)


『……あなたはヒールゲーマーになりなさい』


 ある人物の言葉が思い浮かぶが


(コーチとして、できれば俺とは正反対のベビーフェイス(善玉)ゲーマーになってほしいけどな。ダイナミック・ドラゴンとまではいかなくとも……ダイナミック……そうだ!)


「心雪、ちょっとこっちに来い! 作戦会議だ!」


「え、あ、ちょっと、制服を引っ張らないでよ〜」

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