第十二話 心雪のウェディングドレス宣言

 ― 二人はe7ランドに到着する ―


「うわ〜ひっろ〜い。それに人もいっぱいだぁ〜!」


 心雪は小学生のような無邪気さで、e7ランドを眺めていた。


(なんだ、学生服姿の中学生や高校生も結構いるな……。しかもカップルで……。クソッ! リア充め! おっと、俺たちもカップル……なのか?)


「あ、e7のマスコット、《イー君》と《セブンちゃん》だ。子供たちがいっぱい集まっている!」


 イー君はアルファベットの"e"から手足を生やした着ぐるみで、セブンちゃんは頭の大きい女の子の着ぐるみに、胸とおへそを隠すように"7"の数字がプリントされていた。


「あ! あそこにはゲームキャラのコスプレをしている人もいる!」


 もはや心雪は、子供のようにはしゃいでいた。


「ゲームキャラどころか、プロゲーマーのコスもレンタルしてるんだ。どうだ、心雪も着てみるか? どうせならダイナミック・ドラゴンさんの衣装で?」


 来海はいやらしくニヤけるが、心雪は途端に冷静になり


「……う〜ん、兄のコスプレするぐらいなら、死んだ方がマシだね」


 さらっと兄であるダイナミック・ドラゴンをディスっていた。


「あ、でも、ゲームキャラのコスプレで出場するって手もありだね」


(心雪のお○ぱいなら《H&H》のくノ一キャラ、霧乃だけじゃなく、どんな女キャラのコスでも似合うか。いや、むしろ男キャラのコスで男装の麗人ってことも……)


「ちなみに《H&H》のフェスだからな。観客はともかく出場者が違うゲームのキャラのコスをするとひんしゅくを買うぞ。ま、中には道場破りと称して違うゲームのキャラコスをするゲーマーもいるけどな」


「へぇ〜そうなんだ」


「まぁまだ時間がある。当日の衣裳もゆっくり考えればいい。まずはどこへ行く?」


「え、え〜と……。とりあえずお昼がまだだから……」


「オッケー! 飯食いに行こうぜ」


「うん!」


 e7ランド内の大食堂では、各ゲーマーにちなんだメニューが取りそろえられていた。


(いつもは競技場内のレストランで飯食ってたから、ここに来るのは初めてだな……)


「心雪はどうする?」


「せっかく来たから《オメガ丼 大盛り》を食べてみよ~っと」


(大盛りか……意外と食いしん坊、いや、食いしんじょうか? まぁあのお○ぱいを見れば納得するわ)


 オメガ丼とは、オメガ・オークをイメージした丼で、地元の豚を使った豚丼の上に豚鼻をあしらったダブル目玉焼きと、薬指を表す新生姜の甘酢漬けが添えてあった。


「んじゃ俺は……(ここは空気を読んで)久しぶりに《ダイナミック丼 大盛り》にするか!」


(ホントは食いたくないけど……)


 ダイナミック丼とは、ご飯の上に地元の牛肉を使った牛丼、地元の豚の味噌カツ、地元の鶏の唐揚げが乗った三色丼で、ボリューム満点の丼である。


 来海が現役時代、この二つのメニューは両者のランキングのように、売り上げナンバーワンを争っていた。


 ちなみにダイナミック丼は言わずもがな、女性ファンが小盛りを

「キャッキャウフフ!」

しながら写真に撮って食べていたが、オメガ丼は……。


『オメガ・オークのクソ豚野郎!』

『おとなしく俺様に喰われちまえ!』


と叫びながら、アンチが食べていたのである……。


「あはっ! この目玉焼き、本当にオメガ・オークさんの豚鼻みたい!」


「ダイナミック・ドラゴンのチキン野郎め。“今日も”喰ってやる!」


「「いっただっきまぁ〜す!」」


 二人は一気に丼をかき込んだ。


「へぇ〜。豚丼に目玉焼きって結構イケるね。甘辛のタレに半熟の黄身とパリパリの白身の組み合わせが癖になりそう!」


 来海は心雪の口元に目がいく。


『来海……。“きみ”の“白身”って、美味しいね。癖になりそう……』


(ええぃ! 俺は何を考えているんだ! デートと聞いて浮かれているのか!?)


 丼を平らげた二人は、おなかをさすりながら大食堂を出た。


「ふぅ……おなかいっぱい! 来海、大丈夫?」


「お、おう。オメガ・オークさんがフェスで戦っている間は、配信を見ながらここで喰っていたからな」


(っかしいな。前はあれぐらいペロリだったんだが。やっぱ痩せた分、胃も縮んじまったか?)


「来海、食後の運動がてら、ちょっと見ておきたいところがあるんだ」


 心雪が向かう先は、巨大ドーム型競技場の周りに中、小、計六つのドーム型競技場が点在する、ゲーマーにとっての聖地、


eGG7エッグセブン》であった。


 巨大ビジョンからは、明日行われるスプリングフェスの案内が大音量で流されていた。


『e7春の陣! スプリングダンスフェス、いよいよ明日開催! 春を征するモノは一年を征す! 淑女&紳士ゲーマーの舞をとくとご覧あれ!』


(ああ、明日、《VR-DANCE》のAD(大人の部)のフェスがあるのか。姉貴たちが打ち合わせって言ってたのはこれのことか?)


 VR-DANCEとは、U18から行われる種目であり、プレイヤーは現代のよりも小型、軽量のVRゴーグルを装着し、踊りながらゴーグルに映し出されるバルーンを手足で割ったり、輪っかに腕や足を通したり、さまざまな形のラインを手足でなぞっていくゲームのことである。


 風船やラインは様々なダンスのステップや技をなぞるように配置されており、プレイヤーはそれを瞬時に判断し、いかに早く技を繰り出し、割った数やシンクロ率を競うのである。


 もちろん他のe7公式競技に倣い、対戦形式で行われる。


 さらにこの競技が人気なのは、どちらの技がよりクールでセクシーなのかを観客も採点できるからである。


 とくに女性ゲーマーはセクシーな衣装から繰り出されるダンスや、いわゆる乳揺れ、スカートから垣間見えるアンダーやスパッツが男性客のみならず女性客をも虜にする。


『……ここで優勝候補のトップランカーを順に御紹介しましょう!』


 そして来海の姉であるスリットドレス姿のラヴ・リリィと、アイス・アイリスが紹介されると


「うわぁ〜やっぱりお二人は素敵だなぁ〜!」


 心雪は少女のように瞳を輝かせながら、ビジョンに映る二人を眺めていた。


「心雪、ファンなのか?」


「ファンどころか、女性ゲーマーの憧れだよ。おしとやかで、上品で、気品があって、スタイルもよくて、おまけにいろいろなジャンルのゲームのランカーなんだからさ〜!」


(最後とその前以外、家ではすべて正反対だったけどな……。てか、こいつらは心雪が入部したい電子遊戯同好会を、廃部寸前までメチャクチャにした張本人だぞ……)


弟妹ていまいがいるって聞いたけど、あんな二人がお姉さんなら、僕と違って幸せな子供時代だったんだろうなぁ〜」


(その不幸な弟が、お前の隣にいるけどな……。そんなに欲しいなら熨斗のしを付けて……待てよ? 合法的に心雪の“お義姉さん”になる方法もなくはない……?」


 来海は心雪の横顔に、ウェディングケープとティアラを重ね合わせる。


「てぇ! 俺は何を考えているんだぁ! むしろそれを着けるのは姉貴たち……)


 さらに来海は、もう一つの合法的な方法も思いつく。


『来海君、お姉さんはボクが幸せにするから、これからは“お義兄さん”と呼びたまえ』


(いやだぁ〜! ダイナミック・ドラゴンをお義兄さんなんて呼びたくねぇ〜!)

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