第30話 選択
その言葉を聞き、倒れているアースの身体の上へと瓦礫を足場にしてよじ登り始める。アースから音声こそまだ出ているものの、ベクトの決断は既に下ろされていた。
「私はアスエル・ミーアです。でも、その本能のままに生きたくない。だからベクトの未来を守るために生きることにしました」
アースの言葉を他所にベクトはアースの胸元に立つ。ベクトの表情はどこか苛立っているようでもあった。
アスエル・ミーアの本能のままに生きたくない?そんなことはとっくに知ってる。未来を繋ぐという本能が、いつしか守ると言っていた時から。
繋ぐだけならアースは最初に僕が乗った時、僕を縛ってずっと乗せればよかった。アースの中にいれば飲食や睡眠は要らないのだから。
けれどアースはその選択肢を選ばなかった。ひとえに、僕のことを考えていてくれたから。
「ですがどんな未来を予測しても、あなたはアスエル・ミーアに試されてしまう。守れない。そんな」
「うるさい」
だから、アースが望むなら僕も応えるだけだ。手を翳し、アースへと選択を告げる。
「僕が試されてるなんてとっくに知ってる。ディローに聞いた」
ようやく苛立っている理由が僕自身で分かった。うだうだ言うアースが、僕を信頼できてないように思えるからだ。そんなこと無いのにまるで保険をかけるような物言い。言われる側からしたら怒りしか湧かない。
「僕の未来を守ることも……アース、お前に聞いたろ?」
そんなに信頼できないか。僕は遺跡から帰ったときから信頼を寄せたのに、アースは信頼出来なくなったのか。……いや、そんなことはもうどうでもいい。頼るだけが信頼関係なんておかしいと、探索者と触れて分かったから。
「それに、僕は守られるなんてもう嫌だって気づいたんだ」
信頼を示すなら行動で。そして信頼を示したのなら、示し返す。それこそが信頼し合うということだ。知らず知らずの間に応えたことを、レキサが言葉にしてくれて良かった。あれがなければ信頼された事実を知らないままだった。
「だから言うことは一つだ」
そして探索者は、協力し合う者達だ。一人で何でもできる者達じゃない。それは僕とアースの関係によく似ていた。想いを一人で背負うのは間違っていると、知れた。
アースだけで守るなんて、間違っているのだと。
「僕とアースで僕達の未来を守るんだ。そうだろう?」
アースが光の粒子と変わり、ベクトを中心とした嵐を起こしていく。魔力でできた嵐はパンクが起こした時とは違い、周囲に一切の影響を与えていなかった。
『搭乗者ベクトより預けられる魂増加。規定値を超えたため武装再構成を解禁します』
時が止まったようだった。空を舞う粉塵が動いてすらいない、外の光景がとてつもなく遅く見える。自分自身が別の身体になったかのようだ。
嵐の中では体感時間が加速されていた。一秒が百秒や千秒といった時間に引き延ばされ、魔力だけが加速した速度に反映されていた。魔力を動力源とするアースもまた。加速した時間によって目を覚ます。
「ベクト……?。……音声を、聞いたのですね」
「ああ。分かってる癖に酷い選択をさせる」
苦笑しながら話すベクトに微笑むアース。アースに身体は無く光の粒子しか見えないが、ベクトには微笑んでいると分かった。
「で、これはどうなっているんだ?」
「私自身をベクト専用の武装に再構成しています。汎用性は無くなりますが、戦闘能力は格段に上昇します」
光の粒子はアース自身だった。自らの身体を一度魔力そのものへと変え、ベクト専用の身体に作り変えていた。粒子は少しずつ人の形をしていっていた。
「ただ専用の武装になるので、ベクト自身が操る必要があります」
「僕が?」
アースはベクトの魂が武装用の鍵であって、ベクト自身にはそれ以外の何も求めなかった。今からは違うのだ。ベクトも主体となって関わる必要がある。戦闘という意味では経験すらしたことがないベクトだ、不安もひとしおだった。
「はい。戦いは私もサポートするので、私の性能とベクトの能力を掛け合わせた力を持つことになります」
サポートすると言われても不安があるのは拭えない。そう思った時、頭の中をアースと会った時のことがよぎる。ダイガードと戦った時も、不安は消えてなかった。今回も同じことだとアースが言っているようにも思えた。
「ベクト、あなたが思い描く自身の能力が発揮できる姿を考えてください」
苦笑しているベクトにアースが問いかける。専用の武装である以上、当然の問いではあった。ベクトが戦闘経験など無いことを考慮しなければ、だが。
「って言われても……」
「……そうですね、仕事の時なんかが一番ではないですか?」
アースが専用と化すのは能力を最大限発揮するためだ。アースの能力とベクトの能力を掛け合わせるなら、長所が大きく変わる。
アース単独なら攻撃性の高い魔法や、戦術のための魔法がメインになる。だがアースだけでなくベクトも含めるなら、大きく戦い方は変わる。
ベクトの思い付いたような顔に、アースは笑ったようだった。ベクトの想いを元に、アースは自らの全てでもって応える。
「再構成します」
光の粒子が、嵐が、収束していく。人の姿を模した身体が作られていく。
嵐が収まり、光が消えた場所には五メートル近くまで小さくなったアースの姿があった。
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