第32話 パンクvsベクト
魔力視のできるパンクは視界からアースらしき影を見逃していた。移動した方向だけは隕石が落ちる寸前に見えていたため問題ないと判断していたためだ。
背後からかけられた声にパンクは振り返る。そこで初めて目を見開く驚きを得た。
「貴様はアース……ではないな。まさかベクトか?」
老齢の風貌をし、ガウトリアの上層部にいたパンクが表情を変える程驚くことは滅多にない。だが今のベクトを見たパンクは、明らかに狼狽えた表情をしていた。
だがパンクは一瞬で落ち着きを取り戻す。ベクトも表情を変えないながらも、油断できないと気を引き締める。
「ああ、隕石の雨は気に入ってもらえたかな?」
「あれは雑兵に過ぎん。お前にとっての探索者のようなものだ」
ギリッと歯ぎしりするベクト。表情は怒りを隠すこともなくさらけ出していた。
「同じにしてくれるな。ガウトリアのことといい、僕を怒らせるのが得意なのか?」
フッと笑い、余裕綽々といった様子でパンクは口を開く。
「素養があっても立てないなら敵足り得ない。戦略というのは長期で組むものだ、知性を持つ災害なら猶更だ」
〈ベクト、落ち着いてください。挑発からの迎撃が狙いです〉
ベクトの瞳が怒りに燃える。拳を強く握りながらも、掴みかからないのはアースの言葉があるからだった。無ければ即座に殴りかかっていた。
「前任者のように勢い任せで突っ込んでこなかったことには誉めてやろう。アースを利用し強くなったのは分かっている……だが今の貴様に何ができる?。強くなったからこそ分かるものもある、私がどうなっているのか分かっているだろう?」
挑発だ、分かっている。分かっていても拳を握りしめる力は強くなる一方だ。
ベクトの心境は怒りに満ちていたが、同時に哀れみも持っていた。憎き敵であるパンク相手にベクトは持つはずのない感情だ。それも当然、哀れんでいるのはアースなのだ。今や一心同体となったアースはベクトの感情にも一部だけだが介入できるようになっていた。
〈ベクト、今のあなたはパンクに勝てる〉
哀れみの理由をアースは告げる。パンクは確かに強い、だがベクトは──ベクトとアースは既にパンクの強さを大きく超えている。
魔法は意志によって強さが大きく変動する。ならば、魔法機工であるアスエル・ミーアは、搭乗者ベクトと本体アースの意志が強固になった今なら……パンクなど吠えるだけの小物にしか見えない。
「蜘蛛を数千……数万か、自らに吸収して魔力に変えているんだろう。ダイガードとも引けを取らない戦力だ」
パンクは正しく災害だ。蜘蛛を無尽蔵に生み出す能力、生み出した蜘蛛を取り込み強化する能力、鍛え上げられた戦闘技術、対人から対災害獣まで戦える力を持っていると断言できる。ダイガードと対等な友と言われても理解できる……できてしまう。
強さが分かるというのは敵を知ったということ。ベクト自身と比較できるようにもなり、戦いの結果まで予測できるようになっていた。
〈感情を意志に、意志を魔力に、魔力を魔法として自らの力とするのです。魔法は意志の力で格上の力をも凌駕します〉
アースの言葉の通り、振り切れそうな怒りを必ずパンクを殺すという意志へと固め、身体強化に使うための魔力へと練り込む。訓練の時やパンクの不意打ちを防いだときとは、比べ物にならない使いやすさと力強さを感じた。
「ならば分かるだろう、勝ち目はないと。軽いカウンターだけでアースを容易に粉砕した力、そこから更に上乗せしているのだ。貴様如きが届くと思うな」
パンクの言葉が軽く聞こえる。耳を傾ければ別の聞こえ方がするのだろう、ギルド前で遭遇した時のように恐れるようなものにもなるのだろう。ただの音声として処理すれば、感情すら湧かない。
〈意志を練り込んだ魔力を、ベクトが使える魔法に使ってください。今のあなたなら敵はいません〉
アースの声にベクトは口角をあげる。身体強化の、得意とする身体の強度を全力で強化する。淀みすらない魔力の流れに、周囲には影響の一つも起きていない。
「そう思うなら……やってみろ」
「何?」
挑発。常々されていたベクトが逆にパンクへと向ける。
「お前の全力を向けてみろ」
「ほざいたな小僧」
パンクも口角を上げた。血が滾ると言わんばかりの表情であり、素で好戦的なのが丸わかりだった。
「だがいいだろう。死ねば終わりだからな、一瞬で楽にしてやろう」
左足を引き、左腕を引き絞る。まるで弓を放つ前に弦を引き力を溜め込むように、右の手の平をベクトへ向けて照準とするようにパンクは構えた。
魔力も感情同様に高まり、身体強化が地響きを鳴らす程にかけられていく。必殺の一撃と呼べるものであり、空に放てば雲が晴れ、地面に放てば大地震が起きる威力を秘めていた。その一撃が──たった一人へと向けられる。
「さらばだ、中々に楽しい戦いだったぞ」
音が消える程の衝撃。向けられた一人どころか大地や大気にまで衝撃が走り、大量の粉塵が舞う。ガウトリアから遠目に見える程高く舞い散った砂ぼこりは破壊力の証明だった。
パンクの拳に何か当たっている感覚は無く、勝利を確信する。それが間違いだというのは砂ぼこりから聞こえた声が答えだった。
「それが全力か」
「なっ……!?」
数センチ程後ろに下がっただけ、必殺の一撃がベクトに与えたものはそれだけだった。驚きで固まるパンクへ、ベクトは貰った一撃と同じ拳を放つ態勢を即座にとる。
「じゃあな、怒らせた報いを受けて逝け」
既に身体強化を終えているベクトにはパンクのように溜めはいらない。パンクが反応するよりも速く放った一撃は、パンクの上半身を粉々に砕いた。
下半身も上半身が無くなったことで膝をついて倒れ込む。倒れた身体は少しずつ砂のように変化し、散っていっていた。
「災害獣を隠し、ガウトリアを発展し続けていたのなら死ぬこともなかっただろうな……」
怒りを向けてパンクを倒したベクトが抱いた感情は大半は満足だったが、空しさもあった。パンクは許せない敵だった。ガウトリアの内部に入り込み滅ぼす道筋を作り、ベクト自身に魔法教育が碌に為されず、セーデキムを殺し、アースを半壊させた。一つだけでも許せないのにいくつも起こした元凶だ。
だがパンクやダイガードがいなければアースと出会うことは無く、今のベクトはいなかった。やるせない、そういう他なかった。
〈残存魔力が霧散しました。討伐完了です〉
ベクトの身体を使いアースが感知し、戦いの終わりを告げる。気づけばパンクの身体は砂になり空に飛び無くなっていた。近くには魔力反応は無く、災害の欠片すら残っていなかった。
「僕達の勝ちだ」
〈はい。パンクとの戦いは、終結です〉
ふぅと一息つき、ガウトリアへとゆったりと歩を進める。戦いが終わったことに満足し、これで日常に戻れると安堵していた。それが間違いだと、意識の中からにじみ出るような声が告げた。
〈ただ、もう一つ……先があります〉
「え……?」
さらに先。アースが告げたそれは、パンクより遥かに危険な脅威が迫っていることを示していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます