第三話 オメガ・オークをたこ殴り宣言

 サマフェスが終わり、夏休みも後半に突入。

 活動停止した来海は宿題をやりながら日々、その巨体で惰眠を貪っていた。


(……とはいえ、塾の夏期講習の申し込みはとっくに終了しているし、そもそも俺の頭じゃ星福堂学園なんて門前払いだしな……)


 来海のこれまでの成績は、なんとか平均と赤点の中間を保っていた。


 ちなみに中学では正体を隠し、ちょっとゲームのうまいデブとして皆に認識されている。


百合香ゆりか姉さんに綾女あやめ姉さんも、よく星福堂学園に合格できたな……)


 来海の上の姉、百合香は、幼少の頃からテレビゲームに親しみ、福丸堂学園高等部入学、そして大学部へと進学し、今では赤いスリットドレスを纏った社会人プロゲーマー、


《ラブ・リリィ(Luv Lily)》


として。


 そして下の姉、綾女も同じくテレビゲームにはまり、福丸堂学園高等部入学、そして大学部へ進学し、青いスリットドレスを纏った女子大生プロゲーマー


《アイス・アイリス(Ice Iris)》


の名で、それぞれU18より上の、《AD(19歳以上の大人の部の意味)》において悪名……いや、勇名を轟かせているのである……。


 ちなみにプロゲーマーの名前、《ゲーマーネーム》は、観客に覚えてもらいやすいように


《Omega Orc》

《Dynamic Dragon》

《Luv Lily》

《Ice Iris》


等、アルファベットで韻を踏むのが通例となっていた。


(ウィンターフェスには出場しないし、スポンサーと契約していないからしがらみもないし、これまでゲームに費やしたリソースを勉強に振り分けるか! 俺の夢に向かって!!)


 来海の夢、それは……。


『高校に入学したら、俺はモブキャラになる!!』


 よわい十四にして、来海はフェスの賞金やグッズの売り上げ等で一流企業のビジネスパーソンの数倍の生涯年収とBMI値を手に入れた。

 

 よって、余生は地味なモブキャラで過ごそうと決めたのであった。


 ちなみにグッズの売り上げについては、オメガ・オークのアンチがグッズを破壊する様を動画サイトやSNSに晒したため、驚異的な売り上げを記録している。


 他のスポーツやIPなら炎上確実な行為ではあるが、なんでもアリのe7なら黙認どころか公認している行為である。


(ヲタク男子と放課後、ジュースを賭けて対戦ゲーしたり、休みの日はゲーセン巡り。イケメン陽キャや高校のヒロインからはキモいと蔑まされ、乙女ゲー好きの女ヲタクとは喧嘩三昧!)


 それが、来海の夢であった。

 しかし、あるモノが欠落していた。


(彼女か……。こんなキモデブを好きになる女なんているわけないし……。それに女なんて……)


 オメガ・オークとして、女性プロゲーマーや女性観客からヘイトを浴びせられるのは、ヒール(悪役)ゲーマーとして、むしろ誇らしいこと。


 しかし、休憩中の女性スタッフやコンパニオンの口から、来海のプライベートについて、あることないことを肴にしていることを偶然耳にしてしまったり。


 そして中学においても、女子から体型や立ち振る舞いについての陰口は、十四歳の少年の心を、無慈悲に切り刻んだのである。


(……そういえばサマフェスで俺にヴァージンを捧げるってぶっちゃけたがいたな……。ま、どうせなんかの罰ゲームで言わされたかもしれないし……)


 アカウント名のみがタブレットに表示されたため、それ以上のことはわからなかった。


 これに限らずゲーマーとファンの間で“さまざまな過ち”が起こらないよう、両者の個人情報やアカウントは厳重に管理されているのである。


 ちなみにU15において”ファンからの”性的な過ちがもっとも起こりやすいのは、言わずもがなダイナミック・ドラゴンであり、オメガ・オークである来海は……


(悪魔召喚の生贄から出刃包丁の試し斬り、動物園のエサまで"ファンからの殺意"は俺がダントツだったな……。ま、俺の恋人はエロ漫画やアニメの二次元ヒロインに、エロVRのVRアイドルだからな!)


 夏休みが終わり、二学期最初の実力テストでは、夏休み中のゲームの時間を勉学に振り向けたため、来海の点数は急上昇した。


 それでもなんとか全教科平均並であり、名門校である星福堂学園まではほど遠かったが、このままいけば地元の市立や県立高校なら手が届きそうだった。


(公立高校ならゲーマーとしての推薦枠なんかないから、ウザいプロゲーマー共と一緒になることはない。どうやら俺の夢が叶いそうだぜ)


 地味でゲーム好きなモブ高校生を夢見て、日々勉学に励む来海であった。


 しかし、母親から……。


「来海、アンタ、敬老の日の前の日曜にやる

『活動休止!? 実は引退!? オメガ・オーク追い出し&たこ殴りフェス』

の準備は大丈夫なの? これに出場するのを条件に活動休止を運営から承認してもらったんでしょう?」


 サマフェス終了後、来海が退場するとき、MCが発表した緊急フェスがこれである。


「……忘れてた」


「ほらやっぱり」


「クソぅ、e7の守銭奴め! どこまでも僕をダシに金儲けしやがって!」


「受験勉強も大事だけど、アンタもプロである以上、手を抜いたりせず、観客を盛り上げなさいね」


「わかっているよ。いつものように返り討ちにしてやるよ」


 しかし、そううまくはいかなかった。


 フェスの内容は、オメガ・オークをラスボスに、ランキング上位陣を勇者パーティーに見立て、ランカーたちが次から次へと休みなく挑んでいく、正に空手の百人組手状態。


 しかも挑戦者であるランカーたちが、自分の得意な格闘ゲーム、そしてキャラを選ぶのはまだしも、オメガ・オークが使うキャラまで指名する有様。


『e7運営はオメガ・オークを倒すのに、ここまでするのか……』


 ちなみにフェスにおいては、ボクシングと同じようにセコンドを付けることが出来、インターバル中はアドバイスにマッサージ、水分、栄養補給を行えるが、オメガ・オークは今まで


『僕チン、セコンドなんか付けなくてもみんなに勝っちゃうもんね〜』


とセコンドを付けず、すべて一人で行っていた。


 ちなみに、ダイナミック・ドラゴンも、オメガ・オークと同じ土俵で戦うからと、セコンドを付けていなかった。


 観客のどよめきの中、なんとか全勝していくオメガ・オークであったが、ラストバトルのダイナミック・ドラゴンとの対戦では初戦で土を付けてしまった。 


『ついにオメガ・オークがが来るのか!?』


 観客の心の中では、さまざまな思いが錯綜する。


 しかしそれでもオメガ・オークは、二勝一敗でダイナミック・ドラゴンを倒したのだ。


『うおおおおお!!』


 初めてであろう、オメガ・オークを讃える歓声がドームの中に響き渡る。


「くそぉ、また……勝てなかった……チキショォォー!!」


 悔しがるダイナミック・ドラゴン。


 目に涙をためる女性ファンたち。


 しかし、オメガ・オークはいつものように立ち上がって薬指を立てようとした瞬間!


(あ……れ……)


"ドスゥゥ〜〜ン!!"


 糸の切れた操り人形のように、左へ倒れてしまった。


 観客、ダイナミック・ドラゴン、さらにMCすら固まる中、スタッフがあわてて担架を持ってやって来た。


 四人がかりで担架に乗せられるオメガ・オークであったが、震える左腕を掲げ、薬指を天へと伸ばすと、


「へっへっ、おめぇら、ホント……よぅええぇよおぉ……」


 ヘッドセットのマイクに向かって、声を絞り出して勝ち名乗りを上げたのだった。


"パチパチパチ"


 ダイナミック・ドラゴンが好敵手の健闘を讃え拍手を贈ると、


『パチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!』


 ドームが割れるほどの拍手が観客すべての手から沸き起こった。


― 翌日 ―


 来海はe7の息のかかった病院の個室で寝ていた。

 左肩に包帯を巻いて……。


「あ〜肩が痛ぇ……。まさか倒れたときに肩を痛めちまうとは……。それでも脱臼じゃなくてよかったぜ。ま、もうコントローラーを持つことはないし、書くのは右手だから問題ねぇ。やっぱ勉強ばかりしてたから、体がなまってたんだな……」


 オメガ・オークが倒れたのは演出だと訝しむ観客がいたが、例えそうだとしても、プロとして観客を沸かせ、伝説を作ったのは事実であった。


「ま、これで運営への義理も果たした。これからは受験勉強に没頭させてもらうとするか……」


 そして、肩の治療も終わり、二学期の中間テストが終わった頃……。


「ただいま〜!」


「おかえり来海。星福堂学園から受験の案内が来ているわよ」


 中学から帰宅した来海は、母親から大きい封筒を渡された。


「えっ? 僕はなにも申し込んでいないよ?」


「ああ、ここはね、OGの子女や弟妹ていまいがいる家庭へ

“有無を言わさず”

資料と受験申込書を送りつけてくるのよ。百合香や綾女の時もそうだったから」


「はぁ? なんで?」


「そりゃ古式ゆかしき名門校だがら、一般の受験生より、身元がわかっている親族に入ってもらった方が学校としてもやりやすいからよ。特にうちはお母さんに百合香、綾女とOGが三人もいるしぃ」


「だからって、僕の頭で合格は無理だよ」


「いいじゃない。記念に受けてみたら。親族にOGがいればいるほど、合格点が割り引かれるって噂もあるし」


「どこのテレビ通販だよ……」


「それにあんた、サマフェスのトークタイムでここを受験するって宣言してたじゃない。嘘を言うのはプロにあるまじきことだし、なにより観客の女の子も喜んでいたでしょ? 受けるだけ受けてみたら?」


「わかったよ。あくまで記念受験と、公立高の試験の前哨戦だからね……ん? ねぇ、この《御殿山ごてんやま電子高等専門学校》の封筒は?」


「ああ、それ、お父さんの出身校よ。星福堂と同じで“有無を言わさず”送りつけてきたみたいね。受けてみたら?」


「父さんの出身校って、《ロボコン(ロボットコンテスト)》や《プロコン(プログラミングコンテスト)》やってる五年制の専門的な学校でしょ? 下手したら星福堂より難しいし記念受験どころじゃないよ!」


 中間テストの結果は実力テストより全教科の点数が上回っていたが、頭打ちであることは感じており、模試の結果による三者面談でも福丸堂学園は記念受験だから置いといて、公立高はぎりぎり五分五分と判定された。


(公立はA日程とB日程で二校受けれるけど、やっぱ塾とか行った方がいいのかな? でも、通うのもめんどくさいし、一人の方が集中できるしな……)


 すると、星福堂学園を受験すると聞いた二人の姉から、受験勉強に使ったノートや参考書をプレゼントしてくれた。


「っぱ俺の味方は姉貴だけよ。って、さすがにむずいな……。なぁに、各教科をゲームやゲーマーに見立てて、徹底的に攻略してやるぜ!」

 

 そして年が明けると、各高校の試験日が近づき、誰がどこの高校を受験するかが日々の話題になっていた。


 そして二月。星福堂学園受験日。


 来海の中学では女子も半分ぐらいは記念受験で、男子もハーレム目当てとからかわれながら少数が受験する。


 女子は校舎内で、男子は女子の受験生が多すぎて校舎に入りきれない為、机を並べた体育館で試験が行われた。


(寒! この待遇の差は何なんだ? そんなに男子を不合格にしたいのかよ。……にしても、もうすぐ試験が始まるってのに、やたら周りをキョロキョロしたり、歩き回っている奴がいるけどなんなんだ? ま、いいさ、ここへはもう二度と来ないから……)

 

 ……そして三月、公立高、A日程とB日程の受験。


 ……そして、三月下旬。


「来海。制服が届いたから着てみなさい。後で母さんにも見せてね」


「ん〜。わかった」

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