キンメダイの煮つけは最高だよ♪

「すいません、スプーン持ってきました。溶けちゃったかな? 」

アイスを食べる方法をあれやこれや模索する私たちの後ろから声がした。


「あ、悠馬君のお父さん、アイスありがとうございます」


「いえいえ、こちらこそ悠馬と遊んでもらって、ありがとうございます。ビーチは楽しんでもらってますか? 」

そういいながらアイス用のスプーンを手渡してくれた。


「はい!」「もちろん!」


「でも、凄いですね。ライフセーバーのリーダーだって悠馬君から聞きました」


「やっぱり、毎年、夏になるとどこかで水難事故が起きてしまいます。ですから、それを未然に防ぎ、もし事故に合われた方がいれば救助する。これは誰かがやらなければならない事ですから」


「 ..でも、海に来る人はアカの他人ですよね。なんで自分がやろうなんて思えるんですか? わたしには、わからないな 」

「ちょっと智夏ちなつ! 」


「あ、すいません」


わたしは悠馬君のお父さんの立派な言葉に、つい反発心を抱いてしまった。

ここでいうべき言葉じゃなかった..


「大丈夫ですよ。それよりアイス溶けちゃいます。早く食べてください」


さっきまで固かったアイスは外の容器を押すとグニャっとなるほど柔らかくなっている。


「あ、調度いいですよ。これくらいの固さが好きです」


莉子りこの言葉にスプーンを差してみると確かにちょうどいいやわらかさだった。


そして口に入れるとミルクの味が濃くて甘くて冷たくて!


「悠馬君、おいしいね」

「うんっ! 」


わたしの言葉で沈んでしまった場の雰囲気を莉子は明るい声で打ち消してくれた。


「良かったな、悠馬」


そういうと悠馬君のお父さんは悠馬君の目線までしゃがんだ。

そして海をひと目見ると思いついたように言った。


「そうだ! お二人とも今晩、うちで食事しませんか? お話した通りうちは望月さんのすぐ近所なんですよ。『佐野』という家です。お客さんなんて久しぶりですし、悠馬と遊んでいただいたお礼にごちそうしますよ」

「やったー! お姉ちゃん、うちに来て!! 」


「いいんですか? どうだろう? 智夏? 」

「じゃ、せっかくだからお言葉に甘えようか」


悠馬君と莉子はグータッチをしていた。


*****


そのことを一度家に帰り叔母さんに伝えると..


「そう、佐野さんの家に.... 」

「どうしたの? 叔母さん? 」


「ううん、じゃ、お招きいただいたのだから失礼のないようしなさい」


家の前の道路を道沿いに歩いて畑を一度抜け郵便ポストからさらに300m先に大きな農家の屋敷が見えた。


佐野さんの家は昔ながらの大きな木造の家だ。

凄く懐かしい。

小さいころの記憶にある改築前の叔母さんの家を思い出す。


玄関は3畳あるくらい広く、そこには作業場へ続くドアがある。

ひんやりとした農家独特の土と草のような香りがする。


「ごめんください」


〈お姉ちゃんたちだー! 〉

奥から悠馬君の声が聞こえた。


「お姉ちゃん、いらっしゃい!! どうぞ中へ!! 」


「あ、悠馬君、お父さんは? 」

「パパはライフセービングの集まりに行っちゃった 」


「やぁ、いらっしゃい。孫がお世話になったようだね 」

「おじいちゃんだよ 」


年は60歳前後だろうか? しかしかなり派手なTシャツを着ている。


「いえ、こちらこそ悠馬君には釣り教えてもらっています。私は沢田莉子です 」

「わたしは吉野智夏です」


「ああ、智夏さんですね。典子さん(母)によく似てますね。すぐわかりました。眉のあたりと口元がそっくりだ」


わたしが顔を赤らめると『これは失礼しました』といいながら奥の居間まで通していただいた。


居間のテーブルに行くと煮物やサラダ、飲み物の用意がされていた。


「いや、せっかくお越しいただいたというのに正人はライフセービングの緊急ミーティングが入ってしまいまして.. 」


「ごめんなさいね、今、料理運ぶから」

「おばあちゃんだよ! 」


奥からひょっこり顔を出したおばあちゃんはまだ若々しく可愛いエプロン姿を身に着けていた。

おばあちゃんは海鮮料理屋に勤めていた経験があり、その腕前はかなりのものだと、おじいちゃんは鼻高々に話していた。


その話通り、海鮮丼からキンメダイの煮つけ、カサゴのから揚げなど凄い量だ。

キンメダイの煮つけのおいしさには莉子と目を合わせるほどだった。

箸を入れるとほろりとほどけ、ふっくらとした白い身に甘くしょっぱいつゆが絡み合う....最高だ。



「ふー! 食った! 食った! オラ腹いっぺぇーだ! 」

「腹いっぺぇーだ!! 」


莉子の言葉に楽しそうに悠馬君が繰り返す。

さすが、妹と弟がいる莉子は子供の相手が得意だ。


「ごちそうさまです。本当においしかったです」


「ところで、智夏さんは堤防で釣りを? 」

「はい。わたし、あの場所から見る海が好きで」


「あの堤防は私も正人も小さいころには釣りをしたものです。今は悠馬が釣りに夢中なようで」

「はい。とっても上手ですね。教えてもらっていっぱい釣れるようになったんですよ」


「ははは、それはよかっ——!!! 智夏さん、その腰に付けてるのは? 」

「これですか? 」


「ちょ、ちょっと、見せてもらっていいですか? 」

「はい」


私は腰から『かえるのピクルス』を外すと手渡した。


「これを どこで?! 」

おじいさんは目を丸くしながら、わたしを凝視しながら質問してきた。


「あ、あの.. これは.... 」


わたしはその迫力に飲まれてしまった。

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