第七話 来海の設定宣言

 ― e7には三種類のゲーマーが存在する。


 一つ目は無料のユーザー登録した、一般人のゲーマー。


 ユーザー登録すれば、観戦チケットを申し込めたり、ゲームをプレイするたびポイントが付いて、グッズをもらえたりするのである。


 二つ目は、会費を払って登録するアマチュアゲーマー。

 

 観戦チケットが優先的に買えたり、ランキングによって、アマチュアの大会に出場でき、上位者には賞品がゲットできるのである。


 そして三つ目はプロテストを受け合格したプロゲーマーである。


 しかし、プロゲーマーの競技年数は短いと言われる。


 ライセンス自体は運転免許証のように更新料を払い、簡単なテストと講習を受ければ保有し続けることが出来る。


 しかし、無数のスポットライトやレーザービームが舞い、何千何万の観客が注目する舞台に立てるのは、U15格闘ゲーム部門を例にすると、プロライセンスを持つ千人以上の中から、ランカーと呼ばれる数十人足らずである。


 たとえランカーになっても、毎年、新しいプロが次から次へと誕生し、自身の地位を脅かしていく。


 来海自身、そういったモノたちを蹴散らして、グランドスラムを達成したゲーマー。


 そして、夢を諦めたモノは更新を行わず、ライセンスが自然消滅したり、アマチュアや一般ゲーマーに戻るのである。―。


「この学ランを着れば胸の心配はなくなるけど、さすがにルール違反だからね……」


「……そういうことか、わかった。俺もできる限り協力するからよ」


 その言葉に心雪は意を決して、来海に向かって思いを吐き出す。


「……来海、今日初めて会った君にこんなことを頼むのは図々しいけど……」


「なに言っているんだ? もう俺たちはゲー友だろ!? グータッチした仲じゃないか! 何でも言ってみな」


「さっきはああ言ったけど、やっぱり僕、プロになりたいんだ! あの世界を! 舞台ステージを! 体中で感じてみたいんだ! だから……僕のゲームコーチになってよ!」


(そう来たか……)


「来海は外部入学者だから知らないと思うけど、高等部には昔から、《電子遊戯同好会でんしゆうぎどうこうかい》があったんだ……。でも去年、先輩部員たちが夏休み明けの生徒会選挙に当選して、そのまま活動休止してしまったんだ……」


(はい、よく存じております。表向きはそうですが、本当は百合香姉さんと綾女姉さんが廃部寸前まで暴れ回ってたからです……)


 さらに心雪は来海を推す。


「それに来海は、なんか……初めて会った気がしないんだ……。あっ! へ、変な意味じゃないよ! いや、変……じゃない……かな?」


(なにを一人で慌てているんだ? まぁe7の配信番組で、俺がデブだったころの姿を何十回と観ているだろうからな。未だにバレないのが不思議なぐらいだ……)


 来海はゆっくりと口を開く。


「心雪……」

「うん!」


「……こればっかりは、他を当たってくれないか?」


「……どうして!? アマ九十七位だけど僕の目は節穴じゃない! あんな接待プレイが出来るなんて、プロか、プロに関わった人だ! プライベートまで踏み込む気はないけど、ゲー友として、ゲームについてはちゃんと話してよ!」


 心雪の気迫に押されて、来海はベンチの上で押し倒される。


 まっすぐな目で来海を見つめる心雪。


(仕方ない、自己紹介で話そうとした“あの設定”を使うか……)


「心雪。お、俺は……実は……」


「うん」


「オメガ・オークさんの、付き人だったんだ……」


(スマン心雪、やっぱ俺は自分の正体を明かせないヘタレ野郎だ……)


「付き人……って、来海がオメガ・オークさんのコーチ、トレーナーだったの?」


「いやいやいやいや! そんなわけあるかぁ! 俺も心雪みたいにプロになりたくてオメガ・オークさんに弟子入りしたんだ。そうしたらパシり、つまり、雑用とか使いっ走りとかさせられたんだよ」


「ああ、お師匠さんの荷物持ちみたいなモノだね。あれ? 来海に感じた既視感って、フェスの配信番組とかで見かけたからかな?」


「いや、それはないと思う。オメガ・オークさんはセコンドを付けない人だから、フェスやイベントの時、俺はずっと会場の外にいたんだ」


「え、なんで? 付き人ならオメガ・オークさんと一緒にいるんじゃないの?」


「あの人は敵が多い。上位ランカーにはe7から警備員が付くけど、付き人にはそれがないからな。観客のヘイトが俺に向けられるかもしれないから、会場には入ってくるなって言われてたんだ。実際、オメガ・オークさんはペンキをぶっかけられたしな……」


「……そうなんだ。それで来海はオメガ・オークさんに教わって、プロになったの?」


「教わると言うより、昔の野球監督みたいに愚痴を聞かされながら、暇つぶしにいろいろなゲームの対戦相手をさせられたぐらいだけどな」


(本当は真夜中だろうと、フェスから帰ってきた姉貴たちの世話をした後、反省会と称して愚痴を聞かされながら無理矢理相手をさせられたんだけどな……)


「だからゲームがうまくなったんだね!」


「それはなんともいえない。だけど、やがて俺は……プロになるのを諦めたんだ……」


「えっ!? なんで!? 来海のあの腕なら上位ランカーになれるかもしれないのに……?」


「プロになったら、なんとかランキング百位ぐらいまでは行けたかもしれない。でもオメガ・オークさんの近くにいるからわかっちまったんだ……。特に上位ランカーと呼ばれる二十五位から上は、《ゲーマーの化物》が戦う世界だとな……」


「ゲーマーの……化物……」


"ゴクリ"と心雪は喉を鳴らす。


「プロになる前に逃げ出した俺に人を教える資格はない。もう一度言うが、こればっかりは他をあたっ……」


「あたらない! 僕は今までずっと孤独だった。中等部にはゲームのことを話せる同級生はいなかった! 高等部に行けば電子遊戯同好会に入れるからって、やりたくない習い事を我慢してやってた! ……でも、その希望すらなくなった……」


 心雪の瞳が水晶のように輝く。


「……だけど! ゲームの神様は僕を見捨てなかった! 来海というゲー友に会わせてくれた! 来海といっしょに戦って、いっしょに泣いたり笑ったりしたいんだ!!」


 ― ※ ―


『……デブと巨乳は、お姉さんのようなプロゲーマーになれないわよ。……だから、孤独なヒールゲーマーとして生きてゆきなさい』


『……大丈夫よ。身の安全は保証するから。観客のヤジや掲示板であれこれ書かれても気にしないで……。小さい頃、その体でイジメられた時みたいに……』


『……お父様のお店は順調みたいね。我がe7がお手伝いした甲斐があったわ』


 来海の脳裏に再びフラッシュバックする、過去のトラウマが、

で再生された。


 ここまでやれば十分だと、運営にはグランドスラムを条件に活動休止した。


 追い出しフェスでは、ゲーマーたちから放たれたやいばのような殺気を一身に受けながら、全身全霊を掛けて戦った。


 スティックを動かし、ボタンを連打し、これからは、高校に入学したら、泣いたり笑ったり、バカ騒ぎするゲー友を作ろうと……。


 やがてゲー友は唯一無二の親友になる。


 親友が片思いの女子に告白しようとしたら、来海はその体でピエロになる覚悟があった……。


 親友が赤点になって親にゲーム禁止を宣告されたら、来海もゲーム断ちをして、ともに勉強すると……。

 

 そして来海は、オメガ・オークは、すべてのバトルが終わった瞬間、燃え尽きたように崩れ落ちた……。

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