第二十三話 サキュバスの狂気と特訓相手宣言
― 《御殿山の悪魔》 ―
この二つ名はサキュバスのコスプレや、グランドペンタスラムを達成したから名付けられた訳ではない。
己がゲームをするためなら、あらゆる障害を排除するからである。
サキュバスはオメガ世代の五人と戦いたいがため、稼いだ賞金にモノを言わせて、他部門の上位ランカーが抑えた舞台すら買い取ってしまった。
もちろんこれを非難する権利は誰にもない。
e7の施設内においては、法律とルール違反以外、
『なんでもあり』
『オールオッケー』
を謳っており、さらにサキュバスは正規以上の対価を払って舞台を使う権利を買ったのである。
『し、しかしまだ一般ゲーマーの皆様が……』
エルフはなんとか声を絞り出すが……。
『もうここにいる観客は一通りプレイしたんでしょ? だったら次はボクの番だよ』
『くっ』
エルフは唇を噛みしめた。
その耳にレイが囁く。
“エルフ、このeFG内にアーバン・ユニコーンさんがいらっしゃるわ。あの人がいればサキュバスさんを止められる。おそらく今頃血眼になって探していらっしゃるから、何とか時間を稼いで……”
そしてメイドがブロウとキッキーに話しかける。
「……こうなっては致し方ありません。わたくしめが露払いとなりますので、後はお二人とレイ様で……」
「うむ! 心得た!!」
“バシッ!”
ブロウが左手に拳を当て気合いを入れ
「俺たちで何とか食い止めねぇとな。万が一、ランキング三位までが野試合で潰されちゃ、U18の舞台で俺たちが舐められちまう!」
普段ひょうひょうとしているキッキーすら、闘志を燃やしていた。
もっともキッキーの場合、相手が女性ゲーマー、しかもエッチな体をしているゲーマーほど、より戦闘力が上がるのであった。
しかし、サキュバスは悪魔のように囁く。
『……あれぇ〜何か君たち勘違いしてなぁ〜い? ボクは一人ずつ、33・99をするつもりだけどぉ〜? だから朝までこの舞台を抑えたんだよぉ〜』
『!!』
格闘ゲームエリアが震えた!
「お、おい、それって一体いくらクレジットを使うんだ!? えっと、297かける5は……」
「アホ! そんなことよりラウンド数だ! 3Match3Charaの1ゲームを勝つにはストレートで5勝! つまり最低5Round! それが297回! それを五人相手するってことは、総Round数……」
観客の疑問に答えるようにエルフが素早く計算し、サキュバスに問う。
『……スリーピング・サキュバス様。本当に1485クレジットお支払いになって、わたくしたちと7425Round、闘いなさるおつもりですか?』
『そうだよ。あ、ちょっとちがうかな』
あっけらかんとサキュバスは答えると“カチャカチャ”とスティックを動かしボタンを押す。
……すると。
『おおぉ!』
ゲームのコンフィグ(Config:設定)画面が現れた。
『1ゲームの勝利条件は先に9勝にしよぉ〜と! ってことはぁ〜最低でも13365Roundだね〜。あと、Round前の無駄なシーンは省いて……』
「!!」
サキュバス以外の人間が目を見開いた!
『えっとぉ、朝九時まで十八時間として、64800秒。割ることの13365Roundだから、1ラウンド辺り4秒ちょっとか……。さすがにオメガ世代相手に1ラウンド4秒では倒すことは出来ないよね』
『でもオメガ世代相手ならさすがのボクも不覚をとっちゃうかもぉ~。待てよ、ワザと8勝8敗までもつれ込めばもっとたくさん遊べるなぁ〜』
『ま、いいか、明日は日曜日だし、とりあえず朝九時まで
次から次へと唱えられる悪魔の呪文。
それをサキュバスは、まるでゲー友を徹夜ゲームに誘う口調で話す。
『いやぁ〜この筐体ってもともと99クレジットまでしか入金できなかったんだけどぉ、ボクが運営にお願いして増やしてもらったんだよ。それでも297までしかダメだって。無制限は無理でもせめて999クレジットまで頑張れよって話だよね。ハッハッハッハ!!』
狂気に笑うサキュバスに、観客どころかオメガ世代のゲーマーすら声も出なかった。
『エルフちゃんだっけ? 君たちがこの舞台でH&Hをプレイしていたのって、イベントのためじゃなく、本当はフェスの為にアマや一般ゲーマー相手に野試合をしていたんでしょ?』
エルフは何も答えなかった。
『悪いことじゃないよ。アマや一般ゲーマーって、時々プロのボクたちが思いも寄らない戦術をとるからね。むしろ殊勝な心がけさ。そんな君たちの為にボクが一肌脱ごうって思っただけだよ。あ、暑くなったらセーラー服を脱いじゃうから、観客のみんなも楽しみにしてね~♥️』
サキュバスの顔が淫魔のそれになるが、喜ぶ観客はいなかった。
『君たちは運がいいよ。U18になってフェスで初めてプレイするH&Hを、ボクが直々に特訓してあげるんだからさぁ〜。あ、でも昨年度、ボクはH&Hのタイトルを取れなかったから、特訓してもらうのはこっちかぁ〜! そういえばスリーSもあったねぇ! どうせならいっしょに特訓しよっかぁ〜!?』
そしてサキュバスは、嬉々として野試合のルールを話す。
『もちろん一人が一気に297クレジット分プレイしろとは言わないさ。お手洗いや食事、水分補給の休憩、睡眠も交代でとってもいいよ。あ、ボクのことは心配する必要ないよ。引きこもっていたとき、これぐらいのぶっ通しプレイは日常茶飯事だったからね。でも水分補給とお手洗いぐらいは行かせてね〜』
フェスでの塩対応に比べて生き生きと話す今のサキュバスを見た観客は
「く、狂ってやがる……」
「これが……悪魔の本性ってヤツか……?」
「やっぱ、パネェや……」
と、口々に言葉が漏れた。
格闘ゲームエリアの舞台から漂うただ事ではない雰囲気やSNSにより、舞台の前の観客席は立ち見客が何層も取り囲み、その数はゆうに百人を超え、さらに集まってきた。
レイがメイドを呼びつける。
『マーシャル・メイドさん、ちょっと……』
「なんでございましょう、レイ様」
レイはヘッドセットのマイクを切ると、耳元で囁く。
“今日の対戦相手の中に、《星福堂学園の白い学生服を着た二人組》はいたかしら?”
“いえ、そんな方々、プレイどころか見かけてもいませんが?”
“……そう、ありがとう”
『どうしたのぉ〜作戦会議ぃ〜? ああ、ご主人様の為に盾になれってヤツかい〜? 美しい忠誠心だねぇ〜』
レイが
『実は、本日ここでプレイしたい一般ゲーマーの方々がまだおみえになっていないので、今しばらくお待ちできませんか?』
『ふぅ〜ん、別にいいけど、だけどそんなに待てないよ。なんだったら君たちの代わりにその子と遊んであげようか〜? その間にこっちのコントローラーのチューニングをしておくよ』
『それは素晴らしいことです! 私たちよりグランドペンタスラム保持者のスリーピング・サキュバスさん相手なら、その方も大喜びすると思います。是非お願いしたいですわ〜』
イヤラシくニヤけるサキュバスに向かって、レイは歯の浮く言うな台詞を紡ぎ出した。
しかし、無情に時は過ぎ、観客席がざわめき始める。
「……お、おい、誰も来ねぇぞ」
「何だったらお前、立候補して対戦するか?」
「アホ、瞬殺されるどころかトラウマになっちまう!」
「こんな時、ダイナミック・ドラゴン様がいてくれたら……」
「くそっ! オメガ・オークの豚野郎がいれば、代わりに
「てかサキュバス対オーク、マジで見てぇ!」
チューニングが終わったサキュバスの口が開く。
『……どうやら来ないみたいだね。それじゃあ始め……』
しかし、レイはサキュバスの言葉を遮るように叫ぶ!
『……来た! 一般ゲーマーの方が来ました!』
レイの声に観客、そしてエルフ、メイド、ブロウ、キッキー、そしてサキュバスが観客席の後ろで両手を膝の上に置き、息を切らしている二人組に目を向ける。
そして、二人の出で立ちに目を見張る。
「まさか!?」
そこには、極彩色の学ランにヴィッグと学生帽、豚鼻と星型サングラスをかけた、オメガ・オークのコスプレをした来海と、
「うそっ! 本当に来て下さったの!?」
叫んだ少女の視線の先には、黒いロングコートに赤いドラゴンがプリントされた黒マントを羽織り、ロン毛のヴィッグを被った、本物と見間違うほどそっくりな、ダイナミック・ドラゴンのコスプレをした心雪であった。
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