アイスは甘く、すぐ溶ける。

わたしたちは沼津の販売店で『かえるのピクルス』を購入して、西浦に帰ってきたのは日が傾き始めた頃だった。


莉子りこは桃色、わたしは前と同じ黄色を2つ購入した。


「きっと、おばさんカンカンだよ。どう言い訳しようか? 」

「ねぇ、莉子、最後にもうひとつ寄っていきたい所あるんだ。いいかな? 」


「 ..ふぅ、『いいかな? 』って智夏ちなつが一緒じゃなきゃ、おばさんに言い訳できないでしょ。私も付いていくよ」


わたしは佐野家に向かった。

和樹かずきさんにひとつ聞いておきたいことがあったんだ。


それは悠馬君の母親のことだ。

「和樹さん、あの.. 変なことを聞くようですが、悠馬君のお母さん瞳さんはなぜ助かったのでしょうか? 」

「ちょっと、智夏、何聞いてるの? 」


「いや、いいんだ。たぶん智夏ちゃんは何かを知ってるんだね? いいよ。ありのまま話すよ。———」


あの夜、瞳さんは破水をした。外は台風、沿岸道路は通行止め。深夜の出来事だ。救急車の到着はかなり遅れてしまった。だが、幸い、この地域には医者がいた。由紀子ゆきこ叔母さんだ。瞳さんは出産後、順調に体力を回復し、正人さん、悠馬君とともに幸せな日々を送っている。



「ったく.... 直哉なおや君、君はいろんなひとを助けるんだね」


わたしは直哉君の写真の横に黄色い『かえるのピクルス』をひとつ置いた。

そしてもうひとつを自分の腰に付けて直哉君に見せてあげた。


「これでお揃いだね。お守りだよ」


・・・・・・

・・


わたしたちの事故の事を知ると母(典子)は凄く心配していた。

そんな母を放っておくこともできず、わたしたちは予定よりも少し早く東京に戻ることにした。


裕子ゆうこ叔母さんに見送られながらバスに乗りこむ。


沿岸の道路を走るバスの窓に『るるビーチ』が見えてきた。

わたしは素早く降車ボタンを押す。


「ちょっと! 智夏どこ行く気!? 」

「うん。ちょっとね。莉子も一緒に行こう」


わたしは『るるビーチ・ライフセービング本部』にいる正人さんを見つけた。


「正人さん、ライフセーバーってどうやったらなれるんですか? 」

「まったく.. 智夏ったら.... はい! 莉子もなりたいでーす♪ 」


・・

・・・・・・


今日の日射しはオーブントースターのようだよ。

サンダルなしではビーチも歩けないくらいに。


ねぇ、直哉君。

みんなが昭和50年のわたしの事を忘れてしまうように、わたしもあの日々を忘れちゃうのかな?

でも、今の『この想い』は忘れないよ。

君が教えてくれたこと。

わたしと直哉君が『一緒にいた証』はないけど、きっとわたしは忘れない。






「ねぇ、智夏、バス待つ間、アイスでも買って食べようよ! 」

「じゃあね、わたしはバニラのカップアイスがいいな♪ 」





  【 アイスは甘く、すぐ溶ける。完 】

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