お見舞いに行ったついでに・・・

—翌日


「あなたたち、今日も家で安静にしていなさいね! あとで由紀子ゆきこが診察に来るんだから。私が畑に行ってるからって遊びに行かないこと! わかった? 」


「はい! 」「もちろん! 」


「あなた達はいつもそんな返事なんだから。だから心配なのよ」


わたし達は顔を見合わせ笑った。


裕子ゆうこ叔母さんが出ていくと莉子りこはさっそくスマホで検索。


「あった! あった! 『かえるのピクルス買えるところ沼津にあるよ! これは行くしかないでしょ! 」

「だね!! 」


「でも由紀子おばさんが診察に来るっていつくらいかな?? 」


「いつくらいかな.. って今くらいです!! 」

声のする方を振り向くと由紀子叔母さんが立っていた。



「あなた達、何企んでるの? 」


「いや~、あのですね.... !! 叔母さん、それ!? 」


叔母さんの腰には『かえるのピクルス』が下がっていた。


「 ..これはね、私が小さいころ海に落ちてしまって、その時、助けてくれた人が、泣き叫ぶ私にくれたのよ。その人はこんなこと言って渡してくれた『かえるは水に強いからへっちゃらだ!! 』そしたら凄く安心して.. 」


..直哉なおや君だ。


「でもね、何かもうひとつ声が聞こえたような.. 『好き』とか何か聞こえた気がするんだけど.... 智夏ちなつ、あなたを見てたら何かそんなの思い出したわ。おかしいわね.... 」


「海の事故で『好き』って声.... なんかホラーっぽくて、ヤバくない? 」

莉子りこが小声でわたしに言う。

わたしは莉子の二の腕を強くつねった。


「それで、あなた達は何を話してたの? 」


「あの.. 叔母さん、悠真ゆうま君が入院している沼津の病院まで乗せてもらえませんか? 」


「午前中は往診で無理だけど、午後なら沼津へ行く用事があるからいいよ」


・・・・・・

・・


午後、海沿いの道を車は走る。

三津みとシーパラダイス』を通りすぎ、沼津へ向かう。


「あなた達、沼津中央病院の場所は知ってるの? 」

「まぁ、だいたいの場所はスマホで調べました」


「そ、じゃあそこまで乗せて行ってあげるわよ」

「本当ですか? 」


「私が行く大学病院から、そう遠くないもの。構わないわ」

「ありがとうございます」





病院に到着すると『あなたたちお見舞いが済んだら遊びまわらないで帰りなさいよ! 』と念を押されてしまった。


菓子折りはコンビニで購入。

とりあえずはいいだろう。


わたしは緊張している。

わたし達は悠馬君を助けた。

でも、その助け方は、もしかしたら適切ではなかったかもしれない。

本当はもっと確実に悠真君を助ける方法があったのかもしれない。


その事が救助のプロである正人まさとさんに会う事を躊躇ちゅうちょさせた。


悠馬君のいる病室前で立ち止まると、どちらが先に入るかを決めていた。


「わかったわよ。じゃ、私が先に入るから、挨拶は智夏がしてね」

「うん」


「じゃ、じゃあ、行くよ」

「行け! 」


「何やってるの? ..お姉ちゃん?? 」


もたもたしているわたし達の背後から悠真君の声がした。


「あら、悠馬君、もう立ち歩いて大丈夫なの? 」


「うん。今、おしっこしに行ってた! お父さん! お母さん! お姉ちゃんたちだよ!! 」


「ああ! 莉子さん、智夏さん! この度は悠馬を助けていただきありがとうございました! 」


正人さんは勢いよく深々と頭を下げていた。


「本当にありがとうね。よかった.... 」


隣ではお母さんのひとみさんが涙ぐんでいる。


「そんな、頭を上げてください。わたしたち、夢中で助けなくっちゃって。ほら人を助けようと思うのは、きっと自然のことじゃないですか」


「ありがとう! 本当に.... 」


そんな正人さんの手をそっと瞳さんが握っていた。



その様子をみてわたしは、ふと違和感を覚えた..

正人さんはお父さん。

瞳さん? この女性は.... 悠真君のお母さん?



私が佐野家に走りこんで、仏壇の前で感じた違和感。

そうだ.... あの時、直哉君の写真しかなかった。


でも、前はそうじゃなかったはずだ..


だんだんと思い出してきた。

そうだ、あそこには元々もう1枚写真が飾ってあったはずなんだ。


1枚は直哉君。もう1枚は.. 悠馬君のお母さん、瞳さんの写真だ!


なぜ? なぜ瞳さんは生きているの?


「ちょっと、智夏、大丈夫? 」

「あ、うん。平気」


悠真君は思ったよりも元気で、『退院したらまた堤防で釣り対決をやろうね! 』と、もう遊ぶことを考えていた。

そして浮かない顔をしながらこんなことを言い始めた。


「ねぇ、お姉ちゃん、僕の『かえるのマスコット』が無くなっちゃったんだ。お姉ちゃん、知ってるよね? パパはそんなの知らないって言うんだよ。だんだん僕もそんな気がしてきて.... でも、僕、持ってたよね? 」


確かに悠馬君は持ってた。

わたしは知ってる。

そして、それは今、由紀子おばさんのもとにある事も。


「悠馬君、悠馬君の『黄色いかえる君』は、きっと水の中に帰ったんだよ。だから替わりに莉子のかえる君をあげるよ。『悠馬君、これからよろしく! どうぞ、お願い頼むよ! 』」


そういうと莉子は自分の『かえるのピクルス』を悠真君に手渡した。


「よかったな、悠馬。お礼言いなさい」

「ありがとう、莉子お姉ちゃん」



..莉子は覚えていたのだろうか?



「これで莉子のも無くなっちゃった。じゃ、行きますか? 」

「そうだね 」


わたし達は沼津の街に行き、『かえるのピクルス』の販売店まで足を延ばした。

そのついで遊んで帰ってきた。

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