第29話 半壊

『損傷率四十五パーセント』


アースから無機質な音が鳴る。いつもの声とは違う、遺跡の声にも似た音だ。明らかに普通の状態ではなかった。


ベクトはそんなことより目の前の光景が余りにも信じられなかった。ダイガードという災害すら粉砕したアースが、動けずに倒れている。パンクに負けたといってもよかった。


呆然とするベクトの両肩をレキサが揺する。そうでもしなければベクトはずっと動けていなかっただろう。


「ベクトさん!」

「……アー……ス……なのか?」


ベクトの視線はアースから動いていない。誰へ向けた声かも分からないそれを、レキサは正しく応えた。

ベクトより長く生きている、探索者として何人もの死を見届けたことがある経験がベクトを支える。


「しっかりしてください!アースさんは死んでなんかいません!」


レキサにはアースの魔力や生命力がまだまだ残っているのが分かっていた。探索者の上位なら誰でも使う技法、魔力視という技法だ。魔力や生命力を視ることができる技術により、生きているかどうか、どの程度の傷を負っているかが分かるのだ。


レキサの瞳にはアースは時間さえあれば回復できると見えていた。致命傷ではないのだ。


「アース……セーデキム……どう、なったんだ?」


『アスエル・ミーア自動応答。セーデキムは魂死滅、肉体はほぼ消滅。アースは現在行動不能。再起動まで十五分三十七秒』


無機質な音が再び鳴る。レキサの予想通りアースは無事だった。レキサがホッとする中、ベクトは憔悴した顔をしていた。防衛に大事なのはアースだが、ベクトにとって大事なのは二人ともだ。


「セーデキムは死んだ、のか」


ベクトの両目から一筋の涙が零れる。言葉に出しても、感情がまるで死んだように実感が湧かない。実際はドカタの待合室にいたりするのではないか、とすら考えてしまう。


血も身体も魂でさえもここにはない。死体がないのだ、いつの間にかいなくなったと認識するのも無理はないことだった。


しかしアスエル・ミーアはベクトに実感を沸かせるために音声を鳴らす。それは本当に言ったかどうかすら分からないことを元にした音だった。


『セーデキムより遺言。「ベクト、すまない」』

「あんの馬鹿……っ!」


顔を振り、涙を飛ばすベクト。セーデキムなら言うかもしれない、そんな言葉を受けて湧き出た感情は……セーデキムへの侮辱めいた弔い、そしてアースへの憤怒だった。


セーデキムを引き留めたらこんな未来は訪れなかった。ベクトの未来を守ると言いながら、ベクトがガウトリアで以前通りの日常を過ごす未来は壊れたのだ。


もしアースが守ろうとした未来ではなく、セーデキムが求めた未来がこれだと言うのなら早く起きろと、胸元近くまで怒り気味に近づいていく。


巨体が故に身体の上には昇れず、脇あたりからしか触れることはできないが、拳を振りかぶり思い切り振り下ろそうとした──その時だった。


「ベクト、この声が聞こえるなら私は気絶しています。これは戦う前に録音した音声です」

「アース?!」


アースの声がディアイから流れた。いつもの日常のアースの声だ。セーデキムを失ったばかりのベクトには、いつも以上に暖かく感じられた。


「おそらく撃墜された後にこの音声は流れるはずです。そうなる未来はあり得ました」


ベクトは何も口に出さない。拳を下ろし、ただ音声を聞くことに集中していた。


「気絶した私には、乗っても戦う力はありません。だから、ベクトには選んでほしい」

「選ぶ?」


いつだったかを思い出す。アースは非常事態になると僕に選択を迫る。思わず苦笑してしまうが、それがアースの行動原理だ。ディローが言っていた、僕の意志を強固にするための選択だ。今の状況に追い込んでおいて強固も何もないとすら思うが。


「一つ。アスエル・ミーアの本能に従い、私を自動起動させること。『アースへ、自動実行』と告げれば実行されます」


アスエル・ミーアの本能、たったそれだけの言葉にベクトは眉をひそめた。ベクトはアースへ信頼は寄せていても、アスエル・ミーアに信頼は寄せていない。むしろ未来を押し付けることに忌避感すら抱いていた。


「もう一つは……私を私で在らせること。私の心臓の上へと手を翳してください」

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