第31話 新たな姿
「これは……」
指が動かせる。顔も、足も、自身がそのままアースの身体になったかのようだ。以前に乗った時とは大きく違う、あの時は身体は動かせなかった。
大きさも大きく変わっていた。五十メートルはあった身体が五メートル程度まで小さくなっていた。服装も肩から肌を出している、女性のドカタのような服装だった。タンクトップにダボっとしたズボン、魔力がふんだんに使える女性でしかできない服装だ。
〈聞こえますか?〉
「おわっ!?」
キョロキョロと見回してもどこから声が届いたのかが分からない。耳に触れても何かあるという訳でもなかった。今や自らが扱うため、魔力でさえも介入していないのがベクトには分かる。
〈今の私は文字通り一心同体。ベクトの意識レベルに介入して話しています〉
思考が会話になる。アースが口にしているのはそういうことだった。
「アースがサポートするって言ってたやつだな?」
〈はい。身体の動かし方が私の経験ベースになっているのが分かりますか?〉
軽く空へ上段蹴りを放つ。それだけでかまいたちと化し切り裂くように空へと斬撃が飛んだ。蹴るのも技術が無ければこんなことはできない。明らかにベクトとは違う身体技術だった。
「何も考えずにやったでこれ。文字通りアースの全てを僕がもらったような形なんだな。知識だけは別と」
〈空を飛ぶ方法も分かるでしょう?〉
コクリと頷く。軽くトンッと地面を蹴る。五メートルの身体はそれだけで空へと飛び、降りることは無かった。意識すらしていないレベルで風魔法を使っているのだ。無意識レベルではアースが基準となっている身体技術だからこそだった。
「浮いた。移動もやったことないのにできると分かる。パンク相手に試すとしようか」
浮いたまま、思いっきり跳躍するように空を蹴る。破壊された城壁までひとっ飛びだった。地上から十数メートルの高さだというのに蜘蛛が湧いているのがよく分かる。町の中に出ていた時とは数十倍は優にある多さに、またかと呆れてしまう。
「また蜘蛛が」
〈本体を殺さない限り無数に生み出されます〉
「本体を倒すって言っても道がないと届かないぞ……どうする?」
空中を蹴り上空へと飛び様子を見てみると、パンクは相変わらず蜘蛛でできた小山の上にいるようだ。再び現れた蜘蛛の津波を一掃しなければ邪魔してくるのは目に見えている。
〈今の武装はベクトに最適化されています。ベクトと私が連携して使う殲滅用の魔法を使えばいいのです〉
「僕に殲滅魔法なんて無いぞ」
ベクトが使える魔法は二つだけだ。身体強化と土魔法であり、戦闘に使ったことは無い。勢いで承諾したものの、マトモに使えるとは思っていなかった。
〈ありますよ。原型は仕事でずっと使ってきたではないですか〉
「土魔法?でも規模が桁違いだぞ」
壁を作るとはいっても津波から守るともなれば超巨大な城壁ともなる。いくらアースの魔力が掛け合わせているとはいえ、かなりの消費をするのは間違いない。
ベクトの考え方が間違っていると、アースは使い方から説明してきた。
〈原型、ですよ。土魔法の最大たる特徴は、魔力から自らが精密に指定した土を生み出すことです。大地魔法といった上位魔法は曖昧になります〉
「へぇ……上位だと無意識操作になるのか。精密性が落ちるが規模が大きくなるんだな」
〈そしてもう一つ。魔力さえ届けばどこでも生み出せることです〉
アースが顔を勝手に動かし、空を見上げる。魔力視が使えるアースはどこに土を生み出すのか、視線の先で示していた。
「そういうことか」
ニヤリと笑い、アースを纏うベクトは右の手の平を視線の先へと向けた。
一方その頃パンクは一掃された蜘蛛を生み出し続けていた。アースの使った魔法は熱線で動きを鈍らせ、浮かせてタニノトーリに食わせる。戦術的な攻撃だが、災害獣と戦う戦闘ではない。災害同士の戦いは最終的には単純な力比べなのだ。知性があるものとの戦いであっても、最後はそうなるのだ。
そしてアースを地に伏せ、戦うことができない傷を与えた。ならばあとは蹂躙するだけだ。
「アースの完全無力化は終わった。あとは消化試合だな」
パンクは生み出した蜘蛛をガウトリアへと向け始めた。蜘蛛は分体であり兵士であり手足でもある。探索者へと向けていた蜘蛛は全滅したが、パンクがいればどうとでもなる。
口角を上げ笑い声が出そうになったその時、上空に異変を感じた。
「あれは……っ!?」
パンクも魔力視は使える。群体型として蜘蛛達の動向を確認する必要があるのだ、使えない訳が無い。視界内に映るのは蜘蛛や探索者などとは比較にならない魔力量を持った存在。姿形は見えないが、該当する者など一人しかいない。
「やつめ、まだ生きていたか」
ニヤリと笑うパンクは、ゴゴゴと空から落ちてくる音を聞き逃してはいなかった。魔力視が使えるパンクは空へと伸ばされていたアースらしき魔力を見つめる。何かしてくるのは分かっていた。
答えは、宙から降り注ぐ、熱岩群……隕石群だった。数はそれほど多くない、二十はない程度だ。角度からして狙いは蜘蛛の津波であり、パンクにも一つ落ちて来ていた。
隕石もまた災害の一つ、パンクは軽く見てはいないが人為的に引き起こされたものである以上、威力が調整されているのは視えていた。
隕石群は蜘蛛の津波に着弾し、衝撃で一匹に漏れもなく行動不能にされていく。パンクに落下した隕石もまた衝撃波を発生させ、蜘蛛の小山を粉砕していた。クレーターに、一人の影を残して。
「蜘蛛を散らす……同じ真似なら無駄。再び返り討ちにしてくれよう」
足場が崩壊したというのに腕を組んだままパンクの態勢は変わっていなかった。服にすら傷が付いておらず、文字通り蜘蛛を散らしただけだった。その姿勢はそのまま、変わらない結果を思わせるには十分だった。
「そうはならないさ」
変わったのは……かけられた声が誰なのかだけだった。
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