風の声が聞こえた。

今にも大きな波に飲まれるかと思われた。


だが、一陣の風と共に海は静かになった。


・・・・・・

・・


漁船によってわたしたちは救助され、悠馬君は救急車で病院へ運ばれた。


わたしと莉子りこは叔母さんの家へ戻った。


「あなたたち!! よく無事で! 」


裕子ゆうこ叔母さんはわたしたちを強く抱きしめた。


『よかった。本当によかった』という叔母さんの声はくぐもっていた。


「おばさん? 泣いてるの? 」


莉子がそういうと、『あたりまえじゃない! 』と叱られた。


「叔母さん、わたし.. わかったよ。叔母さんが言った意味が、本当にわかったよ」


わたしは声を上げて泣いた。大泣きした。


叔母さんはわたしを優しく強く抱きしめてくれた。

なぜか莉子も号泣している。



「あら、あら、みんなして泣いて、凄い状況だね」


声がする方を見ると知らないおばさんが立っている。


「姉さん、大変だったみたいだね。じゃ、落ち着いたら、ちょっと診察始めようか」


「悪いわね、由紀子ゆきこ、わざわざ来てもらって」


「!! 由紀子?? ちゃん? ..おばさん!? 」


「ちゃん?.. まさか姪に『ちゃん』付で呼ばれるとは光栄だわ。はっはっはっは」


智夏ちなつ、あなた大丈夫?気が動転してるの? 」



・・

・・・・・・


「よし、2人とも大丈夫だ。でも今日は安静にして寝ていなさい! 」


由紀子.. おばさん。

わたしは知らない。


由紀子おばさんはこの近くで開業医をしているらしい。


しかし時がたつと.... なんかそんなことを.. 知っているような気がしてきた。



「二人とも、お布団敷いたから、そっちの部屋で寝ていなさい」


裕子叔母さんに促され、莉子とわたしは布団に入った。


「莉子.. 莉子が無事で本当に良かった」

「私も智夏と悠馬君が助かってよかったよ」


「莉子、ありがとう。わたしの友達でいてくれてありがとう」

「ううん。わたしこそ友達でいてくれてありがとうだよ」


「「ふふふふふ」」


「でも、さすがライフセーバーの親だね、浮き袋式のバッグを持たせてるなんてさ。智夏もよく気が付いたね」

「うん。たまたまだよ」


「私、うれしかったよ。私を助けに智夏が来てくれて。私には聞こえたよ。私の名前を呼び続ける智夏の声が。波に飲まれそうになるたびにその声が私を奮い立たせたんだ」


声.... 声か.. そういえば私にも聞こえたような気がする。


そう、あの一陣の風がわたしの耳元をかすめたとき、『もう安心だよ』って。


あの声、あの声は誰の声?



直.... 直哉.. 直哉君....


「直哉君!!! 」


「どうしたの、智夏? 」

「直哉君だよ。あの風は直哉君だよ! ....由紀子おばさん!! 」


わたしは布団から勢いよく立ち上がった。


「ちょっと智夏、どうしたの? 」


わたしは居間に向かった。


「叔母さん! 由紀子おばさんは? 」

「由紀子なら沼津の大学病院に用事があるって出て行ったわよ」


「 ..わかった。わたしちょっと出かけてくる! 」


わたしを呼び止める声が聞こえたけど、それどころじゃない!

そうだ! 思い出した!


なぜ忘れてたんだろう!!


由紀子ちゃんがあの時助かったなら直哉君だって!


直哉君だって助かっている!

生きているかもしれないんだ!!!


わたしは走った!

足が重たいのがもどかしい!!


ポストを通り過ぎ、家が見えてきた。


佐野家! 直哉君の家だ!!

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