第四話 星福堂学園へ入学とイケメン主人公との出会い宣言
学ランを着、学生帽をかぶった来海は、姿見の前でチェックする。
「こんなもんか……。ちょっと大きいけどまだ背は伸びるだろうし……。しっかし受験勉強ってすごいな。半年前は百二十キロ越えてた体重が今では……。ゲーマーたちが見たら顎を外して腰を抜かすかもな。ハッハッハ!」
体中の脂肪を燃やして受験勉強を行ったため、来海の体重は標準体重+αまで減り、体重が減った分、重しがなくなった身長も十センチ近く伸びたのである。
そして来海は姿見の前で顎に指を当てポーズをとる。
「フフン、どう見ても漫画やラノベ、アニメに出てくるような目立たないモブキャラだぜ。だけど……」
次の瞬間、右胸に刺繍された星の中に漢字一文字の“校章”を睨みつける。
「なんでA判定の公立高に落ちて、記念受験の星福堂学園に合格するんだよ!? まさか本当に合格点が割引されたのかぁ!? ホント、卒業式まで針のむしろだったぜ……」
合格者は職員室前の掲示板に張り出されるが、星福堂学園の合格者は学年上位の元生徒会長の女子と、来海だけであった。
『あいつが受験しなければ私が合格したかも!』
と考える成績上位の女子もいたが、受験勉強で数十キロ痩せた来海を見て、声に出すのをやめたのであった。
最も、補欠合格者はそこそこいたため、他校の生徒の公立高の合否で、何人かは繰り上げ合格したみたいである。
「しかも白の学ランってめっちゃ目立ちそうだな。リュックも白だしよ! それにこれってe7運営から『これを着ろ』って着せられたあの学ランと学生帽と生地がいっしょじゃねぇのか!?」
そして来海は学ラン姿を母親に見せると
「どう来海? なんか変わったところない? お○ぱいが張ったり、赤ちゃんが出来たみたいにおなかが大きくなったりとか?」
「それは半年前の俺でしょ? 母さんも父さんが言ってた星福堂学園の学ランの都市伝説を信じているの? アレは女の人に関係があるんじゃないの?」
来海の父の話によると、星福堂学園はくノ一の里を祖としていた。
また、他のくノ一の里が旅芸人や遊女に化け、女を武器にしていたのに対し、星福堂学園の祖は男に化け、浪人や虚無僧、商人の奉公人から与太郎として、ターゲットに近づいたのである。
やがて明治維新となってからは軍服や背広へと衣を替え、文武を極めた大和撫子たちは男装諜報員として、世界中を飛び回っていたのである。
「なんだつまんない。いっそのこと、こっそり女の子用の制服に変更しておけばよかったわ」
「さらっととんでもないこと言わないでよ。いくら“自由な校風”の星福堂学園でも、それは出来ないでしょ?」
「あら、今のご時世、学校側もそういうことを配慮してくれるみたいよ。ほら、お姉ちゃんが読んでいた漫画にでてくるじゃない、セーラー服を着た男の子が
“……俺、男だよ。それでもいいの?”
みたいな子がいるかもしれないじゃない。オメガ・オークの正体を隠す為にはそっちの方がよかったかもね」
― 入学式まであと数日 ―
「お父さんは役員会議があるし、お母さんは、お姉ちゃんたちの入学式に出たし……。それに、お姉ちゃんたちが在校中に
“いろいろヤラカシタ”
から、先生方に会わせる顔が……ね」
「あ〜ハイハイ。いいよ。一人で行くよ。ホント、那良家の人間が出禁にならないのが不思議なくらいだよ……」
二人の姉はe7の息がかかった高級マンションに住んでいるが、当然のごとく今さら星福堂学園の門をくぐれず、イベントの打ち合わせと称して出席を辞退したのである。
ちなみに父親は、今飛ぶ鳥を落とす勢いのゲーム喫茶チェーン
『電子遊戯喫茶 Ζ《ゼータ》80』
の社長であり、店内はテーブル型の
見た目とゲームは昭和だが、中身のハードは最新式で、筐体一つで数十のゲームが遊べ、料金も百円玉ではなく電子マネーをかざして支払う。
『スマホゲー課金一回分で、三十回は遊べます。遊べば遊ぶほどポイントが付きます』
をうたい文句に、主に中高年の男性のみならず女性にも人気があった。
もちろん使用されているゲームにはちゃんとメーカーに使用料が支払われており、会社設立にあたってはe7を通して各ソフトメーカーと契約が交わされている。
ちなみに店名はあくまで1980年代を意味しており、どこぞの世界の8ビットCPUの名前ではない……。
― そして、入学式 ―
雲一つない晴天、桜の花びらが舞う福丸堂学園の正門では、来海のように外部からの女子入学者は、親といっしょに立て看板や、校門に埋め込まれた校名の表札の前で写真を撮っていた。
「ちょこちょこ学ランがいるな。“男の合格者は俺だけ”って妄想もしたけど。ま、俺の夢はハーレムラノベの主人公ではなく、さえないモブキャラだから……」
そして、ところどころ警備員どころか、警備用のドローンすら飛び回っていた。
「やっぱり元お嬢様校だから警備が厳しいのか……?」
そしてクラス分けの掲示板を見て、校舎へ入る。
(補強や設備は新しくしてあるって聞いてたけど、やっぱ伝統校だけあって校舎の中は古くさいな。レトロ趣味のオヤジが姉貴たちの入学式の時に、夢中になったのもわかるわ)
E組の教室へ入ると、何人かの女子が会話をしていた。
(もう女子のグループが出来……あ、そうか、中等部からのエスカレーターか……)
黒板に張り出された座席表を見ると……。
(どうやら男子は窓際一列、俺を入れて六人か。んで、俺は後ろから二つ目。へっへっ、いかにもな席だな……ん?)
最後尾の席には頬杖を突き、窓の外を眺めている
“ウルフカットの美少年”
が黄昏れていた。
(けっ! かっこつけやがって! ダイナミック・ドラゴンかよ! 名前は……
来海はリュックを机の上に置くと
「よお、おはよう。俺は那良来海。よろしくな」
右手をあげ爽やかな朝の挨拶をするが、冬梅は来海を一瞥すると
「……ああ、おはよう」
と仏頂面で挨拶を返し、再び窓の外に目を向けた。
椅子に座った来海は
(ま、漫画やラノベの主人公なんて、ボッチで陰キャのコミュ障引きこもり童貞だからな。ここはモブの俺が彼をリアルの世界へと連れ出さなきゃ……)
挨拶一つで相手の性格を決めつける来海も大概であった……。
ふかふかソファーの講堂での入学式。
(地味なお嬢様だらけと思ったけど、自由な校風って本当だな。何割かは姉貴みたいにいろいろな色に髪を染めているし。あれが高校デビューってヤツ? 俺も髪染めて……イカンイカン、それは主人公のヒロインの役目だ。モブはモブなりに地味にいかなくては……)
そして、学長の挨拶。
(ふぅ〜ん。アレが“学長様”か……。そういうわけか……)
来海は“ジト目”で学長を睨みつけていた。
教室へ戻ると、年配の女性担任は、明日以降の行事を説明する。
「明日は始業式です。その後、部活紹介があります。明後日以降、身体測定、体力測定、そして実力テスト。週明けから授業が始まります」
(部活か……どうしようかな……)
「あと、本日はお昼の十二時まで高等部内を見学できますが、各教室や職員室、事務所内等への入室、写真撮影はできません。そして、中等部や大学、女子寮、部室棟等の関係者以外立ち入り場所も、たとえ遠くからでも写真撮影出来ませんので、御父兄の方々にもそう伝えるように」
(さすが名門校。やっぱ盗撮とか多いんだろうな。ま、どうせ帰ってもゲームするぐらいだからな。俺もブラブラしてみるか……)
外部入学者の親は眼福とばかり、娘以上に目を輝かせ、校内を見物していた。
(しっかし中高大一貫とはいえ馬鹿でかい敷地だな。おまけにレトロな建物に囲まれていると、明治時代にタイムスリップしたみたいだぜ)
そして門前町のような町家が並ぶ通りは入り口の門に《星福堂商店街》と時代がかった看板が掛かっており、父兄たちが記念クッズを買おうとひしめき合っていた。
(学園内にレトロな商店街があるけど、中身は自動レジ! 姉貴たちが通っていたから実感沸かなかったけど、やっぱ星福堂学園ってすごい学校なんだな)
来海は大きな桜が中央に咲いている中庭でベンチを見つけると、一休みしようと近づくが、既に先客がいた。
「アイツ……俺の後ろの席の……冬梅ってヤツか?」
雰囲気や背格好がダイナミック・ドラゴンに似ているため、来海は相手が誰だかすぐわかった。
(何やって……?)
冬梅はベンチに座り、無線イヤホンを装着し、ゲームパッドの上部にスマホを取り付けてゲームをしているようだった。
(おお、第一ゲー友発見! これで俺の夢と学園生活はバラ色だぜ! さっきは馬鹿にしてすまなかったな!)
調子のいい来海であった……。
さりげなくベンチの後ろに回り込み、冬梅のスマホをのぞき込む。
(ふぅ~ん。《HELL&HEAVEN》(通称:H&H)か……。確かこれ、U18の格闘部門の競技ゲーム……なぁ~んだ、すましていながら乳揺れやパンチラ目当てのゲーマーじゃねぇか~、って、なんでこんなイケメンがR15ゲームを……?)
来海は少し考えたが、答えはすぐに導き出された。
(ほほう、俺みたいにリアル女子に見切りをつけ、二次元の世界に目覚めたかぁ~!? いやぁ~結構結構!)
結論は同じだが、その理由は正反対かもしれないことを、来海は気づいていなかった。
冬梅のスマホには、何度も『You Win!』の文字が表示された。
(……ふぅ〜ん。結構やるな。だけどやたら指に力を入れているな。アレじゃ下手したら爪が割れちまうぜ。実力は……アマチュアちょい上、プロ全然未満程度か……)
わずかな時間プレイ画面を見ただけで、冬梅の実力を分析するが、“元”ランキング一位の、オメガ・オークだからこそ言える台詞であった。
ちなみに昨年度、U15の格闘ゲーム部門における最終的なランキング一位は、ウィンターフェスで優勝したダイナミック・ドラゴンで、オメガ・オークである来海は二位であった。
(とはいえ、ボッチで陰キャのコミュ障引きこもりに向けて、いきなり声をかけるのは愚策。ここはさりげなく……)
来海はペンチの左端にそっと座る。
(しかし桜の花びらがすごい落ちてくるな。よくこんなところでゲームできるな)
ポケットからスマホを取り出し、左右から挟み込むコントローラをスマホに取り付ける。
(同じようにゲームをして相手の反応を見る……。そういえばこのパッドでこのゲームをまともにプレイするのは初めてだな……)
来海もイヤホンを装着すると、《HELL&HEAVEN》を起動する。
(このパッドはやりにくいな。鞄の中に入れるのにかさばらないけど、どうせなら家から“アレ”を持ってくればよかった)
そしてゲーム内容を分析する。
(しっかしすげえ乳揺れだなぁ~。もはや異次元だぜ。それにメーカーは
“パンツではありません!”
と公式見解しているが、じゃあ、白や黒やピンクや縞々やレースに、ハイレグ、Tバック、アンスコにブルマにスパッツはなんなんだよ!)
さすがに最後三つはパンツというのには無理があったが、
『だが、それがいい』
と、フェチのゲーマーにはかねがね好評である。
(“正統派”というより演出やエフェクト、それに乳揺れパンチラに振った感じか……。とはいえ、間合い、ガート、当たり判定はちゃんと作ってあるな。ま、そうでなきゃ、e7の競技ゲームに選ばれないか……)
隣に座る冬梅のことも忘れゲームに没頭していると
“スポッ!”
右耳のイヤホンが取り外され
「……君、ゲームするの?」
冬梅が甘い吐息のような声を、来海の耳元で囁いた。
「うわぁ!」
「……あぁ、ごめん。声をかけたけど返事が無かったから」
「お、おう、ま、まぁ、た、多少はな……」
「へぇ~。じゃあ、僕と対戦してくれないかな?」
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