第八話 最凶コーチの誕生宣言

(……なんだ、自分でゲー友だって言っておきながら、心雪をゲー友と認めていなかったのは、俺の方じゃないか……。そうだよな。ゲー友なら、ゲー友の為に、全力を尽くすのは当たり前だよな……)


 来海はぽつりと呟く。


「……デブと巨乳は、プロゲーマーになれないのにか?」


「……うん、聞いたことある。e-スポーツ界の常識なんだってね」


「俺はオメガ・オークさんに教えてもらった。巨乳はさっき言ったとおり、そしてデブは肉体すべてにおいて、ゲームをするには不利な体……。でも、オメガ・オークさんはあの体でグランドスラムを達成して伝説になった……」


 来海はまっすぐな目で心雪を見る。


「心雪! お前は巨乳だけど、e-スポーツ界の常識を覆してプロになりたいか!?」


「オメガ・オークさんに倣って、胸の大きい僕もやってやるよ!」


「放課後、俺や他のゲー友とバカ騒ぎする学園生活を送ってもいいんだぞ?」


「ゲー友と遊ぶのはいつでも出来るけど、プロを目指すのは今しかない!」


「今日会ったばかりのヤツをいきなりコーチにしていいのか? ちなみに、俺は人に教えるのは初めてだぞ?」


「僕もゲームを教わるのは初めてだから同じだよ。だから関係ない。来海を信じるよ!」


 心雪の顔に近づきながら、来海の体が少しずつ起き上がっていく。


「俺のトレーニングで、必ずしもランカーになれるとは限らないんだぞ!」


「どんなトレーニングでも、僕は必ず上位ランカーになってやる!」


「トレーニング中、ゲロや血反吐を吐くこともあるし、プロになったら化物ゲーマーに魂を破壊されることなんてザラなんだぞ! それでもいいのか!?」


「あの舞台に立ててしかばねになるなら本望さ!」


 来海はベンチの前で立ち上がると、心雪に向かって拳を突き出した!


「だったらこの拳に誓え! 俺をコーチとして認め、俺を信じ! 俺に従い! 俺をセコンドとしてフェスの舞台へ連れて行くとな!!」


 心雪も立ち上がり拳を突き出すと、来海の拳と合わせた。


「来海をコーチとして、来海を信じ、来海に従い、来海といっしょに、必ずフェスの舞台に立ってやる!」


“パチパチパチパチパチパチパチ!!”


「へっ!?」

「えっ!?」


 いつの間にか校内を見学中の新入生とその父兄たちが二人を取り囲み、惜しみない拍手を送っていた。


「ええええぇぇ!?」


 半ばパニックになる心雪であったが来海は


「あ、どうもどうも。もったいない拍手をありがとうございます! ですが見世物ではありませんので、どうかお引き取りください」


と、見物人に向けてペコペコ挨拶していた。


『新入生並びに御父兄の方々へお知らせします。間もなく閉門時間となります……』


 校内放送を合図に、新入生とその父兄たちが正門まで移動していく。


「んじゃ俺も帰るか。心雪はどうするんだ?」


「まだここにいるよ。僕は寮生なんだ」


「ん? 中等部では家から通ってたんじゃなかったのか?」


「実は寮へ入ることを条件に、プロへ挑戦することを許してくれたんだ」


「そっか、んじゃまた明日な」


「バイバイ! 来海コーチ!」


“ハッハッハッハ!”と互いの笑い声が中庭にこだまする。


(コーチか。なんかいいな。それにしても”オメガ・オークの付き人設定”を考えておいてよかったぜ……。アドリブでへなちょこゲーマー共みたいな決め台詞も……とはいえ、前途多難だな……)


 来海自身、姉たちからしごかれ、爪が割れ、腱鞘炎、肩こり、腰痛、あわや痔になるほど特訓したゲーマーである。


 しかし、自分で出来たことが他人も出来るとは限らない。


 トレーニングのさじ加減、飴と鞭、緩と急、ペース配分等、コーチやトレーナーがもっとも頭を悩ませるのがこれである。


 ……さらに、もう一つ懸念があった。


 来海は左肩をゆっくりと回し、左手をにぎにぎする。


(肩を動かさないゲームパッドでは何とかなったな……。医者は肩は完全に治って後は精神面だと言ってたけど……)


 追い出しフェスで限界以上に肉体も精神も酷使した後の怪我が、来海の魂に新たな傷痕きずあとを残していた。


(ま、やれるだけやってみるか!!)


 グランドスラム達成直前よりも熱い高揚感が、来海の体を満たしていった。


 ― 星福童学園の女子寮 ―


 自分の部屋に戻った心雪は制服、カッターシャツを脱ぎ、白い下着姿でベッドに横たわると、対戦が終わった後の来海の姿を思い出す。


(僕との対戦中、彼の体には……桜の花びらが……まるで雪のように降り積もっていた……。それだけ集中していたのか……それとも……)


 いろいろな習いごとをしていた心雪は、それぞれの師匠の言葉を思い出すが、どれも共通していた。


『《せい》と《》を会得したモノこそ、その《道》の覇者となれます』


『先生、《どう》は必要ないのでしょうか?』


 心雪が質問するも


『相手から見える《動》は無駄な動きです。逆に自ら止まることは死を意味します。相手から《静》と思えるこそ、究極の《静》です。逆に自分が止まるのでは無く、こそ、究極の《止》です』


『よく……わかりません』


『私も未熟ですので貴女あなたに教えることはできません。もし貴女が自分の進む道を見つけ、その前に立ち塞がる者が現れたとき、

『斬られたことすら気づかなかった』

『勝ったと思ったのに負けていた』

貴女にそう思わせた方こそ、貴女の進む道の師と仰ぎなさい』


「……ゲームをする彼の体はどう考えても少しは動いていた。だけど桜の花びらは彼をただの石だと思い、その上に降り積もった……。これが究極の《静》なのだろうか……?」


 心雪は来海との対戦を思い出す。


「僕が勝ったと思ったのに、実は負けていた……」


 心雪は壁に掛かった『遊戯道』と書かれた額縁を見る。


 それは来海の父が経営するゲーム喫茶にかけられていたモノのコピーで、プロを目指すと言ったらプレゼントしてくれたものだった。


(遊戯道……電子遊戯同好会は活動休止中だけど、僕は僕の遊戯道を進む!)

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