第六話 こんなイケメンが女の子なわけだった宣言

 人は、思いもよらぬ出来事に遭遇すると、時が止まるのを感じるという。


(あれ? なんで心雪……ダイナミック・ドラゴンよりイケメンなのに……俺の唯一のリアルゲー友なのに……爆裂たゆんたゆん反則おっぱいがくっついているんだ? しかも姉貴たちよりも、コンパニオンの寄せ寄せアゲアゲよりも……いや、半年前の俺よりも……デカいのが……) 


「あ、あの……来海……」


 来海は心雪の胸に顔を近づけてガン見していた。


「ああ、わ、わるい! てってっきり、エ、エイプリルフールかハロウィンか、コ、コスプレ祭りかと! ……ゴメン」


「いいよ、見られているのには慣れているし……。それに堂々とガン見されたのは初めてで、逆に清々しかったよ。なんならカッターシャツの下も見てみる? 別に減るもんじゃないし。いや、むしろ減って欲しいのかな……?」


 心雪はからかうように微笑んだ。


「い、いや、も、もういい、じゅ、十分わかった! た、確かにその胸が少し揺れただけで、スティックへの素早く正確なコマンド入力が阻害されるな……。プロの大会では予選から《3match&3chara》や他の競技方法を一日何戦も行う。上半身のバランスをとるために、肩、腰、脚にも負担がかかって……」


 再び来海は心雪の胸をガン見しながら、顎に指を当て真顔で冷静に分析した。


「さすがだね。『そんなことない』って慰めるよりも、バッサリ切り捨てるなんて……」


「てかなんで学ランを着て……? あ! わ、悪い……また……」


 母親の言葉を思い出した来海は、再び謝罪した。


「いいよ。別にそこまでのことじゃないから。高等部へ入学前に

『胸を隠す制服はないですか?』

って購買部のおばあさんに尋ねたら、

『女の子用は無理だぎゃ。だから男の子用のを"ゴニョゴニョ"して仕立て直ししちゃるわ。ふぁっふぁっふぁっふぁ!!』

って、これをくれたんだ」


(父さんの言ってた都市伝説は本当だったんだ……)


「その制服で学校は大丈夫なのか?」


「うん、この学校は制服の男女制限はないし、僕は小さい頃から男の子への憧れってのがあったんだ。かっこいいって言うか……さっきのグータッチもそう……。それに、“ある人”がこういう制服を着ていたから逆に嬉しかったさ」


「へぇ〜そうなんだ」


(下手したら俺も母さんの企みで、今頃女子の制服を着ていたかも……)


 心雪は遠い目をしながら語り始めた。


「でもうちは古い家風でさ。

『女の子は女の子らしく』

って、小さい頃からいろいろな習い事をさせられたんだ。でもどれも面白くなくて、毎日が苦痛だったんだ……」


 家風って言葉を使う辺り、来海は心雪がお嬢様であると推測した。


「あれは小六の時だったかな。夕立に遭って喫茶店の軒下で雨宿りしてたんだ。そうしたら店長さんが

『お嬢ちゃん、中に入ってこやぁ』

って声をかけてくれて。入ったらそこは、テーブルがゲームモニターのゲーム喫茶だったんだ」


(ひょっとして父さんの店か?)


「お客さんはおじさんおばさん、おじいさんやおばあさんばかりだったけど、みんな子供のように勝った負けたではしゃいでた。雨宿りさせてくれたお礼にジュースを注文して、電子マネーでゲームをやってみたんだ」


「何をプレイしたんだ?」


「ポリゴンじゃなくドット絵の単純なシューティングゲームだったけど、初めてプレイしたのに最高点を更新してさ。周りの人が驚いて、そして……褒めてくれたんだ……」


「すごいじゃないか!」


 思い出をかみしめるように、心雪は両の指を組んでまぶたを閉じた。


「生まれて初めてだったかな。何かをして誰かに褒められたのって……。こうしてこっそり通ってたら父にバレてさ。

『中学は名門の星福堂学園に入学する』

を条件に許してくれたんだ」


(昔、父さんが

『来海と同年代の女の子をナンパして、喫茶店おみせに連れ込んだ』

と喜んでたら母さんにしばかれたけど、アレは心雪だったのか……?)


「星福堂学園の中等部に入学しても、習い事の帰り、週一、二ぐらい通ってたんだ。そして、店内にある大きなモニターには、e7のネット配信番組が流れていてね。そこで……彼に出会ったんだ……」


(俺か!? どうせ俺だろ!? このオメガオーク様だって大きな声で言っちゃいな!!)


「その人の名は……」


(うんうん)


「来海も知っている……」


(君の目の前にいるのが、そのオメガ・オーク様でぇ〜す!!)


「ダイナミック・ドラゴン。数年前に生き別れた、僕の双子の兄だったんだ……」


(……けっ! まぁ〜たダイナミック・ドラゴンかよ。この女殺しならぬ妹殺し……)


「へっ?」


「強かったよ。顔はともかく、妹から見ても女の子が夢中になるのがわかるパフォーマンスだった……。下手なアイドルよりも輝いていたんじゃないかな……」


「おにいぃちぃゃあぁん!?」


“空腹時の豚以上の反応速度”


けなされたオメガ・オークの超速反射神経だったが、口から出た言葉は、昭和の衛星放送以上のタイムラグだった。


「そんな兄も、ついに負けるときが来たんだ。そう、あの! オメガ・オーク“さん”にぃ!!」


(……終わった。俺の高校生活。さようなら……初めてのゲー友よ……。やっぱり俺は自分を偽ることは出来ない。心雪には正直に……)


「な、なぁ心雪。実は俺……」


「ボコボコに叩きのめしてくれてスカッとしたよ! ただでさえウチは男尊女卑の家で、それが当たり前と思っていたけど、ここの中等部に入学したら今はそんな時代じゃないって教えられてさ。ちなみに小学生の時の兄は外面はいいけど、家では長男だからって威張りくさってたんだ!」


「えっ? えっとぉ……?」


「向こうは最新のスマホやパソコンを買ってもらえるのに、僕にはお下がりばかり! しかも兄はプロになって堂々とゲームしているのに、僕は隠れてレトロゲーム!」


 興奮した心雪であったが、すぐさま訂正する。


「あ、レトロゲームが悪いわけじゃないよ。店長さんもお客さんもよくしてくれたし、ゲームはどれも楽しかった。ゲームって画面が綺麗で、3Dがヌルヌル動けば面白いって訳じゃないからね」


(心雪よ……今の台詞、プロになったら絶対言ってはいけないぞ……)


「……そして今度は、兄じゃなく、オメガ・オークさんに興味が出てきて、いろいろと調べてみたんだ」


(おっ♪ 形勢逆転か!? よく聞けば俺のことを“さん”付けしているし。やっぱり正直に言うに限るよな♪)


「心雪! 実は俺!」


「……調べれば調べるほど、非道いゲーマー以外の言葉が出てこなかったよ。むしろ来海の方がよく知っているんじゃないかな?」


(はい、よく存じ上げております。何せわたくしめがその非道ゲーマー本人、オメガ・オークそのものですから……)


「でもさ……だんだん、オメガ・オークさんを違った目で見るようになったんだ……」


(あ~もうどうでもいいよ。好きにしてくれ……)


「なんで、あんなに観客から罵倒されても、掲示板にむちゃくちゃ書かれても、ペンキをかけられても、負けたら兄にチェーンソーでぶった切りにされるかもしれないのに……」


(……最後は永遠に起きないから安心しな)


「他のゲーマーさんも、あんなにオメガ・オークさんにボコボコにやられてディスられているのに、兄に至っては、プライドどころかオチ○チンもへし折られているだろうに……なんでゲームをしているんだろう? って……」


 さらっと実の兄をオメガ・オーク以上にディスっている心雪だったが、来海は心の中で茶々やツッコミを入れずに、ただ真顔で、心雪の瞳を見つめていた。


「もしかしたら、そこまでされてもゲームしたい、あの《舞台ステージ》に立ちたい何かが、あの世界にはあるんじゃないかな……って、考えるようになってさ。そして……」


 心雪は来海へ真剣な顔を向けると、輝く瞳と美しい調べを奏でる。


「それがなんなのか知りたいから、僕はプロになりたいんだ!」


“ドクン!!”


 来海の魂が揺さぶられる。


 心雪の目は初めて見る、純粋無垢なゲーマーの輝きであった。


 プロになりたいモノはさまざまな目をしている。


 金や賞品目当てのモノ。


 己の承認欲求を満たしたいモノ。


 グラビアアイドルや動画配信者のように本業の糧としたいモノ。


 推薦入学等の学業、ゲーム会社への就職等、将来へのステップアップにしたいモノ。


 そして、


『デブと巨乳は、e-sportsに向いていないわよ。貴方がこの先プロとして生きたかったら、孤独なヒールゲーマーになって、他のゲーマーからは引き立て役、観客相手には道化師ピエロになりなさい……』


 無理やりヒールゲーマーのキャラ付けをさせられたモノ……。


 心雪の目はそのどれでもない、まだ見ぬ世界を探求したい、冒険者の目であった。


「……でも、プロテスト自体はなんとか合格できるとしても、舞台に立てるランカーには到底なれないって……認めたくないけど……わかってきたんだ……」


 心雪は学ランのボタンをはめながら、熱い血が通う声を出す。


「それでも僕はプロになりたい! だからといって、この体でグラビアアイドルみたいなゲーマーにはなりたくない! あのオメガ・オークさんだって、倒れるほど全力を出して、そして兄たちに勝ったんだ! 諦めるのならせめて、倒れるまで足掻いてみたいんだ!!」


“ドックン!”


 再び来海の魂が揺さぶられた。

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