第33話 アースの居場所

ベクトがガウトリアへと戻った頃、パンクによって壊された区画が親方を中心にドカタが復旧を始めていた。探索者も協力し、救出作業が進んでいた。


そんな中、壊された探索者ギルドの内部、訓練場にベクト、アース、デンダ親方、レキサ、ダーウェの姿があった。アースが非常時なのだと、親方も一時的に訓練場に呼び出されていた。


全員が揃うとアースは話を始めた。重苦しい表情を浮かべて。


「小間使い、私はパンクをそう言いました」


パンクと戦い始める前のことだ。ベクト同様にダーウェやレキサも思い浮かんだのか、コクリと頷いていた。


「……主人がいるということか」

「はい、私が戦ったダイガードとパンク・エルレード。どちらも小間使いです」


ダーウェの言葉にアースが驚くべき事実を告げた。アースが倒した二体はどちらも災害獣であっても、下僕げぼくだというのだ。下僕げぼくならば主がいてしかるべきなのだ。


「奴ら二体がベクトとセーデキムみたいなものです。ならば親方がいるでしょう」

「だとすれば比較にならない強さなのではないですか?」


レキサがアースへ疑問を口に出す。ベクトと親方の関係がそのまま相手にも当てはまるという比較が分かりやすかったのだろう、レキサも顔を青ざめていた。


かくいう僕は少しだけパンクに同情していた。もしパンクがセーデキムを殺したのと同じことをされていたのだ、怒りに感情が振り切れるのは理解できなくもなかった。


「パンクがダイガードを友って呼んでたのが少し分かった気がしたよ」

「ベクト、感傷に浸るのは後にしてください」


怒られたことにベクトは苦笑し、その様子にムスッとしたアースは質問を投げかけてきた。


「比較にならない強さ、そうでしょう。ベクト、今の貴方が親方に勝てると思いますか?」

「十人いないと話にならない」


身体強化の魔法で足止め、土魔法で岩を作って投げる。何度も、何十回も、何百回も繰り返せば倒せる可能性はある。一人でやれと言われたらどうやっても不可能だ。身体強化で耐えて、時間切れで負けだ。


「それと同じです。今の私たちが十人いないと戦いにならない。戦力差はそれほどあります」

「……何で分かるんだ?」


コクリと頷くアースに純粋な疑問をぶつける。他の面々も思っていたのか、真剣さが一層ました顔つきをしていた。ふぅと一息吐き、アースは語り始めた。


「まず先に名前を。私が適当につけた名前ですが、ダイグ・ドー・エルロード。ダイグと呼ぶのが奴らの主人です」


アース以外の面子がそれぞれでダイグと口を出す。続く言葉が、ガウトリアには既存の災害獣なのだと言っていた。


「ダイグはかつてガウトリアに侵攻しています。中枢を襲い、何かを感じ取って逃げたのです」

「まさか、歴史上にある避難場所を一回襲った災害獣がダイグだと?」


目を見開きながらもダーウェが疑問を口にする。ガウトリアには避難場所があるが、そこを襲ったことがあるのは一度しかない。一度しかなくそれ以外の区画は何度も襲われているため、避難場所と呼ばれているのだ。


つまり避難場所を襲えるということはガウトリア全域を襲うことができることを意味する。


アースはさらに重要な事実を続けて口に出した。


「今は避難場所扱いなのでしたね……間違いありません。問題なのはそこで感じ取った何かが私だということです」


全員が息を呑んだ。避難場所を襲い、アースを感じ取った。ダイガードやパンクを、災害獣を倒せる存在であるアースを……ベクトがいない時代に。


ダイグがそれほど力を持っていることと、もう一つの事実が浮かび上がる。アースも事実を肯定した。



「私が安置されている場所は、避難場所の直下なのですよ」



ずっと疑問視されていたアースが鎮座されていた遺跡。巨大であるため探索者でも数年あれば探せるはずのそれが、ずっと見つからなかった。今も探す者はいるのに見つからない、それも当然の場所だった。


「直下といっても人や災害獣が干渉できるような場所ではありません。空間を断絶させているので穴を掘っても無駄です。私側からしか行動を起こせない」

「それを感じ取ったと?」


レキサの疑念に頷くアース。それだけで今のガウトリアの戦力と比較できない程にダイグが強力な災害獣であることが分かってしまう。繋がりの大きいベクトでさえ気づけないのだ、今のガウトリアに勘の鋭さでアースの遺跡を感じ取れるものはいない。


それを獣特有の鋭さだけで気づいた、ダイグの異常さが際立っていた。


「ダイグは避難場所まで襲い、直下に立って気づいて危険を感じ逃げました。危険を感じたら逃げるのは獣でも同じことです」


ですが、と間を挟みアースは言葉を繋げる。苛立ちといった負の感情を出さないアースが、忌々しいという表情を明確に見せていた。


「危険を覚えるのが生物です。私という危険を覚えたダイグは対策を取りました。それこそがあの小間使い達です」


災害獣を討伐する種族であるからか、災害獣に感づかれたというのは怒らせるには十分だったらしい。アースの額に血管が浮き出ているような気さえした。


レキサが一目ダーウェの方へと向け、ダーウェも溜息を一つ吐いて口を開いた。


「アースさんが居なかったらガウトリアは避難場所すら無い。だが避難場所があったから襲われる、か。獣だというなら危険から避ける……強大な災害がぶつかり合った場所なんて行きたくもない。つまりダイグを倒せれば全て解決だ、そうだろ?」


ダーウェがまとめてくれた。答えは簡単であり、ダイグを倒せれば解決なのだと。ベクト自身、理解できていなかったところもあったため助かっていた。


「はい。探索者達には町の避難をお願いしたい」

「分かりました」


即答するレキサにアースは目を丸くする。何が起きているのかとベクトに視線を向けたくらいだ。ベクトは微笑むだけであり、ダーウェへと視線を向ける。


ダーウェも視線を理解したのか、クスリと笑いアースへと声をかけた。


「ベクトの相棒のお願いだ。断るわけないだろ?」


涙ぐむような表情をしたアースへ、話を戻せと親方が大きく声をあげる。


「そういう言い方するってことは、勝ち目があるんだろ!?」


視線がアースへと集まる。さっきまでの表情から一変し、アースは真剣極まりない顔で答えを断言した。


「あります」


その言葉にベクト以外の全員がホッとする。視線を向けられていたベクトだけは、何か違う意味があるのだと嫌な予感が全身を襲っていた。


「ダイグは私の様子を見ながら襲ってくるはずです。ダイガードやパンクの魔力の残滓から追って歩んでくるはずです。猶予は三日といったところでしょう。話はこれで終わりです」

「分かった」


固まっているベクト以外の面々が訓練場から出ていく。ベクトの様子がおかしいとレキサやデンダは分かっていたが、アースと話すことがあるのだろうと眉をひそめただけだった。


「ベクト、二人きりで話があります。察しているかもしれませんが……非常に大事な話です。何よりも優先するような、大事な話です」


アースはベクトに告げた、一生さえも左右する程に大事な話をしたいのだ、と。

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