決意

第34話 最期の選択

夕暮れ時、誰もいない丘の上に二人はいた。ガウトリアにの北東にある丘の上は、馬鹿でかい図体をした災害獣が見えやすい場所だ。同時に、見つかりやすい場所でもある。特性上、長話をするような場所ではないはずだった。


ダイガードやパンクを倒したアースがいれば話は別だ。強大な力を持つアースに、危険だと感じることもない災害獣はいない。危険であるなら回避する、獣としての本能に従う限り災害獣が襲うことは無いのだった。


夕暮れの日を眺めるアースとベクト。二人の静寂を破ったのはアースだった。


「ベクト、私はあなたの町ガウトリアを好ましいと思います」

「何だ、今更に」


唐突な内容だ。ベクトからすれば余りにも当然すぎる内容だが、アースは言葉にしなければ伝わらないと分かっていた。何より、ベクトも同じことを思っていると態度に示してほしかった。ベクトの信頼を求めたのだ。


「あなたも、あなたの周囲も笑顔が見れる。それは私の……アスエル・ミーアの使命の一つなのです」

「未来を繋ぐってやつか」


五メートル程度の身体になったアースは、ベクトが斜め上を見れば見つめられる身体となっていた。ベクトが覗いた表情は、眉をひそめるような笑顔をしていた。


「いくつもの目的を内包した使命ですが、これだけは私自身が求めるものと同じなのです」


これだけは、と強調して口に出す。嬉しむような顔に、ベクトも釣られて微笑んでいた。


数秒の間が空く。それは戦いの前の平和にも似た、安息の時間だった。


「だから、私は壊したくない」


安息の時間を重い刃で切り裂くように、アースは何かを決意した低い声を出していた。ベクトにはまるで察せない言い方に、目を細めて問いかける。


「ダイグを倒せばいいんじゃないのか?」

「ええ、その通りです」


それなら問題ないじゃないか、そう言おうとした言葉は、続いたアースの言葉で潰された。圧倒的なまでの悲劇的事実と共に。



「ですがダイグには誰も勝てない。再構成した私とベクトでさえ勝てません」



冷たい風が頬を撫でる。夜に近づいていることで冷たくなったのか、頬自体が冷たくなったのか分からなくなっていた。


嘘だ、嘘に決まってる。そうでないとさっきの集まりだって……そうだ、さっき言っていたじゃないか。


「で、でも勝ち目があるって」

「ダイグは地平線と見間違う程の巨体です。ダイガードを超える再生能力を持つ以上、隕石群を落としても致命傷にならない」


何だそれは……蜘蛛の津波どころじゃない。まるでパンクの津波程の巨体を持ったダイガードだ。存在そのものが災害と呼べる怪物だ、雑兵を散らした隕石を落としても大して傷は付けられない。パンクに隕石が効かなかったように。


だ、だけどまだ勝ち目がない訳じゃない。隕石群は一個一個は小さかった、僕にはそのサイズまでしか強度を高めた石を落とせなかったからだ。サイズさえ…破壊力さえあれば。


「隕石群を超える破壊力ががあれば」

「三日後のガウトリアにはありません」


断言する言い方、間違いなくアスエル・ミーアの未来予測で叩き出した結果だ。確かに三日ではどれだけ頑張っても石のサイズを数倍以上大きくできるとは思えない。予測としては間違っていないと足りない知能でも分かる。


でもそれだとおかしい。アースは倒せると皆の前で断言した。方法はあるのだ。


「倒せるって嘘を吐いた……って訳じゃないよな?」


僕はアースを信じている。これまでも勘違いさせるようなことはあったけど、嘘を吐いたことなど一度もない。嘘ではなく、きっと別の何かがあるのだ。


「私の、最終武装を使えば間違いなく可能なのです」


最終武装。パンクとの戦いの最中で成長した後に見たディアイに、名前だけ載っていた……アースの武装。アスエル・ミーアにおける最大の破壊力を有する武装としか書かれていなかった。


それを使えば何とかなる、使わなければ何とかならない。それなら使うしかないはずだ。


ただ、口に出すのを一瞬躊躇った。直感が働いていたのかもしれない、無意識に気づいていたのかもしれない。嫌な予感を無視しながらも、掠れるような声が喉から出ていた。


「何か、あるのか」


アースの顔がベクトへと向きを変える。一度も見たことのない表情が、そこにあった。


憂いを帯びた表情、悲しい瞳、口角を少し上げて心配かけたくないような笑顔、そして──いつの間にか消えてしまいそうな儚い雰囲気。


嫌な予感がガンガンと警鐘を鳴らす。あり得てほしくない考えが脳裏をよぎる。否定してくれという願いを、絞り出すような声で告げる。


「まさか、アース……お前が」


震える声は、アースへと届いた。ただアースは……微笑むだけだった。


「アスエル・ミーアの本能に従えばベクトを無理やり扱うことも可能です。最終武装も無理やり使えるでしょう」


ベクトの意志に関係なく武装を使うという言葉。セーデキムの時とは違う、アスエル・ミーアではなくアースの意志でそうすると言っていた。


最初から話を聞いていたから分かる。ベクトを守るのではなく、ベクトの未来に必ずあるガウトリアを守ると言っているのだ。好きになってくれた、ベクトが過ごす、この町を。



──アースの命と引き換えに。



「ふざっ!……ふざけんなぁぁ!!!」


火山の噴火のように、感情がはち切れた。人であるがゆえに、ベクトは吠えた。


「何でお前を失ってまで戦わないといけないんだ!?ガウトリアをずっと救ってくれたのはお前じゃないか!?」

「昔にダイグが襲ってきたときだってお前がいなけりゃ皆死んでたんだろ!?」

「今だって!ダイガードとパンクを倒せたのはお前が居たからだ!いなけりゃ皆死んでた!誰よりもガウトリアを守ってくれたお前が、何で……?!」



「何でお前が死なないといけないんだよっ!!!」



慟哭にも似た叫び。理不尽に怒る男の姿がそこにあった。


息を荒げ、獰猛な怒りを表情に、猛る心を噴き上げる魔力に、想う信頼を言葉にベクトは叫んだ。培ってきた絆を、何よりも大事だと想っていたからこそだった。


あんまりじゃないか。アースがずっと助けて来てくれたっていうのに、そのアースが死なないと助からないなんて。僕たちが何をしてきた?何をアースに渡せた?アースの笑顔をどれだけ見た?アースが僕たちにしてくれたことの方が、僕たちがアースにできたことより数えられないほど多いじゃないか!


「倒せる方法を探す!そうすれば!」


アースへの視線を振り切りガウトリアの街並みを眺める。この光景をどれだけ守ってくれたのか、僕には想像すら付かないのだ。アースには、ガウトリアからの恩が…まだ返し切れない恩が山ほどある。


きっと何か、方法があるはずだ。僕にしか出来ないことがあるはずだ。そうでないと……そうでないと嫌だ!!!


「ベクト!」


大きく声をあげるアース。ベクトには、止まってくださいと懇願するような声にも聞こえていた。痛みに耐えるような、苦しみの中にあるような、苦悩の果てにあるような声が、ベクトの耳に届いた。


「私が、嘘を吐いたことが、……ありますか?」


恐る恐るアースの顔を見上げる。光りの少ないガウトリアの街並みよりも、アースの瞳に映る光は少なかった。


「……っ!」


地面にポタリと落ちる涙が光を吸い取っているようだった。一粒落ちる度、アースの顔はどんどん悲愴さを増しているようだ。


いつかのセーデキムの言葉が脳裏によぎる。泣かせるな、女性に真摯なあいつが言った言葉だ。いい女だ、ああその通りだ。こんなに……!


「本当に……無いのか?」



こんなに……失くしたくないなんて



「……本当に、ありません」


ガクリと膝をつく。絶望の言葉が告げられたことで、ベクトの全身の力が抜けたのだった。


力こそ抜けたが目の前のアースの言葉は全て聞くのだと、気を絶やすことは無かった。最後に聞こえた言葉は、これまでと似たような問いかけであり……聞きたくない言葉だった。



「ベクト、あなたに選んでほしい。私の最期をどうするのかを」

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